彼と私と空と雲

鏡野ゆう

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盛り上げるの頑張ってます

第四話 ニヤニヤ狼の三度の溜め息

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「足元に気をつけろよ」
「うん、大丈夫、このぐらいの段差なら平気だから」

 そう言いながら階段とは名ばかりのほぼ垂直な階段を見上げた。

 護衛艦が港を出発してからあちらこちらを覗いて見学していた私達、せっかくだから眺めの良い特等席に行こうと葛城さんが誘ってくれたのでそこへ行くことにしたんだけど、そこへ行くにはどうしてもこの狭くて急な階段を上がらなくちゃいけいないらしい。そりゃ擦れ違う自衛官さん達は何でもないって感じで上り下りしているけどどう考えてもこれ、階段って言うより梯子って言った方が正しいんじゃないかと思うんだよね……。

「急がなくて良いから一段ずつ慌てずにな」

 そして葛城さんが念を押してそんなことを言うのはきっと私の足のことを心配してくれているから。

「分かってるって……わっ」

 上り始めてから、確かにこれは普段履いているような踵の高い靴だと危ないだろうなあなんて考えていたら案の定踏み外してしまった。滑り落ちそうになって慌てて手摺を掴むとお尻が何かにつっかえて何とか止まる。いくら狭い階段だからって階段の隙間にお尻がつっかえて引っ掛かるなんて誰かに見られていたら恥ずかしいと振り返ると、何故か私は微妙な顔をした葛城さんの肩に座っていた。

「葛城さん、何で私のことを肩に乗せてるの?」
「乗せるもなにもそっちから座ってきたんだろ? 俺は優のすぐ後ろを上がっていただけなんだけどな」

 どうやら私は狭い階段の手摺の隙間につっかえたわけじゃなくて葛城さんの肩の上に落ちたらしい。

「ごめん、言われていたのに階段を踏み外しちゃったみたい」
「何でよりによって俺の肩に座るかな」
「座ろうと思って座ったわけじゃなくて、たまたま葛城さんの肩がそこにあっただけじゃん」

 そのお蔭で下まで転げ落ちずに済んだわけだけど。

「そんなに俺に飛びつきたいなら遠慮することないぞって言いたいところだが、さすがに場所をわきまえないと駄目なんじゃないかな槇村さん。しかも肩に飛び乗るとかちょっとアクロバティックすぎだぞ?」
「別に葛城さんに飛びつきたかったわけじゃなくて……」
「分かった分かった、とにかく上に行こう。イチャイチャするのはその後で」
「だからイチャイチャしたいわけじゃなくて……」

 ブツブツ言いながらもそこで立ち止まっているわけにもいかないので階段を上り切ると今度は葛城さんに手を引かれて狭い通路を進んでいく。別に平らな通路なら手を繋がなくても平気だって言ったのに「優は信用ならない」って言われてしまった。それってどういう意味? 階段を踏み外したのはたまたまなのに。

 だけどさっきから普段歩いている時とは違う感覚に襲われているのは本当。なんとなく眩暈っぽくフワフワした感じ。これってもしかして……?

「葛城さん、なんか足元が揺れてる気がする……」
「そりゃ海に出れば護衛艦だって揺れるさ。車だって道路を走っていたら揺れるだろ?」

 私の言葉にさも当然と言った感じで返事をする葛城さん。

「じゃあ船が波で揺れてるってこと?」
「そういうこと」
「えー……」
「まさか揺れないとでも?」
「まったく揺れないとは思ってないけど大きい船だし歩いていても感じるぐらい揺れるとは思ってなかった……」

 今日は一日お天気ですってうちの局の寺島さんが朝一番の天気予報で言ってたから安心していたのにな。

「まさか酔いそうとかじゃないよな?」
「それは平気。それにすぐ外に出られるんでしょ? だったらますます大丈夫」
「ふーん……」

 なんでそこで胡散臭そうな顔をして「ふーん」とか言うのかな? 何度も言うけどさっきのはたまたま階段を踏み外しただけなんだからね?

「じゃあ外が見える場所に早く行こうか。優が船酔いしたら大変だ」
「平気だって言ってるじゃない、人の話をちゃんと聞いて下さい」
「聞いてるよ。だけど優の「平気」が信用ならないことはさっきのでよーく分かったから」

 たまたま足を滑らせただけなのに酷い言われようじゃない? そんな訳で捕まって連行される宇宙人みたいな気分で葛城さんに手を掴まれたまま通路を歩き、ドアが開放されている場所を通り抜けるとそこは既に外で眼下には海がひろがっていた。私達が乗り込んだ筈の港は遥か後ろに遠ざかっていて離れた場所には別の護衛艦らしき姿が何隻か見える。改めて周囲を見渡せばあちらこちらに似たような船が見えていた。

「あれ、全部が今回の観艦式に参加する海上自衛隊の護衛艦?」
「まだきちんと隊列は組んでないけどそうだな」

 持っていくと良い物リストに書かれていたから念の為にと持ってきていた小さな双眼鏡をのぞくと、そこには灰色の船の他に白い船の姿もある。

「あの白いのは?」
「あれは海上保安庁の巡視艇かな。観艦式に参加する艦艇の他に、民間の船がこっちの隊列に近寄りすぎないように監視しているのもいると思う」
「へえ。これだけ物々しい行列に近寄ってくる人達もいるんだ」
「まあ珍しいのもあるんだろうがたまにいるだろ? 近寄るなって警察官が言っているのにカメラを持って現場に入ろうとする人達とか」

 葛城さんは愉快そうな顔をして私のことを指さした。

「む、それは私じゃなくて浅木さん」
「そうとも言う」
「そうとも言うじゃなくてそうなの、私は報道関係の仕事はしてないんだからね」
「それを言ったら浅木さんだってそうじゃないのか?」
「浅木さんはカメラを持たせたらバラエティだろうが報道だろうが関係なく何処までも行っちゃう人だから」

 偶然その場に居合わせた事故とか事件とかあると、直ぐにやっているロケそっちのけで現場に行っちゃうから困るって前に同じチームだった先輩が言ってたっけ。そのせいで危ない目にも何度か遭っていて、会社から金一封が出るようなスクープをモノにした時でも経緯を知っ奥さんが作ったお弁当は一週間連続でご飯だけではなくおかずまで真っ黒だったとか。

「そんな話を聞いていると優が報道カメラマンでなくて良かったと思うな。大きな災害や事故があるたびに心配でおちおちしていられなくなりそうだ」
「皆が皆そうじゃないんだけどね」

 私だってどっちかと言えば怖いところには可能な限り近づきたくない人だし。そんな私が最初に任されたロケで葛城さんの後ろに座って飛行機で飛ぶことになったんだから今でも自分のくじ運の悪さが信じられない。そりゃあ結果的にそのロケのお蔭でこうやって葛城さんとお付き合いしているんだからまったくの不運ってわけでもないんだけどね。

 どんどん集まってくる護衛艦やそれ以外の船を双眼鏡で眺めているうちに揺れにも慣れて気にならなくなってきたし、潮風が気持ちよくてさっきまでの惨めな宇宙人気分はいつの間にか消し飛んでいた。そんな私とは反対に葛城さんは何故かちょっとご機嫌斜めの様子だ。

「気持ちいいね、海からの風。つくづく取材で来れなかったのが残念だなー、取材だったら一般の人が入れないようなところまでゆっくりと見せてもらえたのに」
「高いところは苦手とか言いながらこの高さは平気なんだな」

 つまりはそれがご機嫌斜めの原因みたい。私達が立っているのは甲板よりもちょっと高い場所。乗り合わせた人の殆どはまだ艦内にいるか下の開けた場所に出された椅子に座ったり、貸し出されてた毛布を敷いて座ったりしている。ここは何故か私と葛城さん以外は誰もいないし本当に特等席だ。

「だってここの高さってせいぜい二階建てとか三階建て程度でしょ? そのぐらいの高さなら平気だよ」
「ふーん……」
「だから何でふーんなの。本当だってば。海面は甲板よりも下だから高さはもっとあるかもしれないけどそれでも空を飛ぶことに比べたら大したことないじゃない? だから平気なの」

 私の言葉に葛城さんはあからさまに面白くないって顔をした。だって本当のことなんだから仕方がないじゃない? それから何やら考え事をするように黙り込んでいたと思ったら急に口元に嫌な予感しかしない黒い笑みを浮かべた。まさかこんなとこでお仕置きとか言い出さないよね?

「お言葉だけど槇村さん、ここ、海抜ゼロメートル地点ではあるけど地面ではなないんだな」
「だから?」

 彼が何を言いたいのか分からなくて首を傾げた。

「つまりここは地面じゃなくて護衛艦は水面に浮いてるわけで、実際の地面はその遥か下。この辺だとそうだな、場所によっては水深1000メートルなんていうところもある訳だ。つまり俺達は鉄の塊に乗って地面から1000メートルの場所でプカプカ浮いているわけだ。OK?」
「……」

 ……なんだか今とてつもなく怖いものを想像してしまった。

「あ、ちなみに東京タワーの高さは333メートルな」
「なんでそうやって具体的な例を出すのかな……しかも鉄の塊って」

 あっという間に沈みそう。

「そりゃ優がイメージしやすいように具体例を出したに決まってるじゃないか。俺って親切だよな?」
 
 つまり今、私達が立っている場所って実は物凄ーく高い場所だって葛城さんは言いたいわけよね? ニコニコ、じゃなくてニヤニヤしながら私のことを見下ろしている葛城さんの顔をゲンコツで殴っても良いかな?

「どの辺が親切なの」
「だってそうだろ? 高いところが苦手な優が今置かれている現状をしっかり認識出来ればその苦手意識が薄れるかもしれないじゃないか。二階建てとか三階建てだと思っているこの場所が実は1000メートル上空と同じなんだぞ?」

 考えたくない。頭の中に浮かんだ構図を素早く払いのける。

「今は平気なんだろ? だったら……」
「イ・ヤ・デ・ス。そんなこと言っても絶対に二度と葛城さんの後ろになんて乗らないからね。高いところが嫌いなのと飛行機が嫌いなのは別物なんだから」
「なんだよ、じゃあ高所恐怖症が治っても飛行機嫌いは治らないってことか?」
「そういうこと」
「やれやれ、そんなこと言ったら新婚旅行とかどうなるんだよ」
「何でそこで新婚旅行の話が出るかな。全然関係ないじゃん」

 一瞬の間があって葛城さんが大きな溜息をついた。

「なによ」
「いや、即答で完全否定されるとは思ってなかったからガックリした」
「なにが?」
「新婚旅行の話」
「だって私の高所恐怖症な飛行機嫌いとは関係ないもの」

 再び大きな溜め息。

「なによう」
「いや。まあ最近じゃ国内旅行でも十分に楽しめるって話だし」

 諦めたように口調で呟く。あれ、もしかして私って何か大事なサインを見過ごしていた?

「……もしかしてプロポーズしたつもりでいたりする?」
「いや、それはさすがに。そのつもりがあってもこんな場所で急にしたりはしないよ」

 それを聞いて一安心。

「じゃあ問題無いじゃない。もしそういう話になったらその時は飛行機のことをもう少し前向きに考えてあげても良いけど、とにかく葛城さんの後ろに乗って飛ぶのだけは絶対にイヤ、超安全運転でもイヤだから」
「あの時は空が綺麗で感動したって言っていたくせに。それと運転じゃなくて操縦」
「どっちでも良いじゃない同じ意味なんだから。とにかく、空が綺麗だったのは事実だけどそれは結果論であって飛行機に乗るのがイヤなのには変わらないの」
「飛行機じゃなくて戦闘機」
「ますますイヤ、もちろん葛城さん以外なんてのも論外だからね」

 やれやれと葛城さんは三度目の溜め息をついた。

「せめてもう一度二人で飛びたいと思ってるんだけどなあ……」
「却下」

 なかなか体験できないことだっていうのは分かっているけどイヤなものはイヤなんだから。
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