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空と彼女と不埒なパイロット
第六話 不埒でとんだとばっちり
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その翌日、あんな綺麗なお姉さんに叩かれることなんてしたかなあ、と機体整備をしながら考え込む。私の覚えている限り初対面なはずなんだけど。しかも地味とは失礼な。否定はしないけど。
「どうした、姫、なんだ、それ、喧嘩でもしたのか?」
次の日、榎本二佐が私の腫れている頬に気付いて覗き込んできた。
「まさか社と取っ組み合いの喧嘩でもしたなんてことはないよな?」
「違いますよ、昨日の帰り、見知らぬお姉さんにやられました」
「お姉さん?」
「はい。相手が物凄い顔していたもんですから事情を尋ねるタイミングも逸しちゃいました」
「相手の人相とか分かっているのか?」
今度は社一尉。
「なんとなくお水系のお姉さんのような気がするんですよね、雰囲気的に」
「お水系?」
「そうです。服装はシックだったんですけど、お化粧もネイルも派手でしたよ、爪に色々ついてピカピカしてました。あの爪で引っ掻かれなくて良かったですよ」
一尉、何でそんなに難しそうな顔をして考え込んでいるんだろう。
「なんだ、心当たりでもるのか、社」
その顔に察するものがあったのか一佐が声をかける。
「……俺が知っている女のような気がします」
そこでピンときた。
「謎はすべて解けました。きっとあれは一尉の元カノさんの一人に違いないですよ。うん、間違いない」
聞いている一尉の武勇伝からすれば元カノさんは少なくとも両手両脚の指ぐらいの数はいるはずで、その中の一人か二人ぐらい一尉に未練があってもおかしくないし、そんな元カノさんが私に腹を立てて襲い掛かってきても不思議ではない。ただ昨日の今日な状態でどうして私のことが漏れたのかは分からないけど。
「凄く綺麗なお姉さんでしたよ。まさに一尉好みな感じで」
「ほお。珍しいな、今までは後腐れの無い関係ばかりでもめたことなんて一度もなかったのに」
「俺だってそのつもりでした」
「あー、なるほど。いわゆる未練がたっぷりありありなお姉さんが存在していたってことですね」
二人の視線がこちらに集中した。あ、しまった、声を出して言うつもりじゃなかったのに。まあ仕方が無い、ここは笑ってごまかしておこう。
「んじゃ、私は仕事に戻ります」
「ちょっと待て」
立ち去ろうとした私の作業着の襟首を掴む一尉。
「うげっ、苦しいです離して下さい」
「ちゃんと事情を話すからお前も聞いていけ」
「いや、私は次の作業がありますから」
「逆らうな。姫のくせに生意気だぞ」
「なんですか、それ」
一尉が口癖のように口にする『姫のくせに』だけど絶対に納得いかない。
「別に私は興味無いんで聞かなくても」
「いいわけないだろ、藤崎は俺の女なんだから」
「俺の女って」
「なんだ、異論でもあるのか」
一尉の目が吊り上った。
「何ていうか、異論を挟む間も無かったので色々と納得いかないことが多過ぎて」
「爛れた生活の禁止と01をタロウと呼ぶを受け入れたことで話はついたと思っていたんだがな」
「それはそうなんですけどね」
そんな怖い顔で睨まれても未だに納得いかないのだから仕方がない。そりゃ体の相性は抜群に良いみたいだけど、それだけで縛られちゃうのはかなり不本意。
「だったら訂正。自分の男のことぐらいちゃんと面倒みろ、整備員だろ」
「私はタロウちゃんだけで手一杯なんですけどねー」
「なんだって?」
一尉はムギュッと私の首に手を回して自分の方に引き寄せた。なにか違う、絶対に違う。
「榎本さん、貴方の教え子はどう考えても酷いですが」
「すまんなあ、俺が教えたのは操縦だけでこんな自分勝手なエロい男に育てた覚えはないんだが」
口調はすまなさそうなのに顔が全然すまなさそうじゃない。ってことはまったくすまないと思ってないってことだよね。こういう時の男の連帯感って本当に最悪。
その後は聞きたくないと言うのに先週末に飲みに行ったこととか、そこのお姉ちゃんと別れ話がこじれてかなり修羅ばったとか、そう言う話を一時間ほどかけて話し続けた社さん、その間、私は仕事も出来ずにずっと捕まったままだった。
「少なくとも最後には納得したはずなんですがね」
「なら、今夜でも三人で行ってみるか、その店」
そして最後に二佐がとんでもないことを口走った。
「なんで三人なんですか」
「俺と社とお前だから三人だろ。あ、羽佐間も呼ぶか? 社に援軍が必要かもしれないし」
「なんで私がキャバクラのお姉ちゃんのところに行かなきゃいけないんですか」
「今のうちに物事の白黒ははっきりさせておいた方がよいだろうが。それにそのビンタの件に関してはきちんと謝罪させないと。またその女が襲撃してきたら困るだろ」
「そりゃそうですけど……」
二佐の言い分にも一理あるので渋々行く羽目になった。
+++++
一度帰宅して着替えたが無理やり引き摺られてやって来たのは基地の男共がよく来るキャバクラ。と言っても安っぽいお店じゃなくて特別国家公務員様御用達のお店とあってかなり上品な感じのお店だ。ただそれでも女性のお客さんは珍しいらしくお客さん達の視線が痛い。
「あらあ珍しいわね、榎本さんが顔を出すなんて。奥さんに叱られない?」
「今夜は社の付き添いなんだよ、何やら一騒動あったみたいでね」
「ああ、そのことね。有希ちゃーん、榎本さんと社さんがいらっしゃったわよー」
「はーい」
嬉しそうな返事が聞こえて奥からお姉さんがやってきた。ああ、この人だ、私にビンタくらわせてきた人。あちらも羽佐間一尉の隣に立っている私に気が付いたらしく、一睨みした後、艶やかな笑みを浮かべて社一尉にしなだれかかった。
「あら、祐ちゃんが平日に来るなんて珍しいじゃない、どうしたの? 彼女にふられちゃった? でも心配ないわよ、私が慰めてあげるから」
気をきかせたママさんがゆっくり話ができるようにと奥のボックス席へと案内してくれてた。後から来たお兄さんが何を飲むか聞いてくる。私は明日も仕事だからソフトドリンクが良いんだけどな。
「そちらのお嬢さんは何になさいますか?」
お嬢さんだなんて呼ばれて少しくすぐったい気分になる。
「アルコール以外をお願いしたいんですけど、ありますか?」
「メニューにはありませんが、カクテル用のカシスを使ってカシスソーダでもお作りましょうか」
「それをお願いします」
「畏まりました」
そしてなんとも不穏な空気が流れ始めた。
有希ちゃんと呼ばれたお姉さんは私に謝罪するどころかまるっと無視で一尉にべったりだし、羽佐間一尉はそれを飲みながらニヤニヤと眺めているだけだし、榎本さんと私は次の仕事の打ち合わせを始めちゃうし。
多分ここで困っているのは一尉だけだと思う。“助けろ”という視線がこちらに向くけど何故私が助けなきゃならないのか理解できない。素知らぬ振りをすると一尉は顔をしかめた。
「ところで、そこの人、私と祐ちゃんがお付き合いしていたの知ってる? それを祐ちゃん、貴女に話した?」
「いえ、初耳ですが?」
数々の武勇伝を聞いていたからそれぐらいでは驚かない。隠し子が一ダースぐらい存在したって言う話なら少しは驚くかもしれないけれど、お付き合いしていたぐらいで驚くと思われているなんてまだまだ甘い甘い。
「貴女が現れたもんだから私、捨てられちゃったのよね」
「そうなんですか、御愁傷様です」
私の言葉に一尉がプッと吹き出した。お姉さんは一瞬、能面みたいな顔をするとすぐに営業用の微笑みを浮かべる。
「ところで祐ちゃん、貴女のことちゃんと抱けた? 最近は疲れているみたいで全然だったのよ?」
「そうなんですか? 一昨日の晩、ご一緒しましたけどそんなこと全くなかったですよ。お蔭で寝不足で困ってます」
「それってもしかして惚気か?」
二佐が笑いながら口を挟んできた。
「違いますよ。だいたい社さんは私でしか勃たないなんて言いましたけど嘘っぱちに決まってます。どう考えても絶倫でした、そこは間違いありません」
羽佐間一尉がグラスの中身を飲みかけてブハッとむせる。社さんはムッとした顔で私のことを睨んできた。
「本当に藤崎以外では勃たないんだから仕方がないだろうが。週末ここに来た時、こいつがちょっかい出してきてもまったく反応しなかったぞ?」
そりゃもうあからさまな方法でと一尉が付け加えた。
するとお姉さんが嬉々として具体的にどんなことをしたのか、更には過去の話も盛り込んで一尉はどんなことをすれば喜ぶのかってことを話し始めたものだから店内は猥談一色になってしまった。ママさん、他のお客さん、他のお姉さん、本当にゴメンなさい、これも全ては爛れた生活をしていた社一尉のせいです。
でもまあそれだけして反応しなければ女性としてのプライドは打ち砕かれちゃうかな。だからと言って私が張り手を食らう理由にはならないと思うんだけど。
「姫ちゃん、勃つ勃たないは口実でしかないんだよ。こいつは姫ちゃんに一目惚れしたのにそれに気づかなくてジタバタしてたんだから」
羽佐間一尉がへらへら笑いながら口を挟んできた。だいぶお酒が回っているみたいだけど大丈夫かな。
「笑っちゃうよね、自分が撃墜されたのにも気づかないで一年以上もジタバタするなんてさ。こいつ、きっと抜くこともしてなかったと思うよ? だから最初が凄かったのは当然なわけ」
「でも羽佐間さん」
「何だい?」
「一週間前にこのお姉さんとあれこれしたのはともかくとして、今こうやって私の目の前で前カノとベタベタするのってどうかと思うんですよ。これって浮気みたいなものじゃ?」
最後にボソッと呟くように付け加えたら一尉が固まったのが分かった。
「確かに。社、いい加減にしないと姫ちゃんのモンキーレンチが顔面に飛んでくるぞ」
「それは隣に言ってくれ」
「あら、祐ちゃんてば薄情なんだから~」
まあ一尉が困っているのを分かっていて助け船を出さない私達も私達なんだけど。
「じゃあ明日も早いのでそろそろ私は失礼します。榎本一佐、ご馳走様でした。羽佐間一尉もお疲れ様でした」
「おう、気をつけて帰れよ」
「タクシーで帰ってその支払いは遠慮なく社に請求すれば良いから」
二佐と羽佐間一尉は呑気な顔をして手をヒラヒラさせた。
カウンターの向こうにいたお兄さんがニッコリ笑って「またどうぞ」って言ったので軽く会釈して店を出た。やれやれ、早く寝るつもりが予想外に遅くなっちゃった、早く帰ってお風呂入って寝よう。
「姫、ちょっと待て!」
「げ?!」
後ろからやって来たのは一尉。そんな怖い顔で待てと言われても待つわけがない。ここから家までどれぐらいだろう、途中でうまく巻けるかな。そんなことを足早に歩きながら考えていたら後ろからいきなり羽交い絞めにされて、あろうことか荷物みたいに肩に担がれた。
「ちょっと何するんですか、私は荷物じゃありませんよ!」
「送っていく」
一尉は暴れて落ちた私のパンプスとバッグを拾い上げて片手に持つと、そのまま何事も無かったかのように歩き始める。
「送ってくれるならもう少し普通に送ってもらえませんか?」
「黙ってろって」
途中で遭遇した酔っ払いのおじさんが「兄さんなかなかやるねえ」とか声をかけてきたけど、おじさん、そんな呑気な事を言ってないで警察を呼んで下さい、この人、人攫いですから!!
そして私を担いだまま歩き続けた一尉が辿り着いたのはマンション。高層ではないけれど何だか高級そうな雰囲気をかもし出している。
「なんですか、ここ。送り先を間違っていませんか? あ、まさかここが武勇伝の」
「違う。俺の自宅があるところ。いい加減にその武勇伝から離れろ」
「そんなこと言ったって。それより社さんって官舎住まいでしたよね?」
確か基地のすぐそばにある官舎から徒歩で通っていると聞いていたんだけどもしかして知らないうちに引っ越した?
「通うのに都合が良いから官舎に住んでるが本来の自宅はこっちなんだよ」
「ほぉ……っていうか、いい加減に降ろして下さいよ」
「下ろしたら逃げるだろ」
私のことを担いだままオートロックを解除してエレベーターホールに向かうと、エレベーターのボタンを押す。そしてエレベーターで何階かへ上がると社さんはそこの一つの部屋のカギを開けて中に入った。
部屋の中にある家具の殆どに埃よけの白い布がかけられていて何とも不思議な光景がひろがっている。
「なんですか、これ」
「普段は殆ど使ってないからな」
ボスッと白い布がかかったままのソファに落とされる。そして体を起こそうともがいている私を仁王立ちで見下ろす一尉。きっと二人っきりで話をしたいということなんだろうけど何でそんなに偉そうなんだか。
「俺は浮気なんてしてないぞ」
「分かってますよ。それよりこの場合、一尉は先ずあのお姉さんの代わりに私にひれ伏して謝罪するのが筋ってもんじゃ? どう考えても社さんの爛れた生活が原因なんだから」
そう言って腫れた頬を指さす。
「まさか彼女が藤崎の前に現れるとは思ってなかったんだ。すまなかった」
どうやら数々の武勇伝持ちの社さんでも複雑な女心は読み切れなかったみたいだ。まあ本気で反省しているみたいだから今回のことは特別に不問に処してあげようかな。それより気になるのはどうしてあのお姉さんが私のことを知ったのかということだ。
「でもどうして私のことが分かったんでしょうね、あのお姉さん」
社さんに無理やりホテルに引き摺って行かれたのは一昨日の晩なのに。
「ああ、その点はきちんと調べて穴は塞いでおく」
どうやらその顔つきからして漏えい先については心当たりがある様子。
「まだこんなことが続くんですか?」
「こんなこととは?」
「元カノさんの襲撃」
「それはないと思う、多分」
「多分て」
「いや、ない。ないはずだ」
「本当かなあ」
まだまだ社さんの武勇伝のとばっちりは続きそうな予感がしないでもない。一尉の相手だけでも大変なのにそこに元カノさんが加わるとか一体どんな罰ゲームなんだか。これはそれなりに迎撃準備を整えておかなければいけない事態かも。
「ま、次からは私も武装して反撃できるようにしておきますよ、うん。もちろん、事と次第によっては社さんもこの攻撃対象に含まれることになるんですからね、覚悟しておいてくださいよね」
「だからないって言ってるだろ」
「確信が持てないって顔じゃないですか」
「……」
やれやれ、この不埒極まりないパイロットさんと一緒にいる限り私には心休まる時間は来そうにない。今のうちに逃げた方が良くない? 目の前の人は逃がしてくれそうにないけれど。そんな私の考えが伝わったのか社さんがニッと笑った。
「なあ、ここなら誰に気兼ねもなく不埒三昧だろ? せっかくだからゆっくりしていかないか?」
「あのですね、私は」
「きっと榎本二佐が何とかしてくれるさ」
そう言うと私の手をひいて立たせてベッドの方へと引っ張っていく。
「ぜんっぜん反省してないでしょ、社さん!」
「そんなことないさ、ちゃんと反省している」
「嘘ばっか!」
まったくもう! この不埒なパイロット、どうしたら良いんですかね?!
「どうした、姫、なんだ、それ、喧嘩でもしたのか?」
次の日、榎本二佐が私の腫れている頬に気付いて覗き込んできた。
「まさか社と取っ組み合いの喧嘩でもしたなんてことはないよな?」
「違いますよ、昨日の帰り、見知らぬお姉さんにやられました」
「お姉さん?」
「はい。相手が物凄い顔していたもんですから事情を尋ねるタイミングも逸しちゃいました」
「相手の人相とか分かっているのか?」
今度は社一尉。
「なんとなくお水系のお姉さんのような気がするんですよね、雰囲気的に」
「お水系?」
「そうです。服装はシックだったんですけど、お化粧もネイルも派手でしたよ、爪に色々ついてピカピカしてました。あの爪で引っ掻かれなくて良かったですよ」
一尉、何でそんなに難しそうな顔をして考え込んでいるんだろう。
「なんだ、心当たりでもるのか、社」
その顔に察するものがあったのか一佐が声をかける。
「……俺が知っている女のような気がします」
そこでピンときた。
「謎はすべて解けました。きっとあれは一尉の元カノさんの一人に違いないですよ。うん、間違いない」
聞いている一尉の武勇伝からすれば元カノさんは少なくとも両手両脚の指ぐらいの数はいるはずで、その中の一人か二人ぐらい一尉に未練があってもおかしくないし、そんな元カノさんが私に腹を立てて襲い掛かってきても不思議ではない。ただ昨日の今日な状態でどうして私のことが漏れたのかは分からないけど。
「凄く綺麗なお姉さんでしたよ。まさに一尉好みな感じで」
「ほお。珍しいな、今までは後腐れの無い関係ばかりでもめたことなんて一度もなかったのに」
「俺だってそのつもりでした」
「あー、なるほど。いわゆる未練がたっぷりありありなお姉さんが存在していたってことですね」
二人の視線がこちらに集中した。あ、しまった、声を出して言うつもりじゃなかったのに。まあ仕方が無い、ここは笑ってごまかしておこう。
「んじゃ、私は仕事に戻ります」
「ちょっと待て」
立ち去ろうとした私の作業着の襟首を掴む一尉。
「うげっ、苦しいです離して下さい」
「ちゃんと事情を話すからお前も聞いていけ」
「いや、私は次の作業がありますから」
「逆らうな。姫のくせに生意気だぞ」
「なんですか、それ」
一尉が口癖のように口にする『姫のくせに』だけど絶対に納得いかない。
「別に私は興味無いんで聞かなくても」
「いいわけないだろ、藤崎は俺の女なんだから」
「俺の女って」
「なんだ、異論でもあるのか」
一尉の目が吊り上った。
「何ていうか、異論を挟む間も無かったので色々と納得いかないことが多過ぎて」
「爛れた生活の禁止と01をタロウと呼ぶを受け入れたことで話はついたと思っていたんだがな」
「それはそうなんですけどね」
そんな怖い顔で睨まれても未だに納得いかないのだから仕方がない。そりゃ体の相性は抜群に良いみたいだけど、それだけで縛られちゃうのはかなり不本意。
「だったら訂正。自分の男のことぐらいちゃんと面倒みろ、整備員だろ」
「私はタロウちゃんだけで手一杯なんですけどねー」
「なんだって?」
一尉はムギュッと私の首に手を回して自分の方に引き寄せた。なにか違う、絶対に違う。
「榎本さん、貴方の教え子はどう考えても酷いですが」
「すまんなあ、俺が教えたのは操縦だけでこんな自分勝手なエロい男に育てた覚えはないんだが」
口調はすまなさそうなのに顔が全然すまなさそうじゃない。ってことはまったくすまないと思ってないってことだよね。こういう時の男の連帯感って本当に最悪。
その後は聞きたくないと言うのに先週末に飲みに行ったこととか、そこのお姉ちゃんと別れ話がこじれてかなり修羅ばったとか、そう言う話を一時間ほどかけて話し続けた社さん、その間、私は仕事も出来ずにずっと捕まったままだった。
「少なくとも最後には納得したはずなんですがね」
「なら、今夜でも三人で行ってみるか、その店」
そして最後に二佐がとんでもないことを口走った。
「なんで三人なんですか」
「俺と社とお前だから三人だろ。あ、羽佐間も呼ぶか? 社に援軍が必要かもしれないし」
「なんで私がキャバクラのお姉ちゃんのところに行かなきゃいけないんですか」
「今のうちに物事の白黒ははっきりさせておいた方がよいだろうが。それにそのビンタの件に関してはきちんと謝罪させないと。またその女が襲撃してきたら困るだろ」
「そりゃそうですけど……」
二佐の言い分にも一理あるので渋々行く羽目になった。
+++++
一度帰宅して着替えたが無理やり引き摺られてやって来たのは基地の男共がよく来るキャバクラ。と言っても安っぽいお店じゃなくて特別国家公務員様御用達のお店とあってかなり上品な感じのお店だ。ただそれでも女性のお客さんは珍しいらしくお客さん達の視線が痛い。
「あらあ珍しいわね、榎本さんが顔を出すなんて。奥さんに叱られない?」
「今夜は社の付き添いなんだよ、何やら一騒動あったみたいでね」
「ああ、そのことね。有希ちゃーん、榎本さんと社さんがいらっしゃったわよー」
「はーい」
嬉しそうな返事が聞こえて奥からお姉さんがやってきた。ああ、この人だ、私にビンタくらわせてきた人。あちらも羽佐間一尉の隣に立っている私に気が付いたらしく、一睨みした後、艶やかな笑みを浮かべて社一尉にしなだれかかった。
「あら、祐ちゃんが平日に来るなんて珍しいじゃない、どうしたの? 彼女にふられちゃった? でも心配ないわよ、私が慰めてあげるから」
気をきかせたママさんがゆっくり話ができるようにと奥のボックス席へと案内してくれてた。後から来たお兄さんが何を飲むか聞いてくる。私は明日も仕事だからソフトドリンクが良いんだけどな。
「そちらのお嬢さんは何になさいますか?」
お嬢さんだなんて呼ばれて少しくすぐったい気分になる。
「アルコール以外をお願いしたいんですけど、ありますか?」
「メニューにはありませんが、カクテル用のカシスを使ってカシスソーダでもお作りましょうか」
「それをお願いします」
「畏まりました」
そしてなんとも不穏な空気が流れ始めた。
有希ちゃんと呼ばれたお姉さんは私に謝罪するどころかまるっと無視で一尉にべったりだし、羽佐間一尉はそれを飲みながらニヤニヤと眺めているだけだし、榎本さんと私は次の仕事の打ち合わせを始めちゃうし。
多分ここで困っているのは一尉だけだと思う。“助けろ”という視線がこちらに向くけど何故私が助けなきゃならないのか理解できない。素知らぬ振りをすると一尉は顔をしかめた。
「ところで、そこの人、私と祐ちゃんがお付き合いしていたの知ってる? それを祐ちゃん、貴女に話した?」
「いえ、初耳ですが?」
数々の武勇伝を聞いていたからそれぐらいでは驚かない。隠し子が一ダースぐらい存在したって言う話なら少しは驚くかもしれないけれど、お付き合いしていたぐらいで驚くと思われているなんてまだまだ甘い甘い。
「貴女が現れたもんだから私、捨てられちゃったのよね」
「そうなんですか、御愁傷様です」
私の言葉に一尉がプッと吹き出した。お姉さんは一瞬、能面みたいな顔をするとすぐに営業用の微笑みを浮かべる。
「ところで祐ちゃん、貴女のことちゃんと抱けた? 最近は疲れているみたいで全然だったのよ?」
「そうなんですか? 一昨日の晩、ご一緒しましたけどそんなこと全くなかったですよ。お蔭で寝不足で困ってます」
「それってもしかして惚気か?」
二佐が笑いながら口を挟んできた。
「違いますよ。だいたい社さんは私でしか勃たないなんて言いましたけど嘘っぱちに決まってます。どう考えても絶倫でした、そこは間違いありません」
羽佐間一尉がグラスの中身を飲みかけてブハッとむせる。社さんはムッとした顔で私のことを睨んできた。
「本当に藤崎以外では勃たないんだから仕方がないだろうが。週末ここに来た時、こいつがちょっかい出してきてもまったく反応しなかったぞ?」
そりゃもうあからさまな方法でと一尉が付け加えた。
するとお姉さんが嬉々として具体的にどんなことをしたのか、更には過去の話も盛り込んで一尉はどんなことをすれば喜ぶのかってことを話し始めたものだから店内は猥談一色になってしまった。ママさん、他のお客さん、他のお姉さん、本当にゴメンなさい、これも全ては爛れた生活をしていた社一尉のせいです。
でもまあそれだけして反応しなければ女性としてのプライドは打ち砕かれちゃうかな。だからと言って私が張り手を食らう理由にはならないと思うんだけど。
「姫ちゃん、勃つ勃たないは口実でしかないんだよ。こいつは姫ちゃんに一目惚れしたのにそれに気づかなくてジタバタしてたんだから」
羽佐間一尉がへらへら笑いながら口を挟んできた。だいぶお酒が回っているみたいだけど大丈夫かな。
「笑っちゃうよね、自分が撃墜されたのにも気づかないで一年以上もジタバタするなんてさ。こいつ、きっと抜くこともしてなかったと思うよ? だから最初が凄かったのは当然なわけ」
「でも羽佐間さん」
「何だい?」
「一週間前にこのお姉さんとあれこれしたのはともかくとして、今こうやって私の目の前で前カノとベタベタするのってどうかと思うんですよ。これって浮気みたいなものじゃ?」
最後にボソッと呟くように付け加えたら一尉が固まったのが分かった。
「確かに。社、いい加減にしないと姫ちゃんのモンキーレンチが顔面に飛んでくるぞ」
「それは隣に言ってくれ」
「あら、祐ちゃんてば薄情なんだから~」
まあ一尉が困っているのを分かっていて助け船を出さない私達も私達なんだけど。
「じゃあ明日も早いのでそろそろ私は失礼します。榎本一佐、ご馳走様でした。羽佐間一尉もお疲れ様でした」
「おう、気をつけて帰れよ」
「タクシーで帰ってその支払いは遠慮なく社に請求すれば良いから」
二佐と羽佐間一尉は呑気な顔をして手をヒラヒラさせた。
カウンターの向こうにいたお兄さんがニッコリ笑って「またどうぞ」って言ったので軽く会釈して店を出た。やれやれ、早く寝るつもりが予想外に遅くなっちゃった、早く帰ってお風呂入って寝よう。
「姫、ちょっと待て!」
「げ?!」
後ろからやって来たのは一尉。そんな怖い顔で待てと言われても待つわけがない。ここから家までどれぐらいだろう、途中でうまく巻けるかな。そんなことを足早に歩きながら考えていたら後ろからいきなり羽交い絞めにされて、あろうことか荷物みたいに肩に担がれた。
「ちょっと何するんですか、私は荷物じゃありませんよ!」
「送っていく」
一尉は暴れて落ちた私のパンプスとバッグを拾い上げて片手に持つと、そのまま何事も無かったかのように歩き始める。
「送ってくれるならもう少し普通に送ってもらえませんか?」
「黙ってろって」
途中で遭遇した酔っ払いのおじさんが「兄さんなかなかやるねえ」とか声をかけてきたけど、おじさん、そんな呑気な事を言ってないで警察を呼んで下さい、この人、人攫いですから!!
そして私を担いだまま歩き続けた一尉が辿り着いたのはマンション。高層ではないけれど何だか高級そうな雰囲気をかもし出している。
「なんですか、ここ。送り先を間違っていませんか? あ、まさかここが武勇伝の」
「違う。俺の自宅があるところ。いい加減にその武勇伝から離れろ」
「そんなこと言ったって。それより社さんって官舎住まいでしたよね?」
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「通うのに都合が良いから官舎に住んでるが本来の自宅はこっちなんだよ」
「ほぉ……っていうか、いい加減に降ろして下さいよ」
「下ろしたら逃げるだろ」
私のことを担いだままオートロックを解除してエレベーターホールに向かうと、エレベーターのボタンを押す。そしてエレベーターで何階かへ上がると社さんはそこの一つの部屋のカギを開けて中に入った。
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「なんですか、これ」
「普段は殆ど使ってないからな」
ボスッと白い布がかかったままのソファに落とされる。そして体を起こそうともがいている私を仁王立ちで見下ろす一尉。きっと二人っきりで話をしたいということなんだろうけど何でそんなに偉そうなんだか。
「俺は浮気なんてしてないぞ」
「分かってますよ。それよりこの場合、一尉は先ずあのお姉さんの代わりに私にひれ伏して謝罪するのが筋ってもんじゃ? どう考えても社さんの爛れた生活が原因なんだから」
そう言って腫れた頬を指さす。
「まさか彼女が藤崎の前に現れるとは思ってなかったんだ。すまなかった」
どうやら数々の武勇伝持ちの社さんでも複雑な女心は読み切れなかったみたいだ。まあ本気で反省しているみたいだから今回のことは特別に不問に処してあげようかな。それより気になるのはどうしてあのお姉さんが私のことを知ったのかということだ。
「でもどうして私のことが分かったんでしょうね、あのお姉さん」
社さんに無理やりホテルに引き摺って行かれたのは一昨日の晩なのに。
「ああ、その点はきちんと調べて穴は塞いでおく」
どうやらその顔つきからして漏えい先については心当たりがある様子。
「まだこんなことが続くんですか?」
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「それはないと思う、多分」
「多分て」
「いや、ない。ないはずだ」
「本当かなあ」
まだまだ社さんの武勇伝のとばっちりは続きそうな予感がしないでもない。一尉の相手だけでも大変なのにそこに元カノさんが加わるとか一体どんな罰ゲームなんだか。これはそれなりに迎撃準備を整えておかなければいけない事態かも。
「ま、次からは私も武装して反撃できるようにしておきますよ、うん。もちろん、事と次第によっては社さんもこの攻撃対象に含まれることになるんですからね、覚悟しておいてくださいよね」
「だからないって言ってるだろ」
「確信が持てないって顔じゃないですか」
「……」
やれやれ、この不埒極まりないパイロットさんと一緒にいる限り私には心休まる時間は来そうにない。今のうちに逃げた方が良くない? 目の前の人は逃がしてくれそうにないけれど。そんな私の考えが伝わったのか社さんがニッと笑った。
「なあ、ここなら誰に気兼ねもなく不埒三昧だろ? せっかくだからゆっくりしていかないか?」
「あのですね、私は」
「きっと榎本二佐が何とかしてくれるさ」
そう言うと私の手をひいて立たせてベッドの方へと引っ張っていく。
「ぜんっぜん反省してないでしょ、社さん!」
「そんなことないさ、ちゃんと反省している」
「嘘ばっか!」
まったくもう! この不埒なパイロット、どうしたら良いんですかね?!
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