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本編
第九話 結花先生主催シシャモ同好会
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そして一週間後、目の前に座っているSP様は御立腹だ。
「どうして俺に知らせなかった?」
ことの顛末を面白おかしく話ていたら、愉快がるどころか途中からムッツリと黙り込んでしまって、挙句の果てに今のセリフ。やれやれまったくと呆れたように笑うだろうと思っていたのに、予想外の反応に戸惑ってしまう。
「だって相手は腐っても政治家よ、腐ってないことを祈ってるけど。そりゃあ貴方なら、物理的にコテンパンにできるでしょうけど、政治的な力でどうのこうのされたら、確実に潰されるのは間違いなく貴方の方。だから、相手と同じ力を持っている私が対処した。ま、ちょっと姑息な手だったかもしれないけれど。……父親を出したあたりは、かなり姑息だったかしら?」
「…………」
肩をすくめてから悪戯っぽく笑って見せたけれど、相手はしかめっ面のままだった。彼がそんな顔をしている原因は、私がしたことのせいらしい。
+++++
「満田先生、今ちょっとよろしいですか?」
議員会館にある満田先生のオフィスのドアをノックしたのは、霧島さんとホテルで一夜をすごした翌々日の午後だった。
手前の部屋では、秘書やスタッフ達がせわしなく書類の作成をしている。次の審議で代表質問をすることになっているので、それに向けての資料作りと原稿作りだろう。奥の部屋で資料に目を通していた満田先生が顔を上げ、私を見ると微笑んで立ち上がった。
「おや、珍しいね、重光先生から僕のところに来てくれるなんて。良い話だと嬉しいんだけどな。どうぞ入って」
秘書達が仕事をしている部屋を通って、先生の執務室に入る。そこで資料作りをしていた女性秘書が、お茶をお持ちしますねと言ってくれたのを丁重に断った。
「すぐに終わる話だから結構です。忙しくしている仕事の手を止めるのは申し訳ないわ。どうぞ私にはお構いなく」
そう言って、それとなく彼女を部屋から追い立てると、ドアを閉めた。先生の方は、何やら私から不穏な空気を感じ取ったのか、戸惑った様子を見せながらもかろうじて笑顔を貼りつけている。その笑顔に敬意を表して、私もニッコリと微笑んでみせた。
「先週末に都内のホテルでお会いしたこと、覚えていらっしゃいますよね?」
「ああ、もちろん」
「実はあの時、あそこに週刊誌の記者が張りついていたらしいんですよ。ええ、有名なゴシップ大好きな、某女性週刊誌なんですけどね」
相手の明らかに顔色が変わった。
「まさか、あのホテルに週刊誌の記者が張り込んでいたなんて知らなくて、ビックリ。それで知り合いに、その記者さんがどんな写真を撮ったのか、調べてもらったんですよ。だって、緊張感の無い私の変顔とか撮られていたらイヤですもの。そうしたらね、こんな写真が撮れちゃったんですって」
そう言って、三ツ矢さんに渡された三枚の写真のうち、満田先生が女性と話している写真と、フロントでルームキーを受け取っている写真の二枚を、机に置いた。
「ほんと、ビックリしちゃいました。まさか満田先生が、こんなお若い方とお付き合いされていたなんて」
「違う、これは……たまたまだよ! そう、チェックインしようとしたら、たまたま話しかけられただけなんだ!!」
「それでゆっくりお話をするために、部屋まで一緒に行かれたんですか? なるほどー、先生も隅に置けませんねえ」
三枚目、エレベーターに乗った二人の写真を最初の写真の横に置いた。
「!!」
「もっとお見せしましょうか?」
「いや……結構だ」
「この女性、随分とお若いですよね。まさか未成年ってことはありませんよね、先生?」
「それはない、彼女は……!!」
「彼女は?」
「いや、その……」
まあ若いと言っても、さすがに高校生はないわよね、ちょっと盛りすぎたかしら。
「選挙も迫ってきていることですし、今回に限っては、この記者さんには私の方から頼んで、写真を公表しないようにお願いしてあります。ただし、あちらも仕事ですから、さすがにデータごととはいきませんでした。つまりあちらサイドがその気になれば、いつでも記事にできるということです、お分かりですね?」
「……それで? なにが目的なんだ?」
すっかり顔が土気色になってしまった先生は、絞り出すような声で言った。
「目的なんて、そんなものありませんよ。同じ党の人間として、御忠告申し上げただけですわ。いい加減、自重された方がよろしいのではありませんかと」
「これは何処の雑誌社の?」
「さあ、何処だったかしら。重要なのは何処の週刊誌の記者かということより、満田先生が自重されるかどうかだと思いますけど? 奥様がこんな写真を御覧になったら、どんなに悲しまれるか」
奥様のことを出したとたんに、真っ青になった。あらあら、そんなに動揺するなら、最初から若い愛人を作って不倫するなんてこと、しなければ良かったのに。本当に馬鹿な人だ。
「とにかく、私は確かに御忠告申し上げましたから。ああ、そうそう、肝心なことを言うのを忘れていました」
部屋を出掛けてから立ち止まって、顔色が悪いまま椅子に座り込んでいる満田先生を振り返った。
「私、こういう不誠実なことをする人間って、大嫌いなんです。そりゃもう姿を見るのも声を聞くのも、こうやって同じ部屋で同じ空気を吸うのも我慢ならないぐらい。ですから向こう五十年ぐらいは、満田先生との交流をお断りさせていただきますね。ああ、父にとりなしを頼んだりしたらこの写真のこと、父にも上の人達にも言いますよ? ちなみに、うちの父がどれだけ愛妻家かご存知ですよね?」
本音で言うと十万年ぐらいはお断りしたいし、こういう男はそこの窓から放り投げて、この世とおさらばさせてやりたい気分だけれど、そこは常識人として我慢することにする。
「ではそれで失礼しますね。次の代表質問、存分に先生の話術を発揮なさってください、勉強させていただきますから」
そう言うと先生の執務室を出る。ドアを開けると、こちらをうかがっていた秘書達が、気まずそうな顔をして一斉に視線を逸らした。あんな顔色の悪い先生を見ていたら、ガラス越しでも非常によろしくない事を話していたぐらいは分かりそうなものだ。それに秘書だったら、恐らくあの女性との関係も知っていただろうし。
「選挙が近くなってきたら、マスコミの目は普段よりも更に厳しくなってきます。満田先生の行動には、十分に気を配ってくださいね」
うなづく秘書達を後に、先生のオフィスを出た。
「ま、私も人のこと言えないか」
+++++
「ねえ、どうしてそんなに御機嫌ななめなの? あ、どうしてそこで溜め息をつくわけ?」
「いや……何て言うか、まあ君らしいと言えば君らしいのか?」
どの辺が? 自分のことを棚に上げて、満田先生をそれとなく脅したこと? でも私の場合、不倫なんてしていないもの。単に一人で息抜きしていただけ。あ、どうしてまた溜め息をつくの? 言いたいのはそこじゃない? だったら何処なの?
「寄ってくるイヤな虫を追い払って虫除けにするには、ちょうど良いタイミングでもらった写真なんだもの、有効に使わなきゃ。それの何処がいけないのよ」
「それで? 四枚目五枚目の写真はあるのか?」
「あるわけないじゃない。三枚で全部よ。だけど大事なのは、写真に四枚目五枚目があって、私と雑誌記者が握っていると、満田先生が信じていることでしょ?」
霧島さんは君達政治家はまったく、とぼやいている。
「でも、満田先生が単純な性格で良かったわ。あそこで四枚目を見せろと言われたら、どうしようかと思ったもの」
「後学のために聞かせてもらうが、そう言われたらどするつもりだったんだ?」
「うちの事務所の金庫に、大切にに保管してありますよって、言ってあげるつもりだった」
そう答えて、その時に浮かべるつもりだった笑顔をしてみせると、霧島さんはさらに大きな溜め息をついた。
「まったく。惚れた女にちょっかいを出してくる相手を追い払うのは、男の役目じゃないのか?」
「だから、相手は国会議員だって言ってるでしょ? まともにぶつかって、痛い思いをするのは貴方の方じゃない。イヤよ、貴方が誰か偉い人から難癖つけられて、離島に左遷されたなんて話を聞くのは」
「俺が自分の身と君一人すら守れない男だと?」
不穏な目つきをしてこっちを睨んでも無駄だから。
「そうは言ってない。政治家ってのが特殊な人種だってこと」
つまり霧島さんは、私から満田先生に言い寄られていたことを相談してもらえなかったことが、面白くないらしい。
「長いこと近くで見ていたら理解できるでしょ? 政治家相手に、一般国民が変なプライドなんてふりかざさないで。本気でかかってこられたら人生詰むわよ?」
そういうことって、実際のところ一般の人達は意外と分かっていない。
スキャンダルが雑誌で取り沙汰されたりあれこれ法案で揉めたりすると、有権者の強みで何だかんだと好き放題なことを言っているけれど、実際のところ政治家というのは底知れない力を持っているものだ。私みたいな新人や満田先生クラスの中堅クラスの議員ならともかく、いわゆるベテラン議員ともなれば本当にシャレにならない。身の程はわきまえておいた方が安全に生きていられる、というのが先輩達からのありがたいお言葉だ。
「こっちの世界のことは、私に任せておけば良いのよ。貴方は貴方の世界で、私のことを守ってくれれば良いんだから」
「国務大臣にでもならないと警護はつかないんだからな。俺が君を四六時中見張っていられるように、さっさと大臣になってくれ」
「今すぐとなると、一体どれだけの先生達を蹴り落とさなきゃいけないことやら……」
考えるだけで恐ろしい。ダメダメ、こういうのは、それなりに年功序列を守らなきゃ。
「ところでさっきから気になっているんだか、どうして今日はこんな店に?」
「気に入らない? 休日だし、貴方も堅苦しいところはイヤだと思って、ここにしたんだけど」
「いや。俺はこっちの方がずっと落ち着くし、その気遣いはありがたいんだが」
私達が今いるのは、両親宅の近くにある居酒屋。霧島さんは普段のバーとはまったく違う雰囲気に、かなり戸惑っているようだ。
「これでも他のお客さんに遠慮して、奥の個室にしたんだけれど。それと、貴方にはおいしいシシャモと日本酒を用意した」
彼のお前に置かれたお皿には、おいしそうな子持ちシシャモが並んでいる。そして御近所の酒屋さんお勧めの大吟醸。なかなかおいしいと、うちの父親も褒めていた銘柄だ。
「まさかとは思うが、こいつを俺の前に出したいだけでここにしたのか?」
私がシシャモ一匹摘まんで齧るのを眺めながら質問をする。
「まさかまさか。貴方を、我が家のシシャモ同好会に入れてあげようと思って招待したのよ?」
「シシャモ同好会?」
霧島さんが首をかしげると同時に、お店のドアが開いた音がして、店員さんが元気な声で、いらっしゃーいというのが聞こえてきた。そろそろかしら? しばらくすると失礼します~という声がして、閉めてあった襖がそっと開いた。
そこに立っていた人物を見て霧島さんが固まった。そこにいたのは私の母親、重光幸太郎夫人だ。
「遅くなってごめんなさいね。幸太郎さんを送り出すのに、思いのほか時間がかかっちゃって」
ニコニコしながらお座敷に上がると、私の横にちょこんと座る。
「お父さん、出掛けるの渋ったの?」
「だって今夜の宴席、伊勢谷先生も渡瀬先生もいらっしゃるんだもの。何を言われるか分かっているから行きたくないって、ずっと出掛けるのイヤがってたのよ。時間が無いから、無理やり車に押し込めちゃったわ」
「相変わらずお母さんには弱いのね」
きっと車の中から、捨てられた子犬みたいな目をして、行きたくないと訴えていたに違いない。そんな目で訴えても、うちの母親はにこやかに手を振りながら送り出したんだろうけど。
そしてその父親を送り出したのと同じ笑顔を、母親は霧島さんに向けた。
「こんばんは。始めましてじゃなくて、お久し振りと言った方が良いかしらね、幸太郎さんの警護についてくれていた時以来だから。改めて自己紹介させてもらいますね、結花の母です」
「どうも、御無沙汰しております、重光夫人……」
霧島さんは慌てて正座をして頭を下げた。それを見て母親は笑いながら手を振る。
「今日は娘の母親として顔を出したんだから、そんな堅苦しい挨拶は抜きよ。それに、同好会に入るんでしょ?」
そう言って、嬉しそうに霧島さんの前にあるお皿を指さす。
「は、い?」
「さっき言ったシシャモ同好会のことよ。うちの母がね、シシャモ好きで大変なの」
「最近はなかなか居酒屋さんに来れないから、シシャモに飢えていたのよね。良かったわ、同好の士が現れて。たまにシシャモを食べるのに付き合ってくれると嬉しいわ。幸太郎さんは忙しくてさっぱりなの」
「つまりシシャモ同好会っていうのは……?」
「うちの母親が会長さん」
「娘ともどもよろしくね、霧島君」
霧島さんはがっくりと肩を落として溜め息をついた。母はそんな彼を見て首をかしげている。
「シシャモは追加でお願いしてきたから、焼き立てがすぐ来るから元気出して?」
「これは勝てる気がしない……」
「だから言ったじゃない、逃がさないわよって」
ヒソヒソと囁き合う私達を見て、母は若いって良いわねとほがらかに笑うばかりだった。
「どうして俺に知らせなかった?」
ことの顛末を面白おかしく話ていたら、愉快がるどころか途中からムッツリと黙り込んでしまって、挙句の果てに今のセリフ。やれやれまったくと呆れたように笑うだろうと思っていたのに、予想外の反応に戸惑ってしまう。
「だって相手は腐っても政治家よ、腐ってないことを祈ってるけど。そりゃあ貴方なら、物理的にコテンパンにできるでしょうけど、政治的な力でどうのこうのされたら、確実に潰されるのは間違いなく貴方の方。だから、相手と同じ力を持っている私が対処した。ま、ちょっと姑息な手だったかもしれないけれど。……父親を出したあたりは、かなり姑息だったかしら?」
「…………」
肩をすくめてから悪戯っぽく笑って見せたけれど、相手はしかめっ面のままだった。彼がそんな顔をしている原因は、私がしたことのせいらしい。
+++++
「満田先生、今ちょっとよろしいですか?」
議員会館にある満田先生のオフィスのドアをノックしたのは、霧島さんとホテルで一夜をすごした翌々日の午後だった。
手前の部屋では、秘書やスタッフ達がせわしなく書類の作成をしている。次の審議で代表質問をすることになっているので、それに向けての資料作りと原稿作りだろう。奥の部屋で資料に目を通していた満田先生が顔を上げ、私を見ると微笑んで立ち上がった。
「おや、珍しいね、重光先生から僕のところに来てくれるなんて。良い話だと嬉しいんだけどな。どうぞ入って」
秘書達が仕事をしている部屋を通って、先生の執務室に入る。そこで資料作りをしていた女性秘書が、お茶をお持ちしますねと言ってくれたのを丁重に断った。
「すぐに終わる話だから結構です。忙しくしている仕事の手を止めるのは申し訳ないわ。どうぞ私にはお構いなく」
そう言って、それとなく彼女を部屋から追い立てると、ドアを閉めた。先生の方は、何やら私から不穏な空気を感じ取ったのか、戸惑った様子を見せながらもかろうじて笑顔を貼りつけている。その笑顔に敬意を表して、私もニッコリと微笑んでみせた。
「先週末に都内のホテルでお会いしたこと、覚えていらっしゃいますよね?」
「ああ、もちろん」
「実はあの時、あそこに週刊誌の記者が張りついていたらしいんですよ。ええ、有名なゴシップ大好きな、某女性週刊誌なんですけどね」
相手の明らかに顔色が変わった。
「まさか、あのホテルに週刊誌の記者が張り込んでいたなんて知らなくて、ビックリ。それで知り合いに、その記者さんがどんな写真を撮ったのか、調べてもらったんですよ。だって、緊張感の無い私の変顔とか撮られていたらイヤですもの。そうしたらね、こんな写真が撮れちゃったんですって」
そう言って、三ツ矢さんに渡された三枚の写真のうち、満田先生が女性と話している写真と、フロントでルームキーを受け取っている写真の二枚を、机に置いた。
「ほんと、ビックリしちゃいました。まさか満田先生が、こんなお若い方とお付き合いされていたなんて」
「違う、これは……たまたまだよ! そう、チェックインしようとしたら、たまたま話しかけられただけなんだ!!」
「それでゆっくりお話をするために、部屋まで一緒に行かれたんですか? なるほどー、先生も隅に置けませんねえ」
三枚目、エレベーターに乗った二人の写真を最初の写真の横に置いた。
「!!」
「もっとお見せしましょうか?」
「いや……結構だ」
「この女性、随分とお若いですよね。まさか未成年ってことはありませんよね、先生?」
「それはない、彼女は……!!」
「彼女は?」
「いや、その……」
まあ若いと言っても、さすがに高校生はないわよね、ちょっと盛りすぎたかしら。
「選挙も迫ってきていることですし、今回に限っては、この記者さんには私の方から頼んで、写真を公表しないようにお願いしてあります。ただし、あちらも仕事ですから、さすがにデータごととはいきませんでした。つまりあちらサイドがその気になれば、いつでも記事にできるということです、お分かりですね?」
「……それで? なにが目的なんだ?」
すっかり顔が土気色になってしまった先生は、絞り出すような声で言った。
「目的なんて、そんなものありませんよ。同じ党の人間として、御忠告申し上げただけですわ。いい加減、自重された方がよろしいのではありませんかと」
「これは何処の雑誌社の?」
「さあ、何処だったかしら。重要なのは何処の週刊誌の記者かということより、満田先生が自重されるかどうかだと思いますけど? 奥様がこんな写真を御覧になったら、どんなに悲しまれるか」
奥様のことを出したとたんに、真っ青になった。あらあら、そんなに動揺するなら、最初から若い愛人を作って不倫するなんてこと、しなければ良かったのに。本当に馬鹿な人だ。
「とにかく、私は確かに御忠告申し上げましたから。ああ、そうそう、肝心なことを言うのを忘れていました」
部屋を出掛けてから立ち止まって、顔色が悪いまま椅子に座り込んでいる満田先生を振り返った。
「私、こういう不誠実なことをする人間って、大嫌いなんです。そりゃもう姿を見るのも声を聞くのも、こうやって同じ部屋で同じ空気を吸うのも我慢ならないぐらい。ですから向こう五十年ぐらいは、満田先生との交流をお断りさせていただきますね。ああ、父にとりなしを頼んだりしたらこの写真のこと、父にも上の人達にも言いますよ? ちなみに、うちの父がどれだけ愛妻家かご存知ですよね?」
本音で言うと十万年ぐらいはお断りしたいし、こういう男はそこの窓から放り投げて、この世とおさらばさせてやりたい気分だけれど、そこは常識人として我慢することにする。
「ではそれで失礼しますね。次の代表質問、存分に先生の話術を発揮なさってください、勉強させていただきますから」
そう言うと先生の執務室を出る。ドアを開けると、こちらをうかがっていた秘書達が、気まずそうな顔をして一斉に視線を逸らした。あんな顔色の悪い先生を見ていたら、ガラス越しでも非常によろしくない事を話していたぐらいは分かりそうなものだ。それに秘書だったら、恐らくあの女性との関係も知っていただろうし。
「選挙が近くなってきたら、マスコミの目は普段よりも更に厳しくなってきます。満田先生の行動には、十分に気を配ってくださいね」
うなづく秘書達を後に、先生のオフィスを出た。
「ま、私も人のこと言えないか」
+++++
「ねえ、どうしてそんなに御機嫌ななめなの? あ、どうしてそこで溜め息をつくわけ?」
「いや……何て言うか、まあ君らしいと言えば君らしいのか?」
どの辺が? 自分のことを棚に上げて、満田先生をそれとなく脅したこと? でも私の場合、不倫なんてしていないもの。単に一人で息抜きしていただけ。あ、どうしてまた溜め息をつくの? 言いたいのはそこじゃない? だったら何処なの?
「寄ってくるイヤな虫を追い払って虫除けにするには、ちょうど良いタイミングでもらった写真なんだもの、有効に使わなきゃ。それの何処がいけないのよ」
「それで? 四枚目五枚目の写真はあるのか?」
「あるわけないじゃない。三枚で全部よ。だけど大事なのは、写真に四枚目五枚目があって、私と雑誌記者が握っていると、満田先生が信じていることでしょ?」
霧島さんは君達政治家はまったく、とぼやいている。
「でも、満田先生が単純な性格で良かったわ。あそこで四枚目を見せろと言われたら、どうしようかと思ったもの」
「後学のために聞かせてもらうが、そう言われたらどするつもりだったんだ?」
「うちの事務所の金庫に、大切にに保管してありますよって、言ってあげるつもりだった」
そう答えて、その時に浮かべるつもりだった笑顔をしてみせると、霧島さんはさらに大きな溜め息をついた。
「まったく。惚れた女にちょっかいを出してくる相手を追い払うのは、男の役目じゃないのか?」
「だから、相手は国会議員だって言ってるでしょ? まともにぶつかって、痛い思いをするのは貴方の方じゃない。イヤよ、貴方が誰か偉い人から難癖つけられて、離島に左遷されたなんて話を聞くのは」
「俺が自分の身と君一人すら守れない男だと?」
不穏な目つきをしてこっちを睨んでも無駄だから。
「そうは言ってない。政治家ってのが特殊な人種だってこと」
つまり霧島さんは、私から満田先生に言い寄られていたことを相談してもらえなかったことが、面白くないらしい。
「長いこと近くで見ていたら理解できるでしょ? 政治家相手に、一般国民が変なプライドなんてふりかざさないで。本気でかかってこられたら人生詰むわよ?」
そういうことって、実際のところ一般の人達は意外と分かっていない。
スキャンダルが雑誌で取り沙汰されたりあれこれ法案で揉めたりすると、有権者の強みで何だかんだと好き放題なことを言っているけれど、実際のところ政治家というのは底知れない力を持っているものだ。私みたいな新人や満田先生クラスの中堅クラスの議員ならともかく、いわゆるベテラン議員ともなれば本当にシャレにならない。身の程はわきまえておいた方が安全に生きていられる、というのが先輩達からのありがたいお言葉だ。
「こっちの世界のことは、私に任せておけば良いのよ。貴方は貴方の世界で、私のことを守ってくれれば良いんだから」
「国務大臣にでもならないと警護はつかないんだからな。俺が君を四六時中見張っていられるように、さっさと大臣になってくれ」
「今すぐとなると、一体どれだけの先生達を蹴り落とさなきゃいけないことやら……」
考えるだけで恐ろしい。ダメダメ、こういうのは、それなりに年功序列を守らなきゃ。
「ところでさっきから気になっているんだか、どうして今日はこんな店に?」
「気に入らない? 休日だし、貴方も堅苦しいところはイヤだと思って、ここにしたんだけど」
「いや。俺はこっちの方がずっと落ち着くし、その気遣いはありがたいんだが」
私達が今いるのは、両親宅の近くにある居酒屋。霧島さんは普段のバーとはまったく違う雰囲気に、かなり戸惑っているようだ。
「これでも他のお客さんに遠慮して、奥の個室にしたんだけれど。それと、貴方にはおいしいシシャモと日本酒を用意した」
彼のお前に置かれたお皿には、おいしそうな子持ちシシャモが並んでいる。そして御近所の酒屋さんお勧めの大吟醸。なかなかおいしいと、うちの父親も褒めていた銘柄だ。
「まさかとは思うが、こいつを俺の前に出したいだけでここにしたのか?」
私がシシャモ一匹摘まんで齧るのを眺めながら質問をする。
「まさかまさか。貴方を、我が家のシシャモ同好会に入れてあげようと思って招待したのよ?」
「シシャモ同好会?」
霧島さんが首をかしげると同時に、お店のドアが開いた音がして、店員さんが元気な声で、いらっしゃーいというのが聞こえてきた。そろそろかしら? しばらくすると失礼します~という声がして、閉めてあった襖がそっと開いた。
そこに立っていた人物を見て霧島さんが固まった。そこにいたのは私の母親、重光幸太郎夫人だ。
「遅くなってごめんなさいね。幸太郎さんを送り出すのに、思いのほか時間がかかっちゃって」
ニコニコしながらお座敷に上がると、私の横にちょこんと座る。
「お父さん、出掛けるの渋ったの?」
「だって今夜の宴席、伊勢谷先生も渡瀬先生もいらっしゃるんだもの。何を言われるか分かっているから行きたくないって、ずっと出掛けるのイヤがってたのよ。時間が無いから、無理やり車に押し込めちゃったわ」
「相変わらずお母さんには弱いのね」
きっと車の中から、捨てられた子犬みたいな目をして、行きたくないと訴えていたに違いない。そんな目で訴えても、うちの母親はにこやかに手を振りながら送り出したんだろうけど。
そしてその父親を送り出したのと同じ笑顔を、母親は霧島さんに向けた。
「こんばんは。始めましてじゃなくて、お久し振りと言った方が良いかしらね、幸太郎さんの警護についてくれていた時以来だから。改めて自己紹介させてもらいますね、結花の母です」
「どうも、御無沙汰しております、重光夫人……」
霧島さんは慌てて正座をして頭を下げた。それを見て母親は笑いながら手を振る。
「今日は娘の母親として顔を出したんだから、そんな堅苦しい挨拶は抜きよ。それに、同好会に入るんでしょ?」
そう言って、嬉しそうに霧島さんの前にあるお皿を指さす。
「は、い?」
「さっき言ったシシャモ同好会のことよ。うちの母がね、シシャモ好きで大変なの」
「最近はなかなか居酒屋さんに来れないから、シシャモに飢えていたのよね。良かったわ、同好の士が現れて。たまにシシャモを食べるのに付き合ってくれると嬉しいわ。幸太郎さんは忙しくてさっぱりなの」
「つまりシシャモ同好会っていうのは……?」
「うちの母親が会長さん」
「娘ともどもよろしくね、霧島君」
霧島さんはがっくりと肩を落として溜め息をついた。母はそんな彼を見て首をかしげている。
「シシャモは追加でお願いしてきたから、焼き立てがすぐ来るから元気出して?」
「これは勝てる気がしない……」
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