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盛り上げるの頑張ってます
第五話 モヤモヤする眼鏡っ子
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観閲式が終わって私達が乗っている護衛艦が港に戻ってきたのは夕方になってから。制服姿の自衛官さん達にお見送りされて船を降りて硬い地面に足をつけた時は正直言ってホッとしてしまった。そして外に出るゲートに向かって歩きながら何とも不思議な感覚に襲われたので横にいる葛城さんの方を見上げた。
「葛城さん……」
「ん?」
「なんかね、まだ足元が揺れているような気がするんだけど葛城さんはそんなことない?」
「特にそんなことはないな」
半日近くを船の上で過ごしていたわけだけど下船した今もまだ揺れている気がして変な感じ。だけどそれは私だけみたいで葛城さんは全く平気みたいだ。
「眩暈がするとか気分が悪いわけじゃないんだよな?」
「うん、それは無いんだけど揺れてる感覚が抜けないだけ」
「膝が痛いわけでもないんだな?」
「そっちも大丈夫」
私の三半規管は船の揺れに弱いってことが判明してしまった。飛行機もダメ船もダメってことは移動するのは陸路限定でないとダメってことだよね、自分で自分がちょっと情けない。こんなんじゃ遠隔地のロケとか無理じゃない?
「今日はさっさと寝た方が良いな」
「別に船酔いとかじゃないんだよ?」
「明日になったらその気持ち悪い揺れも消えてるだろうってことだよ」
「ああ、なるほどね」
それから車をとめさせてもらっていた巻波医院さんの駐車場へと向かいながら今日の感想をあれこれ話し合う。陸上自衛隊と航空自衛隊から参加した飛行機とヘリコプターの他に、招待された他国の海軍さんの軍艦も参加していて見分けがつかないなりに見応えがあるものだった。たくさん写真も撮ったから出社したら浅木さんに見せてあげなくちゃ。きっと私よりも詳しいから写真を見ながら私が聞いたことないような面白い薀蓄を聞かせてくれに違いない。
「あ、そうだ。途中で飛んできた航空自衛隊の飛行機があったでしょ? ブルーインパルスの。あそこのパイロットって葛城さんでもなれるの? えっと、転属とかそういう意味で」
「どうなんだろうなあ……」
横でちょっと困った顔をして首を傾げている。
「空自の戦闘機乗りの中でもトップクラスのパイロットがそれぞれの部隊から推薦されて、更にその中から選抜されて入る部隊だから希望してもなかなか難しいと思うぞ?」
「葛城さんはトップクラスの腕じゃないってこと?」
私は葛城さんが飛ばす飛行機にしか乗ったことないから分からないけど、桧山さんは葛城は腕のいいパイロットだって話していた。それってトップクラスってことなんじゃないの?
「上には上がいるってことだよ。見ただろ? 編隊を組んだまま隊列を乱さずにローリングするなんて並以上の技術を持っていなけりゃ無理だ」
葛城さんの説明によると、配属されたとしても一度も飛ぶことなく終わってしまうパイロットさんもいるらしい。選考されて推薦されて配属になっても飛べない人がいるなんてなかなか厳しい部隊だ。私にはよく分からないけど技術だけじゃなくて適正ってのもあるんだとか。
「そんなガッカリした顔をするなよ、もしかして俺に行ってほしいのか?」
「そうじゃなくて葛城さんだって凄いのになって思っただけ」
「ふーん」
あ、また変な「ふーん」が出た。今度は何についてふーんなんだろう。
「なんでそこで胡散臭そうなふーんなの」
褒めてくれて嬉しいとかそういうのは無いわけ?
「だってそうだろ? 俺が凄いって言うけど優は一度しか戦闘機に乗ってないのにどうして分かるんだ? 優が何度も乗っているのは俺の後ろじゃなくて俺の上だろ? そっちのテクが凄いって言うなら分かるが」
「そういう意味じゃない」
ゲシッと葛城さんの腕をげんこつで叩く。どうしてすぐエッチの方へと話題を持っていこうとするかな、このパイロットさんは。
「ってか自分で自分のテクニックを凄いって言う?」
「違うのか?」
「……そりゃまあ、なんて言うか凄いのかもしれないけど」
「かも? かもなのか?」
「え? いや、凄いです、うん、凄い! 葛城さんは凄いです!」
なんだか不穏な目つきをしたので慌てて凄いってことにする。
「なんだよ、その取って付けたような凄いですは」
うわあ、もしかして思いっ切り藪を突いちゃったかもしれない。
「まあそれは後で何とかするとして槇村さんや」
「なんでしょう……」
後で何とかってどういうことでしょうか……。
「ブルーで使用されているのは飛行機じゃなくて練習機な」
「……そこなのか」
「ん?」
「いえいえ、こちらの話です。私にとっては練習機だろうと戦闘機だろうとどれも一緒だよ」
「戦闘機乗りの恋人とは思えん発言だな」
「私にとってはそういうものなの」
「せめて俺が乗っているヤツに関してはきちんと覚えてほしいものだよなあ」
あ、それは大丈夫なんだ。葛城さんが乗っているやつの名前だけはちゃんと覚えたんだよ。
「えーと……イーグル、だよね」
「よくできました」
ただし15とか16とか名前の前についている数字については自信ないし、他のと並べられて葛城さんが乗っているのを選びなさいって言われたらきっと分からないと思うんだけどそれは秘密だ。
そして駐車場にたどり着くとそこには誰もいない。内心では今朝顔を合わせた葛城さんの同級生さんがいなくてホッとした。そりゃ葛城さんは小動物系(それもどうなのよって話だけど)の私の方が好きだって言ってくれたし、その言葉に嘘はないって信じてはいるけど相手はあんなに知的美人なんだもの、分かっていても気後れしちゃうよ。
だけど本当に恋愛感情とか少しもわかなかったのかなって疑問に思う。同性の私から見てもあんなに美人なんだよ? それにお医者さんになるぐらいなんだからきっと成績も良かったに違いないよね? 更にはちょっと話しただけだけど凄く感じも良かったし。しかもさ、駐車場を使わせてくれって連絡を取るってことはそれなりに親しかったってことじゃないの? それと葛城さんが何とも思ってなかったとしても相手の人がどうだったかなんて分からないじゃない? こんな風に親切にしてくれるのだってもしかしたらそういう気持ちがあるからじゃ?とか。うーん、考えれば考えるほどモヤモヤする。
「ところで優、明日は休みなんだろ?」
私がそんなことを頭の中でウダウダと考えているのを知ってか知らずか運転席に落ち着いた葛城さんは相変わらずの口調でそんなことを尋ねてきた。
「うん。いつものお休みの日」
「だったらうちで泊まっていけば?」
「だけど葛城さんは普通に仕事でしょ? いいの?」
「俺は優が泊まっていってくれた方が嬉しいけどな」
嬉しいなんて言われたら断れないよね。
「そう? だったらお言葉に甘えて……」
私が頷くと葛城さんの口元にいつもの笑みを浮かんだ。
「よろしい。それに今晩は俺が凄いってのをちゃんと証明しなきゃいけないしな」
「え?!」
ちょっと待った!! 何を証明しなきゃいけないって?!
「凄いかもなんて疑われたら男の沽券に係わる」
「いやいや、疑ってないです、ちゃんと凄いですって言い直したでしょ?!」
「取って付けたようにな~」
「そんなことないってば。本当に葛城さんは凄いから。うん、間違いなく凄い!!」
「それに俺と巻波のこと、まだ疑ってるよな?」
げっ?! 私、もしかして無意識に口に出してた?!
「え?! 疑ってなんかいないよ? すっごい美人さんだなとは思ったけど」
「ふーん……」
やめてよね、その胡散臭いですと言わんばかりのふーんっての。
「ここに戻った時もあいつがいなくてホッとした顔したよな?」
「な、なんのことかな?!」
なんで分かったかな? 私、そんなに分かりやすい顔してた? 少しばかり挙動不審になりながらシートベルトを締めるとそれを確かめてから葛城さんは車を出した。自転車ではふざけて蛇行運転をするくせにそういうところは超安全運転なんだよね。
「言っておくが俺は巻波とはまったくそういう雰囲気には微塵もならなかったんだからな」
しばらくして葛城さんが口を開いた。
「……どうして?」
「どうしてって、そんなの分かるわけないだろ。とにかくならなかったんだよ」
「そうなの……」
私の声に顔をしかめている。
「なんだ、まだ疑ってるのか?」
「そんなことないけど不思議だなって思っただけ、あーんな美人さんなのにね」
「あいつは優じゃなかったってことだよ。この話はこの辺でおしまい。これ以上疑うようなら本当にお仕置きだぞ。いや、俺と巻波のことを疑ったんだから既にお仕置き案件だな」
「もう、今日はお仕置きとか証明するとか葛城さん無茶苦茶だあ」
「……今夜は寝られないかもなあ、槇村さん」
そう言って浮かべたのは久し振りに見たこれ以上は無いって言うぐらいの黒い笑み。うわあ、どうしよう、本気だよ、この顔は本気だ……。
「明日仕事でしょ? さっさと寝ないと大事な国防のお仕事に支障が出るんじゃないかなあ……」
「国防も大事だが男の沽券にかかわるところは譲れませんなあ」
期待を込めて言ってみたけど駄目みたい。ますます笑みが黒くなっている。
「悪代官になってるよ、葛城さん」
「何とでも言い給え、槇村さん」
誰か助けて……。
+++++
「ね、ねえ、ほら、せっかく買ったたこ焼きが冷たくなっちゃうよ?」
官舎に戻ってきたと同時に葛城さんはさっさとお風呂の用意をして私のことをお風呂場に引っ張り込もうとしている。
「あとで温めれば問題ないだろ? それより風呂の方が先だ。潮風で髪がベタベタになっているから気持ち悪いだろ? 俺は気持ち悪い」
そんなことないって言おうと口を開こうとしたら遮られてしまった。私は帰る途中で見つけたたこ焼き屋さんで買ったたこ焼きが食べたいのに。
「じゃあ、お風呂の後にはたこ焼きだよね?!」
「優が大人しく風呂に入ったらな~」
その口調からして今夜はどう考えてもたこ焼きが食べられそうにない。私、出来立てのアツアツを食べたかったんだよ。温め直すとかそういう問題じゃないんだよ、温かければ良いって話じゃなくて大事なのは出来立てなんだよ、出来立て!! 家に着くまで我慢とか言ってないで一個だけでも車の中で出来立てを堪能しておくべきだったあ……。
「あのさ! 恋人の食欲と自分の性欲とどっちが大事なわけ?」
「そりゃもう言うに及ばず」
顔が性欲って言ってる……。
「そこは恋人の食欲って言うべきでしょーっ!! 私が空腹で倒れたらどうするの!!」
「そりゃ本当に空腹で倒れそうだって言うならそっちを優先してやるけど今の優はどう考えても空腹じゃないだろ」
ああああ、完全に見透かされているっ
「まだ湯船にお湯がはれてないからさ、その前にたこ焼き……」
そんな私の言葉をあざけるようにお湯がたまりましたよというタイマーの音がお風呂場から聞こえてきた。こう、もう少し空気を読んでくれないかなあ、タイマーさんも。あ、そうだ、こういう時は可愛くおねだりするのも一つの手だよって先週の収録の時に来ていた女優の松下日和ちゃんがアドバイスしてくれたっけ。よし、やってみよう。
「えっと、葛城さん、私はたこ焼き食べたいな……?」
頑張って可愛く(当社比)で言ってみる。葛城さんは驚いた顔をして固まった。お、いけるかも?
「もしかして昼に食べたおにぎりに何か変なものでも入ってたか?」
あれ? なにか予想していたのと違う反応なんだけど。しかも地味にムカつく。
「ちょっと、それってどういう……むむむっ」
反論しようとした私の唇を葛城さんはいつものように指でつまんで塞いできた。
「俺に逆らおうだなんて十万年は早いよ槇村さん。ほれ、諦めて風呂に入りなさい」
「むー……」
くそう、日和ちゃん、おねだり攻撃もやっぱりうちのエロパイロットには通用しなかったよ!
「葛城さん……」
「ん?」
「なんかね、まだ足元が揺れているような気がするんだけど葛城さんはそんなことない?」
「特にそんなことはないな」
半日近くを船の上で過ごしていたわけだけど下船した今もまだ揺れている気がして変な感じ。だけどそれは私だけみたいで葛城さんは全く平気みたいだ。
「眩暈がするとか気分が悪いわけじゃないんだよな?」
「うん、それは無いんだけど揺れてる感覚が抜けないだけ」
「膝が痛いわけでもないんだな?」
「そっちも大丈夫」
私の三半規管は船の揺れに弱いってことが判明してしまった。飛行機もダメ船もダメってことは移動するのは陸路限定でないとダメってことだよね、自分で自分がちょっと情けない。こんなんじゃ遠隔地のロケとか無理じゃない?
「今日はさっさと寝た方が良いな」
「別に船酔いとかじゃないんだよ?」
「明日になったらその気持ち悪い揺れも消えてるだろうってことだよ」
「ああ、なるほどね」
それから車をとめさせてもらっていた巻波医院さんの駐車場へと向かいながら今日の感想をあれこれ話し合う。陸上自衛隊と航空自衛隊から参加した飛行機とヘリコプターの他に、招待された他国の海軍さんの軍艦も参加していて見分けがつかないなりに見応えがあるものだった。たくさん写真も撮ったから出社したら浅木さんに見せてあげなくちゃ。きっと私よりも詳しいから写真を見ながら私が聞いたことないような面白い薀蓄を聞かせてくれに違いない。
「あ、そうだ。途中で飛んできた航空自衛隊の飛行機があったでしょ? ブルーインパルスの。あそこのパイロットって葛城さんでもなれるの? えっと、転属とかそういう意味で」
「どうなんだろうなあ……」
横でちょっと困った顔をして首を傾げている。
「空自の戦闘機乗りの中でもトップクラスのパイロットがそれぞれの部隊から推薦されて、更にその中から選抜されて入る部隊だから希望してもなかなか難しいと思うぞ?」
「葛城さんはトップクラスの腕じゃないってこと?」
私は葛城さんが飛ばす飛行機にしか乗ったことないから分からないけど、桧山さんは葛城は腕のいいパイロットだって話していた。それってトップクラスってことなんじゃないの?
「上には上がいるってことだよ。見ただろ? 編隊を組んだまま隊列を乱さずにローリングするなんて並以上の技術を持っていなけりゃ無理だ」
葛城さんの説明によると、配属されたとしても一度も飛ぶことなく終わってしまうパイロットさんもいるらしい。選考されて推薦されて配属になっても飛べない人がいるなんてなかなか厳しい部隊だ。私にはよく分からないけど技術だけじゃなくて適正ってのもあるんだとか。
「そんなガッカリした顔をするなよ、もしかして俺に行ってほしいのか?」
「そうじゃなくて葛城さんだって凄いのになって思っただけ」
「ふーん」
あ、また変な「ふーん」が出た。今度は何についてふーんなんだろう。
「なんでそこで胡散臭そうなふーんなの」
褒めてくれて嬉しいとかそういうのは無いわけ?
「だってそうだろ? 俺が凄いって言うけど優は一度しか戦闘機に乗ってないのにどうして分かるんだ? 優が何度も乗っているのは俺の後ろじゃなくて俺の上だろ? そっちのテクが凄いって言うなら分かるが」
「そういう意味じゃない」
ゲシッと葛城さんの腕をげんこつで叩く。どうしてすぐエッチの方へと話題を持っていこうとするかな、このパイロットさんは。
「ってか自分で自分のテクニックを凄いって言う?」
「違うのか?」
「……そりゃまあ、なんて言うか凄いのかもしれないけど」
「かも? かもなのか?」
「え? いや、凄いです、うん、凄い! 葛城さんは凄いです!」
なんだか不穏な目つきをしたので慌てて凄いってことにする。
「なんだよ、その取って付けたような凄いですは」
うわあ、もしかして思いっ切り藪を突いちゃったかもしれない。
「まあそれは後で何とかするとして槇村さんや」
「なんでしょう……」
後で何とかってどういうことでしょうか……。
「ブルーで使用されているのは飛行機じゃなくて練習機な」
「……そこなのか」
「ん?」
「いえいえ、こちらの話です。私にとっては練習機だろうと戦闘機だろうとどれも一緒だよ」
「戦闘機乗りの恋人とは思えん発言だな」
「私にとってはそういうものなの」
「せめて俺が乗っているヤツに関してはきちんと覚えてほしいものだよなあ」
あ、それは大丈夫なんだ。葛城さんが乗っているやつの名前だけはちゃんと覚えたんだよ。
「えーと……イーグル、だよね」
「よくできました」
ただし15とか16とか名前の前についている数字については自信ないし、他のと並べられて葛城さんが乗っているのを選びなさいって言われたらきっと分からないと思うんだけどそれは秘密だ。
そして駐車場にたどり着くとそこには誰もいない。内心では今朝顔を合わせた葛城さんの同級生さんがいなくてホッとした。そりゃ葛城さんは小動物系(それもどうなのよって話だけど)の私の方が好きだって言ってくれたし、その言葉に嘘はないって信じてはいるけど相手はあんなに知的美人なんだもの、分かっていても気後れしちゃうよ。
だけど本当に恋愛感情とか少しもわかなかったのかなって疑問に思う。同性の私から見てもあんなに美人なんだよ? それにお医者さんになるぐらいなんだからきっと成績も良かったに違いないよね? 更にはちょっと話しただけだけど凄く感じも良かったし。しかもさ、駐車場を使わせてくれって連絡を取るってことはそれなりに親しかったってことじゃないの? それと葛城さんが何とも思ってなかったとしても相手の人がどうだったかなんて分からないじゃない? こんな風に親切にしてくれるのだってもしかしたらそういう気持ちがあるからじゃ?とか。うーん、考えれば考えるほどモヤモヤする。
「ところで優、明日は休みなんだろ?」
私がそんなことを頭の中でウダウダと考えているのを知ってか知らずか運転席に落ち着いた葛城さんは相変わらずの口調でそんなことを尋ねてきた。
「うん。いつものお休みの日」
「だったらうちで泊まっていけば?」
「だけど葛城さんは普通に仕事でしょ? いいの?」
「俺は優が泊まっていってくれた方が嬉しいけどな」
嬉しいなんて言われたら断れないよね。
「そう? だったらお言葉に甘えて……」
私が頷くと葛城さんの口元にいつもの笑みを浮かんだ。
「よろしい。それに今晩は俺が凄いってのをちゃんと証明しなきゃいけないしな」
「え?!」
ちょっと待った!! 何を証明しなきゃいけないって?!
「凄いかもなんて疑われたら男の沽券に係わる」
「いやいや、疑ってないです、ちゃんと凄いですって言い直したでしょ?!」
「取って付けたようにな~」
「そんなことないってば。本当に葛城さんは凄いから。うん、間違いなく凄い!!」
「それに俺と巻波のこと、まだ疑ってるよな?」
げっ?! 私、もしかして無意識に口に出してた?!
「え?! 疑ってなんかいないよ? すっごい美人さんだなとは思ったけど」
「ふーん……」
やめてよね、その胡散臭いですと言わんばかりのふーんっての。
「ここに戻った時もあいつがいなくてホッとした顔したよな?」
「な、なんのことかな?!」
なんで分かったかな? 私、そんなに分かりやすい顔してた? 少しばかり挙動不審になりながらシートベルトを締めるとそれを確かめてから葛城さんは車を出した。自転車ではふざけて蛇行運転をするくせにそういうところは超安全運転なんだよね。
「言っておくが俺は巻波とはまったくそういう雰囲気には微塵もならなかったんだからな」
しばらくして葛城さんが口を開いた。
「……どうして?」
「どうしてって、そんなの分かるわけないだろ。とにかくならなかったんだよ」
「そうなの……」
私の声に顔をしかめている。
「なんだ、まだ疑ってるのか?」
「そんなことないけど不思議だなって思っただけ、あーんな美人さんなのにね」
「あいつは優じゃなかったってことだよ。この話はこの辺でおしまい。これ以上疑うようなら本当にお仕置きだぞ。いや、俺と巻波のことを疑ったんだから既にお仕置き案件だな」
「もう、今日はお仕置きとか証明するとか葛城さん無茶苦茶だあ」
「……今夜は寝られないかもなあ、槇村さん」
そう言って浮かべたのは久し振りに見たこれ以上は無いって言うぐらいの黒い笑み。うわあ、どうしよう、本気だよ、この顔は本気だ……。
「明日仕事でしょ? さっさと寝ないと大事な国防のお仕事に支障が出るんじゃないかなあ……」
「国防も大事だが男の沽券にかかわるところは譲れませんなあ」
期待を込めて言ってみたけど駄目みたい。ますます笑みが黒くなっている。
「悪代官になってるよ、葛城さん」
「何とでも言い給え、槇村さん」
誰か助けて……。
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「ね、ねえ、ほら、せっかく買ったたこ焼きが冷たくなっちゃうよ?」
官舎に戻ってきたと同時に葛城さんはさっさとお風呂の用意をして私のことをお風呂場に引っ張り込もうとしている。
「あとで温めれば問題ないだろ? それより風呂の方が先だ。潮風で髪がベタベタになっているから気持ち悪いだろ? 俺は気持ち悪い」
そんなことないって言おうと口を開こうとしたら遮られてしまった。私は帰る途中で見つけたたこ焼き屋さんで買ったたこ焼きが食べたいのに。
「じゃあ、お風呂の後にはたこ焼きだよね?!」
「優が大人しく風呂に入ったらな~」
その口調からして今夜はどう考えてもたこ焼きが食べられそうにない。私、出来立てのアツアツを食べたかったんだよ。温め直すとかそういう問題じゃないんだよ、温かければ良いって話じゃなくて大事なのは出来立てなんだよ、出来立て!! 家に着くまで我慢とか言ってないで一個だけでも車の中で出来立てを堪能しておくべきだったあ……。
「あのさ! 恋人の食欲と自分の性欲とどっちが大事なわけ?」
「そりゃもう言うに及ばず」
顔が性欲って言ってる……。
「そこは恋人の食欲って言うべきでしょーっ!! 私が空腹で倒れたらどうするの!!」
「そりゃ本当に空腹で倒れそうだって言うならそっちを優先してやるけど今の優はどう考えても空腹じゃないだろ」
ああああ、完全に見透かされているっ
「まだ湯船にお湯がはれてないからさ、その前にたこ焼き……」
そんな私の言葉をあざけるようにお湯がたまりましたよというタイマーの音がお風呂場から聞こえてきた。こう、もう少し空気を読んでくれないかなあ、タイマーさんも。あ、そうだ、こういう時は可愛くおねだりするのも一つの手だよって先週の収録の時に来ていた女優の松下日和ちゃんがアドバイスしてくれたっけ。よし、やってみよう。
「えっと、葛城さん、私はたこ焼き食べたいな……?」
頑張って可愛く(当社比)で言ってみる。葛城さんは驚いた顔をして固まった。お、いけるかも?
「もしかして昼に食べたおにぎりに何か変なものでも入ってたか?」
あれ? なにか予想していたのと違う反応なんだけど。しかも地味にムカつく。
「ちょっと、それってどういう……むむむっ」
反論しようとした私の唇を葛城さんはいつものように指でつまんで塞いできた。
「俺に逆らおうだなんて十万年は早いよ槇村さん。ほれ、諦めて風呂に入りなさい」
「むー……」
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