橘瑞樹の一生〜機械とエーテル、スチームパンクなエルヴァニアで過ごした一世紀〜

Coppélia

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第1章、異世界と私

第9話:たったひとつの花

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握りしめると、手の中にある小さな装置の微かな緑色の光が指の間から溢れ、わずかな振動が手に伝わり、生き物のような温かみさえ感じる。

エーテルエネルギーについての講義と試作が終わり、リリーと共に研究所から病院への帰路についた。

夜の街は静寂に包まれ、街灯や建物の壁に取り付けられたエーテルギアが柔らかな緑色の光を放ち、その光はまるで、生き物のように街全体に呼吸をもたらしているようで、異世界であることを改めて主張してした。

「橘さんのギアは、特にエネルギー効率の点で興味深いですね」と、バス待ち中、リリーが声をかけてきた。

「エーテルを無駄なく使えるように工夫されていますし、街のギアへの応用にも可能性があると思います」

私は試作したばかりのギアを軽く転がしながら考え込んだ。

特にエネルギー効率を重視して設計したこのギアは、最低限のエーテルで動くように心がけたのだ。

夜道で足元を照らす程度の光や、軽く信号を送るための振動なら、私ひとりのエーテルで十分に稼働する。

「ありがとうございます。」と、私はリリーに答えた。

「確かにまだ改良の余地はありますが、小さなエネルギーで動くという点では緊急時の携帯アイテムとしても有用かもしれません」

リリーは私の言葉に頷き、穏やかな微笑みを浮かべた。

「橘さんのそういう視点が好きです。逆に放出エネルギー量を増やせば、野外用のサバイバルギアとしても使えるかもしれませんね」

静かな夜道を歩きながら、ふと花壇の側を通りかかると、風に乗って甘い香りが漂ってきた。

暗がりに溶けるように咲いている花々が、街のエーテルの流れを支えていることを意識する。

花の持つエーテルエネルギーが、こうして街全体の命の循環を支えているのだ。

「この街も、こうした小さな努力が積み重なって、今の姿になっているんですね」と私が言うと、リリーも小さく頷いた。

「ええ、街全体が少しずつエーテルの使い方を進化させてきたんです。花や自然との調和を大切にしながら、一歩ずつ進んでいます」

私の試作ギアがどれだけ実用的かはわからないが、この街で自分が作り上げたものの一つであることには確かに意味がある。

それがたとえ小さなものであっても、街の一部として息づいているように感じられた。

「あ、来ました」
『このバスは白石記念病院行きです』
「いきましょう」

花壇から漂う香りに包まれながら、私は新しい生活に踏み出した一歩の重みを静かに噛み締めていた。
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