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小話
教え子達 in EAFB
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『貴方は翼を失くさない』本編最初と最後に登場した社さんと姫ちゃんですが、第一話と第三十五話の間で何やら大きな進展があった模様です。
++++++++++
「……なんですよ」
結局その日はバーに繰り出したものの早々に切り上げて宿舎に戻ってきた。そして押し掛けたのは藤崎の部屋。それぞれに渡された分厚い英文マニュアルのテキストに目を通しながらたまに分からない単語があると藤崎に質問をして先に進む。その辺りはさすが整備員の責任者を任されただけあってこいつの語学力はなかなかなものだ。そんなわけで最近の夜はこんな風に二人で黙ってマニュアルを読みふける日が続いている。
そんな最中だったので姫の言った言葉が耳をすり抜けてしまいもう一度聞き返した。
「なんだって?」
「ですから機付長なんですよ。ほら、これでも私、こっちの整備員の責任者ですから。日本に配備されるF-35の一番機、社さんが搭乗することになる桃介ちゃんの機付長になることが正式に決まりました」
最年少なんですよと誇らしげに言うが気になったのはそこじゃない。
「待て、機付長は良いが、そのモモスケチャンってのはなんだ?」
「え、一番機の名前。個体識別は味気ないじゃないですか。だから桃介ってつけました。通称モモちゃんです」
可愛いでしょ?と御満悦だ。そう言えばこいつはF-2もタロウと呼んでいたな。
「だからってなんで桃介」
「最初は桃太郎にしようかと思ったんですけどね。昔話そのまんまってわけにもいかないでしょうから桃介にしました」
「念のために聞いてやろう。二番機はなんて付けた?」
「あ、社さんもやっと私の意見に賛成してくれる気になったんですか? 羽佐間さんが乗ることになる二番機は梅助です♪」
ですからウメちゃんと呼んでやって下さいと嬉しそうに答える姫の顔を見ながら脱力した。このメカオタク女から何を聞いてももう驚かないと思っていたんだがな。俺の予測は甘かったわけだ。
「まったく愛情をかけるにも限度ってものがあるだろ。……ってことは全部に名前をつけたってことか」
「はい。知りたいですか?」
「いや、もういい。何となく想像がつくから」
俺が遮ると残念そうな顔をする。
「で、機付長なのでモモちゃんには私の名前がペイントされるわけですよね。藤崎って入れてもらえるのが今から楽しみです」
確かにそれぞれの機体には機付長の名前などがペイントされることが多い。今の機体にも榎本さんの名前がコックピットの横にペイントされている。これはパイロットはその日によって乗る人間が変わるのに対して整備員はそれぞれの機体に専属でつくからで、その責任者の名前が機体にペイントされるというわけだ。
そして藤崎は「社さんは私の名前が書かれた機体で飛ぶんですよ~」と少し偉そうな口調で言いやがった。まったく姫のくせに生意気な。
「……認めん」
「え?」
「榎本さんならともかく、お前の苗字が刻まれた機体を飛ばすなんてとんでもない」
まったくもって気に入らない。
「そんなこと言ってもそれが決まりなんだから仕方がないじゃないですか。じゃあどうするんですか。私の名前をペイントするのが嫌なら二番機の富永さんと私が変わりますか?」
「いや。そんなことをしなくてももっと簡単に解決する。お前が苗字を変えろ」
「なんで簡単なんですか、それこそ無茶な話でしょ?」
「いや、可能だ。次の休暇にこっちにある日本領事館に行くぞ。そうすればお前の苗字を社にかえられる」
「……はい?」
姫が手にしていたテキストを足元にポトンと落としてこっちを見詰めてきた。
「だから、藤崎から社にかえろ」
「あの、社さん」
恐る恐るといった感じで姫は俺の顔を覗き込む。
「なんだ」
「自分で何言ってるか分かってます?」
「分かってる」
「だってそれって。私が社になるっていうのは」
「姫が俺の嫁さんになるってことだろーが。それぐらい分かっているさ。F-2からこっちに乗り換えることにした時にどうするって聞いただろ」
「あれは整備員としてどうするかってことじゃないですか。結婚のけの字も出てませんよ?!」
まあ確かにそうなんだが。
「あの時に聞いたよな? 『俺はあっちに乗ることを志願したがお前はどうするつもりだ』って。そしたら姫はなんて答えた?」
俺の問い掛けに首を傾げてしばらく考え込んだ。
「えっと『社さんみたいなエロくておバカなパイロットの相手なんて私しか出来ないでしょ』って言いました」
「バカかどうかはともかく俺の相手はお前しか出来ないんだろ? だったらそういうことで問題ないじゃないか」
「なんでそこまで飛躍するんですか。ってかエロは否定しないんだ……」
そこは否定しない。ニッと笑いながら姫を見詰め返すと明らかにギョッとした顔になった。どうやらこっちの思惑に気が付いたようだ。
「駄目ですよ、勉強が先なんだから! ここでテストにパス出来なかったら空自の恥と言われちゃうんですからね!」
「あのな。俺はこれでも優秀なんだ。そうでなかったらこの訓練にも参加できなかったしF-35のパイロット選抜にも通らなかった筈だろ」
「それはそうですけど、それとこれとはまた話が違うわけで……あっ」
手にしていたテキストを机に放り投げると姫が手にしていたテキストも奪い取って放り投げた。
「明日はせっかくの訓練中日の休暇なんだ、少しぐらい羽根をのばしても問題ないだろうが」
「今日の日付が変わるまでは休暇じゃありません、まだ勉強……」
まだブチブチと言う藤崎の目の前に腕時計をかざしてやる。
「残念だったな、日付が変わって既に一分経った」
「あああああああっ!!」
「そういう訳で諦めろ、さあ休暇を楽しむか」
藤崎が椅子にかじりつく前に抱き上げてベッドに放り出す。
「あの!! 社さんが藤崎姓になる選択肢は」
「無い」
もちろん藤崎の拒否権も無い。
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「……なんですよ」
結局その日はバーに繰り出したものの早々に切り上げて宿舎に戻ってきた。そして押し掛けたのは藤崎の部屋。それぞれに渡された分厚い英文マニュアルのテキストに目を通しながらたまに分からない単語があると藤崎に質問をして先に進む。その辺りはさすが整備員の責任者を任されただけあってこいつの語学力はなかなかなものだ。そんなわけで最近の夜はこんな風に二人で黙ってマニュアルを読みふける日が続いている。
そんな最中だったので姫の言った言葉が耳をすり抜けてしまいもう一度聞き返した。
「なんだって?」
「ですから機付長なんですよ。ほら、これでも私、こっちの整備員の責任者ですから。日本に配備されるF-35の一番機、社さんが搭乗することになる桃介ちゃんの機付長になることが正式に決まりました」
最年少なんですよと誇らしげに言うが気になったのはそこじゃない。
「待て、機付長は良いが、そのモモスケチャンってのはなんだ?」
「え、一番機の名前。個体識別は味気ないじゃないですか。だから桃介ってつけました。通称モモちゃんです」
可愛いでしょ?と御満悦だ。そう言えばこいつはF-2もタロウと呼んでいたな。
「だからってなんで桃介」
「最初は桃太郎にしようかと思ったんですけどね。昔話そのまんまってわけにもいかないでしょうから桃介にしました」
「念のために聞いてやろう。二番機はなんて付けた?」
「あ、社さんもやっと私の意見に賛成してくれる気になったんですか? 羽佐間さんが乗ることになる二番機は梅助です♪」
ですからウメちゃんと呼んでやって下さいと嬉しそうに答える姫の顔を見ながら脱力した。このメカオタク女から何を聞いてももう驚かないと思っていたんだがな。俺の予測は甘かったわけだ。
「まったく愛情をかけるにも限度ってものがあるだろ。……ってことは全部に名前をつけたってことか」
「はい。知りたいですか?」
「いや、もういい。何となく想像がつくから」
俺が遮ると残念そうな顔をする。
「で、機付長なのでモモちゃんには私の名前がペイントされるわけですよね。藤崎って入れてもらえるのが今から楽しみです」
確かにそれぞれの機体には機付長の名前などがペイントされることが多い。今の機体にも榎本さんの名前がコックピットの横にペイントされている。これはパイロットはその日によって乗る人間が変わるのに対して整備員はそれぞれの機体に専属でつくからで、その責任者の名前が機体にペイントされるというわけだ。
そして藤崎は「社さんは私の名前が書かれた機体で飛ぶんですよ~」と少し偉そうな口調で言いやがった。まったく姫のくせに生意気な。
「……認めん」
「え?」
「榎本さんならともかく、お前の苗字が刻まれた機体を飛ばすなんてとんでもない」
まったくもって気に入らない。
「そんなこと言ってもそれが決まりなんだから仕方がないじゃないですか。じゃあどうするんですか。私の名前をペイントするのが嫌なら二番機の富永さんと私が変わりますか?」
「いや。そんなことをしなくてももっと簡単に解決する。お前が苗字を変えろ」
「なんで簡単なんですか、それこそ無茶な話でしょ?」
「いや、可能だ。次の休暇にこっちにある日本領事館に行くぞ。そうすればお前の苗字を社にかえられる」
「……はい?」
姫が手にしていたテキストを足元にポトンと落としてこっちを見詰めてきた。
「だから、藤崎から社にかえろ」
「あの、社さん」
恐る恐るといった感じで姫は俺の顔を覗き込む。
「なんだ」
「自分で何言ってるか分かってます?」
「分かってる」
「だってそれって。私が社になるっていうのは」
「姫が俺の嫁さんになるってことだろーが。それぐらい分かっているさ。F-2からこっちに乗り換えることにした時にどうするって聞いただろ」
「あれは整備員としてどうするかってことじゃないですか。結婚のけの字も出てませんよ?!」
まあ確かにそうなんだが。
「あの時に聞いたよな? 『俺はあっちに乗ることを志願したがお前はどうするつもりだ』って。そしたら姫はなんて答えた?」
俺の問い掛けに首を傾げてしばらく考え込んだ。
「えっと『社さんみたいなエロくておバカなパイロットの相手なんて私しか出来ないでしょ』って言いました」
「バカかどうかはともかく俺の相手はお前しか出来ないんだろ? だったらそういうことで問題ないじゃないか」
「なんでそこまで飛躍するんですか。ってかエロは否定しないんだ……」
そこは否定しない。ニッと笑いながら姫を見詰め返すと明らかにギョッとした顔になった。どうやらこっちの思惑に気が付いたようだ。
「駄目ですよ、勉強が先なんだから! ここでテストにパス出来なかったら空自の恥と言われちゃうんですからね!」
「あのな。俺はこれでも優秀なんだ。そうでなかったらこの訓練にも参加できなかったしF-35のパイロット選抜にも通らなかった筈だろ」
「それはそうですけど、それとこれとはまた話が違うわけで……あっ」
手にしていたテキストを机に放り投げると姫が手にしていたテキストも奪い取って放り投げた。
「明日はせっかくの訓練中日の休暇なんだ、少しぐらい羽根をのばしても問題ないだろうが」
「今日の日付が変わるまでは休暇じゃありません、まだ勉強……」
まだブチブチと言う藤崎の目の前に腕時計をかざしてやる。
「残念だったな、日付が変わって既に一分経った」
「あああああああっ!!」
「そういう訳で諦めろ、さあ休暇を楽しむか」
藤崎が椅子にかじりつく前に抱き上げてベッドに放り出す。
「あの!! 社さんが藤崎姓になる選択肢は」
「無い」
もちろん藤崎の拒否権も無い。
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