桃と料理人 - 希望が丘駅前商店街 -

鏡野ゆう

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本編

第二話 桃香、ご飯チェックされる

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 行き倒れていたところを居酒屋とうてつの皆さんに助けられてから数週間。相変わらずの残業続きで倒れそうだけれど、少なくとも夕飯は何とかお腹に収まるようになった。それもとうてつさんの板さん嗣治さんのお蔭。

 行き倒れた次の日、帰宅する途中の商店街、居酒屋の前で腕組みをして立っている嗣治さんがいた。

「こんばんはー、昨日は色々とすみませんでした」

 頭を下げると嗣治さんはそっけない様子で気にするなと私の言葉を遮ってきた。

「……ところで今日はちゃんと昼飯だか夕飯だかを食ったのか?」
「まあ何とか」
「何を食った?」
「えっと……」

 尋ねられたので何も考えずに正直に食べたものを口にした。今日のお昼はおにぎり、晩御飯は黄色い箱に入ったフルーツ味の何とかメイト。それぞれお茶と紅茶付。ちゃんと栄養はあるから問題ないよね? だけどそう思っていたのは私だけだったみたい。

「……ちょっと来い」

 そして私は猫掴みされて閉店間際の居酒屋へ。

 そんな私をここの女将さんの籐子さんは別に驚く風もなく“いらっしゃい”と出迎えてくれた。私の方はと言えば、もう一人の板前さんが片づけているカウンターの席に座らされ何故かちんまりと待つ羽目に。嗣治さんが何か作っているのは分かるんだけど、おかしいなあ……私、今はそんなに空腹じゃないから食べさせてもらわなくても大丈夫なのに。

 ちょっと困惑した顔をしていたんだと思う。もう一人の板前さん ―― のちに徹也さんという名前だと判明  ―― が少しだけ気の毒そうに微笑みながら温かいお茶を出してくれた。そして出てきたのはホッケの塩焼きとお新香とお味噌汁、そして白ごはん!

「あまりもんで作ったからバランスは悪いが、とにかく食え」

 怖い顔でそう言われたら食べないわけにはいかないよ。それにお魚、最後に塩焼きされたての食べたのなんていつだったかな、しかもあまりもんって言うには豪勢だよね。そんなことを考えながら、いただきますと両手を合わせてから箸を取った。美味しいよ~焼きたてのほっけちゃん。

 そしてその日から毎晩何故か嗣治さんが店の前に立っていることが多くなり、帰ってきた私をその場で呼び止めて食べたお昼ご飯や夕ご飯を尋問する、そして私は何故か怖い顔をした嗣治さんに猫掴みで店内へ連行れるというパターンが定着してしまった。何を食べたか尋ねる時の嗣治さんって取り調べ中の一課の芦田さんみたいでかなり怖いよ。



「今日は何食った」
「大豆バーと野菜ジュース」
「ちょっと来い」

 あれ? おかしいなあ……


+++++


 そして今日の会話もお決まりなこんな感じで始まった。最近はその怖い顔もかなり慣れてきたかな、なんて呑気なことを考えながら嗣治さんのことを見上げた。

「今日は何食った」
「えっとですね、大豆バーと野菜ジュース、それからプリン!」

 嗣治さんは大きな溜息をつくと、いつものように私を猫掴みして店内に引っ張っていく。おっかしいなあ……バランスも良いし今回はデザートもつけてみたんだけど、これでも駄目みたいだ。行き倒れより遥かにマシになったと思うんだけど、そう思っているのはやっぱり私だけみたい。

「あら、いらっしゃい」
「お邪魔します~」

 猫掴みされたままいつものカウンター席に連行、残っているお客さん達の視線が痛い。やっぱり取調室に連行される犯人みたいだよ、いやいや犯人はこんな風に猫つかみされたりしないけど。そして席に着いた私の前に嗣治さんが器を出してきた。これでも食ってご飯の用意が出来るまで待っていろってことらしい。

 バラ肉の角煮風新じゃが添え、ちょっと長い名前だからどう略そうか悩んでいると笑うのは徹也さん。

「これ、嗣治さんが作ったんですか?」
「いや、俺」
「あ、そうなんだ」

 ここに来るといつも嗣治さんが作ったものばかり食べているので、徹也さんが作ったものが出されるなんてちょっと予想外。だけどお肉もジャガイモも味が染み込んでいて美味しい~。嗣治さんも徹也さんもお料理が上手で羨ましいな。

「それで? 今日は何を食べたんだ?」
「えっと、ですから大豆バーに野菜ジュース、それからデザートにプリンです。大きな事件が起きるとお昼ご飯にこんだけ食べられるのって奇跡に近いんですけどね、私、ちゃんと食べましたよ?」

 偉いでしょ?と同意を求めたんだけど、徹也さんも籐子さんも首を横に振るだけ。あれ……やっぱり駄目なの?

「桃香ちゃん、それはご飯じゃなくておやつよ……?」
「え?! そうなんですか?」

 ってことは、たまにカロリー何ちゃらや大豆じゃなくてチョコレートバーで済ましていることがバレちゃったら、まんまおやつだって言われてもっと怒られるってこと? ううっ、チョコレートバーの時は黙って大豆バーって言っておこうとこっそり決めた。

「俺が学生時分に独り暮らししていた頃の方がマシなもの食ってたな」

 籐子さんと徹也さんの言葉にちょっと考えてしまった。だって本当に仕事中は時間ないんだもん。特に今は大きな事件が幾つか入ってきちゃってて私だけでなく皆がそんな状態。更に飛び込みで芦田さんが調査の依頼をねじ込んできたりするものだから、職場はちょっとしたパニック状態だよ。データ解析している間に五分くらいで食べられるものって何かある?

「モモ、これ食ってみろ」

 嗣治さんが出してきたのは野菜の煮凝りと小さなおむすびが何個か。上にちょこんと具材が乗っているのが可愛らしい。

「可愛いですね、これ」
「それなら簡単で片手でも食べられるだろう」
「ああ、なるほど~」

 つまりはデータを読みながらでも片手間で食事が出来るってことだ。そして野菜に関してはバランスの問題ってことらしい。私、ちゃんと考えて食べてるんだけど、嗣治さん的には私の食生活って有り得ないほど乱れ切った食生活なんだそうだ。でもさ、捜査中の芦田さんなんてお昼御飯が毎日お蕎麦らしいよ? それでも元気なんだから私も大丈夫だと思うんだけどな、少なくともお蕎麦だけより栄養価は高いんだし。

「嗣治さんはいいお嫁さんになれますよ♪」
「いいから黙って食え」
「だったら桃香ちゃんは嗣治の旦那さんだな」

 徹也さんの言葉におむすびを手にした手が途中で止まってしまったし、カウンター越しの嗣治さんの方ではお玉か何かが派手な音を立てた。

「え゛?!」
「徹さん……っ!」
「だって仕事から戻ってくる旦那を待っていて食事の用意をする。嗣治はいい嫁だろ? なあ、籐子」
「それに残業続きでもちゃんと寄り道もしないで真っ直ぐ帰ってくる、桃香ちゃんはいい旦那様よね」
「うぇ?」
「籐子さんまでっ」

 アワアワする私達をその場に残し、籐子さんと徹也さんは閉店の準備をすると言ってフロアの方へと言ってしまった。あわわ、行かないで~~っ! そんな話をした後に二人っきりにされるとなんだか気まずいんだよぉ!

「あ、あのっ、今日はこれで帰ります……」
「ま、待て。せっかく用意したんだからちゃんと食ってけ」

 うう、手毬風のおむすび……確かに美味しそうだもん。気まずいけど食べる。


 そんなわけで、しばらくして何故か私のお昼のお弁当を嗣治さんが作ってくれることになったんだ。良いのかな、これで……。
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