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本編
第十一話 結花先生の入院
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「あーもう、退屈!!」
「そんな大きな声を出すとまた傷に響くぞ」
ベッドの上で不満な気持ちを表そうと一声あげるたびに、そんな素っ気ない声が返ってくる。ムカつく。もう少し、怪我人を心配するとか労わるとかできないのかしら、この人。仮にも私、貴方の恋人なんだけど!
「だって退屈なんですもの」
「医者が良いと言うまでの辛抱だ」
「いつまで? ねえ、いつまでよ」
そう質問を投げかけても、霧島さんはこっちを見ようともしない。
「だから医者が帰宅しても良いと言うまでだ。だからと言って無理難題を吹っかけたりでもしたら、俺と御両親のお仕置きが待ってるからな」
「お仕置きって子供じゃないのよ私!」
「子供じゃないなら、大人らしく医者の指示通りにおとなしくしていろ」
彼は私の相手をしながら音声を絞ったテレビで、父が報道関係者とやり取りしているライブ映像を見ていた。
入院が決まると、母は杉下さんと一緒に私の自宅に着替えを取りに向かったので、当然のことながらマスコミの応対は父親がすることになる。私の怪我のことや犯人についてのことだけではなく、今回の件と関係のない、次の選挙での去就までを聞いてくるところがマスコミらしいところだ。もちろんその手の質問に対しては、父親も慣れたもので聞こえないふりをして、完全にスルーしているが。
「ところで君のお父さんは、どうやら俺と君が付き合っているのを知らなかったらしいな」
「そうなの?」
「ああ。処置室の前で、俺を見た時の先生の顔を見たらそんな感じだった」
霧島さんはその時のことを思い出したのか、気の毒そうに笑った。
「まあ父親っていうのは娘の色恋沙汰に関しては、だいたい蚊帳の外に置かれるのが世の常ってやつよね」
「他の先生達は知っているみたいなのに、実の父親だけが蚊帳の外だなんて気の毒なことだ」
「いいのよ。父は母と仲良くすごせればそれで満足で、多少のことでは凹まない人だから」
「いや、ショックだろ普通」
私の言葉に反論してくる。
「そうでもないわよ? うちの兄がいきなり結婚相手を連れてきた時も、笑ってさすが俺の息子だって褒めていたもの。きっと私のことも褒めてくれるはず」
「息子と娘ではまた違うと思うがな。確か、先手必勝、一撃必殺だったっけ?」
「そして後悔先に立たず。ちゃんと実践した結果が、今の貴方との関係なんだから」
しかしやはりショックだと思うぞ?というのが霧島さんの意見らしかった。
それからしばらくしてノックの音がすると、母親と杉下さんが小さな旅行用のバッグと大き目の紙袋を持って、部屋に入ってきた。二人が入ってきたと同時に、何やら食べ物の匂いが漂ってくる。その匂いを嗅いだとたん、お腹が空腹を訴え始めた。そう言えばこの騒ぎのせいで、夕飯をまだ食べていなかったと思い出す。
「お母さん、なにか美味しそうな匂いがする」
「ほら、病院って夕飯の時間が早いでしょ? この時間からだと朝まで我慢しなきゃいけないから、二人に差し入れを買ってきたのよ」
そう言って紙袋がテーブルの上に置かれた。
「冬吾君が何が好きか分からないから、サンドイッチとドーナツを色々と買って来たわ。それから紅茶とコーヒー。二人で喧嘩せずに分けてちょうだいね」
「先生、食べる前にお着替えになりますか?」
「ああ、そうね、こんな色気のない検査着じゃ気分が塞いじゃうわ」
そう言いながら、ちょっと待ってと考える。
「あ、一人で着替えるから手伝わなくて結構よ」
その言葉に、バッグの中からパジャマを取り出した杉下さんが首をかしげた。
「霧島さんのことをおっしゃっているなら、あっちを向いてもらえば問題ないと思いますが」
「ううん、そうじゃないの。自分でするから」
「でもお手伝いしないと、頭の方とか大変ですよ? 手も打撲で包帯を巻かれてますし」
まあ確かに、片手でボタンを外したりはめたりすねのは大変だ。だけど、それよりも大きな問題があるのに気が付いたから、彼女に着替えを手伝ってもらう訳にはいかないのだ。
「えっと、うーん……あ、霧島さん、手伝ってくれる?」
「俺がか?!」
そこで母親が何か思い当たることがあったようで、クスリと笑い声を漏らした。
「杉下さん、おとなしく入院には従ったことだし、結花の言うとおりにしてあげましょう。冬吾君、頼むわね。私はお父さんと一緒にもう一度先生から話を聞いて、一旦自宅に戻るから。杉下さん、貴女も明日からは忙しいから、今夜はゆっくり休みなさい」
「でも……」
「それから冷めないうちに食べなさいね」
母親はテーブルの上に置いた紙袋を指さしてから、杉下さんを引っ張って部屋を出て行った。それを見届けてからホッと息を吐く。そして霧島さんを軽く睨んだ。
「貴方のせいだから、少しは責任を感じてちょうだい」
「なんで俺のせいなんだ」
「だって、とても人様の前で服を脱げる状態じゃないんだもの! この前の夜のせいで!」
私の言葉に霧島さんは少し驚いたような顔をしていたけれど、すぐに意味を理解したようで、満足げな男らしい顔つきになった。まったくもう。彼と深い関係だと知られていることと、体中についたその痕跡を見られることとは、また別の話なのだ。
「なるほどね」
「なるほどねじゃないわよ。少しは反省して」
「服を着ていたら見えない場所だから、問題ないと思っていたんだがな」
笑いながらベッドの脇に立った。
「じゃあ着替えをお手伝いしましょうか、先生?」
「手伝う以外に何かしたらぶちのめすわよ?」
「怖い怖い、俺の先生はお怒りだ」
ニヤニヤしながら霧島さんは、パジャマを私の膝の上に置いた。
+++++
それからはノンビリと母の差し入れを食べながら、二人してテレビを見た。どこもかしこもニュースのトップは私のこと。今日はもっと大事なことが色々と起きていたはずなのに。半分呆れながらテレビ画面を眺めていると、部屋の外で何人かの人が話している声がして、遠慮がちなノックの音がした。霧島さんがドアのところに行って開けると、比較的若い制服姿の警察官が二人立っていた。
「警備の担当をすることになりました、東雲巡査と長月巡査です。明日の朝まで、こちらの見張りを担当させていただきます」
「ご苦労だな」
「いえ」
霧島さんを見て話していた警察官が、廊下の方に目を向けて慌てて姿勢を正して敬礼をした。やってきたのは私の父。やっとマスコミから解放されたらしい。
「ご苦労だが娘のことを頼むよ」
「はい!」
父は警察官にうなづいてみせると、霧島さんから私へと視線を移した。部屋に入ってきてベッドの横に立つと、子供の頃のように頭を優しく撫でてくれた。
「どうだ気分は」
「お薬も飲んだし平気よ」
「そうか。まったく災難だったな」
「災難なのは私より、居合わせた警備員さんの方よ。あの人は大丈夫だった?」
「ああ。先生に聞いたら今日は様子見で入院だそうだ。意識もしっかりしていたし、CTでも異常は見つからなかったそうだ」
それを聞いて安堵する。
「そう、良かった。こんなことをした犯人、早く捕まるといいんだけど」
「まあそれほど時間はかからないだろうというのが、警察の話だ。逃げていく姿が、あちらこちらの防犯カメラに映っていたらしいからな」
ふと、霧島さんと話していた蚊帳の外の件を思い出した。
「あのね、お父さん」
「ん?」
「私ね、霧島さんとお付き合いしているの」
私の言葉に父は微妙な笑みを浮かべた。
「どうやらそのようだね」
「黙ってたこと怒ってる?」
「いや。そのうち話してくれるつもりではいたんだろ?」
「まあね。それとシシャモ同好会にはもう入ってもらってるの」
つまり母は既に知っているということを暗にほのめかす。
「……まあ沙織には話しているだろうと思ってたよ」
「えっと、こんな時になんだけど改めて紹介した方が良い?」
父の後ろに立っている霧島さんを見る。彼も珍しく緊張しているようだ。
「紹介したいのかい?」
「お父さんに紹介したら、さすがに逃げられなくなるわよね?」
そう言うと父はニヤリと笑った。
「そういうことになりそうなんだが、覚悟はあるかい?」
振り返って霧島さんを見る。
「望むところです」
「そうか。じゃあ結花、父さんに紹介してくれ」
「えっと、私がお付き合いさせていただいている、警視庁SPの霧島冬吾さんです。霧島さん、うちの父、重光幸太郎。お互いに既に知ってるわよね?」
あ、それと大事なポイントが一つ。
「それとね、霧島さんが私に一目惚れしたの。私から迫ったわけじゃないから」
その言葉に、父は思わずと言った感じで笑った。
「まったくこの子ときたら。霧島君、うちの娘はこの通りかなりのジャジャ馬だ。振り落とされて怪我をしないように」
「御忠告、肝に銘じます」
「なによそれ」
ムッとするが父と霧島さんは同じ考えらしく、私のことをニヤニヤしながら見ている。
「……あー、それと霧島君……」
一瞬の間があって、笑いを引っ込めた父が霧島さんの方に目を向けた。
「なんでしょうか」
「娘のことを襲った相手がまたやって来るとも限らない。容疑者が見つかるまでの間は、そちらに娘の警護をお願いすることになった」
「そうですか」
うなづいてから次の言葉が出るのを待っていた霧島さん、父がなかなかな喋ろうとしないので、怪訝な顔をしている。父の方は父の方で、何とも言えない顔をしたままで、足元を見たり壁を見たりして落ち着かない。
「君だよ」
「は?」
「その件に関しては、伊勢谷とも話して君に頼むことにした。明日改めて上から申し渡しがあると思うが、容疑者が捕まるまでは、君は伊勢谷ではなく娘についてやってくれ」
「おれ、じゃなくて、自分がですか?」
「だから君だと言っている」
苛立たしげに顔をしかめているところを見ると、本心では嫌がっているのが丸分かりだ。お父さんってオフの時は本当に分かりやすい人。ベッドの上から父の様子を面白がって眺めていたら、今度はその苛立った顔がこっちに向けられた。
「それと結花」
「え、私?」
「お前もワガママを言って霧島君を困らせるなよ? これは遊びじゃないんだからな」
「分かっています。もう散々このSP様に言われましたから」
そう言ってアゴで霧島さんのことをさした。
「しかし今回の件、本当に結花先生を狙ったものなのでしょうか? もしかして、相手の目的は重光先生だったのでは?」
「つまりは今回のことは私に対する恫喝ということか?」
「その可能性はあります。議員歴の短いこちらの先生に、これだけのことをするような相手がいるとは思えません」
「かもしれんな」
今回のことが、父関連だとは考えてもいなかった。だけど父の方はその可能性に気が付いていたようだ。霧島さんの言葉に驚くこともなくうなづいている。
「お父さん?」
「もちろん重光先生にも警護はつくんでしょうね?」
「それとお母さんにもつけるのよね?」
「ああ、沙織には影山の知り合いに民間警備会社にいる人間がいるから、そっちを手配した」
「先生、ご自分には警護をおつけにならないつもりですか? まさか囮にでもなるおつもりですか?」
「ちょっとお父さん!!」
二人がかりで詰め寄ると、父はうるさそうに手を振った。
「ああ、大丈夫だ、心配するな。俺がそのつもりでも、他の連中がそれを許してくれんのだ。さっきからどれだけ、ご注進の電話がかかっていると思う? この三十分で一か月分ぐらい着信があって、スマホのバッテリーが無くなりそうだぞ」
「では警護はつくのですね?」
霧島さんが念押しをするように質問をすると、嫌そうな顔をした。
「明日から君のことろの人間を派遣してくれるそうだ」
「今日は? ご自宅の方には警備会社が入っているのは存じ上げていますが、ここから自宅まではどうされるつもりですか?」
「霧島君、仕事熱心なのは良いことだが、君は娘のことだけを考えていてくれればそれで……」
「どうされるおつもりですか?」
有無を言わさぬ口調に父は黙り込んだ。
「病院の敷地内かに自宅前までは車なんだ、今日はマスコミの目もあることだし心配ないだろう」
「テレビカメラが回っている前で刺された人間もいます。きちんと対処されるのが賢明です」
「あ、そうだ、霧島さんが送って行ってあげたら? 部屋の外に警察の人も立っているから、こっちはもう大丈夫でしょ」
我ながら名案だと思って口にしたら、二人から「何を考えているんだ、ダメに決まっているだろう」と即座に言われてしまった。何よ、そんなところでは仲良くはもっちゃって。
「今日から警備を付けてください」
「……」
「重光先生?」
「……分かった分かった、沙織も一緒に帰るんだから、迎えに来てもらうよ。ああ、専門の人間に!」
途中で霧島さんが何か言いかけたのを察したのか、慌てて言葉を付け足した。
「お父さんが殴られたり刺されたりするのも嫌だけど、それにお母さんが巻き込まれるのはもっと嫌だからね。しっかり用心してちょうだいね」
「ああ、分かったよ。じゃあ私は今夜はこれで帰るとするよ。ここにいたら二人から集中砲火を浴びて火だるまだ……じゃあ霧島君、頼むよ」
そう言うと、父は霧島さんの肩をポンポンと叩いて病室を出て行った。
「そんな大きな声を出すとまた傷に響くぞ」
ベッドの上で不満な気持ちを表そうと一声あげるたびに、そんな素っ気ない声が返ってくる。ムカつく。もう少し、怪我人を心配するとか労わるとかできないのかしら、この人。仮にも私、貴方の恋人なんだけど!
「だって退屈なんですもの」
「医者が良いと言うまでの辛抱だ」
「いつまで? ねえ、いつまでよ」
そう質問を投げかけても、霧島さんはこっちを見ようともしない。
「だから医者が帰宅しても良いと言うまでだ。だからと言って無理難題を吹っかけたりでもしたら、俺と御両親のお仕置きが待ってるからな」
「お仕置きって子供じゃないのよ私!」
「子供じゃないなら、大人らしく医者の指示通りにおとなしくしていろ」
彼は私の相手をしながら音声を絞ったテレビで、父が報道関係者とやり取りしているライブ映像を見ていた。
入院が決まると、母は杉下さんと一緒に私の自宅に着替えを取りに向かったので、当然のことながらマスコミの応対は父親がすることになる。私の怪我のことや犯人についてのことだけではなく、今回の件と関係のない、次の選挙での去就までを聞いてくるところがマスコミらしいところだ。もちろんその手の質問に対しては、父親も慣れたもので聞こえないふりをして、完全にスルーしているが。
「ところで君のお父さんは、どうやら俺と君が付き合っているのを知らなかったらしいな」
「そうなの?」
「ああ。処置室の前で、俺を見た時の先生の顔を見たらそんな感じだった」
霧島さんはその時のことを思い出したのか、気の毒そうに笑った。
「まあ父親っていうのは娘の色恋沙汰に関しては、だいたい蚊帳の外に置かれるのが世の常ってやつよね」
「他の先生達は知っているみたいなのに、実の父親だけが蚊帳の外だなんて気の毒なことだ」
「いいのよ。父は母と仲良くすごせればそれで満足で、多少のことでは凹まない人だから」
「いや、ショックだろ普通」
私の言葉に反論してくる。
「そうでもないわよ? うちの兄がいきなり結婚相手を連れてきた時も、笑ってさすが俺の息子だって褒めていたもの。きっと私のことも褒めてくれるはず」
「息子と娘ではまた違うと思うがな。確か、先手必勝、一撃必殺だったっけ?」
「そして後悔先に立たず。ちゃんと実践した結果が、今の貴方との関係なんだから」
しかしやはりショックだと思うぞ?というのが霧島さんの意見らしかった。
それからしばらくしてノックの音がすると、母親と杉下さんが小さな旅行用のバッグと大き目の紙袋を持って、部屋に入ってきた。二人が入ってきたと同時に、何やら食べ物の匂いが漂ってくる。その匂いを嗅いだとたん、お腹が空腹を訴え始めた。そう言えばこの騒ぎのせいで、夕飯をまだ食べていなかったと思い出す。
「お母さん、なにか美味しそうな匂いがする」
「ほら、病院って夕飯の時間が早いでしょ? この時間からだと朝まで我慢しなきゃいけないから、二人に差し入れを買ってきたのよ」
そう言って紙袋がテーブルの上に置かれた。
「冬吾君が何が好きか分からないから、サンドイッチとドーナツを色々と買って来たわ。それから紅茶とコーヒー。二人で喧嘩せずに分けてちょうだいね」
「先生、食べる前にお着替えになりますか?」
「ああ、そうね、こんな色気のない検査着じゃ気分が塞いじゃうわ」
そう言いながら、ちょっと待ってと考える。
「あ、一人で着替えるから手伝わなくて結構よ」
その言葉に、バッグの中からパジャマを取り出した杉下さんが首をかしげた。
「霧島さんのことをおっしゃっているなら、あっちを向いてもらえば問題ないと思いますが」
「ううん、そうじゃないの。自分でするから」
「でもお手伝いしないと、頭の方とか大変ですよ? 手も打撲で包帯を巻かれてますし」
まあ確かに、片手でボタンを外したりはめたりすねのは大変だ。だけど、それよりも大きな問題があるのに気が付いたから、彼女に着替えを手伝ってもらう訳にはいかないのだ。
「えっと、うーん……あ、霧島さん、手伝ってくれる?」
「俺がか?!」
そこで母親が何か思い当たることがあったようで、クスリと笑い声を漏らした。
「杉下さん、おとなしく入院には従ったことだし、結花の言うとおりにしてあげましょう。冬吾君、頼むわね。私はお父さんと一緒にもう一度先生から話を聞いて、一旦自宅に戻るから。杉下さん、貴女も明日からは忙しいから、今夜はゆっくり休みなさい」
「でも……」
「それから冷めないうちに食べなさいね」
母親はテーブルの上に置いた紙袋を指さしてから、杉下さんを引っ張って部屋を出て行った。それを見届けてからホッと息を吐く。そして霧島さんを軽く睨んだ。
「貴方のせいだから、少しは責任を感じてちょうだい」
「なんで俺のせいなんだ」
「だって、とても人様の前で服を脱げる状態じゃないんだもの! この前の夜のせいで!」
私の言葉に霧島さんは少し驚いたような顔をしていたけれど、すぐに意味を理解したようで、満足げな男らしい顔つきになった。まったくもう。彼と深い関係だと知られていることと、体中についたその痕跡を見られることとは、また別の話なのだ。
「なるほどね」
「なるほどねじゃないわよ。少しは反省して」
「服を着ていたら見えない場所だから、問題ないと思っていたんだがな」
笑いながらベッドの脇に立った。
「じゃあ着替えをお手伝いしましょうか、先生?」
「手伝う以外に何かしたらぶちのめすわよ?」
「怖い怖い、俺の先生はお怒りだ」
ニヤニヤしながら霧島さんは、パジャマを私の膝の上に置いた。
+++++
それからはノンビリと母の差し入れを食べながら、二人してテレビを見た。どこもかしこもニュースのトップは私のこと。今日はもっと大事なことが色々と起きていたはずなのに。半分呆れながらテレビ画面を眺めていると、部屋の外で何人かの人が話している声がして、遠慮がちなノックの音がした。霧島さんがドアのところに行って開けると、比較的若い制服姿の警察官が二人立っていた。
「警備の担当をすることになりました、東雲巡査と長月巡査です。明日の朝まで、こちらの見張りを担当させていただきます」
「ご苦労だな」
「いえ」
霧島さんを見て話していた警察官が、廊下の方に目を向けて慌てて姿勢を正して敬礼をした。やってきたのは私の父。やっとマスコミから解放されたらしい。
「ご苦労だが娘のことを頼むよ」
「はい!」
父は警察官にうなづいてみせると、霧島さんから私へと視線を移した。部屋に入ってきてベッドの横に立つと、子供の頃のように頭を優しく撫でてくれた。
「どうだ気分は」
「お薬も飲んだし平気よ」
「そうか。まったく災難だったな」
「災難なのは私より、居合わせた警備員さんの方よ。あの人は大丈夫だった?」
「ああ。先生に聞いたら今日は様子見で入院だそうだ。意識もしっかりしていたし、CTでも異常は見つからなかったそうだ」
それを聞いて安堵する。
「そう、良かった。こんなことをした犯人、早く捕まるといいんだけど」
「まあそれほど時間はかからないだろうというのが、警察の話だ。逃げていく姿が、あちらこちらの防犯カメラに映っていたらしいからな」
ふと、霧島さんと話していた蚊帳の外の件を思い出した。
「あのね、お父さん」
「ん?」
「私ね、霧島さんとお付き合いしているの」
私の言葉に父は微妙な笑みを浮かべた。
「どうやらそのようだね」
「黙ってたこと怒ってる?」
「いや。そのうち話してくれるつもりではいたんだろ?」
「まあね。それとシシャモ同好会にはもう入ってもらってるの」
つまり母は既に知っているということを暗にほのめかす。
「……まあ沙織には話しているだろうと思ってたよ」
「えっと、こんな時になんだけど改めて紹介した方が良い?」
父の後ろに立っている霧島さんを見る。彼も珍しく緊張しているようだ。
「紹介したいのかい?」
「お父さんに紹介したら、さすがに逃げられなくなるわよね?」
そう言うと父はニヤリと笑った。
「そういうことになりそうなんだが、覚悟はあるかい?」
振り返って霧島さんを見る。
「望むところです」
「そうか。じゃあ結花、父さんに紹介してくれ」
「えっと、私がお付き合いさせていただいている、警視庁SPの霧島冬吾さんです。霧島さん、うちの父、重光幸太郎。お互いに既に知ってるわよね?」
あ、それと大事なポイントが一つ。
「それとね、霧島さんが私に一目惚れしたの。私から迫ったわけじゃないから」
その言葉に、父は思わずと言った感じで笑った。
「まったくこの子ときたら。霧島君、うちの娘はこの通りかなりのジャジャ馬だ。振り落とされて怪我をしないように」
「御忠告、肝に銘じます」
「なによそれ」
ムッとするが父と霧島さんは同じ考えらしく、私のことをニヤニヤしながら見ている。
「……あー、それと霧島君……」
一瞬の間があって、笑いを引っ込めた父が霧島さんの方に目を向けた。
「なんでしょうか」
「娘のことを襲った相手がまたやって来るとも限らない。容疑者が見つかるまでの間は、そちらに娘の警護をお願いすることになった」
「そうですか」
うなづいてから次の言葉が出るのを待っていた霧島さん、父がなかなかな喋ろうとしないので、怪訝な顔をしている。父の方は父の方で、何とも言えない顔をしたままで、足元を見たり壁を見たりして落ち着かない。
「君だよ」
「は?」
「その件に関しては、伊勢谷とも話して君に頼むことにした。明日改めて上から申し渡しがあると思うが、容疑者が捕まるまでは、君は伊勢谷ではなく娘についてやってくれ」
「おれ、じゃなくて、自分がですか?」
「だから君だと言っている」
苛立たしげに顔をしかめているところを見ると、本心では嫌がっているのが丸分かりだ。お父さんってオフの時は本当に分かりやすい人。ベッドの上から父の様子を面白がって眺めていたら、今度はその苛立った顔がこっちに向けられた。
「それと結花」
「え、私?」
「お前もワガママを言って霧島君を困らせるなよ? これは遊びじゃないんだからな」
「分かっています。もう散々このSP様に言われましたから」
そう言ってアゴで霧島さんのことをさした。
「しかし今回の件、本当に結花先生を狙ったものなのでしょうか? もしかして、相手の目的は重光先生だったのでは?」
「つまりは今回のことは私に対する恫喝ということか?」
「その可能性はあります。議員歴の短いこちらの先生に、これだけのことをするような相手がいるとは思えません」
「かもしれんな」
今回のことが、父関連だとは考えてもいなかった。だけど父の方はその可能性に気が付いていたようだ。霧島さんの言葉に驚くこともなくうなづいている。
「お父さん?」
「もちろん重光先生にも警護はつくんでしょうね?」
「それとお母さんにもつけるのよね?」
「ああ、沙織には影山の知り合いに民間警備会社にいる人間がいるから、そっちを手配した」
「先生、ご自分には警護をおつけにならないつもりですか? まさか囮にでもなるおつもりですか?」
「ちょっとお父さん!!」
二人がかりで詰め寄ると、父はうるさそうに手を振った。
「ああ、大丈夫だ、心配するな。俺がそのつもりでも、他の連中がそれを許してくれんのだ。さっきからどれだけ、ご注進の電話がかかっていると思う? この三十分で一か月分ぐらい着信があって、スマホのバッテリーが無くなりそうだぞ」
「では警護はつくのですね?」
霧島さんが念押しをするように質問をすると、嫌そうな顔をした。
「明日から君のことろの人間を派遣してくれるそうだ」
「今日は? ご自宅の方には警備会社が入っているのは存じ上げていますが、ここから自宅まではどうされるつもりですか?」
「霧島君、仕事熱心なのは良いことだが、君は娘のことだけを考えていてくれればそれで……」
「どうされるおつもりですか?」
有無を言わさぬ口調に父は黙り込んだ。
「病院の敷地内かに自宅前までは車なんだ、今日はマスコミの目もあることだし心配ないだろう」
「テレビカメラが回っている前で刺された人間もいます。きちんと対処されるのが賢明です」
「あ、そうだ、霧島さんが送って行ってあげたら? 部屋の外に警察の人も立っているから、こっちはもう大丈夫でしょ」
我ながら名案だと思って口にしたら、二人から「何を考えているんだ、ダメに決まっているだろう」と即座に言われてしまった。何よ、そんなところでは仲良くはもっちゃって。
「今日から警備を付けてください」
「……」
「重光先生?」
「……分かった分かった、沙織も一緒に帰るんだから、迎えに来てもらうよ。ああ、専門の人間に!」
途中で霧島さんが何か言いかけたのを察したのか、慌てて言葉を付け足した。
「お父さんが殴られたり刺されたりするのも嫌だけど、それにお母さんが巻き込まれるのはもっと嫌だからね。しっかり用心してちょうだいね」
「ああ、分かったよ。じゃあ私は今夜はこれで帰るとするよ。ここにいたら二人から集中砲火を浴びて火だるまだ……じゃあ霧島君、頼むよ」
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