11 / 35
本編
第十一話 二人と一匹の部屋割り
しおりを挟む
私の元自宅から物が減っていくと言うことは、東出先生のお宅に私の物が増えると言うことで、居候ではなく本格的に一緒に暮らすとなると、色々と放っておけないこととか、決めなくちゃいけないことも出てくるわけで。
「ねえ、先生。そろそろ、ちゃんと部屋割りを考えないと、先生のソファ暮らしが定着しちゃうよ?」
「部屋割り?」
その日、珍しく早く帰ってきた先生と、一緒に晩御飯を食べながら話を切り出した。
「うん。今のままじゃ先生、リビングに住み着いちゃうことになるじゃない。だから今後のためにも、ちゃんとした部屋割りをしなきゃ」
だってこのまま放っておいたら、私の机や本棚を、先生の部屋に置くことになっちゃいそうなんだもの。先生はそれでかまわないって言ってくれているけど、それってやっぱり考えものだと思うのよね。
「別に俺は、今のままでもかまわないけどな」
「かまわなくない」
一人暮らしの東出先生のお宅、一人なのに何故か部屋が三つある。一つは先生のベッドがあって私が使わせてもらっている、部屋としては一番大きな部屋。それから現在進行形で先生の服が山積みになりつつある、壁一面難しい本がたくさん並んだ本棚のある書斎と称される部屋。そして納戸あつかいで、なんでもかんでもごちゃごちゃと置かれている、なんでも部屋。
そして今のところ一番問題なのは、先生の寝室になっちゃってるリビングだ。
「絶対に良くないよ。ちゃんとしたベッドで寝なきゃ」
「慣れてるから」
これは最初の時に聞いたこと。病院の当直の時、忙しすぎて控室まで戻る時間が無くて、待合室の長椅子で寝ることもあるから、ソファで寝ることなんて大したことないんだとか。それにうちのソファは高級で、座り心地も良いんだぞだって。でもいくら座り心地が良くても、ソファはソファなんだから、寝るのには絶対に適してないと思うのよね。だからやっぱり、今の状態はなんとかしなくちゃ。
「慣れてるとか慣れてないとか、そういう問題じゃないと思うよ? でね、考えたんだけど、なんでも部屋を私の仕事兼寝室にしてもらえると、助かるんだけどな。これで先生は、ちゃんと自分のベッドで寝られるじゃない?」
「なんでも部屋?」
先生がそんな部屋あったか?という顔をした。
「色んなものが放り込んである、あっちの部屋。そこそこの広さはあるのに、今みたいな物置状態なのはもったいないでしょ? 備え付けのクローゼットもあることだし、片づけたら、私が持ってきた服と仕事道具一式は、あそこで充分に収まりそうだもの」
ただ、机と本棚は入りそうだけど、ベッドはちょっと無理っぽい。フローリングでお布団は無理があるし、出費は痛いけど、折り畳みができるソファ式ベッドを探してみようかな。
「あの部屋は気に入らないのか?」
あの部屋というのは、私が使わせてもらっている先生のお部屋のことだ。
「そんなことないよ。日当たりも最高だし、とっても寝心地の良いベッドもあるし。ベッドは、さすがお医者さんがお勧めするメーカーだなって、感心しちゃった。だけど、あそこはもともと先生の部屋で、ベッドだって先生のベッドでしょ? 私があそこに居る限り、先生はソファで寝続けるんだもの。だから、あっちの部屋に私の場所を作って欲しいの」
私もイラストを描いたりするのに、もうちょっと落ち着ける場所が欲しい。そりゃ、先生の机を使わせてもらっているから場所的には問題ないけど、やっぱり自分のやりやすいように道具が並んでいる、専用のスペースが欲しいって思うのだ。
「今の部屋じゃ、駄目なのか?」
「だからー。先生がソファで寝ちゃうことが大問題なの。それに、私も自分の仕事をするのに、ちゃんとしたスペースが欲しい」
私の言葉に、先生はお箸を止めて考え込んだ。
「……じゃあ、部屋にあるものを片づけないとな。だが、恵の家にあったベッドは、どう考えても入らないだろ」
「うん。だからね、折りたたみ式のパイプベッドでも買おうかなって、考えてるの。先生があのベッドを買ったところに、そういうの売ってる?」
「折り畳み式なあ……」
そんなものはあったかなあと呟く。
「だったら、こっちの部屋のベッドを買い替えるか?」
「先生のベッドを?」
でも、今のベッドはうちのやつより大きいから、あっちの部屋に入らない気がするんだけど。
「サイズを大きいやつにして」
「今のベッドより大きいってことは何サイズ? キングサイズってやつ?」
「……」
先生が急に黙り込んだかと思ったら、いきなりうめいて両手で顔を覆った。
「ちょっ、先生、なんでそこで顔を隠しちゃうの?! どうしたの?! 風邪?! お腹痛くなった?!」
もしかして、急に具合が悪くなったんじゃ?って心配して、のぞきこむ。
……ん? なんか顔が赤い気がする、しかも耳まで。
「先生、なんだか赤いよ? 顔だけじゃなくて、耳も赤いんじゃないかな」
「分かっている。自分でも、馬鹿じゃないか俺はって思っているところだからな」
しばらくして溜め息をつきながら、先生が顔から手を離した。なんだかメチャクチャ困惑した顔をしている。
「ねえ、どういうこと?」
「仕事部屋を作ることはともかく、あの部屋のベッドをキングサイズにしておけば、二人で一緒に寝られるだろ? それに俺達が一緒に寝れば、グミもあっちこっち移動して、毎晩うろうろするような、落ち着かない状態にはならないだろ」
「グミじゃなくてキャラメルだってば。で、私達、一緒に川の字ね、なるほど」
うなづきながら何気なく呟いていたら、急に恥ずかしくなってきた。居候していた時から、あまりにも変化の無い状態が続いていて忘れがちたけど、私達が一緒に暮らすってことは、単なるルームシェアをしている同居人ってことじゃなくて、そういうことも含まれているってことなんだよね。
「……どうして先生が、顔と耳を赤くしてうめいたか分かった気がする」
「それでどうだ? 俺と一緒に寝ることに対しては、異議なし?」
「えっと……でも、折り畳み式のベッドは買っても良い?」
私の言葉に、先生がちょっと不機嫌そうな顔をした。
「あ、一緒に寝るのが嫌だってことじゃないの。締め切りが迫って遅くまで仕事している時あるし、そういう時は部屋でそのまま寝ちゃえる方が楽だし。途中でゴソゴソして、先生のこと起こしちゃうのも悪いかなって。駄目かな?」
先生はまだ不満げな顔をしていたけど、分かったと言ってうなづいてくれた。
「じゃあ、それで決まり?」
「そうだな。今度、俺が休みの時に見に行くか」
「うん」
そういうわけで「何でも部屋」を、私の仕事部屋兼時々寝室にすることが決まった。
+++++
そして、私の前の部屋の退出が完了した頃に、やっと先生の「まともな」お休みの日がやってきた。ちなみにこの「まともなお休み」をとるのにも、一悶着あったらしい。そのへんの事情は、先生が嫌そうな顔をして話したがらないので、西入先生のお宅に遊びにいった時にでも、それとなく聞いてみようと思ってる。
キャラメルは、私達が出掛ける用意をしているのを見て、いつものように一緒に連れて行ってもらえると思ったらしく、バスケットの前でちょこんと座って待っていたけど、今度ばかりはお留守番。出掛ける寸前まで恨めし気な顔をして、私と先生を交互に見上げていたのが少しだけ可哀想だった。
「帰ったら拗ねてそう」
車に乗ってからも気になって、部屋のベランダを見上げる。もちろん鍵がかけてあるから、キャラメルは出ることはできないけど。
「一人で留守番することも慣れないとな」
「そうだけどさ」
「じゃあ留守番をした御褒美に、今夜はあのカフェに連れて行ってやろう」
「ふてくされて、ベッドの下から出てこなかったりして」
私が買い物に出掛けた後なんかも、ベッドの下でふてくされてるし。
「自分を置いて出掛けるなんて、ひどいパパとママだって?」
「先生と私がパパとママ?」
「それ以外になんて言えば?」
「うーん。一般的に飼い主さんは、猫の下僕とか言われてるけど」
「たしかに、ブラシ係にされて奉仕させられてるよな」
先生は呑気に笑っているけど、パパとママ発言にはちょっとドキッとしてしまった。
実のところ、ベッドを買い替えるって話になってから、急に先生と私の間で緊張感が生まれていた。こんな風に出掛ける時はそんなことないんだけど、一緒に並んでテレビを見ている時とか、お休みなさいって私が部屋に引っ込む時とか。なんて言うか今更ながらの性的緊張感、みたいな?
同居を始めた時に、キスを一回された以外は何も変わらなくて、拍子抜けな気分になっていたことも事実なんだけど、いざそういう雰囲気になってくると、自分でも戸惑うぐらいにドキドキしちゃうっていうか。それにこの前、偶然、洗面所の棚の中に見つけちゃったんだよね……その、エッチする時に男の人が使うもの。先生はまだリビングのソファで寝てるけど、新しいベッドがきたら、私達の関係は今までと違うものになるのかな……。
「恵、顔が赤いぞ? 大丈夫か?」
交差点の信号で車が止まった時、先生が心配そうに手をのばしてきて、額に手を当てる。
「え? そうかな? ほら、新しい家具を選ぶなんてそう無いことだから、ちょっと興奮しちゃってるの。ここ最近は平熱だよ」
「なら良いんだが。少しでも体調がおかしいと思ったら、遠慮なく言えよ?」
「うん、分かってます」
先生が私の発熱のことで、心配性になっていて良かった。エッチなことがあれこれ頭の中をよぎっていたのを、見透かされたんじゃないかってドキッとしてしまったよ。
+++
「せ、先生、ベッドって、こんなに高い物なの?!」
そしてお店でベッド選びを始めた私は、ベッドの値段を見てびっくりしながらヒソヒソとささやく。なんか私が思っていた金額より、明らかにゼロが一つ以上多いんだけど!
「まあ、キングサイズともなるとそれなりに。それに、ちゃんとしたものを買った方が後々困らないぞ。安物だと、使っている内に人間の体重でたわんだりしてくるからな」
「そういうものなの? あ、こっちの下が収納になってるよ。これだったら、何でも部屋にある細々としたものが入れられるね」
何でも部屋に置かれていたもので意外と多かったのは、先生の難しい本以外の本や映画のDVDだった。なんでも、気になって買ったまでは良いけど、時間が無くてまったく手つかずになっている本とDVDらしい。言われてみれば、本屋さんの紙製のブックカバーがかかったままの本や、CDショップの袋に入ったままのDVDが積み置きされていたものね。
「ここにしまっておけば、気が向いた時に読めるじゃない? それにDVDだって観なきゃもったいないよ」
「まあ場所を変えても、タンスの肥やしになる可能性の方が、圧倒的に高いんだが……」
「もったいないなあ。チラッと見せてもらったけど、面白そうな本がいろいろあったよ。私、シリーズ物になってるやつを、読み始めたところ」
「どうやら恵のほうが、俺より先に読破しそうな勢いだな」
先生が楽しそうに笑った。
「先生も頑張って読まなきゃ」
「だが新しいベッドが来たら、そんな時間はないと思うんだがな」
「そうなの? 病院が忙しくなりそうってこと?」
「そうじゃなくて、せっかく一緒に寝られるようになるんだ。その辺のことを、俺が考えていないとでも?」
先生が、思わせぶりな顔をして私のことを見下ろす。考えてないとは思ってないよ、だってほら、あれを買ったってことは、使う気があるってことだし? 使う気があるってことは、私とエッチする気があるってことだし? だけど本を読む時間もないぐらいって一体……?
「恵だってそうだろ? さっき車の中で顔を赤くしていたのは、そういうことを考えていたからじゃないのか?」
「え?!」
バレてた?!
「ねえ、先生。そろそろ、ちゃんと部屋割りを考えないと、先生のソファ暮らしが定着しちゃうよ?」
「部屋割り?」
その日、珍しく早く帰ってきた先生と、一緒に晩御飯を食べながら話を切り出した。
「うん。今のままじゃ先生、リビングに住み着いちゃうことになるじゃない。だから今後のためにも、ちゃんとした部屋割りをしなきゃ」
だってこのまま放っておいたら、私の机や本棚を、先生の部屋に置くことになっちゃいそうなんだもの。先生はそれでかまわないって言ってくれているけど、それってやっぱり考えものだと思うのよね。
「別に俺は、今のままでもかまわないけどな」
「かまわなくない」
一人暮らしの東出先生のお宅、一人なのに何故か部屋が三つある。一つは先生のベッドがあって私が使わせてもらっている、部屋としては一番大きな部屋。それから現在進行形で先生の服が山積みになりつつある、壁一面難しい本がたくさん並んだ本棚のある書斎と称される部屋。そして納戸あつかいで、なんでもかんでもごちゃごちゃと置かれている、なんでも部屋。
そして今のところ一番問題なのは、先生の寝室になっちゃってるリビングだ。
「絶対に良くないよ。ちゃんとしたベッドで寝なきゃ」
「慣れてるから」
これは最初の時に聞いたこと。病院の当直の時、忙しすぎて控室まで戻る時間が無くて、待合室の長椅子で寝ることもあるから、ソファで寝ることなんて大したことないんだとか。それにうちのソファは高級で、座り心地も良いんだぞだって。でもいくら座り心地が良くても、ソファはソファなんだから、寝るのには絶対に適してないと思うのよね。だからやっぱり、今の状態はなんとかしなくちゃ。
「慣れてるとか慣れてないとか、そういう問題じゃないと思うよ? でね、考えたんだけど、なんでも部屋を私の仕事兼寝室にしてもらえると、助かるんだけどな。これで先生は、ちゃんと自分のベッドで寝られるじゃない?」
「なんでも部屋?」
先生がそんな部屋あったか?という顔をした。
「色んなものが放り込んである、あっちの部屋。そこそこの広さはあるのに、今みたいな物置状態なのはもったいないでしょ? 備え付けのクローゼットもあることだし、片づけたら、私が持ってきた服と仕事道具一式は、あそこで充分に収まりそうだもの」
ただ、机と本棚は入りそうだけど、ベッドはちょっと無理っぽい。フローリングでお布団は無理があるし、出費は痛いけど、折り畳みができるソファ式ベッドを探してみようかな。
「あの部屋は気に入らないのか?」
あの部屋というのは、私が使わせてもらっている先生のお部屋のことだ。
「そんなことないよ。日当たりも最高だし、とっても寝心地の良いベッドもあるし。ベッドは、さすがお医者さんがお勧めするメーカーだなって、感心しちゃった。だけど、あそこはもともと先生の部屋で、ベッドだって先生のベッドでしょ? 私があそこに居る限り、先生はソファで寝続けるんだもの。だから、あっちの部屋に私の場所を作って欲しいの」
私もイラストを描いたりするのに、もうちょっと落ち着ける場所が欲しい。そりゃ、先生の机を使わせてもらっているから場所的には問題ないけど、やっぱり自分のやりやすいように道具が並んでいる、専用のスペースが欲しいって思うのだ。
「今の部屋じゃ、駄目なのか?」
「だからー。先生がソファで寝ちゃうことが大問題なの。それに、私も自分の仕事をするのに、ちゃんとしたスペースが欲しい」
私の言葉に、先生はお箸を止めて考え込んだ。
「……じゃあ、部屋にあるものを片づけないとな。だが、恵の家にあったベッドは、どう考えても入らないだろ」
「うん。だからね、折りたたみ式のパイプベッドでも買おうかなって、考えてるの。先生があのベッドを買ったところに、そういうの売ってる?」
「折り畳み式なあ……」
そんなものはあったかなあと呟く。
「だったら、こっちの部屋のベッドを買い替えるか?」
「先生のベッドを?」
でも、今のベッドはうちのやつより大きいから、あっちの部屋に入らない気がするんだけど。
「サイズを大きいやつにして」
「今のベッドより大きいってことは何サイズ? キングサイズってやつ?」
「……」
先生が急に黙り込んだかと思ったら、いきなりうめいて両手で顔を覆った。
「ちょっ、先生、なんでそこで顔を隠しちゃうの?! どうしたの?! 風邪?! お腹痛くなった?!」
もしかして、急に具合が悪くなったんじゃ?って心配して、のぞきこむ。
……ん? なんか顔が赤い気がする、しかも耳まで。
「先生、なんだか赤いよ? 顔だけじゃなくて、耳も赤いんじゃないかな」
「分かっている。自分でも、馬鹿じゃないか俺はって思っているところだからな」
しばらくして溜め息をつきながら、先生が顔から手を離した。なんだかメチャクチャ困惑した顔をしている。
「ねえ、どういうこと?」
「仕事部屋を作ることはともかく、あの部屋のベッドをキングサイズにしておけば、二人で一緒に寝られるだろ? それに俺達が一緒に寝れば、グミもあっちこっち移動して、毎晩うろうろするような、落ち着かない状態にはならないだろ」
「グミじゃなくてキャラメルだってば。で、私達、一緒に川の字ね、なるほど」
うなづきながら何気なく呟いていたら、急に恥ずかしくなってきた。居候していた時から、あまりにも変化の無い状態が続いていて忘れがちたけど、私達が一緒に暮らすってことは、単なるルームシェアをしている同居人ってことじゃなくて、そういうことも含まれているってことなんだよね。
「……どうして先生が、顔と耳を赤くしてうめいたか分かった気がする」
「それでどうだ? 俺と一緒に寝ることに対しては、異議なし?」
「えっと……でも、折り畳み式のベッドは買っても良い?」
私の言葉に、先生がちょっと不機嫌そうな顔をした。
「あ、一緒に寝るのが嫌だってことじゃないの。締め切りが迫って遅くまで仕事している時あるし、そういう時は部屋でそのまま寝ちゃえる方が楽だし。途中でゴソゴソして、先生のこと起こしちゃうのも悪いかなって。駄目かな?」
先生はまだ不満げな顔をしていたけど、分かったと言ってうなづいてくれた。
「じゃあ、それで決まり?」
「そうだな。今度、俺が休みの時に見に行くか」
「うん」
そういうわけで「何でも部屋」を、私の仕事部屋兼時々寝室にすることが決まった。
+++++
そして、私の前の部屋の退出が完了した頃に、やっと先生の「まともな」お休みの日がやってきた。ちなみにこの「まともなお休み」をとるのにも、一悶着あったらしい。そのへんの事情は、先生が嫌そうな顔をして話したがらないので、西入先生のお宅に遊びにいった時にでも、それとなく聞いてみようと思ってる。
キャラメルは、私達が出掛ける用意をしているのを見て、いつものように一緒に連れて行ってもらえると思ったらしく、バスケットの前でちょこんと座って待っていたけど、今度ばかりはお留守番。出掛ける寸前まで恨めし気な顔をして、私と先生を交互に見上げていたのが少しだけ可哀想だった。
「帰ったら拗ねてそう」
車に乗ってからも気になって、部屋のベランダを見上げる。もちろん鍵がかけてあるから、キャラメルは出ることはできないけど。
「一人で留守番することも慣れないとな」
「そうだけどさ」
「じゃあ留守番をした御褒美に、今夜はあのカフェに連れて行ってやろう」
「ふてくされて、ベッドの下から出てこなかったりして」
私が買い物に出掛けた後なんかも、ベッドの下でふてくされてるし。
「自分を置いて出掛けるなんて、ひどいパパとママだって?」
「先生と私がパパとママ?」
「それ以外になんて言えば?」
「うーん。一般的に飼い主さんは、猫の下僕とか言われてるけど」
「たしかに、ブラシ係にされて奉仕させられてるよな」
先生は呑気に笑っているけど、パパとママ発言にはちょっとドキッとしてしまった。
実のところ、ベッドを買い替えるって話になってから、急に先生と私の間で緊張感が生まれていた。こんな風に出掛ける時はそんなことないんだけど、一緒に並んでテレビを見ている時とか、お休みなさいって私が部屋に引っ込む時とか。なんて言うか今更ながらの性的緊張感、みたいな?
同居を始めた時に、キスを一回された以外は何も変わらなくて、拍子抜けな気分になっていたことも事実なんだけど、いざそういう雰囲気になってくると、自分でも戸惑うぐらいにドキドキしちゃうっていうか。それにこの前、偶然、洗面所の棚の中に見つけちゃったんだよね……その、エッチする時に男の人が使うもの。先生はまだリビングのソファで寝てるけど、新しいベッドがきたら、私達の関係は今までと違うものになるのかな……。
「恵、顔が赤いぞ? 大丈夫か?」
交差点の信号で車が止まった時、先生が心配そうに手をのばしてきて、額に手を当てる。
「え? そうかな? ほら、新しい家具を選ぶなんてそう無いことだから、ちょっと興奮しちゃってるの。ここ最近は平熱だよ」
「なら良いんだが。少しでも体調がおかしいと思ったら、遠慮なく言えよ?」
「うん、分かってます」
先生が私の発熱のことで、心配性になっていて良かった。エッチなことがあれこれ頭の中をよぎっていたのを、見透かされたんじゃないかってドキッとしてしまったよ。
+++
「せ、先生、ベッドって、こんなに高い物なの?!」
そしてお店でベッド選びを始めた私は、ベッドの値段を見てびっくりしながらヒソヒソとささやく。なんか私が思っていた金額より、明らかにゼロが一つ以上多いんだけど!
「まあ、キングサイズともなるとそれなりに。それに、ちゃんとしたものを買った方が後々困らないぞ。安物だと、使っている内に人間の体重でたわんだりしてくるからな」
「そういうものなの? あ、こっちの下が収納になってるよ。これだったら、何でも部屋にある細々としたものが入れられるね」
何でも部屋に置かれていたもので意外と多かったのは、先生の難しい本以外の本や映画のDVDだった。なんでも、気になって買ったまでは良いけど、時間が無くてまったく手つかずになっている本とDVDらしい。言われてみれば、本屋さんの紙製のブックカバーがかかったままの本や、CDショップの袋に入ったままのDVDが積み置きされていたものね。
「ここにしまっておけば、気が向いた時に読めるじゃない? それにDVDだって観なきゃもったいないよ」
「まあ場所を変えても、タンスの肥やしになる可能性の方が、圧倒的に高いんだが……」
「もったいないなあ。チラッと見せてもらったけど、面白そうな本がいろいろあったよ。私、シリーズ物になってるやつを、読み始めたところ」
「どうやら恵のほうが、俺より先に読破しそうな勢いだな」
先生が楽しそうに笑った。
「先生も頑張って読まなきゃ」
「だが新しいベッドが来たら、そんな時間はないと思うんだがな」
「そうなの? 病院が忙しくなりそうってこと?」
「そうじゃなくて、せっかく一緒に寝られるようになるんだ。その辺のことを、俺が考えていないとでも?」
先生が、思わせぶりな顔をして私のことを見下ろす。考えてないとは思ってないよ、だってほら、あれを買ったってことは、使う気があるってことだし? 使う気があるってことは、私とエッチする気があるってことだし? だけど本を読む時間もないぐらいって一体……?
「恵だってそうだろ? さっき車の中で顔を赤くしていたのは、そういうことを考えていたからじゃないのか?」
「え?!」
バレてた?!
31
あなたにおすすめの小説
僕の主治医さん
鏡野ゆう
ライト文芸
研修医の北川雛子先生が担当することになったのは、救急車で運び込まれた南山裕章さんという若き外務官僚さんでした。研修医さんと救急車で運ばれてきた患者さんとの恋の小話とちょっと不思議なあひるちゃんのお話。
【本編】+【アヒル事件簿】【事件です!】
※小説家になろう、カクヨムでも公開中※
お花屋さんとお巡りさん - 希望が丘駅前商店街 -
鏡野ゆう
ライト文芸
国会議員の重光幸太郎先生の地元にある希望が駅前商店街、通称【ゆうYOU ミラーじゅ希望ヶ丘】
少し時を遡ること十数年。商店街の駅前にある花屋のお嬢さん芽衣さんと、とある理由で駅前派出所にやってきたちょっと目つきの悪いお巡りさん真田さんのお話です。
【本編完結】【小話】
こちらのお話に登場する人達のお名前がチラリと出てきます。
・白い黒猫さん作『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271
こちらのお話とはコラボエピソードがあります。
・篠宮楓さん作『希望が丘商店街 正則くんと楓さんのすれ違い思考な日常』
https://ncode.syosetu.com/n3046de/
※小説家になろうでも公開中※
白衣の下(Ⅰ)悪魔的破天荒な天才外科医黒崎ヒカルと惨めな過去を引きずる女子大生の激甘ラブストーリー。先生ったらいきなり襲ってくるんだもん 涙
高野マキ
キャラ文芸
弟の主治医と女子大生の甘くて切ない波乱の愛情物語。主治医は天才的外科医(性格に難あり)女子大生のミチルは破天荒で傍若無人な外科医の手綱を操ることができる?
東京、神戸 オーストラリア、アメリカ西海岸に及ぶ二人の世界。
報酬はその笑顔で
鏡野ゆう
ライト文芸
彼女がその人と初めて会ったのは夏休みのバイト先でのことだった。
自分に正直で真っ直ぐな女子大生さんと、にこにこスマイルのパイロットさんとのお話。
『貴方は翼を失くさない』で榎本さんの部下として登場した飛行教導群のパイロット、但馬一尉のお話です。
※小説家になろう、カクヨムでも公開中※
月弥総合病院
僕君・御月様
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
紙の上の空
中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。
容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。
欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。
血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。
公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。
今日も青空、イルカ日和
鏡野ゆう
ライト文芸
浜路るいは航空自衛隊第四航空団飛行群第11飛行隊、通称ブルーインパルスの整備小隊の整備員。そんな彼女が色々な意味で少しだけ気になっているのは着隊一年足らずのドルフィンライダー(予定)白勢一等空尉。そしてどうやら彼は彼女が整備している機体に乗ることになりそうで……? 空を泳ぐイルカ達と、ドルフィンライダーとドルフィンキーパーの恋の小話。
【本編】+【小話】+【小ネタ】
※第1回ライト文芸大賞で読者賞をいただきました。ありがとうございます。※
こちらには
ユーリ(佐伯瑠璃)さん作『その手で、愛して。ー 空飛ぶイルカの恋物語 ー』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/515275725/999154031
ユーリ(佐伯瑠璃)さん作『ウィングマンのキルコール』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/515275725/972154025
饕餮さん作『私の彼は、空飛ぶイルカに乗っている』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/274274583/812151114
白い黒猫さん作『イルカフェ今日も営業中』
https://ncode.syosetu.com/n7277er/
に出てくる人物が少しだけ顔を出します。それぞれ許可をいただいています。
※小説家になろう、カクヨムでも公開中※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる