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今年は一緒に飛びません!
第六話 これも専守防衛?
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「優……」
「なに?」
「なんかニコニコしている駅員がこっち見てる……」
「うん、あれがお父さん」
電車から降りるとホームの一角に異様なオーラを垂れ流しながら立っている駅員さんが約一名。そんな気配を察しているのか、お客さんの流れがその駅員さんの近くに来ると綺麗に二つに分かれて遠巻きにしていくのが何とも可笑しい。
「なるほど、まさに笑顔大魔神だな」
「でしょ?」
仕事中に大っぴらに声をかけるのも気が引けるからそのまま無視して通り過ぎてしまおうかと考えていると、あちらからニコニコ顔の笑顔大魔神がのんびりとした足取りで近付いてきた。まさか挨拶がわりに一発殴らせろとか言わないよね?
「お父さん、ただいま」
「おかえり」
私の隣に立っている葛城さんの方に手を振る。
「えっと、こちらが電話で話していた葛城一馬さん」
「はじめまして。優の父です」
そう言ってニコニコ顔のまま右手を差し出した。
「……はじめまして、葛城です」
二人が握手をする。二人の間に変な空気が流れて一瞬だけ葛城さんが顔をしかめた。そして何故か口元に変な笑みを浮かべて父親のことを見詰める。
「???」
父親は相変わらずニコニコしながら葛城さんのことを見ているんだけど、何故か口元が不自然にヒクヒクしていた。
「あのさ、公衆の目があるところで殴り合わないでいてくれるのは嬉しいんだけど、そんなふうにお互いの手を握ったまま見つめ合うのもどうかと思うよ?」
見るからに妙な空気が流れてるし……。
「男同士にしか分からない挨拶だよ」
葛城さんが変な笑みを浮かべたまま口を開くと父親も頷いた。
「そういうことだ、優は口を出さんでよろしい」
「なんで二人して分かり合っちゃってるのよ、ムカつく」
しばらくして二人は手を離した。そして相変わらずお互いに変な笑顔を浮かべている。
「優、母さんが楽しみにしながら待ってるからできるだけ早く顔を出してやりなさい。父さんは、そうだな、いつも通りの時間には帰ると伝えれば分かる」
父親がやっと葛城さんから視線を外して私のことを見下ろした。
「うん。ホテルに荷物を置いたらすぐに行くつもりではいるの」
「じゃあまた後でな。葛城さんも後ほど改めて」
そう言って制帽のつばに軽く手をやって会釈をするとその場を離れていった。相変わらずお客さんが遠巻きになるってことは変なオーラを出しっ放しってことだよね。
「……いきなり何だったの。わ、葛城さん手が大変なことになってる……!」
さっきまで父親と握手をしていた手が赤くなっている。よく見ると手の甲には指の形がしっかりついていた。
「あっちも同じようになってるだろうからお互いさまだ」
手を軽く振りながら葛城さんはニッと黒っぽい笑みを浮かべる。
「どういうこと?」
「だから言ったろ? 男同士にしか分からない挨拶だって」
「まさか脳筋流な挨拶……?」
「なんだ、それ」
苦笑いする葛城さんと改札口を目指す。
「よくあるじゃない。ボロボロになるまで殴り合った後でお互いによくやったって言って肩を叩いて仲良くなるやつ。あれなんじゃないの?」
「俺と優の親父さんの挨拶はそこまで暑苦しいものじゃなかっただろ」
「いや、十分に暑苦しかったけど」
「なんでだ」
そりゃホームで殴り合うとか罵倒し合うとか新聞沙汰な緊急事態が起きなかったことに関してはホッとした。だけどあの握手、絶対にそれだよね。
「それにだな、俺と親父さんはまだ仲良くなったわけじゃないからな」
「え……」
「ところで優の親父さんってスポーツをなにかしてたのか?」
首を傾げている私のことなんてお構いなしに葛城さんは話題を変えてきた。
「スポーツっていうか学生時代にスキーのスラロームの国体選手だったことはあったみたい。母ともスキー場で出会ったって聞いたことあるし」
「へえ……それは一度ご教授願いたいな」
その顔を見ていると嫌な予感しかしないんだけど……。
改札口を出ると駅近くに予約を入れたホテルにチェックインをする。それから部屋で一旦落ち着いてから実家に電話を入れた。
「お母さん? 優だけど今こっちのホテルにチェックインしたよ……うん、お父さんにはホームで会った。何時ごろそっちに行ったら良いかな? ……OK、それまではこっちはこっちで適当に市内観光でしてるよ」
電話を切ると窓際に立って外を眺めている葛城さんに声をかける。
「お父さんが帰ってきてからの方が話が一度で済むから夜に顔を出してって」
「そうか。それまではどうする?」
「葛城さんは北海道は初めてなんでしょ? せっかくこっちに来たんだもの、観光しようよ。あ、小樽は近いよ? 電車で一時間もかからないしそっちにも行ってみる?」
そういう訳で実家に戻るまでの間は札幌から小樽にまで足を伸ばして観光をすることになった。
あっちこっちを見て回ってその間も楽しんでいるように見えた葛城さんだけど、いつもの彼と比べると上の空っぽい時もあったりして、やっぱり多少なりとも私の両親に挨拶に行くことで緊張しているのかな?なんて思ったり。
「大丈夫? もしかしてお父さんと会うのが気が進まないとか?」
札幌市内に戻ってきて自宅に向かう途中で葛城さんに尋ねた。
「そんなことはないさ。最初の挨拶はちゃんと終わっているから問題ない」
「挨拶ねえ……」
ホームでやっていた二人だけの謎の握手会のことね。男の心理ってなかなか理解できないよ。
「まさか自宅でいきなりテーブルを飛び越えて取っ組み合いをするなんてことはないよね?」
「それは優の親父さん次第じゃないか?」
「……マジですか?」
「さて。普通で考えたら結婚する前に娘を孕ませたんだ、怒って当然だとは思うけどな、取っ組み合いをするかどうかはさておき」
だけどそれって葛城さんだけのせいじゃないわけで私だってもうちゃんとした大人だ。葛城さんだけが責められるのは間違っている気がする。……ってことは私も同時に叱られるってことか。あ、なんだか急に憂鬱になってきた。
「お母さん同士が家族同然にお付き合いをしていても駄目なんだよね、きっと」
「家族同然であっても法的にはそうじゃないからな」
そして我が家に到着。
「おお、なんだか庭が立派になってる」
「そうなのか?」
「うん。前は芝生だけだったんだけど色々と増えてる」
最近うちの母親はガーデニングが趣味の葛城さんのお母さんと仲良くなったせいか、本格的にお庭づくりに精を出していると聞いていた。こっちは夏は短いし冬の寒さも本州とは比べ物にならないからなかなか難しいらしいけど今じゃ写真を送り合っているらしい。私も写真では何度か見せてもらっていたけどまさかここまで変わっているとは思っても見なかったよ。
「ただいまー」
玄関のドアを開けると懐かしい我が家の匂い。奥から母親が顔をだした。
「お帰りなさい」
「お母さん、こちらが葛城さん」
「今更だけど初めまして。お母様とはよく電話で話しているから初めてお会いした気がしないわね」
「いつも色々と送っていただいているようで、有り難うございます」
「いいのよ。娘がお世話になっているんだもの、あれぐらいしか送ることが出来なくて逆に申し訳ないぐらい。さ、どうぞ」
うちの母親、私が葛城さんのお宅でお世話になってから、お中元お歳暮のシーズンにはあれやこれやと北海道の名産品を送っているらしい。リビングに行くとソファに陣取ってこっちを胡散臭げに見詰めているミニチュアダックスとハチワレ猫と目があった。
「息子は今年から大学生で家を出て下宿しているの。今日は残念だけど帰ってこれないって言っていたわ」
夕飯前だからお茶だけで我慢してねとお茶を持ってきて私達の前に置きながら言った。
「お父さんとは会ったのよね?」
「うん。二人で手を握り合ってた」
私の言葉に母親は何があったのか察したらしく可笑しそうに笑う。
「御免なさいね、一馬さん。うちの人、頭が固いから」
「いえ。子供を持つ親としては当然のことですから」
「でも初孫が生まれるらしいって分かった途端に浮かれちゃってね、今じゃ雑誌で赤ちゃん用品を眺めたりしているの。ああ、もちろん私には内緒のつもりでいるみたいだから、今のことは私達だけの秘密ね」
難しい顔をして座っても本心はそれだから気にしないでねと笑った。そうこうしているうちにガレージのシャッターが開く音がして車のエンジン音がする。
「いつもより早いわね。勇んで御帰宅らしいわ」
楽しそうに笑いながら玄関へと言ってしまう母親。
「少なくともお母さんは味方なのかな」
「うちの母親は動じない人だから」
そりゃあ最初に報告した時はビックリしていたんだけど、葛城さんとはちゃんと結婚するつもりだって話をしたら安心していたし本心はどうであれ今は私達の味方だ。
しばらくして着替えた父親がリビングに顔を出した。今度は笑顔大魔神ではなく気難しい父親の顔をしている。葛城さんは立ち上がって頭を下げた。
「改めて初めまして。葛城一馬と申します。先ほどは失礼しました」
「いや、こちらこそ」
先ほどはっていうのは手を握り合ったことを指しているみたい。父親の手をこっそり見れば葛城さんと同じように手の甲に痣のようなものが出来ている。つまりはあの時の勝負は引き分けってことらしい。
「お父さん、あまり話を長引かせないでね。晩御飯が遅くなったら片付けるのも遅くなって色々と段取りが狂って大変なんだから」
横に座った母親がさり気無く言うと父親は分かっていると顔をしかめた。
「それで、娘に赤ん坊ができたという話なんだがそれは本当なのかね?」
「はい」
「君が父親だと?」
「その点はまったく疑っていません。優さんのお腹のいるのは自分と彼女の子供です」
父親は私のことをチラリと見たので頷く。もちろん葛城さん以外の誰かが父親だなんてことは有り得ない。
「それでどうするつもりでいるんだね、そのう、何というか……」
「もちろん自分達の子供として産んでもらいます。つまりは優さんを妻にするということですが」
「結婚するということかね?」
「はい。ですがその前に御両親に挨拶をしなければと思い伺いました」
「ここで私達が反対だと言ったらどうするつもりだ?」
「そこは諦めて下さいとしか言いようがありません、こちらの御両親が孫の顔を見られなくなるのは非常に残念ですが」
葛城さんの答えに母親がプッと噴き出した。さっき聞いた赤ちゃん用品の件をさっそく利用しちゃうんだから葛城さんてば策士だ。
「お父さんはどうか知らないけれど私は初孫の顔を見たいわね」
さり気無い母親の援護射撃にも感謝しなきゃ。
「……それでいつ結婚するつもりなんだね、子供が既にいるということはそんなにのんびりもしていられないだろう」
「入籍を先に済ませ、式は彼女が安定期に入ってからということに二人で決めました。時間的な余裕がこれだけあれば御両親にも式に来ていただけますし。もちろん出る気があるのならばということですが」
「あら、お父さんはともかく私は出席させていただくわよ、娘の結婚式ですもの。息子もきっと私と同意見だと思うわ」
二人して父親の周りの堀を埋めているって言うか壁を積み上げているって言うか……。
「お父さん、反対なの?」
「……いや、二人とも大人なんだし、そういう訳ではないんだが……」
「もったいぶってないでちゃんとお祝いの言葉を言ってあげれば良いじゃない。まったく強情なんだから」
母親が溜め息混じりに呟くとますます難しい顔をした。
「そういう問題じゃない」
「初孫の顔、見たくないんだ?」
「見たいに決まっている! ……あ」
言ってしまってから“しまった”という顔をしたけど後の祭りっていうやつだ。
「お父さんの負けね。さ、ご飯にしましょうか、北海道名物を期待していたなら申し訳ないけど我が家はそっちと大して変わらないわよ」
母親は笑いながら立ち上がった。
「私も手伝うよ」
「お父さんと一馬さんを二人っきりにしておいて大丈夫? 気が付いたらリビングが戦場になっていたなんてことになったら困るんだけど」
「自分は自衛官で専守防衛が基本です。相手が撃ってこない限りは攻撃しません」
その割には言葉で煽っていたような気がするけどその点は目を瞑っていてあげよう。
「つまりはお父さんが大人しくしていれば問題なしってことよね」
その言葉に父親は心底嫌そうな顔をした。
私と母親が台所に立っている間、葛城さんと父親の間でどんな会話がされたのかは分からないけれど、食卓の準備が出来る頃には最初のころのギクシャクした感じはそれなりに消えていた。
ご飯を食べている時も私に対して、葛城君にそっちのおかずを取ってやりなさいとかビールを注いでやりなさいとか口煩く言っていたところを見ると、仲良くなったかどうかは別としてある程度の和解はなされたんだろうなと思う。
「なに?」
「なんかニコニコしている駅員がこっち見てる……」
「うん、あれがお父さん」
電車から降りるとホームの一角に異様なオーラを垂れ流しながら立っている駅員さんが約一名。そんな気配を察しているのか、お客さんの流れがその駅員さんの近くに来ると綺麗に二つに分かれて遠巻きにしていくのが何とも可笑しい。
「なるほど、まさに笑顔大魔神だな」
「でしょ?」
仕事中に大っぴらに声をかけるのも気が引けるからそのまま無視して通り過ぎてしまおうかと考えていると、あちらからニコニコ顔の笑顔大魔神がのんびりとした足取りで近付いてきた。まさか挨拶がわりに一発殴らせろとか言わないよね?
「お父さん、ただいま」
「おかえり」
私の隣に立っている葛城さんの方に手を振る。
「えっと、こちらが電話で話していた葛城一馬さん」
「はじめまして。優の父です」
そう言ってニコニコ顔のまま右手を差し出した。
「……はじめまして、葛城です」
二人が握手をする。二人の間に変な空気が流れて一瞬だけ葛城さんが顔をしかめた。そして何故か口元に変な笑みを浮かべて父親のことを見詰める。
「???」
父親は相変わらずニコニコしながら葛城さんのことを見ているんだけど、何故か口元が不自然にヒクヒクしていた。
「あのさ、公衆の目があるところで殴り合わないでいてくれるのは嬉しいんだけど、そんなふうにお互いの手を握ったまま見つめ合うのもどうかと思うよ?」
見るからに妙な空気が流れてるし……。
「男同士にしか分からない挨拶だよ」
葛城さんが変な笑みを浮かべたまま口を開くと父親も頷いた。
「そういうことだ、優は口を出さんでよろしい」
「なんで二人して分かり合っちゃってるのよ、ムカつく」
しばらくして二人は手を離した。そして相変わらずお互いに変な笑顔を浮かべている。
「優、母さんが楽しみにしながら待ってるからできるだけ早く顔を出してやりなさい。父さんは、そうだな、いつも通りの時間には帰ると伝えれば分かる」
父親がやっと葛城さんから視線を外して私のことを見下ろした。
「うん。ホテルに荷物を置いたらすぐに行くつもりではいるの」
「じゃあまた後でな。葛城さんも後ほど改めて」
そう言って制帽のつばに軽く手をやって会釈をするとその場を離れていった。相変わらずお客さんが遠巻きになるってことは変なオーラを出しっ放しってことだよね。
「……いきなり何だったの。わ、葛城さん手が大変なことになってる……!」
さっきまで父親と握手をしていた手が赤くなっている。よく見ると手の甲には指の形がしっかりついていた。
「あっちも同じようになってるだろうからお互いさまだ」
手を軽く振りながら葛城さんはニッと黒っぽい笑みを浮かべる。
「どういうこと?」
「だから言ったろ? 男同士にしか分からない挨拶だって」
「まさか脳筋流な挨拶……?」
「なんだ、それ」
苦笑いする葛城さんと改札口を目指す。
「よくあるじゃない。ボロボロになるまで殴り合った後でお互いによくやったって言って肩を叩いて仲良くなるやつ。あれなんじゃないの?」
「俺と優の親父さんの挨拶はそこまで暑苦しいものじゃなかっただろ」
「いや、十分に暑苦しかったけど」
「なんでだ」
そりゃホームで殴り合うとか罵倒し合うとか新聞沙汰な緊急事態が起きなかったことに関してはホッとした。だけどあの握手、絶対にそれだよね。
「それにだな、俺と親父さんはまだ仲良くなったわけじゃないからな」
「え……」
「ところで優の親父さんってスポーツをなにかしてたのか?」
首を傾げている私のことなんてお構いなしに葛城さんは話題を変えてきた。
「スポーツっていうか学生時代にスキーのスラロームの国体選手だったことはあったみたい。母ともスキー場で出会ったって聞いたことあるし」
「へえ……それは一度ご教授願いたいな」
その顔を見ていると嫌な予感しかしないんだけど……。
改札口を出ると駅近くに予約を入れたホテルにチェックインをする。それから部屋で一旦落ち着いてから実家に電話を入れた。
「お母さん? 優だけど今こっちのホテルにチェックインしたよ……うん、お父さんにはホームで会った。何時ごろそっちに行ったら良いかな? ……OK、それまではこっちはこっちで適当に市内観光でしてるよ」
電話を切ると窓際に立って外を眺めている葛城さんに声をかける。
「お父さんが帰ってきてからの方が話が一度で済むから夜に顔を出してって」
「そうか。それまではどうする?」
「葛城さんは北海道は初めてなんでしょ? せっかくこっちに来たんだもの、観光しようよ。あ、小樽は近いよ? 電車で一時間もかからないしそっちにも行ってみる?」
そういう訳で実家に戻るまでの間は札幌から小樽にまで足を伸ばして観光をすることになった。
あっちこっちを見て回ってその間も楽しんでいるように見えた葛城さんだけど、いつもの彼と比べると上の空っぽい時もあったりして、やっぱり多少なりとも私の両親に挨拶に行くことで緊張しているのかな?なんて思ったり。
「大丈夫? もしかしてお父さんと会うのが気が進まないとか?」
札幌市内に戻ってきて自宅に向かう途中で葛城さんに尋ねた。
「そんなことはないさ。最初の挨拶はちゃんと終わっているから問題ない」
「挨拶ねえ……」
ホームでやっていた二人だけの謎の握手会のことね。男の心理ってなかなか理解できないよ。
「まさか自宅でいきなりテーブルを飛び越えて取っ組み合いをするなんてことはないよね?」
「それは優の親父さん次第じゃないか?」
「……マジですか?」
「さて。普通で考えたら結婚する前に娘を孕ませたんだ、怒って当然だとは思うけどな、取っ組み合いをするかどうかはさておき」
だけどそれって葛城さんだけのせいじゃないわけで私だってもうちゃんとした大人だ。葛城さんだけが責められるのは間違っている気がする。……ってことは私も同時に叱られるってことか。あ、なんだか急に憂鬱になってきた。
「お母さん同士が家族同然にお付き合いをしていても駄目なんだよね、きっと」
「家族同然であっても法的にはそうじゃないからな」
そして我が家に到着。
「おお、なんだか庭が立派になってる」
「そうなのか?」
「うん。前は芝生だけだったんだけど色々と増えてる」
最近うちの母親はガーデニングが趣味の葛城さんのお母さんと仲良くなったせいか、本格的にお庭づくりに精を出していると聞いていた。こっちは夏は短いし冬の寒さも本州とは比べ物にならないからなかなか難しいらしいけど今じゃ写真を送り合っているらしい。私も写真では何度か見せてもらっていたけどまさかここまで変わっているとは思っても見なかったよ。
「ただいまー」
玄関のドアを開けると懐かしい我が家の匂い。奥から母親が顔をだした。
「お帰りなさい」
「お母さん、こちらが葛城さん」
「今更だけど初めまして。お母様とはよく電話で話しているから初めてお会いした気がしないわね」
「いつも色々と送っていただいているようで、有り難うございます」
「いいのよ。娘がお世話になっているんだもの、あれぐらいしか送ることが出来なくて逆に申し訳ないぐらい。さ、どうぞ」
うちの母親、私が葛城さんのお宅でお世話になってから、お中元お歳暮のシーズンにはあれやこれやと北海道の名産品を送っているらしい。リビングに行くとソファに陣取ってこっちを胡散臭げに見詰めているミニチュアダックスとハチワレ猫と目があった。
「息子は今年から大学生で家を出て下宿しているの。今日は残念だけど帰ってこれないって言っていたわ」
夕飯前だからお茶だけで我慢してねとお茶を持ってきて私達の前に置きながら言った。
「お父さんとは会ったのよね?」
「うん。二人で手を握り合ってた」
私の言葉に母親は何があったのか察したらしく可笑しそうに笑う。
「御免なさいね、一馬さん。うちの人、頭が固いから」
「いえ。子供を持つ親としては当然のことですから」
「でも初孫が生まれるらしいって分かった途端に浮かれちゃってね、今じゃ雑誌で赤ちゃん用品を眺めたりしているの。ああ、もちろん私には内緒のつもりでいるみたいだから、今のことは私達だけの秘密ね」
難しい顔をして座っても本心はそれだから気にしないでねと笑った。そうこうしているうちにガレージのシャッターが開く音がして車のエンジン音がする。
「いつもより早いわね。勇んで御帰宅らしいわ」
楽しそうに笑いながら玄関へと言ってしまう母親。
「少なくともお母さんは味方なのかな」
「うちの母親は動じない人だから」
そりゃあ最初に報告した時はビックリしていたんだけど、葛城さんとはちゃんと結婚するつもりだって話をしたら安心していたし本心はどうであれ今は私達の味方だ。
しばらくして着替えた父親がリビングに顔を出した。今度は笑顔大魔神ではなく気難しい父親の顔をしている。葛城さんは立ち上がって頭を下げた。
「改めて初めまして。葛城一馬と申します。先ほどは失礼しました」
「いや、こちらこそ」
先ほどはっていうのは手を握り合ったことを指しているみたい。父親の手をこっそり見れば葛城さんと同じように手の甲に痣のようなものが出来ている。つまりはあの時の勝負は引き分けってことらしい。
「お父さん、あまり話を長引かせないでね。晩御飯が遅くなったら片付けるのも遅くなって色々と段取りが狂って大変なんだから」
横に座った母親がさり気無く言うと父親は分かっていると顔をしかめた。
「それで、娘に赤ん坊ができたという話なんだがそれは本当なのかね?」
「はい」
「君が父親だと?」
「その点はまったく疑っていません。優さんのお腹のいるのは自分と彼女の子供です」
父親は私のことをチラリと見たので頷く。もちろん葛城さん以外の誰かが父親だなんてことは有り得ない。
「それでどうするつもりでいるんだね、そのう、何というか……」
「もちろん自分達の子供として産んでもらいます。つまりは優さんを妻にするということですが」
「結婚するということかね?」
「はい。ですがその前に御両親に挨拶をしなければと思い伺いました」
「ここで私達が反対だと言ったらどうするつもりだ?」
「そこは諦めて下さいとしか言いようがありません、こちらの御両親が孫の顔を見られなくなるのは非常に残念ですが」
葛城さんの答えに母親がプッと噴き出した。さっき聞いた赤ちゃん用品の件をさっそく利用しちゃうんだから葛城さんてば策士だ。
「お父さんはどうか知らないけれど私は初孫の顔を見たいわね」
さり気無い母親の援護射撃にも感謝しなきゃ。
「……それでいつ結婚するつもりなんだね、子供が既にいるということはそんなにのんびりもしていられないだろう」
「入籍を先に済ませ、式は彼女が安定期に入ってからということに二人で決めました。時間的な余裕がこれだけあれば御両親にも式に来ていただけますし。もちろん出る気があるのならばということですが」
「あら、お父さんはともかく私は出席させていただくわよ、娘の結婚式ですもの。息子もきっと私と同意見だと思うわ」
二人して父親の周りの堀を埋めているって言うか壁を積み上げているって言うか……。
「お父さん、反対なの?」
「……いや、二人とも大人なんだし、そういう訳ではないんだが……」
「もったいぶってないでちゃんとお祝いの言葉を言ってあげれば良いじゃない。まったく強情なんだから」
母親が溜め息混じりに呟くとますます難しい顔をした。
「そういう問題じゃない」
「初孫の顔、見たくないんだ?」
「見たいに決まっている! ……あ」
言ってしまってから“しまった”という顔をしたけど後の祭りっていうやつだ。
「お父さんの負けね。さ、ご飯にしましょうか、北海道名物を期待していたなら申し訳ないけど我が家はそっちと大して変わらないわよ」
母親は笑いながら立ち上がった。
「私も手伝うよ」
「お父さんと一馬さんを二人っきりにしておいて大丈夫? 気が付いたらリビングが戦場になっていたなんてことになったら困るんだけど」
「自分は自衛官で専守防衛が基本です。相手が撃ってこない限りは攻撃しません」
その割には言葉で煽っていたような気がするけどその点は目を瞑っていてあげよう。
「つまりはお父さんが大人しくしていれば問題なしってことよね」
その言葉に父親は心底嫌そうな顔をした。
私と母親が台所に立っている間、葛城さんと父親の間でどんな会話がされたのかは分からないけれど、食卓の準備が出来る頃には最初のころのギクシャクした感じはそれなりに消えていた。
ご飯を食べている時も私に対して、葛城君にそっちのおかずを取ってやりなさいとかビールを注いでやりなさいとか口煩く言っていたところを見ると、仲良くなったかどうかは別としてある程度の和解はなされたんだろうなと思う。
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