彼と私と空と雲

鏡野ゆう

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先ずは美味しく御馳走さま♪

はじまり

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「来週の航空祭なんだが、東都とうとテレビの取材クルーが、バラエティ番組向けの取材に来ることになった。急な話で申し訳ないんだが、航空祭当日と次の日の二日間、誰かエスコートを頼めないか?」

 朝のブリーフィングでいきなり言われ、その場にいた全員が戸惑った顔をした。しかも、“誰か”と言いながら、その目が俺を見ているのは何故だ? そりゃ、今年の航空祭の展示飛行には俺は参加しないから、手があいていると言えばあいている。

 だがそれは、あくまでも地上で待機しているというのであって、決して休暇だとか、当日なにもすることがなくてヒマだとか、そういうわけではない。しかも二日間だって?

「そこの葛城かつらぎ君よ、頼めないかな」

 ほらみろ、案の定、俺にお声がかかった。

「なんで自分なんですか。マスコミ相手なら、広報官の田沼たぬまさんがいるじゃないですか。現場のパイロットにマスコミの相手をさせるなんて、俺達はそこまでヒマじゃないですよ」
「田沼さんな、持病のほれ、ナニが悪化したらしくてな。さっき、当分来れそうにないって、電話がかかってきた」
「それ、絶対に逃げてますよ。一週間もあれば動けるようになるでしょ」

 俺がそう言うと、隊長は困ったようか顔をする。

「そんなこと言ってもなあ……まさか自宅まで押し掛けていって、奥さんや子供の前でお前のケツを見せろって、ズボンをひんむくわけにはいかないだろ?」

 うちの基地にいる広報官の田沼三佐が、大のマスコミ嫌いなのは空自では有名な話だ。嫌いならなんで広報官になんかになったんだって話なんだが、まあそれは上からの命令なのでしかたがない。しかしマスコミが来るたびに、を理由にして逃げ回るのは、いかがなものかと俺は思うんだが。そしてそれを認めている、うちの基地のオヤジ達も。

「で、なんで俺なんですか」
「だって葛城君、見た目も良いから女性受けしそうじゃないか。今回のリポーターさん、若いお嬢さんだから、目つきの悪い陸自の森永もりなが君とかに迎えに行かせたら可哀相だろ? 怖くて泣いちゃうかもしれないからな」

 森永は陸自でここの所属じゃないだろうと、心の中でツッコミを入れる。

「だから、なんで俺……」
「いやあ、誰を行かせるかって皆でジャンケンしたら負けちゃってさ。うちから誰か、出さなきゃいけなくなっちゃったんだよね。だから、あきらめてくれる? ああこれ、命令だから」

 最後の最後で命令とか。この人はこれでも、空自では五本の指に入るほどの腕を持つイーグルドライバーだ。普段は自衛官と言うよりも、ご近所の気のいいおじさん、非常時でないとスイッチが入らない、自他ともに認める昼行灯ひるあんどんな人だった。俺は入隊以来、この人の本気スイッチが入ったところなんて、見たことない。

「でね、負けちゃったついでに、その人を戦闘機に乗せてあげることになっちゃってね。二日あるとは言え、スケジュール的にかなり押しちゃうことになるけど、その辺も頼める?」
「はあ?!」

 マンガみたいにずっこけた。そりゃ、就任早々ウチに視察に訪れた防衛大臣を乗せて飛んだことはあるが、なんでテレビのリポーター、しかも女子を乗せて飛ばなきゃいけないんだ?

「頼むよー……」
「だからって、そこでいい歳したオッサンがクネクネしないでください、気色悪い」
「なあ、頼むよー、この通りだよ~~」
「……分かりましたよ。ちゃんとします、隊長がジャンケンで負けちまったんだから、しかたがないですよね」
「うんうん、隊長とその部下は一蓮托生いちれんたくしょうだから」
「だから! クネクネしないでください、お願いします」

 そこであからさまに喜ばないで欲しい。この人、本当に三佐で五本指なのか?と疑問に思えてくる。

「ところで、隊長」
「なんだい?」
「くれぐれも、その報道関係者の前でクネクネしないでもらえますか。絶対に色々な意味で誤解されますから」
「……分かっているよ、俺だってちゃんとオンとオフは使い分けるから」

 仕事中にオンオフしないでくれ、頼む。っていうか今はオフなのか? 誰か、この人の本気スイッチの場所を教えてくれ。


+++


 そんなわけで航空祭の当日、テレビ局の取材クルー達をゲート前で待つことになった。一日目の今日は、航空祭の取材と施設内の案内、そして低圧訓練だ。

―― 低圧訓練で不合格になってくれると、明日が助かるんだけどな ――

 そんなことを考えながら、目の前を通りすぎていく人達に目を向けた。普段は静かな基地も、今日は多くの民間人が訪れているので賑やかだ。地元の新聞社やテレビ局のクルー達も来ているので、正直言って、誰が自分が待っている人間なのかさっぱり分からない。せめて責任者の携帯電話の番号でも聞いておくんだったな、と心の中でぼやく。

「あの……もしかして葛城二尉さんですか?」

 そんなことを考えながら、来訪客を眺めていた俺に声をかけてきた女の声。そちらに目を向けると、丸い黒縁の眼鏡をした女が、こちらを見上げていた。腕のところに東都テレビの腕章をつけている。

「そうですが。もしかして東都テレビさん?」
「はい、私、東都テレビの槇村まきむらと申します。あ、えっと、これ名刺です」

 そう言って、慌てて鞄の中から名刺を引っ張り出し、本日はよろしくお願いしますと、頭を下げながらこちらに差し出してきた。

「どうも。今日と明日の二日間、皆さんの案内を任された葛城です。本来なら広報官の田沼三佐がご案内するのですが、あいにくと体調を崩していまして。自分はパイロットなので、こういうことは不慣れですが……」
「いえ。こちらこそ無理なお願いをしたようで、本当に申し訳ありません」

 何度もペコペコと頭を勢いよく下げるものだから、眼鏡がずり落ち始めているのが何気に気になり始めた。本人はまったく気がついていないようなんだが。

「えーと、槇村さん?」
「はい?」

 こちらをキョトンとした顔で見上げてくるその目は、何となくオオスズメフクロウかスローロリスを思い起こさせた。うむ、人ではなく動物系な女ってことだな、しかも小動物系。

「眼鏡、落ちますよ?」

 そう言いながら鼻のあたりを指差すと、彼女は慌てて眼鏡をずり上げた。

「すすす、すみません、普段はコンタクトなんですけど、寝坊して慌ててたものですから」

 なるほど。それで黒縁眼鏡なんていう、女子アナにしては不恰好な眼鏡をしているのかと、本人には失礼だと思いつつ納得する。

「その眼鏡で仕事をしているんじゃないって分かって、安心しましたよ」
「は……?」
「深刻なニュースには似合いそうにないから」
「え、あ、私、アナウンサーじゃないですから……」

 まだ新人で、今は主に情報番組やバラエティ番組で使い走りをしているので、入社してからこっち真面目なニュースとか読んだことないんですと、少しだけ残念そうに笑った。

「じゃあ、今回は初心者な者同士ってことで、よろしくお願いします」
「はい! こちらこそ宜しくお願いします」

 これが俺こと葛城かつらぎ一馬かずまと、このメガネっ子、槇村まきむらゆうとの出会いだったわけだ。
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