空と彼女と不埒なパイロット

鏡野ゆう

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小話

三沢基地にて

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「解せぬ」

 式典が始まろうとしていたハンガー内、私の横に立っていた社さんが不機嫌そうな顔をしてぼやいた。

 なんでこんな顔をしているかというと、社さんと羽佐間さんが目黒での指揮幕僚課程を修了する直前にF-35が三沢基地にやってきたから。部隊配備されるのはもう少し先だと思われていたのが国内で組み立てられた第一号機が予想外に早く完成し、私達と一緒にアメリカで飛行訓練をしていた八木沢二佐が飛行隊のパイロットとして三沢の空を初フライトすることになったのだ。

 で、そのことで社さんはぶちぶちと現在進行形で文句を言っている。

「ここまで飛ばしてきたのも八木沢隊長なんだもの、今更なんじゃないの? それに二佐は飛行隊の隊長なわけだし最初に飛ばすのが隊長なのは至極当然のことだと思うんだけど」
「それでも一番に三沢上空を飛びたかった。やっぱり目黒に行くんじゃなかった」
「そんな子供みたいなこと言って~」

 そりゃあ社さんの気持ちも分からないでもない。でも目黒での課程はこれからF-35飛行隊を運用していく上ではどうしても必要なことなのだから、そこはやはり一航空自衛官として我慢しなければと思うのだ。

「なんでよりによって前倒しなんだよ。予定では俺がこっちに戻って来てからだって話だったのに」
「そんなこと言ったら一日でも早く三沢にって頑張ってくれてた小牧の人達に悪いよー?」
「それとこれとは別問題だ」

 それでも、社さんも羽佐間さんも榎本司令の計らいで米軍機を利用しての訓練は続けられたのだから随分と優遇されていると言える。これ文句を言うのは贅沢だって私的には思うんだけど、そのへんのことは社さんの頭の中からすっぽり抜け落ちているみたいだ。

 ……ああ、そうそう。
 
「あのさ、ちなみに私はもう整備点検してるから社さんより先にあの機体に触ったから」

 私がそう言うと不機嫌そうな顔をこっちに向ける。

「まったく姫のくせに生意気な」
「ちなみに祐太郎ちゃんも触らせてもらった」
「は?!」

 素っ頓狂な声をあげてから周りに人がいることを思い出したのか慌てて声を潜めた。

「この寒い中つれてきたのかよ、風邪でもひいたらどうするんだ」

 社さんって普段は理不尽なこと言いまくりだし相変わらず不埒な人だけど息子のこととなるとゲロ甘なパパに豹変する。あまりの豹変ぶりに私だけでなく付き合いの長い羽佐間さんですらドン引きする変わりようだ。

「パパが飛ばしてママが整備する機体だからね。ユウちゃんにも見せておこうと思って。ああ、ちゃんと司令にも隊長にも許可は貰ってるから」
「そこじゃなくて風邪でもひいたらどうするんだって言ってるんだよ」
「ユウちゃんは御機嫌だったよ? パパとママをよろしくねってニコニコしながら触ってた」

 そういうことじゃないんだと呟いている頭を抱えている社さん。何よ、ちゃんと防寒対策して連れてきたんだから問題ないじゃない。

「余計なことしてまた喋り出したらどうするんだよ、あの機体が」

 奥に駐機している機体のほうを顎で示す。そう言えば百里基地から築城基地に配置転換になったタロウちゃんは元気に飛んでいるだろうか? お喋りもパタパタもしなくなってしまったけれどパイロットは元アグレッサーの朝倉三佐だし整備は野上三佐率いる優秀な整備班だもの、きっと今頃は九州の空を元気に飛び回っているに違いないよね。

「あ、社さん、榎本一佐と奥様だ」
「ん?」

 ハンガーの出入口に姿を見せたのは制服姿の榎本一佐と奥様の榎本三佐。三佐が私達のことをみつけてニッコリと微笑んでから手を振ってきた。

「そう言えばさ、奥様の方が昇任するとかしないとかでもめてるんだって。知ってた?」

 二人がこっちにやってくるのを待ちながら、定期便で飛んできた輸送機のクルー達と話していた時に仕入れた噂話を社さんにする。驚いた顔をしてないところを見ると一度は耳にしていたのかな?

「まだ普通に飛んでいたい三佐と、階級を上げて榎本三佐を管理職にしたい上とで小競り合いをしているって感じだろ? 今のところ昇任なんかさせたら二人揃って退官するぞと言って脅しているようだが」
「どっちの榎本さんが?」
「もちろん三佐の方が」
「一佐も一緒に辞めちゃうの?」

 そう言えば退官を迎えたはずの一佐も偉い人達の意向で数年は空自の残ることになったと聞いた。考えてみればあれもイヤイヤだったのかもしれない。

「いや。三佐が勝手に榎本一佐のことを巻き込んでいるってやつ」
「えええ……」

 もちろん一佐が奥様の言ってることを知らないわけがない。ってことは黙って口出しはしてないけど奥様の味方ってスタンスなんだろう。ああ、それともこれ幸いにと一緒に退官して楽隠居を決め込もうと狙っているとか?

「それよりちょっと機嫌が悪そうだな、一佐」

 社さんがポツリと呟いた。

「そう?」
「ああ。こっちは横田に比べるとかなり寒いから」
「……ああ、なるほど」

 一佐の片足は義足だ。膝から下を失ってかなりの年月が経っているからあの事故の当事者だということを知らない人間も最近では多い。こうやって見ていても人よりゆっくりなペースで歩いている以外はとても義足とは思えないぐらい自然だった。

 だけど梅雨時や寒い時にはその古傷が痛むらしく、百里にいた時も天気が悪い時はかなり無口になっていた。私も最初はそんなこと気づかなくて羽佐間さんと社さんに教えてもらって知ったクチ。こういう時は話は簡潔に、動く必要がある時は出来るだけ自分が、そう心がけていたものだ。

「ご無沙汰しております、一佐、三佐」

 私達の前にやってきた二人に敬礼をする。パッと見たところでは一佐は穏やかな顔をしているけれど、よく見れば眉間に少しだけシワがよっている。うん、これはかなり痛いってことだ。奥様の三佐は気がついているんだろうか?

「お久し振り。社君とは顔を合わせていたけど藤崎さんとは本当に久し振りよね。お子さんはお元気? 今日はどうしてるの?」
「あ、はい。息子はいまここの保育園で預かってもらっています。式典が終わるまでぐらいなら大人しく寝ていてくれるだろうって。何かあれば連絡が入りますので」

 連絡用の振動だけするポケベルもどきをポケットの中から出してみせた。最初にこれを見た時は、今の時代にこれが役立つ日が来ようとはねと保母さん達と笑ったものだ。

「三佐のところも皆さんお元気ですか? 確か次男さんが航空学生のなるとかならないとかお聞きしてたんですが」
「ええ。お蔭様で来年度から無事に航学になれそうよ」

 ただ二番目の息子さんはヘリのパイロット志望らしい。長男君は確か管制希望だって話だったし、榎本家のパイロットDNAは何処に行ってしまったんだろう。……まさか末っ子のひなたちゃん?

「ひなたちゃん、お兄さん達が二人ともいなくなって寂しくなっちゃいますね」
「それがそうでもないのよ。私の天下がきたって大喜びなの。今日も一人でのんびりお留守番してるから私達にも直ぐに帰ってこなくても良いよ、ですって。そのお言葉に甘えてここでの堅苦しい任務が終わったら二人で温泉にでも浸かってこようかしらって考えてるの」

 三佐の言葉に一佐が驚いた表情をした。

「おい、そんなこと一度も言わなかったじゃないか」
「ここに来てから思いついたのよ。だってこんなに寒いとは思わなかったんだもの、温泉にでも浸かって帰らなかったら凍えちゃうわ。だから貴方も私に付き合うのよ」
「宿はお決めに? なんならどこか……?」
「こういう時のネット予約って便利よね。個室で内風呂がある素敵なお宿、見つけちゃったの。ああ、もう、言いたいことはそこで聞いてあげるから貴方は黙って機長である私についてこれば良いの」

 何か言いげな一佐をさっさと黙らせてしまう三佐に感心しつつ、宿のことが気になったので尋ねてみたけど心配は無用だったようだ。考えてみれば毎日のように飛んでいる輸送機パイロットの三佐が、思いつきで遠距離移動の行き先を変更するなんこと出来るわけがないんだもの。きっとここに来ると決まった時に手配したはずだ。そしてそれはきっと一佐の足を気遣ってのことに違いない。

「温泉ですか~~私も子供がもう少し大きくなったら行ってみようかな。三佐がお泊りになったお宿、気に入ったら教えてください」
「ええ、もちろん。大丈夫よ、旅番組を企画したテレビ局の人のお奨めだから」

 三佐がニッコリと笑って片目をつぶってみせた。



「あんな風に私達もなれるのかなあ……」

 式典で座る場所へと行ってしまう二人の後ろ姿を見送りながら思わず呟いてしまった。

「なにが?」
「んー……」

 私はともかく社さんが榎本一佐みたいになるとはとうてい思えない。どう考えても不埒なままな気がする。そんな私の考えが伝わったのか社さんは何気に不機嫌そうに顔をしかめた。

「おい、なにか俺に失礼なことを考えてないか?」
「失礼とかそういう以前の問題かなあ。どう考えても私達はお二人にはかなわない気がする」

 私がそう言葉を返すと、社さんは真面目な顔をして二人の後ろ姿に目を向けた。

「別にかなわなくても良いんじゃないのか? 俺達は俺達の空を飛ぶ、それで十分だろ」
「わー、社さんがパイロットらしいこと言ってるよ」
「まったく失礼だな、姫。そんなにお仕置きがしてほしいなら楽しみにしてろよな、家に帰ったらたっぷりしてやるから」

 ほら、やっぱり社さんは不埒でしょ? さすが空自三大不埒男って言われるだけのことはあるよね。
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