報酬はその笑顔で

鏡野ゆう

文字の大きさ
34 / 34
小話

但馬さんの休暇

しおりを挟む
第二十三話のあと、実家に帰省した時の但馬たじまさんのお話です。



+++++



「ただいま」

 久し振りに実家の敷居をまたぐ。廊下の突き当りにある居間から、母親が顔をだした。

「おかえり。元気にしてた?」
「それなりにね。そっちは?」
「私はいつも元気よー」

 出迎えてくれたのは母親と、何年か前に母親が拾ってきた黒猫だった。猫は、俺の顔を見て鼻をヒクヒクさせると、ここへの着陸を許可すると言わんばかりに、ニャーンと鳴いた。

「お前も元気そうでなによりだよ、クロベエ。これ、いつもので申し訳ないけど、おみやげ」

 そう言いながら、もってきた紙袋を差し出す。

「そんな気をつかわなくてもいいのに」
「まあ、気持ちだから」

 紙袋を母親に押しつけると、靴をぬいで家にあがった。

「荷物、おいてくるよ」

 2階の自分の部屋は、前に帰省した時のままだった。空気を入れ替えるために、窓を全開にする。窓から一気に、冷たい空気が流れ込んできた。

「さすがに沼津ぬまづも、この時期は寒いな……」

 それでも、三沢みさわに比べたら温かいものだ。そんなことを考えながら、上着を脱いでハンガーにかけた。

正義まさよしー、お茶、はいったよー」

 下から母親が呼ぶ声がする。部屋を出て階段をおりようとしたら、下からクロベエが俺を見つめていた。どうやら俺を待っていたらしい。

「心配しなくても、今からそっちに行くよ」

 その言葉を理解したのか、駆け足で居間へと走っていった。そしてテーブルに飛び乗ったらしく、母親がしかる声が響く。

「相変わらず、ここはにぎやかだよな……」

 やれやれと首を振りながら、居間にはいった。

「そう言えば、みんな元気?」
「元気だったわよー。今年は正義が新年会に間に合わなくて残念がってたわ」

 「みんな」とは親せき連中のことだ。毎年、元旦に集まって新年会をするのだが、今年は休みの都合で俺は不参加だった。

「俺がって言うより、俺が渡すお年玉がじゃないのかな」
「そんなこと言って! ま、子供としては、お年玉をくれる人間が減るのは、死活問題かもしれないわね」

 母親は笑いながら、テーブルにお茶と、俺が買ってきたお菓子を置いた。

「それで?」
「それでとは?」
「みんなとも話してたんだけど、子供世代最年長の正義君に、お相手はできたのかしらって」

 うっかり湯呑みを落としそうになる。

「いったいぜんたい、当人がいないところでどんな話をしてたのさ」
「そりゃあ、そんな話よ。お年頃筆頭なんだから、そういう話が出てもおかしくないんじゃないの?って話。どうなの?」

 母親の質問にため息をついた。

「パイロットとして基地に貼りついている俺に、そんな出会いがあるとでも?」
「その昔、『研究室にこもっている化学オタクに、そんな出会いがあるとでも?』と言った人を知ってる」
「それ、父さんじゃ」

 俺の指摘に、母親が笑う。

 両親が出会ったのは、某国立大学の研究所だった。父親はそこで研究員として、母親はその研究所に出入りしていた大学教授の助手として働いていた。つまり、父親からしたら「出会い」が向こうからやってきたというわけだ。

「それで? 出会いがやってくることはなかったの? 自衛隊にだって女性隊員はいるんでしょ?」
「そりゃまあ?」

 今まで同じ職場にいる女性隊員達を、そんな目で見たことは一度もなかったが。

「で? どうなの?」
「職場ではそんな出会いはないよ。だけど、そうだな……職場以外の場所で、出会いがあった」
「あらまあ、おめでとー♪」
「まだどうなるか、わからないけどね」

 とは言え、あの真っ直ぐな彼女を見ていると、もう行きつく先は決まっているんじゃないかと、思わないでもない。

「ウエディングベルは鳴りそう?」
「だから、まだどうなるかわからないって、言ってるだろ?」
「あらそう。でも、安心した。これで正義も一人じゃなくなるわけね」

 その言葉にピンとくるものを感じ、あらためて母親の顔をみつめる。いつもと変わらない顔。だが、なにか隠している気配がする。

「もしかして、恋人でもできた?」
「やあねえ。私がいくつになったか知ってるでしょ? 新しい恋なんてする年じゃないわよ」

 両親が離婚したのは、俺が小学校低学年の時だった。特に夫婦仲が悪かったわけでもなく、ある日突然、「お父さんとお母さん、離婚するから」という言葉だけで、それぞれが別の場所で生活をすることになったのだ。

 親権を持ったのは母親で、俺は母親と生活することになった。父親は養育費を払い続け、学校の節目節目の行事には、かならず顔を出してくれていた。そのことに対して、母親もイヤがる素振りを見せたことがなかった。

 そしてお互いに同じ分野で働いていることもあり、今でも連絡を取り合ったり、食事をしたりしているようだ。離婚したことを知らなければ、今でもごく普通の、単身赴任生活をしている、仲の良い夫婦に見えているに違ない。

「俺も子供じゃないんだから、気にすることないよ」
「そんなんじゃないのよ」

 母親は、手をヒラヒラさせながら笑う。

「そうじゃなくてね、再婚することにしたの」
「あ、そうなんだ」

 恋愛をすっ飛ばして再婚とか。まあ、この人らしいと言えばらしいのか?

「相手は? 俺が知ってる人?」
「もちろん。お父さんよ」
「……は?」
「だから、あなたのお父さん。私の元旦那様ね」

 一瞬、自分の日本語能力がゼロになった気がした。いま、なんて言った?

「父さんと再婚するってこと?」
「そうよ」

 その言葉を頭の中で繰り返す。大丈夫だ、俺の日本語能力は平常運転だ。

「あのさ。いまさら元サヤってどういうこと? だったらどうして、あの時に離婚したんだって話にならないかな」
「元に戻るわけじゃないわよ。あの時の私達と、今の私達は違うもの」
「どうみても同じに見えるけど」
「反対なの?」
「いや。別に反対してるわけじゃないよ」

 こっちも父親との関係は良好だ。特になにか問題があるわけではない。だがやはり、両親が離婚した時に受けた、自分のショックは一体なんだったのかと、複雑な気持ちにはなった。

「あのころは私達も若かったの。それぞれやりたいこともあったし」
「昔と今との違いは年のことだけ? やりたいことは今も山盛りだろ?」
「あとは、正義が独立して自分の時間が増えたってことかな。そのおかげで、お互いの時間を作れるようになったってことかしら。もちろん、息子のあなたのことは大切に思ってるわよ。でもあの頃は、自分達の仕事の時間、子供との時間、夫婦の時間、それぞれの時間のバランスを、うまくとれなかったの。だからどれかを手放すしかなかった」
「そして手放したのは夫婦の時間だった、と」
「そういうこと」

 そして子供の俺が独立し、夫婦としての時間を持てる余裕ができたということか。

「よくもまあ、今までお互いに他の相手ができなかったもんだ」
「そりゃ、私もお父さんも、研究所に貼りついてるから」
「なるほど」

 普通の家庭とは違う形ではあったが、両親が子供との時間を大事にしてくれたことに対しては、感謝しなくてはならないな。

「あとは正義がお付き合いしている人を、私達が紹介してもらうだけね」
「気が早いよ」
「そう?」

 すでに彼女のお姉さんや甥っ子姪っ子達と面識があることは、当分、黙っておいたほうが良さそうだ。

「まあ、彼女を紹介するにしても、その前にきちんと、そっちの身辺整理をしておいてくれないと困るよ?」
「どういうこと?」

 母親が首をかしげる。

「だから。離婚した両親が、再び同じ相手と再婚するなんて、説明するのがいろいろとややこしいだろ? 紹介する前に、さっさと元サヤにおさまっておいてください。そうすれば余計な説明がはぶけるから」
「あら、薄情ね。そのぐらい、説明してくれても良いじゃない」
「いずれはするさ。だけどいきなりだと情報量が多すぎだろ?」

 息子の自分ですら、情報量が多すぎて混乱気味なのだから。

「あらそう? だったら、お父さんと相談してみる」
「よろしく」

 どうせなら今晩、晩御飯に呼び出しましょと言って、嬉しそうにメールをする母親の様子にため息をつく。

―― ま、本人達が幸せなら、それで良いんだけどさ…… ――

 やれやれと首をふる俺の膝に、クロベエが飛び乗ってきた。
しおりを挟む
感想 37

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(37件)

ねむちゃん
2025.05.06 ねむちゃん

自衛隊の事は何にも知らないけど、読んでいて楽しかったです。

2025.05.07 鏡野ゆう

ねむちゃんさん

ありがとうございます!
楽しんでもらえて嬉しいです♪

解除
F-茶々
2020.10.07 F-茶々

お久しぶりです。eagleです。
まさか、スマイリーさんの続編が読めるなんて!!
嬉しすぎです。

2020.10.07 鏡野ゆう

eagleさん

ありがとうございます!
続編てほどではないのですが、本編のお正月休みに帰省したスマイリーさんの話で書きました。
とんでもない両親だーーー\(^o^)/と思いつつ、スマイリーパパ&ママに幸あれ(笑)

解除
きぃち
2020.10.07 きぃち

スマイリー但馬さんの新しいお話読ませていただきました(*´ω`*)
この後の動きが楽しみです♪

2020.10.07 鏡野ゆう

きぃちさん

ありがとうございます( ^ ^ ♪
続き、書けるかな~
気長にお持ちください!

解除

あなたにおすすめの小説

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました

小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」 二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。 第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。 それから二十年。 第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。 なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。 不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。 これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。 ※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。

25年目の真実

yuzu
ミステリー
結婚して25年。娘1人、夫婦2人の3人家族で幸せ……の筈だった。 明かされた真実に戸惑いながらも、愛を取り戻す夫婦の話。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

あなたへの恋心を消し去りました

恋愛
 私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。  私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。  だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。  今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。  彼は心は自由でいたい言っていた。  その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。  友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。  だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。 ※このお話はハッピーエンドではありません。 ※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。