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東京・江田島編 GW
第五話 木更津二佐の種明かし
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そして事件発生から二日後、木更津二佐が部長の元を訪れた。
正確には部長のところではなくて、防衛省上層部と官邸にこの次第を説明をしてから今回の件で巻き添えを食らった私達のところに種明かしをしに来た、と言った方が正しいかもしれない。
今回の件では部長だけではなく私達も右往左往したので聞く権利はあるだろうと全員が部屋に呼ばれた。私達が部屋に入ると大柄な人がこっちに顔を向ける。
―― この方があの達筆な文字を書く人なのかあ…… ――
部長と同じような頭脳派な雰囲気を持っている人を想像していたらまったく違っていた。どちらかと言えば大津隊長や瀬田一佐のような厳つい顔の体育会系っぽい人だ。ただ、海の男っぽく真っ黒に日焼けしている顔じゃないのは潜水艦で海中に潜っていることが多くてお日様に当たる時間が少ないからかな?なんて思ったり。
「皆に紹介しておく。れいの政宗の花押を使った横須賀基地所属の木更津二佐だ」
「なんだ、その政宗の花押って」
部長の言葉に二佐が首を傾げた。
「お前こそなんだ、政宗が秀吉の疑いをかわす為に使ったこの手法を知らなかったのか? てっきりあれから今回のことを思いついたと思っていたのに」
「俺が一人で考えた作戦だ。なんだ、前にやったヤツがいたのか」
「戦国時代の人間だけどな」
どうやら二佐と部長はお知り合いの様子だ。部長って本当に顔が広いんだなあ、さすが部長を任されるだけのことはあると変なところで感心してしまう。
部長の交友関係はさておき、事の発端はたびたび起きる情報漏えいをなんとかしたいと木更津二佐が考えたことからだった。このことを常々気にしていた二佐は、自分が情報本部にメモを送る立場になってから何か良い方法はないものかとあれこれ考えていたらしい。そしてそこで思いついたのが今回のメモ書きに細工をすること。
そして今年度に入ってから重光大臣と三幕僚の皆様と相談してGOサインをもらい、重要度の低い情報を選んで以前から怪しいとマークしていた特定の人物に細工をしたメモ書きを渡したんだとか。で、今回その疑われていた人がものの見事にその策略に引っ掛かってあの予算審議の騒ぎに発展したということらしい。
とまあ今回の内部文書の漏えい事件のあらましを簡単にまとめるとこんな感じ。上を下への大騒ぎになったわりにはまとめちゃうと実にあっけない話で笑ってしまう。まあ巻き込まれたこちらとしては部長と高島さんの老後のことも含めてとても笑いごとではなかったんだけれど。
「しかし木更津、今回の件で来年度の潜水艦関連の予算取りが吹っ飛んだらどうするつもりだったんだ?」
経緯を聞いた部長は半笑いを浮かべながら二佐の顔を見詰めた。うーん、これは部長、ちょっとだけ怒っているかもしれない。こういうことは責任者の俺にだけでも事前に知らせておけって顔をしているもの。
「口のうまい重光大臣と佐伯幕僚長のことだ、相手の攻撃を適当にかわしてきちんと片付けてから予算を確保してくれると踏んでいたよ。それに漏えい元のことを野党連中に突きつければ、だんまりを決め込んで都合よくこの件をなかったことにすることも」
二佐はそんな部長の言葉にシレッと答えた。
「呆れたヤツだな」
「呆れたヤツなのは俺じゃなくて情報を連中に渡したアホの二等海尉だ。今頃はあっちの総監部ではちょっとしたお祭り騒ぎだな。監督責任をとらされる総監部の偉いさん達も気の毒なことだ」
そう言いつつも二佐はまったく気の毒そうな顔をしていない。どちらかというと「ざまーみろ」な顔だ。
「お前、絶対に面白がってるだろ?」
「当たり前だ。散々お前んとこの誰かから漏れているから何とかして穴を塞げと忠告したのに素知らぬふりをしていた連中だからな。少しは痛い目を見りゃいいんだ」
そして二佐はそのザマーミロ顔のまま私の方に視線を向けた。
「あの文書の細工に気がついたのは君だって? 見ただけでよく気づいたな、あれに。あの仕込みは俺達だけにしか分からないと思っていたんだが。さすが堅田の部下なだけある」
「あの達筆な文字にはかなり時間をさきましたから」
っいうか、あれだけ苦労して解読したメモ書きの重要度が一番低いとか。私のあの苦労はなんだったのかと小一時間ぐらい目の前の二佐を問い詰めたい気分。
「すまない。同じ流すなら相手にも可能な限り読み解くのを苦労させてやろうと思ってね」
「つまり今回の達筆さはやはり意図的になされた暗号並みの書体だったと……」
っていうかそれって絶対に嫌がらせだよね?
「しかし君に一発で見破られてしまったからな。次にトラップを仕掛ける時はもっと分かりにくい細工を仕込まないとダメか」
なにやら不穏なことを呟いている……。部長は二佐の言葉に勘弁してくれという顔をした。
「おいおい、まだ続けるのか?」
「当たり前だ。穴が一つとは限らんだろう、この手の穴は複数あると考えるのが妥当だ。現に今回判明したルートは俺が思っていた漏えいルートとは違っていたからな」
二佐はまだまだやる気満々の御様子。これはもう嫌な予感しかしない……。
「探偵ごっこを続けるのは構わないが、もうウチの部署を巻き込むのはよせ」
「なんでだ。俺のことを自分の部下に紹介したのは部下共々全面的に協力するぞっていうことなんじゃないのか? 同じ海自のよしみでもうしばらく協力しろよ、穴という穴は全て塞がないと意味がないんだから」
「穴が塞がる前に俺の首が本当に飛ぶ羽目になりそうで恐ろしすぎるぞ」
「つまらん」
「なにがつまらんだ。もっと他の方法を考えろ、とにかくうちの部署に迷惑をかけるな」
部長にしては珍しく強い口調でそう言い放った。
「仕方がないな。だったらお前のいる部署を巻き込むのはやめておく。別の部署なら文句はないだろ」
「いや、だからだな、そういう意味じゃなくて……」
部長が珍しく頭を抱える。そして二佐は私達に向かってニッコリと微笑んだ。
「ということだから、次からはもう少し読みやすいメモ書きを送って君達には迷惑をかけないようにするから安心してほしい。」
「だから問題はそこじゃないんだ、木更津……」
こう言ってくれた二佐ではあったけど、その後に届けられるメモ書きはやっぱり達筆で読みにくかったのは言うまでもない。
+++
「木更津二佐が仕掛けたトラップってあれだけだったんでしょうか?」
「どういうこと?」
二佐が部長の元を訪問した次の日、今回の騒動での私達に対しての事情聴収もお咎めも無しになったと正式な通達があった。そして案の定というか二佐の予想通りというか、あれほど大騒ぎしていたテレビも野党議員もこの件に関しての発言をピタリと止めてしまった。
上の方でどんなやり取りがなされたかは謎だけど、やっぱり何か後ろ暗いことがあったんだなと思うと同時にこれで心安らかにゴールデンウィークを過ごせると安堵した。そして安堵した後にふと気になったことがあったので高島さんに尋ねてみることにする。
「絶対に花押作戦だけじゃないですよね? だってあんな細工をする人ですよ、絶対に他にも何か仕掛けているに違いありませんよ」
実際あの後の部長と二佐との会話からも、今回のメモ書きトラップ以外にあれこれトラップを仕掛けているらしいのは言葉の端々から察することができた。あの様子からして他にも現在進行形で企んでいたに違いない。
「可能性はあるわね。それに部長がこっちに迷惑をかけるのはよせって言ってたでしょ? 多分、次に何か仕掛ける時はあの人も寄せて何か企むと思うのよね。ってことは更に巧妙なトラップが増える可能性はあるかも」
「あの、その前に部長は巻き込むなって言いましたよね? なんでそれが部長も企みの一員になることになるんですか」
「だってそういう人達なんだもの」
「ええええ……」
高島さんはサラリと言っているけど制服組の世界って信じられない世界だ。けどそう言われてみれば二佐も「君達には迷惑をかけないようにするから」って言っていたっけ。考えようによってはそれって私達は巻き込まなくても部長のことは巻き込む気満々ってことだよね、いわゆる“海自のよしみ”ってやつで。
「部長が一緒に企みごとをする時には私達にも教えてもらえるんでしょうか?」
「それは絶対に無いわね。きっと私にも話さないと思う。おそらくうちの部署とは無関係なところであれこれ企むんだと思うわ」
「えー……高島さんにもですか?」
「私が気がついてあの人に質問してもきっと『敵を欺くには味方からだよ』ってあしらわれると思うの。この手のことに関しては物凄く口の堅い人だから」
「いくらこういう問題は元から断たなきゃ駄目とは言え勘弁してほしいですよ。今回のことでは確実に寿命が一年は縮みましたから……」
私は限りなく本気でそう呟く。
「次は私達とは無関係の場所で煙があがるでしょうね」
「だからそう言う問題じゃなくて……」
高島さんもやっぱり自衛官だった。
+++++
そして気がつけばゴールデンウィーク前日になっていた。その間に一度篠塚さんと電話で話をしたんだけど、今回の機密文書漏えい事件に関して彼から触れてくることはなかった。もちろん尋ねられても話せることはないんだけれど、こういうところはやっぱり自衛官なんだなって思う。
「さてと。お饅頭も確保できたし準備よし! あ、新幹線の時間をもう一度確認、と」
仕事帰りに取りにいったお饅頭をカートの中に詰め込んでから自分のバックを手元に引き寄せる。
これは篠塚さんに電話で言われたことだった。汐莉のおっちょこちょいは筋金入りだから前日に必ず自分が乗る新幹線の時間と車両の確認をしておくようにと。この前の電話の時にしつこいほど言われていたんだよね。
「失礼しちゃう、私そこまでおっちょこちょいじゃないんだけどな……」
過保護気味の篠塚さんに文句を言いながら切符の時刻を指さし確認する。うん、間違いなく明日、日付よーし、時間よーし、車輛番号も座席番号もよーし!!
「これで後は私が寝坊して慌てなければ完璧だよね。目覚ましのセットよーし、と」
余裕を見て少し早めにセットした目覚まし時計を確認するとお風呂に入る準備をする。電気のコンセントとガスの元栓もきちんとしておくことを忘れないようにしなくちゃ。
そして湯船に浸かりながら明日のことを考える。
明日の今頃は篠塚さんちで晩ご飯食べてこの二ヶ月間にあった色々な出来事の情報交換をしているかな。どんな勉強をしているのか聞かせてもらうのが今から楽しみだ。
「……まさかいきなりベッドに引き摺り込まれるってことはないよね、まだこんな時間だし」
ちょっとだけ不吉な予感が頭をよぎったけどきっとの気のせいだと思いたい。
正確には部長のところではなくて、防衛省上層部と官邸にこの次第を説明をしてから今回の件で巻き添えを食らった私達のところに種明かしをしに来た、と言った方が正しいかもしれない。
今回の件では部長だけではなく私達も右往左往したので聞く権利はあるだろうと全員が部屋に呼ばれた。私達が部屋に入ると大柄な人がこっちに顔を向ける。
―― この方があの達筆な文字を書く人なのかあ…… ――
部長と同じような頭脳派な雰囲気を持っている人を想像していたらまったく違っていた。どちらかと言えば大津隊長や瀬田一佐のような厳つい顔の体育会系っぽい人だ。ただ、海の男っぽく真っ黒に日焼けしている顔じゃないのは潜水艦で海中に潜っていることが多くてお日様に当たる時間が少ないからかな?なんて思ったり。
「皆に紹介しておく。れいの政宗の花押を使った横須賀基地所属の木更津二佐だ」
「なんだ、その政宗の花押って」
部長の言葉に二佐が首を傾げた。
「お前こそなんだ、政宗が秀吉の疑いをかわす為に使ったこの手法を知らなかったのか? てっきりあれから今回のことを思いついたと思っていたのに」
「俺が一人で考えた作戦だ。なんだ、前にやったヤツがいたのか」
「戦国時代の人間だけどな」
どうやら二佐と部長はお知り合いの様子だ。部長って本当に顔が広いんだなあ、さすが部長を任されるだけのことはあると変なところで感心してしまう。
部長の交友関係はさておき、事の発端はたびたび起きる情報漏えいをなんとかしたいと木更津二佐が考えたことからだった。このことを常々気にしていた二佐は、自分が情報本部にメモを送る立場になってから何か良い方法はないものかとあれこれ考えていたらしい。そしてそこで思いついたのが今回のメモ書きに細工をすること。
そして今年度に入ってから重光大臣と三幕僚の皆様と相談してGOサインをもらい、重要度の低い情報を選んで以前から怪しいとマークしていた特定の人物に細工をしたメモ書きを渡したんだとか。で、今回その疑われていた人がものの見事にその策略に引っ掛かってあの予算審議の騒ぎに発展したということらしい。
とまあ今回の内部文書の漏えい事件のあらましを簡単にまとめるとこんな感じ。上を下への大騒ぎになったわりにはまとめちゃうと実にあっけない話で笑ってしまう。まあ巻き込まれたこちらとしては部長と高島さんの老後のことも含めてとても笑いごとではなかったんだけれど。
「しかし木更津、今回の件で来年度の潜水艦関連の予算取りが吹っ飛んだらどうするつもりだったんだ?」
経緯を聞いた部長は半笑いを浮かべながら二佐の顔を見詰めた。うーん、これは部長、ちょっとだけ怒っているかもしれない。こういうことは責任者の俺にだけでも事前に知らせておけって顔をしているもの。
「口のうまい重光大臣と佐伯幕僚長のことだ、相手の攻撃を適当にかわしてきちんと片付けてから予算を確保してくれると踏んでいたよ。それに漏えい元のことを野党連中に突きつければ、だんまりを決め込んで都合よくこの件をなかったことにすることも」
二佐はそんな部長の言葉にシレッと答えた。
「呆れたヤツだな」
「呆れたヤツなのは俺じゃなくて情報を連中に渡したアホの二等海尉だ。今頃はあっちの総監部ではちょっとしたお祭り騒ぎだな。監督責任をとらされる総監部の偉いさん達も気の毒なことだ」
そう言いつつも二佐はまったく気の毒そうな顔をしていない。どちらかというと「ざまーみろ」な顔だ。
「お前、絶対に面白がってるだろ?」
「当たり前だ。散々お前んとこの誰かから漏れているから何とかして穴を塞げと忠告したのに素知らぬふりをしていた連中だからな。少しは痛い目を見りゃいいんだ」
そして二佐はそのザマーミロ顔のまま私の方に視線を向けた。
「あの文書の細工に気がついたのは君だって? 見ただけでよく気づいたな、あれに。あの仕込みは俺達だけにしか分からないと思っていたんだが。さすが堅田の部下なだけある」
「あの達筆な文字にはかなり時間をさきましたから」
っいうか、あれだけ苦労して解読したメモ書きの重要度が一番低いとか。私のあの苦労はなんだったのかと小一時間ぐらい目の前の二佐を問い詰めたい気分。
「すまない。同じ流すなら相手にも可能な限り読み解くのを苦労させてやろうと思ってね」
「つまり今回の達筆さはやはり意図的になされた暗号並みの書体だったと……」
っていうかそれって絶対に嫌がらせだよね?
「しかし君に一発で見破られてしまったからな。次にトラップを仕掛ける時はもっと分かりにくい細工を仕込まないとダメか」
なにやら不穏なことを呟いている……。部長は二佐の言葉に勘弁してくれという顔をした。
「おいおい、まだ続けるのか?」
「当たり前だ。穴が一つとは限らんだろう、この手の穴は複数あると考えるのが妥当だ。現に今回判明したルートは俺が思っていた漏えいルートとは違っていたからな」
二佐はまだまだやる気満々の御様子。これはもう嫌な予感しかしない……。
「探偵ごっこを続けるのは構わないが、もうウチの部署を巻き込むのはよせ」
「なんでだ。俺のことを自分の部下に紹介したのは部下共々全面的に協力するぞっていうことなんじゃないのか? 同じ海自のよしみでもうしばらく協力しろよ、穴という穴は全て塞がないと意味がないんだから」
「穴が塞がる前に俺の首が本当に飛ぶ羽目になりそうで恐ろしすぎるぞ」
「つまらん」
「なにがつまらんだ。もっと他の方法を考えろ、とにかくうちの部署に迷惑をかけるな」
部長にしては珍しく強い口調でそう言い放った。
「仕方がないな。だったらお前のいる部署を巻き込むのはやめておく。別の部署なら文句はないだろ」
「いや、だからだな、そういう意味じゃなくて……」
部長が珍しく頭を抱える。そして二佐は私達に向かってニッコリと微笑んだ。
「ということだから、次からはもう少し読みやすいメモ書きを送って君達には迷惑をかけないようにするから安心してほしい。」
「だから問題はそこじゃないんだ、木更津……」
こう言ってくれた二佐ではあったけど、その後に届けられるメモ書きはやっぱり達筆で読みにくかったのは言うまでもない。
+++
「木更津二佐が仕掛けたトラップってあれだけだったんでしょうか?」
「どういうこと?」
二佐が部長の元を訪問した次の日、今回の騒動での私達に対しての事情聴収もお咎めも無しになったと正式な通達があった。そして案の定というか二佐の予想通りというか、あれほど大騒ぎしていたテレビも野党議員もこの件に関しての発言をピタリと止めてしまった。
上の方でどんなやり取りがなされたかは謎だけど、やっぱり何か後ろ暗いことがあったんだなと思うと同時にこれで心安らかにゴールデンウィークを過ごせると安堵した。そして安堵した後にふと気になったことがあったので高島さんに尋ねてみることにする。
「絶対に花押作戦だけじゃないですよね? だってあんな細工をする人ですよ、絶対に他にも何か仕掛けているに違いありませんよ」
実際あの後の部長と二佐との会話からも、今回のメモ書きトラップ以外にあれこれトラップを仕掛けているらしいのは言葉の端々から察することができた。あの様子からして他にも現在進行形で企んでいたに違いない。
「可能性はあるわね。それに部長がこっちに迷惑をかけるのはよせって言ってたでしょ? 多分、次に何か仕掛ける時はあの人も寄せて何か企むと思うのよね。ってことは更に巧妙なトラップが増える可能性はあるかも」
「あの、その前に部長は巻き込むなって言いましたよね? なんでそれが部長も企みの一員になることになるんですか」
「だってそういう人達なんだもの」
「ええええ……」
高島さんはサラリと言っているけど制服組の世界って信じられない世界だ。けどそう言われてみれば二佐も「君達には迷惑をかけないようにするから」って言っていたっけ。考えようによってはそれって私達は巻き込まなくても部長のことは巻き込む気満々ってことだよね、いわゆる“海自のよしみ”ってやつで。
「部長が一緒に企みごとをする時には私達にも教えてもらえるんでしょうか?」
「それは絶対に無いわね。きっと私にも話さないと思う。おそらくうちの部署とは無関係なところであれこれ企むんだと思うわ」
「えー……高島さんにもですか?」
「私が気がついてあの人に質問してもきっと『敵を欺くには味方からだよ』ってあしらわれると思うの。この手のことに関しては物凄く口の堅い人だから」
「いくらこういう問題は元から断たなきゃ駄目とは言え勘弁してほしいですよ。今回のことでは確実に寿命が一年は縮みましたから……」
私は限りなく本気でそう呟く。
「次は私達とは無関係の場所で煙があがるでしょうね」
「だからそう言う問題じゃなくて……」
高島さんもやっぱり自衛官だった。
+++++
そして気がつけばゴールデンウィーク前日になっていた。その間に一度篠塚さんと電話で話をしたんだけど、今回の機密文書漏えい事件に関して彼から触れてくることはなかった。もちろん尋ねられても話せることはないんだけれど、こういうところはやっぱり自衛官なんだなって思う。
「さてと。お饅頭も確保できたし準備よし! あ、新幹線の時間をもう一度確認、と」
仕事帰りに取りにいったお饅頭をカートの中に詰め込んでから自分のバックを手元に引き寄せる。
これは篠塚さんに電話で言われたことだった。汐莉のおっちょこちょいは筋金入りだから前日に必ず自分が乗る新幹線の時間と車両の確認をしておくようにと。この前の電話の時にしつこいほど言われていたんだよね。
「失礼しちゃう、私そこまでおっちょこちょいじゃないんだけどな……」
過保護気味の篠塚さんに文句を言いながら切符の時刻を指さし確認する。うん、間違いなく明日、日付よーし、時間よーし、車輛番号も座席番号もよーし!!
「これで後は私が寝坊して慌てなければ完璧だよね。目覚ましのセットよーし、と」
余裕を見て少し早めにセットした目覚まし時計を確認するとお風呂に入る準備をする。電気のコンセントとガスの元栓もきちんとしておくことを忘れないようにしなくちゃ。
そして湯船に浸かりながら明日のことを考える。
明日の今頃は篠塚さんちで晩ご飯食べてこの二ヶ月間にあった色々な出来事の情報交換をしているかな。どんな勉強をしているのか聞かせてもらうのが今から楽しみだ。
「……まさかいきなりベッドに引き摺り込まれるってことはないよね、まだこんな時間だし」
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