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東京・江田島編 GW
第十三話 離れていても大丈夫
「篠塚さん、あれ、藤原一尉さんじゃないかな」
翌日、駅のホームにあがったところにある待合室に賑やかな集団がいるなと思って目を向けたら、その中に何処かで見かけたことのある人がいた。一昨日に呉で顔を合わせてた時とは違って私服で眼鏡をかけているから最初は分からなかったんだけど、よーく見れば藤原一尉さんだ。
「ああ、確かにそうだな」
一尉さんの横には赤ちゃんを抱いている女の人、それから御夫婦らしき男女と小さい子が二人。その子達は飛び跳ねながら楽しそうに一尉さんに話しかけている。そう言えば奥さんとお姉さん家族が来ているようなこと言っていたっけ。
「声かけても大丈夫だと思う?」
「あそこの横を通り抜けて行くのに気づかないふりってのもおかしいだろ」
海自の篠塚さん的には、上官にあたる一尉さんの存在に気がついてしまったのに素知らぬふりをして通り過ぎることは有り得ないらしい。
「でも御家族と一緒なんだよ? プライベートな時間みたいだし、そっちの方に気をきかせた方が良くない?」
「……まあ確かにそれは一理あるか」
一尉さんが気がつかなかったらそのままスルーするってことにして二人で歩いていくと、こっちに気がついてニッコリと笑うと軽く敬礼をして、待合室から出てきた。
「やあ篠塚。もしかして門真さんが乗る新幹線は次の東京行きなのかな?」
「そうなんです。ご無沙汰してます、奥さん。お子さん、大きくなりましたね」
「こんにちは。なかなかじっとしてなくて抱っこしてるのが大変なの。こちらは?」
一尉さんについて出てきた一尉さんの奥さんが私に目を向けた。
「自分のカノジョです。汐莉、こちらは藤原一尉の奥さん」
「門真と申します。御主人には今回お世話になりましてありがとうございます」
そう言って頭を下げる。
「ああ、なるほど。あと二枚って言ってた特別許可証ってこちらのお二人さんのものだったんだ? お礼を言うほど大層なことじゃないからそんなに恐縮しなくても大丈夫よ。あの程度のこと手間でも何でもないんだから」
「酷い言われそうだな、ちゃんと申請して許可をとらなきゃいけなかったのに」
「長い訓練航海に比べれば書類の一枚二枚を書く労力なんてどうってことないでしょ?」
一尉さんは溜め息まじりの笑みを浮かべら私達を見た。
「子供が生まれた途端に俺の扱いが軽くなったような気がするよ」
「しゅうちゃんおじちゃーん」
待合室から出てきた小さい方の男の子が一尉さんのズボンを引っ張って声をかけてくる。
「ん? どうした?」
「このおじちゃんもじえーかん?」
「おじちゃん……」
男の子の言葉に篠塚さんがショックを受けたような顔をした。確かにシックだけどこのぐらいの子からしたら篠塚さんも私もおじちゃんおばちゃん世代だよね、きっと。少なく見積もっても十五歳以上は離れていそうだし。
「お姉さんは違うけどこっちのおじちゃんは自衛官だぞ」
「わーい、けいれーい!!」
二人して篠塚さんを見上げながら可愛らしく敬礼をする。こうなるとさすがの篠塚さんも答礼するしかない。ぎこちない笑みを浮かべながらおチビちゃん達に答礼をしながら一尉さんの方をチラ見した。
「なんでこっちはお姉ちゃんで自分はおじちゃんなんですか」
「そりゃ見た目からしたらそうなる」
「どういう理屈ですか、それ……」
まあ少なくとも私は篠塚さんより年下だし? ってことはあと三年したらおばちゃんの仲間入りかしら?
「ところで御家族もこれからお帰りに?」
「そうなんだ。うちの一家と嫁の姉一家だから大騒ぎだよ。車内で大人しくしていてくれれば良いんだけどね」
一尉さんは甥っ子さん達に足を掴まれながら笑っている。
「一尉が帰った方が良かったんじゃないですか?」
「そうなんだけどね、今回は子供達の希望で呉見物になったらしいのさ」
「せんすいかんみたよー!」
「おふねもみたー!」
「おじちゃんのおふねなかったー! おじちゃんのはよこすかだってー!」
「おじちゃんの艦(ふね)じゃなくて海上自衛隊の護衛艦だろ?」
「「おじちゃんのふねーー!!」」
子供達の大合唱が始まってしまった。
「これは大変ですね……」
「新幹線の中では静かにしてくれていると良いんだけどね。たぶん次に大騒ぎになって収集がつかなくなるのは自宅に戻ってからかな」
一尉さんが静かにしないかと注意してもおチビちゃん達のお喋りは止まりそうにない。
「護衛艦と潜水艦を見たことを誰かに話したくて仕方がないらしくて。うちにも甥っ子達が描いた絵が山のように残されてるよ」
また引っ越しの荷物が増えたと一尉は呑気な顔をして笑っている。
「奥様とお子さん、一緒に住んでいらっしゃらないんですか?」
「短い周期であちらこちらに転勤するからね。地元なら少なくとも親戚も近くにいるし僕が長く不在にしていても安心だろ? つまり僕は退官するまで単身赴任が続くってことだね」
そう言えば幹部自衛官は退官するまで日本全国の基地や駐屯地を巡っていくと聞いたことがある。短い人だとそれこそ二年ごと。海上自衛官だと艦艇勤務と陸上勤務が交互にやってくるというし一緒について行っても行かなくても御家族は大変そうだ。
「大変ですね。一尉さんは自衛官になられて何年なんですか?」
「もうかれこれ十年? 嫁とは防大時代から遠距離してるからこの生活が普通になりすぎて退官後の生活が想像つかなくて今から困ってる」
本気なんだか冗談なんだか一尉さんがそんなことを言いながら溜め息をついた。
「何て言ったら良いのやら」
篠塚さんとの遠距離が始まってまだ数ヶ月。まだ一回しかこうやって会いに来てないけど目の前にいるお二人はそれを十年以上も続けてきたのだ。なんだか凄い、尊敬しちゃう。
「まあなんて言うか、離れていてもそれなりに夫婦円満に過ごせるってことだよ。だから門真さんも心配ないよ。大事なのは二人の気持ちの距離だからね」
そう言って一尉さんは奥さんの方に顔を向けた。
+++
「一尉さんのところが珍しいわけじゃないんだろうけど大変だね、ずっと旦那さんが単身赴任だなんて」
一尉さん達にお暇を告げて自分が乗る車両が止まる位置まで歩きながら篠塚さんにそう言った。
「長いこと音信不通になることもあるしな。余程の覚悟がないと夫婦生活を続けるのは難しいと思う」
そう言えば情報本部にメモ書きを送ってきている木更津二佐は潜水艦勤務。それこそ頻繁に海に潜っていて司令部さえ連絡がつかないことがあるって言ってたっけ。任務に関しては極秘なことも多いだろうし家族と連絡がとれないことなんてしょっちゅうありそうだから本当に大変そう。
「とは言え藤原一尉のところが特に際立って円満だってことじゃないぞ。俺が知っている自衛官の夫婦は大抵あんな感じでちゃんと夫婦生活を続けているんだから」
職業が職業なだけに上手くいかなかった話は目につくだけで、実際はサラリーマン家庭と同じように普通に生活している人の方が圧倒的に多いんだぞと篠塚さんは付け加えた。
「ただ普通の家庭と違うのは何か災害が起きた場合に自衛官は自宅に戻ってこれなくなるってことか、ああ、これは自衛官に限ったことじゃなく警察官や消防隊員もだよな。だから少なくとも有事の際には自分一人で家を守っていくという気構えを常に持っていないとこの手の職業につく相手の伴侶はやっていけないと思う」
「つまり奥さんとか旦那さんになる人が凄い人ばかりってことじゃない? 旦那さんや奥さんが不在の時にきちんと家庭を守っているってことなんだから」
「まあそうとも言うか」
そんな生活、私にできるのかな、ちょっと心配かも。
「ま、汐莉の場合に心配なのは気構えの有無よりも、張り切り過ぎて余計なことに首を突っ込んでないかとか、その辺の階段で転げ落ちてないかとかそういうことが圧倒的に多そうだけどな」
「何気に失礼なこと言ってるね、篠塚さん」
「だって本当のことだろ? ああ、それと、陸警隊に無茶なことを言って困らせてないかというのもか」
ますます失礼なことを!
「あのね、私だって日々人生が何たるかを学んで賢くなってるんだからそんなこと心配してもらわなくても大丈夫」
「ふーん、じゃあ聞くが三月以降に何か学んだのか? 人生的にってことで?」
「長距離で移動する場合は金額のことを考えずにグリーン車を利用するべし」
私の答えに篠塚さんが笑い出した。これ、結構大事なことだと思うんだけど!!
「半分は冗談だが半分は本気だからな?」
「私は本気で言った」
「やれやれ」
篠塚さんは笑いながら私のことを抱きしめた。そして耳元に口を寄せる。
「堅田部長からも言われてるだろ? 情報を引き出そうとする連中はどういう形で近づいてくるか分からないんだ、身辺には十分に気をつけろ」
その言葉に驚いて体を少し離して篠塚さんの顔を見上げた。
「知ってたの?」
「当り前だ、あれだけニュースになって海自内部でも大騒ぎになったんだから知らないわけないだろ。余計なことに首を突っ込んで余計な人間とは関わるな。誰もが善人ってわけじゃないんだからな」
「それって困ったふりをして近づいてくる人がいるってこと? そんなドラマか漫画みたいなことがあるわけ……あるの?」
最初は冗談で言っているんだと思っていたけど篠塚さんの表情はいたって真剣なものだった。
「まだ二年目の汐莉にそこまで考えろってのは無理な話なんだろうがとにかく警戒は怠るな。こんな時代だ、どんな事が起きるか分からないんだからな」
「……分かった。部長にも注意されていたし私だけの問題じゃないからちゃんと気をつける」
篠塚さんはよろしいと頷くと素早くキスをした。ここホームだよ!!と慌てて周りを見回したけど幸いなことに自販機の影に立っていた私達のことを見ている人は誰もいないみたい、と思っておく。
しばらくして私が乗る予定の新幹線がホームに到着するというアナウンスが流れた。
「今度はあのおっさんがいないと良いな?」
「だよね。窓際の席をとったからあのおじさんと乗り合わせなければゆっくり寝ていけそうだし。ってか寝不足だから絶対に寝る、何が何でも寝る」
「分かった分かった」
笑っているけど誰のせいで寝不足だと思っているんだか。絶対に自分が悪いとは思ってないよね?
「でも楽しかった。夏休みも会えるの楽しみにしてるね」
新幹線がホームに入って来るのを眺めながら篠塚さんの手を握った。
「休みが決まったら知らせてくれ。出来るだけそれに合わせるようにするから」
「うん」
立っていたお客さん達の一番後ろに並んで乗り込む。発車するまではとその場に留まっているとホームに発車を知らせるアナウンスが流れてドアが閉まった。
閉まったドア越しにテレビで見た海上自衛官式の敬礼をしてみたらまだ角度がちょっと違うという指摘が返ってきてしまった。うーむ、やっぱり敬礼っておくが深い……。
翌日、駅のホームにあがったところにある待合室に賑やかな集団がいるなと思って目を向けたら、その中に何処かで見かけたことのある人がいた。一昨日に呉で顔を合わせてた時とは違って私服で眼鏡をかけているから最初は分からなかったんだけど、よーく見れば藤原一尉さんだ。
「ああ、確かにそうだな」
一尉さんの横には赤ちゃんを抱いている女の人、それから御夫婦らしき男女と小さい子が二人。その子達は飛び跳ねながら楽しそうに一尉さんに話しかけている。そう言えば奥さんとお姉さん家族が来ているようなこと言っていたっけ。
「声かけても大丈夫だと思う?」
「あそこの横を通り抜けて行くのに気づかないふりってのもおかしいだろ」
海自の篠塚さん的には、上官にあたる一尉さんの存在に気がついてしまったのに素知らぬふりをして通り過ぎることは有り得ないらしい。
「でも御家族と一緒なんだよ? プライベートな時間みたいだし、そっちの方に気をきかせた方が良くない?」
「……まあ確かにそれは一理あるか」
一尉さんが気がつかなかったらそのままスルーするってことにして二人で歩いていくと、こっちに気がついてニッコリと笑うと軽く敬礼をして、待合室から出てきた。
「やあ篠塚。もしかして門真さんが乗る新幹線は次の東京行きなのかな?」
「そうなんです。ご無沙汰してます、奥さん。お子さん、大きくなりましたね」
「こんにちは。なかなかじっとしてなくて抱っこしてるのが大変なの。こちらは?」
一尉さんについて出てきた一尉さんの奥さんが私に目を向けた。
「自分のカノジョです。汐莉、こちらは藤原一尉の奥さん」
「門真と申します。御主人には今回お世話になりましてありがとうございます」
そう言って頭を下げる。
「ああ、なるほど。あと二枚って言ってた特別許可証ってこちらのお二人さんのものだったんだ? お礼を言うほど大層なことじゃないからそんなに恐縮しなくても大丈夫よ。あの程度のこと手間でも何でもないんだから」
「酷い言われそうだな、ちゃんと申請して許可をとらなきゃいけなかったのに」
「長い訓練航海に比べれば書類の一枚二枚を書く労力なんてどうってことないでしょ?」
一尉さんは溜め息まじりの笑みを浮かべら私達を見た。
「子供が生まれた途端に俺の扱いが軽くなったような気がするよ」
「しゅうちゃんおじちゃーん」
待合室から出てきた小さい方の男の子が一尉さんのズボンを引っ張って声をかけてくる。
「ん? どうした?」
「このおじちゃんもじえーかん?」
「おじちゃん……」
男の子の言葉に篠塚さんがショックを受けたような顔をした。確かにシックだけどこのぐらいの子からしたら篠塚さんも私もおじちゃんおばちゃん世代だよね、きっと。少なく見積もっても十五歳以上は離れていそうだし。
「お姉さんは違うけどこっちのおじちゃんは自衛官だぞ」
「わーい、けいれーい!!」
二人して篠塚さんを見上げながら可愛らしく敬礼をする。こうなるとさすがの篠塚さんも答礼するしかない。ぎこちない笑みを浮かべながらおチビちゃん達に答礼をしながら一尉さんの方をチラ見した。
「なんでこっちはお姉ちゃんで自分はおじちゃんなんですか」
「そりゃ見た目からしたらそうなる」
「どういう理屈ですか、それ……」
まあ少なくとも私は篠塚さんより年下だし? ってことはあと三年したらおばちゃんの仲間入りかしら?
「ところで御家族もこれからお帰りに?」
「そうなんだ。うちの一家と嫁の姉一家だから大騒ぎだよ。車内で大人しくしていてくれれば良いんだけどね」
一尉さんは甥っ子さん達に足を掴まれながら笑っている。
「一尉が帰った方が良かったんじゃないですか?」
「そうなんだけどね、今回は子供達の希望で呉見物になったらしいのさ」
「せんすいかんみたよー!」
「おふねもみたー!」
「おじちゃんのおふねなかったー! おじちゃんのはよこすかだってー!」
「おじちゃんの艦(ふね)じゃなくて海上自衛隊の護衛艦だろ?」
「「おじちゃんのふねーー!!」」
子供達の大合唱が始まってしまった。
「これは大変ですね……」
「新幹線の中では静かにしてくれていると良いんだけどね。たぶん次に大騒ぎになって収集がつかなくなるのは自宅に戻ってからかな」
一尉さんが静かにしないかと注意してもおチビちゃん達のお喋りは止まりそうにない。
「護衛艦と潜水艦を見たことを誰かに話したくて仕方がないらしくて。うちにも甥っ子達が描いた絵が山のように残されてるよ」
また引っ越しの荷物が増えたと一尉は呑気な顔をして笑っている。
「奥様とお子さん、一緒に住んでいらっしゃらないんですか?」
「短い周期であちらこちらに転勤するからね。地元なら少なくとも親戚も近くにいるし僕が長く不在にしていても安心だろ? つまり僕は退官するまで単身赴任が続くってことだね」
そう言えば幹部自衛官は退官するまで日本全国の基地や駐屯地を巡っていくと聞いたことがある。短い人だとそれこそ二年ごと。海上自衛官だと艦艇勤務と陸上勤務が交互にやってくるというし一緒について行っても行かなくても御家族は大変そうだ。
「大変ですね。一尉さんは自衛官になられて何年なんですか?」
「もうかれこれ十年? 嫁とは防大時代から遠距離してるからこの生活が普通になりすぎて退官後の生活が想像つかなくて今から困ってる」
本気なんだか冗談なんだか一尉さんがそんなことを言いながら溜め息をついた。
「何て言ったら良いのやら」
篠塚さんとの遠距離が始まってまだ数ヶ月。まだ一回しかこうやって会いに来てないけど目の前にいるお二人はそれを十年以上も続けてきたのだ。なんだか凄い、尊敬しちゃう。
「まあなんて言うか、離れていてもそれなりに夫婦円満に過ごせるってことだよ。だから門真さんも心配ないよ。大事なのは二人の気持ちの距離だからね」
そう言って一尉さんは奥さんの方に顔を向けた。
+++
「一尉さんのところが珍しいわけじゃないんだろうけど大変だね、ずっと旦那さんが単身赴任だなんて」
一尉さん達にお暇を告げて自分が乗る車両が止まる位置まで歩きながら篠塚さんにそう言った。
「長いこと音信不通になることもあるしな。余程の覚悟がないと夫婦生活を続けるのは難しいと思う」
そう言えば情報本部にメモ書きを送ってきている木更津二佐は潜水艦勤務。それこそ頻繁に海に潜っていて司令部さえ連絡がつかないことがあるって言ってたっけ。任務に関しては極秘なことも多いだろうし家族と連絡がとれないことなんてしょっちゅうありそうだから本当に大変そう。
「とは言え藤原一尉のところが特に際立って円満だってことじゃないぞ。俺が知っている自衛官の夫婦は大抵あんな感じでちゃんと夫婦生活を続けているんだから」
職業が職業なだけに上手くいかなかった話は目につくだけで、実際はサラリーマン家庭と同じように普通に生活している人の方が圧倒的に多いんだぞと篠塚さんは付け加えた。
「ただ普通の家庭と違うのは何か災害が起きた場合に自衛官は自宅に戻ってこれなくなるってことか、ああ、これは自衛官に限ったことじゃなく警察官や消防隊員もだよな。だから少なくとも有事の際には自分一人で家を守っていくという気構えを常に持っていないとこの手の職業につく相手の伴侶はやっていけないと思う」
「つまり奥さんとか旦那さんになる人が凄い人ばかりってことじゃない? 旦那さんや奥さんが不在の時にきちんと家庭を守っているってことなんだから」
「まあそうとも言うか」
そんな生活、私にできるのかな、ちょっと心配かも。
「ま、汐莉の場合に心配なのは気構えの有無よりも、張り切り過ぎて余計なことに首を突っ込んでないかとか、その辺の階段で転げ落ちてないかとかそういうことが圧倒的に多そうだけどな」
「何気に失礼なこと言ってるね、篠塚さん」
「だって本当のことだろ? ああ、それと、陸警隊に無茶なことを言って困らせてないかというのもか」
ますます失礼なことを!
「あのね、私だって日々人生が何たるかを学んで賢くなってるんだからそんなこと心配してもらわなくても大丈夫」
「ふーん、じゃあ聞くが三月以降に何か学んだのか? 人生的にってことで?」
「長距離で移動する場合は金額のことを考えずにグリーン車を利用するべし」
私の答えに篠塚さんが笑い出した。これ、結構大事なことだと思うんだけど!!
「半分は冗談だが半分は本気だからな?」
「私は本気で言った」
「やれやれ」
篠塚さんは笑いながら私のことを抱きしめた。そして耳元に口を寄せる。
「堅田部長からも言われてるだろ? 情報を引き出そうとする連中はどういう形で近づいてくるか分からないんだ、身辺には十分に気をつけろ」
その言葉に驚いて体を少し離して篠塚さんの顔を見上げた。
「知ってたの?」
「当り前だ、あれだけニュースになって海自内部でも大騒ぎになったんだから知らないわけないだろ。余計なことに首を突っ込んで余計な人間とは関わるな。誰もが善人ってわけじゃないんだからな」
「それって困ったふりをして近づいてくる人がいるってこと? そんなドラマか漫画みたいなことがあるわけ……あるの?」
最初は冗談で言っているんだと思っていたけど篠塚さんの表情はいたって真剣なものだった。
「まだ二年目の汐莉にそこまで考えろってのは無理な話なんだろうがとにかく警戒は怠るな。こんな時代だ、どんな事が起きるか分からないんだからな」
「……分かった。部長にも注意されていたし私だけの問題じゃないからちゃんと気をつける」
篠塚さんはよろしいと頷くと素早くキスをした。ここホームだよ!!と慌てて周りを見回したけど幸いなことに自販機の影に立っていた私達のことを見ている人は誰もいないみたい、と思っておく。
しばらくして私が乗る予定の新幹線がホームに到着するというアナウンスが流れた。
「今度はあのおっさんがいないと良いな?」
「だよね。窓際の席をとったからあのおじさんと乗り合わせなければゆっくり寝ていけそうだし。ってか寝不足だから絶対に寝る、何が何でも寝る」
「分かった分かった」
笑っているけど誰のせいで寝不足だと思っているんだか。絶対に自分が悪いとは思ってないよね?
「でも楽しかった。夏休みも会えるの楽しみにしてるね」
新幹線がホームに入って来るのを眺めながら篠塚さんの手を握った。
「休みが決まったら知らせてくれ。出来るだけそれに合わせるようにするから」
「うん」
立っていたお客さん達の一番後ろに並んで乗り込む。発車するまではとその場に留まっているとホームに発車を知らせるアナウンスが流れてドアが閉まった。
閉まったドア越しにテレビで見た海上自衛官式の敬礼をしてみたらまだ角度がちょっと違うという指摘が返ってきてしまった。うーむ、やっぱり敬礼っておくが深い……。
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