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今年は一緒に飛びません!
第四話 これって先制攻撃?
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一緒に行くと言う葛城さんを何とか振り切ってドラッグストアに駆け込むと目的のものを探す。
「ああ、もうっ、こういう時に限って探しているものが見つからないって何でなの」
ブツブツ言いながら商品が並んでいる棚の見ながら店内をウロウロとする。ここでもたもたしていると葛城さんがひょっこりと現れるんじゃないかと気が気じゃない。
「あの……」
在庫整理をしていたお姉さんがいたのでおずおずと声をかける。
「はい? あ、いらっしゃいませ!! 何かお探しですか?」
いやいや、元気なのは良いことだけどもうちょっと静かに応対してもらえると助かるんですが……。
「えーっと探しているものがありまして……」
「何をお探しですかー?」
そう言いながらお姉さんがジッと私の顔を見詰めてきた。そしてニパッと笑っていきなり手を握ってきてブンブンと握手をする。
「槇村ちゃんですよね?! 私、お仕事のコーナーを拝見してから大ファンなんです! 今度はいつ出られるんですか?」
……しまった。自分がテレビに出ていて顔が知られているかもしれないなんてこと全く考えずにいたよ。どうしよう、ここで検査薬なんて買ったらあっという間に噂が広がっちゃうよね?
もうここは覚悟を決めてこのお姉さんの良心を信じてみるべき?
「あ、えーと、ここしばらくは体力勝負なお仕事が多いので三輪さんにお任せして私はお休み中なんですよ……それで、ですね」
「そうなんですかー。蒲鉾作りで褒められていたから今度は和菓子あたりを紹介してくれるんじゃないかなって期待してるんですよ!」
なかなか視聴者さんは鋭い。実のところ次は京都の老舗和菓子店に取材に行こうかって話になっていて、ただいま相手のお店と交渉中なのだ。
「あ、すみません! それで何をお探しですか?」
「あの……その……を」
「はい?」
「妊娠検査薬、なんですが……」
お姉さんはこれ以上は無いといった具合に目を見開いている。うん、そうだよね、びっくりだよね、私もびっくりしてるんだよ、お姉さん。
「えっとそれは、そういうことなんですよね……あの雑誌に書かれていたことは本当だったと」
週刊誌もたまには本当のことを書くんだと呟きながら棚の間を歩いていく。そして私がそこで立ち尽くしているのに気が付いたのか振り返って無言のままおいでおいでをした。
「うちにはこれしか置いてないんですが」
「たくさんあっても困っちゃうのでそれで良いです」
「分かりました。じゃあ……」
棚から箱を取るとレジに向かう。
「あの、このことは是非とも御内密にしていただけると嬉しいんですが……」
「お任せください。あの基地の皆さんには日頃から色々と御贔屓にしていただいてますし、私も身内程ではないにしろ遠縁の親戚の御近所さんぐらいの気持ちでいますから」
立ち止まって私のことを見るとニッコリと営業スマイルではない笑みを浮かべた。
「槇村ちゃんの秘密は基地の秘密! 絶対に漏らしませんからね!」
お姉さんは両手でガッツポーズをして力強く頷いて見せた。うん、気持ちは嬉しい。だけど基地の秘密ってことは無いと思うよ、だって今のところ知っているのは医官の野々村さんだけだし。
それだけ買うのも何なのでレジ前に置いてあったレモンとソーダの飴も一袋ずつ買った。そして紙袋を渡してくれる時にお姉さんは“念のためにお医者さんには行ってくださいね”とこっそりと囁いた。
「一体なにを買ってたんだ?」
駐車場では葛城さんが車のボンネットに腰掛けてこっちを見ている。
「飴」
「それだけの為にわざわざ?」
明らかに飴とは違うものが入っている紙袋に気がついてはいたんだろうけど、深く追求しようとはせずにそのまま助手席の方に立つとドアを開けてくれた。
「さっさと座れ。また気分が悪くなったりしたら一大事だ」
「私、病気じゃないんだけど」
「槇村さんの三半規管は最弱なんだ、今日は車にだって酔うかもしれないだろ。さっさと家で落ち着くのが一番だ」
「最弱……」
「反論あるのか?」
「無いです、確かに私の三半規管は最弱かもしれない」
「かもしれないじゃなくて最弱なんだよ」
とは言え、今までの人生で車やバスで酔ったことはないんだけどなあ……。
「じゃあ最弱な三半規管持ちの私の為に安全運転でお願いします」
「了解した。さすがに車ではバレルロールは不可能だからな」
運転席におさまった葛城さんがニヤリと笑った。グルグル回ることは出来なくても変な蛇行運転は出来るよね、自転車の後ろに乗せてくれた時みたいな。まあ車でそんなことしたらあっという間にお巡りさんが飛んで来そうだけど。
+++++
そして葛城さんちにお邪魔してから検査薬を使ってみようとタイミングを伺っていたんだけど、こういう時に限ってあれこれとお世話をやきたがるパイロットさんに張りつかれて出来そうにない。
「もう、なんでそんなにくっついて回るの? 私、そこまで具合が悪いわけじゃないんだけどな」
勝手知ったるお宅ってことでお茶を煎れている時も、後ろに立ってこっちの様子を伺っている葛城さんにイラッとして軽く睨んだ。
「分かってるよ。だけど心配なんだから仕方がないだろ」
「だからって家の中でまで付いて回るなんておかしいでしょ。落ち着かないからあっち行って」
「何だよ。ここは俺の家なんだぞ、俺の好きなようにして何が悪いんだ」
人が心配しているのにとブツブツ言いながら居間の方へと引き返していく。
「だから落ち着かないんだってば。それで? 基地に戻らなくても良いの? いきなり早退なんて出来ないことぐらい私にだって分かってるよ?」
「……送ったら戻るように言われてる」
つまりはさっさと戻らなきゃいけないってことだ。
「帰りは何時?」
「何事も無ければ普通に夜には戻ってくるよ」
「だったら晩御飯にいつものイタリアンのお店でテイクアウトしてきてよ。えっとね、ラザニアとライスボールと……」
気に入っているイタリアンのお店でのテイクアウトを頼んでから無理やり押し出した。
「優、絶対にオッカサンに似てきたぞ。何か話をしたのか?」
「私は寝てただけで野々村さんとはお話してないよ。ああ、どうしてオッカサンなのかは聞いたけど」
鬼嫁まで加わって野々村さん憤慨していたよと付け加えたら葛城さんは可笑しそうに笑った。
「とにかく、ラザニアを忘れないでね。忘れたら追い出すから」
「だからここは俺んちなんだけどな」
「私の物は私の物で葛城さんの物も私の物なの!」
「なんてジャイアン理論……」
「それとジンジャーエールも追加!」
「分かった分かった。ちゃんと買ってくるから大人しくしてろよ」
そう言うと葛城さんは職場へと引き返していった。窓から外を覗いて車が敷地から出ていくのを確かめると紙袋を持ってトイレの個室に入る。そして袋から検査薬を取り出した。こんなもの初めて使うから変に緊張しちゃうよ。
「えっと判定が出るまで一分ね、なるほど」
緊張して出るものも出ないんじゃ?なんて心配だったけどさっきまで飲んでいた炭酸水のお蔭で大丈夫だった。そして私にとっては人生で一番長い一分間。トイレの便座に座りながら腕時計の秒針を見詰める。
「一分ね、一分……そして確かめると」
秒針が一周するのを確かめてから手にしている検査薬を見下ろした。
「本当に陽性だ……」
何かの間違い?もしかして夢を見ているのかも?と思いながらほっぺたをつねってみる。もちろん痛かった。ってことは夢じゃなくて本当の本当に陽性、つまりは妊娠しているってことだ。
それから葛城さんが帰ってくるまで何をしていたのかよく覚えてない。今から帰る、ちゃんとラザニアもライスボールもサラダも買った、他に何かあるか?ってメールが来てやっと我に返ったって感じ。特に無いけどジンジャーエールは買った?って普通に返信できたのが自分でも驚きだった。
しばらくして玄関のチャイムが鳴ったので鍵を開けるために玄関に急ぐ。
ドアを開けると美味しそうな匂いをさせて葛城さんが立っていた。あ、もちろん葛城さんが美味しそうな匂いをさせていた訳じゃなくて、彼が持っている紙袋から匂いが漂っていたってことね。
「おかえり。意外と早かったね」
「今日は航空祭で人出がたくさんだろうってお店の方も外に屋台みたいなのを出してたんだ。それでテイクアウトの客が捌けるのが早かったのかもな。熱いから気をつけろよ」
そう言いながら私に紙袋を差し出した。
「うん。もしかしてケーキもある?」
甘い匂いに気が付いて受け取った紙袋の中を覗き込む。
「リンゴのタルトだったかな。美味そうだったし女の子達が買っているのを見て優も食べるんじゃないかと思って買ってきたんだ」
「すっごーい。メールで返事した後にデザートも何か欲しいなって思ったから通じたのかな」
「だったらメールすれば良いじゃないか。もっと色々と買ってきたのに」
「でもリンゴタルトあるから問題なし」
ヤッホーと言いながら台所へと戻ってご飯の支度を始める。支度と言ってもパックに入っているサラダをお皿に盛りつけたりライスボールを小皿に並べる程度。葛城さんが着替えるより先に準備が終わってしまった。お皿を並べ終わると自分の気が変わらないうちにさっさと打ち明けてしまおうって決心する。
その時は別に葛城さんに先制攻撃を仕掛けようと思っていた訳じゃない、断じて。
「あのさ、葛城さん」
葛城さんが着替えている部屋を覗いた。
「どうした?」
制服をハンガーにかけていた葛城さんが振り返る。
「あのね、さっきドラッグストアで買った物の話なんだけどさ」
「ああ、飴な。それと謎の物体の紙袋だっけ? それがどうした?」
やっぱり紙袋は気になってたんだね。
「……調べたら陽性だったんだよ」
「ヨウセイ? なんのヨウセイなんだ? 鳥? 虫?」
「その幼生じゃなくて、陰性と陽性の陽性……」
「インセイって陰って字のあれか?」
宙に指で文字を描きながら首を傾げる。
「そう」
「で、陽性だった? なにが?」
「何がって私が、なんだけど」
「優が陽性…………陽性?!」
フックにかけようとしていたハンガーが制服ごと足元に落ちたけど、葛城さんはそんなことお構いなしに私のところにやってきて両手で肩をガシッて掴んだ。
「ちょっと待て。ドラッグストアで買った紙袋の謎の物体で調べたら陽性だったってことなんだよな?」
「うん、私がね」
しばらくの間があって葛城さんは今度は恐る恐るといった感じで口を開いた。
「……それってもしかしてもしかするとそういう話なのか?」
「多分ね」
「ってことは今日のことは優の三半規管が最弱のせいじゃなかったってことか」
「私の三半規管が最弱なのは変わらないと思うけど今日のことはそうなんだと思う」
しばらく私のことを見詰めながら黙っていた葛城さんが何故か変な笑いを浮かべながら口を開く。
「ってことはあれだな」
「あれとは?」
「もうあの時しかないな」
「……どういうこと?」
何を言っているのか分からなくてニヤニヤしている葛城さんを見上げる。
「俺の命中精度は凄い」
「ちょっと、どういうこと? 私にも分かるように話して」
「練度は大事、うん大事だ」
「ねえ一体どういうこと?」
こっちは、あの時かな?そうじゃなくてあの時?なんて悩んでいるのに葛城さんはまったく悩んでないのは何故? しかも本人は心当たりがピンポイントであるみたいなんだけど。
しかも聞き出そうとしてもニヤニヤするばかりで教えてくれないし何気にムカつく。
「優」
「なによ、話してくれる気になった?」
「俺の命中精度はイーグルより凄いとだけ言っておく。で、ちゃんと医者には行くんだろ? その時は一緒に行きたいから前もって知らせてくれ」
練度が大事とか命中精度が凄いとか自衛官用語で言われてもこっちは分からなんだってば! そんな文句を言っても葛城さんはニヤニヤするばかりでまったく話にならない。
「産んでも良いってこと?」
「当たり前だ。それ以外の選択肢なんて無いだろ」
そしてご飯を食べる時もお風呂に入る時も、更には寝る時も葛城さんはずっとデレデレしっぱなしだった。ああ、もちろん翌朝も!!
とまあ打ち明けた直後はちょっとばかりおかしくなっていた葛城さんだったけれど、そこからの行動の素早さといったらちょっとした見ものだった。まさにスクランブル発進を地でいく感じ。本人は喜んでくれているみたいだし、その点で安心したものの、もう少し振り回される身になってほしいと思ったのは内緒だ。
「ああ、もうっ、こういう時に限って探しているものが見つからないって何でなの」
ブツブツ言いながら商品が並んでいる棚の見ながら店内をウロウロとする。ここでもたもたしていると葛城さんがひょっこりと現れるんじゃないかと気が気じゃない。
「あの……」
在庫整理をしていたお姉さんがいたのでおずおずと声をかける。
「はい? あ、いらっしゃいませ!! 何かお探しですか?」
いやいや、元気なのは良いことだけどもうちょっと静かに応対してもらえると助かるんですが……。
「えーっと探しているものがありまして……」
「何をお探しですかー?」
そう言いながらお姉さんがジッと私の顔を見詰めてきた。そしてニパッと笑っていきなり手を握ってきてブンブンと握手をする。
「槇村ちゃんですよね?! 私、お仕事のコーナーを拝見してから大ファンなんです! 今度はいつ出られるんですか?」
……しまった。自分がテレビに出ていて顔が知られているかもしれないなんてこと全く考えずにいたよ。どうしよう、ここで検査薬なんて買ったらあっという間に噂が広がっちゃうよね?
もうここは覚悟を決めてこのお姉さんの良心を信じてみるべき?
「あ、えーと、ここしばらくは体力勝負なお仕事が多いので三輪さんにお任せして私はお休み中なんですよ……それで、ですね」
「そうなんですかー。蒲鉾作りで褒められていたから今度は和菓子あたりを紹介してくれるんじゃないかなって期待してるんですよ!」
なかなか視聴者さんは鋭い。実のところ次は京都の老舗和菓子店に取材に行こうかって話になっていて、ただいま相手のお店と交渉中なのだ。
「あ、すみません! それで何をお探しですか?」
「あの……その……を」
「はい?」
「妊娠検査薬、なんですが……」
お姉さんはこれ以上は無いといった具合に目を見開いている。うん、そうだよね、びっくりだよね、私もびっくりしてるんだよ、お姉さん。
「えっとそれは、そういうことなんですよね……あの雑誌に書かれていたことは本当だったと」
週刊誌もたまには本当のことを書くんだと呟きながら棚の間を歩いていく。そして私がそこで立ち尽くしているのに気が付いたのか振り返って無言のままおいでおいでをした。
「うちにはこれしか置いてないんですが」
「たくさんあっても困っちゃうのでそれで良いです」
「分かりました。じゃあ……」
棚から箱を取るとレジに向かう。
「あの、このことは是非とも御内密にしていただけると嬉しいんですが……」
「お任せください。あの基地の皆さんには日頃から色々と御贔屓にしていただいてますし、私も身内程ではないにしろ遠縁の親戚の御近所さんぐらいの気持ちでいますから」
立ち止まって私のことを見るとニッコリと営業スマイルではない笑みを浮かべた。
「槇村ちゃんの秘密は基地の秘密! 絶対に漏らしませんからね!」
お姉さんは両手でガッツポーズをして力強く頷いて見せた。うん、気持ちは嬉しい。だけど基地の秘密ってことは無いと思うよ、だって今のところ知っているのは医官の野々村さんだけだし。
それだけ買うのも何なのでレジ前に置いてあったレモンとソーダの飴も一袋ずつ買った。そして紙袋を渡してくれる時にお姉さんは“念のためにお医者さんには行ってくださいね”とこっそりと囁いた。
「一体なにを買ってたんだ?」
駐車場では葛城さんが車のボンネットに腰掛けてこっちを見ている。
「飴」
「それだけの為にわざわざ?」
明らかに飴とは違うものが入っている紙袋に気がついてはいたんだろうけど、深く追求しようとはせずにそのまま助手席の方に立つとドアを開けてくれた。
「さっさと座れ。また気分が悪くなったりしたら一大事だ」
「私、病気じゃないんだけど」
「槇村さんの三半規管は最弱なんだ、今日は車にだって酔うかもしれないだろ。さっさと家で落ち着くのが一番だ」
「最弱……」
「反論あるのか?」
「無いです、確かに私の三半規管は最弱かもしれない」
「かもしれないじゃなくて最弱なんだよ」
とは言え、今までの人生で車やバスで酔ったことはないんだけどなあ……。
「じゃあ最弱な三半規管持ちの私の為に安全運転でお願いします」
「了解した。さすがに車ではバレルロールは不可能だからな」
運転席におさまった葛城さんがニヤリと笑った。グルグル回ることは出来なくても変な蛇行運転は出来るよね、自転車の後ろに乗せてくれた時みたいな。まあ車でそんなことしたらあっという間にお巡りさんが飛んで来そうだけど。
+++++
そして葛城さんちにお邪魔してから検査薬を使ってみようとタイミングを伺っていたんだけど、こういう時に限ってあれこれとお世話をやきたがるパイロットさんに張りつかれて出来そうにない。
「もう、なんでそんなにくっついて回るの? 私、そこまで具合が悪いわけじゃないんだけどな」
勝手知ったるお宅ってことでお茶を煎れている時も、後ろに立ってこっちの様子を伺っている葛城さんにイラッとして軽く睨んだ。
「分かってるよ。だけど心配なんだから仕方がないだろ」
「だからって家の中でまで付いて回るなんておかしいでしょ。落ち着かないからあっち行って」
「何だよ。ここは俺の家なんだぞ、俺の好きなようにして何が悪いんだ」
人が心配しているのにとブツブツ言いながら居間の方へと引き返していく。
「だから落ち着かないんだってば。それで? 基地に戻らなくても良いの? いきなり早退なんて出来ないことぐらい私にだって分かってるよ?」
「……送ったら戻るように言われてる」
つまりはさっさと戻らなきゃいけないってことだ。
「帰りは何時?」
「何事も無ければ普通に夜には戻ってくるよ」
「だったら晩御飯にいつものイタリアンのお店でテイクアウトしてきてよ。えっとね、ラザニアとライスボールと……」
気に入っているイタリアンのお店でのテイクアウトを頼んでから無理やり押し出した。
「優、絶対にオッカサンに似てきたぞ。何か話をしたのか?」
「私は寝てただけで野々村さんとはお話してないよ。ああ、どうしてオッカサンなのかは聞いたけど」
鬼嫁まで加わって野々村さん憤慨していたよと付け加えたら葛城さんは可笑しそうに笑った。
「とにかく、ラザニアを忘れないでね。忘れたら追い出すから」
「だからここは俺んちなんだけどな」
「私の物は私の物で葛城さんの物も私の物なの!」
「なんてジャイアン理論……」
「それとジンジャーエールも追加!」
「分かった分かった。ちゃんと買ってくるから大人しくしてろよ」
そう言うと葛城さんは職場へと引き返していった。窓から外を覗いて車が敷地から出ていくのを確かめると紙袋を持ってトイレの個室に入る。そして袋から検査薬を取り出した。こんなもの初めて使うから変に緊張しちゃうよ。
「えっと判定が出るまで一分ね、なるほど」
緊張して出るものも出ないんじゃ?なんて心配だったけどさっきまで飲んでいた炭酸水のお蔭で大丈夫だった。そして私にとっては人生で一番長い一分間。トイレの便座に座りながら腕時計の秒針を見詰める。
「一分ね、一分……そして確かめると」
秒針が一周するのを確かめてから手にしている検査薬を見下ろした。
「本当に陽性だ……」
何かの間違い?もしかして夢を見ているのかも?と思いながらほっぺたをつねってみる。もちろん痛かった。ってことは夢じゃなくて本当の本当に陽性、つまりは妊娠しているってことだ。
それから葛城さんが帰ってくるまで何をしていたのかよく覚えてない。今から帰る、ちゃんとラザニアもライスボールもサラダも買った、他に何かあるか?ってメールが来てやっと我に返ったって感じ。特に無いけどジンジャーエールは買った?って普通に返信できたのが自分でも驚きだった。
しばらくして玄関のチャイムが鳴ったので鍵を開けるために玄関に急ぐ。
ドアを開けると美味しそうな匂いをさせて葛城さんが立っていた。あ、もちろん葛城さんが美味しそうな匂いをさせていた訳じゃなくて、彼が持っている紙袋から匂いが漂っていたってことね。
「おかえり。意外と早かったね」
「今日は航空祭で人出がたくさんだろうってお店の方も外に屋台みたいなのを出してたんだ。それでテイクアウトの客が捌けるのが早かったのかもな。熱いから気をつけろよ」
そう言いながら私に紙袋を差し出した。
「うん。もしかしてケーキもある?」
甘い匂いに気が付いて受け取った紙袋の中を覗き込む。
「リンゴのタルトだったかな。美味そうだったし女の子達が買っているのを見て優も食べるんじゃないかと思って買ってきたんだ」
「すっごーい。メールで返事した後にデザートも何か欲しいなって思ったから通じたのかな」
「だったらメールすれば良いじゃないか。もっと色々と買ってきたのに」
「でもリンゴタルトあるから問題なし」
ヤッホーと言いながら台所へと戻ってご飯の支度を始める。支度と言ってもパックに入っているサラダをお皿に盛りつけたりライスボールを小皿に並べる程度。葛城さんが着替えるより先に準備が終わってしまった。お皿を並べ終わると自分の気が変わらないうちにさっさと打ち明けてしまおうって決心する。
その時は別に葛城さんに先制攻撃を仕掛けようと思っていた訳じゃない、断じて。
「あのさ、葛城さん」
葛城さんが着替えている部屋を覗いた。
「どうした?」
制服をハンガーにかけていた葛城さんが振り返る。
「あのね、さっきドラッグストアで買った物の話なんだけどさ」
「ああ、飴な。それと謎の物体の紙袋だっけ? それがどうした?」
やっぱり紙袋は気になってたんだね。
「……調べたら陽性だったんだよ」
「ヨウセイ? なんのヨウセイなんだ? 鳥? 虫?」
「その幼生じゃなくて、陰性と陽性の陽性……」
「インセイって陰って字のあれか?」
宙に指で文字を描きながら首を傾げる。
「そう」
「で、陽性だった? なにが?」
「何がって私が、なんだけど」
「優が陽性…………陽性?!」
フックにかけようとしていたハンガーが制服ごと足元に落ちたけど、葛城さんはそんなことお構いなしに私のところにやってきて両手で肩をガシッて掴んだ。
「ちょっと待て。ドラッグストアで買った紙袋の謎の物体で調べたら陽性だったってことなんだよな?」
「うん、私がね」
しばらくの間があって葛城さんは今度は恐る恐るといった感じで口を開いた。
「……それってもしかしてもしかするとそういう話なのか?」
「多分ね」
「ってことは今日のことは優の三半規管が最弱のせいじゃなかったってことか」
「私の三半規管が最弱なのは変わらないと思うけど今日のことはそうなんだと思う」
しばらく私のことを見詰めながら黙っていた葛城さんが何故か変な笑いを浮かべながら口を開く。
「ってことはあれだな」
「あれとは?」
「もうあの時しかないな」
「……どういうこと?」
何を言っているのか分からなくてニヤニヤしている葛城さんを見上げる。
「俺の命中精度は凄い」
「ちょっと、どういうこと? 私にも分かるように話して」
「練度は大事、うん大事だ」
「ねえ一体どういうこと?」
こっちは、あの時かな?そうじゃなくてあの時?なんて悩んでいるのに葛城さんはまったく悩んでないのは何故? しかも本人は心当たりがピンポイントであるみたいなんだけど。
しかも聞き出そうとしてもニヤニヤするばかりで教えてくれないし何気にムカつく。
「優」
「なによ、話してくれる気になった?」
「俺の命中精度はイーグルより凄いとだけ言っておく。で、ちゃんと医者には行くんだろ? その時は一緒に行きたいから前もって知らせてくれ」
練度が大事とか命中精度が凄いとか自衛官用語で言われてもこっちは分からなんだってば! そんな文句を言っても葛城さんはニヤニヤするばかりでまったく話にならない。
「産んでも良いってこと?」
「当たり前だ。それ以外の選択肢なんて無いだろ」
そしてご飯を食べる時もお風呂に入る時も、更には寝る時も葛城さんはずっとデレデレしっぱなしだった。ああ、もちろん翌朝も!!
とまあ打ち明けた直後はちょっとばかりおかしくなっていた葛城さんだったけれど、そこからの行動の素早さといったらちょっとした見ものだった。まさにスクランブル発進を地でいく感じ。本人は喜んでくれているみたいだし、その点で安心したものの、もう少し振り回される身になってほしいと思ったのは内緒だ。
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