ミストリアンエイジ

Ｃルート：金髪の少年の末路

第31話 稀なる教訓と望まぬ遭遇

　教会を出た僕は酒場へ赴おもむき、そこで情報を集めることにした。

　しかし僕が求めているような情報はなく、客の数も朝よりも少ない。

　聞くところによると、今はアルティリア王国軍がガルマニア帝国との戦争に備え、南の〝自由都市ランベルトス〟に傭兵を集めているらしい。そのため、血けっ気き盛さかんな荒くれどもは、そちらへと移っているとのことだ。

　正直、もう戦争は遠えん慮りょしたい。

　それに前回の侵入ダイブで共に戦った、リーランドさんの国と戦うのは気乗りしない。もしかするとドレッドやカイゼルといった、かつての戦友たちと敵対する可能性だってあり得るのだ。

　一通りの話を聞いた後、僕は地下への階段を下り、あのバーテンにも会いにゆく。

　◇　◇　◇

　明るい地下の酒場へ入る。すると右手側のカウンターに、バーテンの姿が発見できた。彼が戻してくれたのか、僕が荒らした空間は綺き麗れいに片付けられていた。

　なぜ彼は、こんな場所に閉とじ籠こもっているのだろう？

『貴様らさえ居なければ、ミストリアスは永えい劫ごうの歴史を刻み続けたものを』

　この世界に居座った、異常な存在――。
　あの神殿騎士の放った言葉が、僕の脳裏を過よぎってゆく。

　僕ら転てん世せい者しゃは〝神〟にとって、歓迎されない存在なのだろうか？


「おかえりなさい。何か飲まれますかい？　アインスさん」

　バーテンは僕の存在に気づき、上品な所しょ作さでカウンターの席を示しめす。
　僕は彼の言葉に甘え、一いっ杯ぱいいただくことにする。

「ありがとうございます。じゃあ、今朝と同じものを」

「バルド・ダンディですね。かしこまりやした」

　彼は背後に並んだボトルを取り、中身をカクテルグラスに注ぐ。
　そして「どうぞ」とカウンターに載せ、その場で丁寧に一礼した。

　僕も小さく頭を下げ、冷たいグラスに口をつける。

「美お味いしい。――もしかしてこ・れ・って、噴ふん水すいの水みずだったりします？」

「おや、お見事です。ええ。実際には、この〝水の精せい霊れい石せき〟から生み出した水でして」

　バーテンはポーチから、青く透き通った石を取り出してみせる。

「こいつは魔力素マナの結晶体でね。魔法の威力を増幅したり、素養のない者でも魔法を発動できたりと――まあ、色々と便利な代しろ物ものです」

　バーテンは精霊石を照明にかざし、それを僕の目の前に置いた。

「どうぞ。正解の景品として差しあげます」

「え、いいんですか？　ありがとうございます」

「ええ。これでバルド・ダンディが、いつでも味わえますぜ？」

　よほど面白かったのか、彼は口元をニヤリと上げ、「ククク……」と含み笑いを漏もらす。そんな彼の様子につられ、僕も笑いはじめてしまった。

　◇　◇　◇

「アインスさん。ひとつ、つまんねぇ物語を聞いてもらえますか？」

　バルド・ダンディを味わいながら、バーテンは唐とう突とつにそう切りだした。すっかり気分が良くなっていた僕は、迷わず彼に頷うなずいてみせる。

　バーテンは「それでは」と前置きし、歌劇の演えん者じゃのように一礼する。

「これは私には何の意味も無ねぇ、夢の記憶の話です。かつて〝植民世界ミストルティア〟なる世界に、ひとりの主人公が居おりました。彼の名は、バルドといいます」

　記憶を辿たどるかのように目を瞑とじたまま、バーテンは身振りを交えて語りはじめた。

　長いので要約してみるに――主人公・バルドは世界を救うべく〝時の宝珠オーブ〟なる道具を創ったものの、彼は世界を救う最後の選択に失敗し、あえなく〝ミストルティア〟は消滅してしまった――そんな物語だったようだ。


「いまの話って……。あなたの――えっと、〝中なかの人ひと〟が居た世界の……？」

「わかりやせん。この記憶が真実まことか虚構うそか、いったい誰のものなのか。ただ、世界を救える最後のチャンスに、彼は〝世界のすべて〟よりも〝愛する一人〟を選んだ」

　バーテンはグラスに液体を注ぎ、それを自身の口に運ぶ。

「――そのバルド・ダンディの選択の結果、ミストルティアは終了されやした」

「あっ……！　まさか、あなたの名前は……」

　僕はゴクリと唾つばを飲み込み、おそるおそる訊たずねてみる。
　すると彼は口元を押さえ、可お笑かしそうに吹き出した。

「私あたしの名はナナ・ロキシス。――こんなオッサンには似合わん名前でしょう？」

　◇　◇　◇

　すっかり長なが居いしてしまったが、そろそろ〝はじまりの遺跡〟へ向かわなければならない。バーテン――改めナナに礼を言い、僕は地上の酒場に戻る。

　なぜナナがあのような話をしてくれたのか。理由は彼自身にも『わからない』とのことだったが――ひとつ確実なことは、彼の〝本体オリジナル〟は今も健在ということか。少なくとも、消滅した世界の存在だということはありえない。

　特に気になった内容は、時間を巻き戻す〝時の宝珠オーブ〟と、バルドの最後の選択か。さらに〝植民世界〟という言葉。これは異い世せ界かい創そう生せい管かん理り財ざい団だんから送られた、あの冊子にも記載されていた。

　反対に、ミルポルやこの世界ミストリアスの住人といった〝実際に植民世界で暮らす人々〟の口からは聞いたことがない。

　つまり、そ・れ・を知っているということは、僕のように〝真世界〟に本体が在る者か、世界を外側から視みている存在だということだ。

　もちろん、ナナが嘘うそをついていないことが前提だが。

　そもそも彼がそうする理由は見当たらないし――。
　少なくとも僕は、彼を信用できる男だと判断した。

　◇　◇　◇

「おい！　いい加減にしないか！　我々は街の守護者、誇り高きアルティリア戦士団なのだぞ！」

　僕が酒場のドアに手を伸ばした時、背後から凄まじい怒号が響いてきた。

　そちらを振り返ってみると、なにやら左奥にあるテーブルで、武器や鎧で武装した数人の男女が激しく言い争っているようだ。

「うるっせぇな！　あんな端はした金がねで護衛してやったんだ、ちょっと楽しむくらいイイじゃねぇか！」

「アンタ、報ほう酬しゅうとかカンケーなく、見境ナシに手を出すじゃん。サイテーだよ」

「あぁ？　テメェみてぇなババアには、端はなから用はねぇんだよ！」

　どうやら一人の大男に対し、他の仲間らが苦言を呈ていしているらしい。

　あの大柄な男には見覚えがある。
　確かミルポルに言い寄っていた、ガースという男だったか。

　終しまいには僕にも絡からんできて、リーランドさんに追い払われてたっけ。


「チッ、やってらんねぇ！……もう抜けさせてもらうぜ。こうなりゃランベルトスの傭兵になって、好き勝手に暴れてやる！」

「おっ、おいっ!?　待つのだ！」

　リーダーらしき男の制止も聞かず、ガースはくるりと踵きびすを返す。
　そして彼は真っ直ぐに、こちらへと歩いてきた。

「――どけっ！　この金髪のヒョロガキが！」

　ガースに思い切り突き飛ばされ、僕は硬いテーブルに腰をぶつける。

　しまった……。さっさと退避しておくべきだった。
　これは完全に僕の不注意だ。痛みこそないが、とても気分が悪い。

　ガースは僕に目をくれることもなく、いきり立った様子で酒場から出ていってしまった。その後さきほどのリーダーが、僕の所へと駆け寄ってきた。


「そこの君きみ！　大変申し訳ない！」

　男は僕を椅子へ促うながし、その場で深々と頭を下げる。

「自分はアルティリア戦士団の団長・アダンと申します。仲間が迷惑をかけてしまい、なんとお詫わびすればよいか！」

「いえ、大丈夫です。――ガース、ですよね？　あの人」

「ああ、ご存知でしたか……。いやはや、奴の悪あく名みょうにも困ったものです」

　アダンと名乗った団長はボリボリと頭を掻かきながら、困り果てたように眉まゆ尻じりを下げる。すると彼の後あとに続き、さきほど言い争っていた少女もこちらへとやってきた。

　団長のアダンいわく、西の森に魔物が増えた影響で、アルティリア戦士団が街の住民の護衛を請け負っていたそうなのだが――あのガースという男は手て癖くせが悪く、あろうことか依頼人の娘に手・を出そうとしたということだ。

「まったく、信じらんないよ。しかもアタシより小さい子にさ！　アイツ、本当ほんとサイテー！」

　団員の少女は〝お手上げ〟のジェスチャをしながら、全力で大きな溜ため息いきをつく。彼女は見たところ僕アインスと同じ年代か、少し下といったところだろうか。

「とっ……、とにかく！　奴は必ず、自分が説得しますゆえ……」

「はぁ!?　団長さぁ、まだアイツを仲間扱いするワケ!?」

　今度はアダンと少女の間で、新たな言い争いが起きてしまった。

　これ以上巻き込まれては、面倒なことになりそうだ。
　僕は二人の隙すきを見て、そそくさと酒場を後あとにした。


　◇　◇　◇


　すでにアルティリアの街は夕暮れに包まれており、周囲の家々からは芳かぐわしい夕食の匂においが発せられている。

　僕も宿を取ろうかと迷いもしたが、やはり当初の計画どおり、〝はじまりの遺跡〟を目指すことにする。

　もしかすると、またアレフの所でスープを御ご馳ち走そうになれるかもしれない。そんな小さな期待を胸に、僕は外壁から街道へ出た。

「よし、少しでも訓練しておかないと。――フレイトッ！」

　人ひと気けのない場所で手早く呪文を唱え、飛翔魔法フレイトを発動させる。風の結界に躰からだを包まれ、僕は橙とう色しょくの空へと引き上げられてゆく。

　僕は術の制御に集中し、真っ直ぐに〝はじまりの遺跡〟への飛行を続ける。
　夕暮れなのが幸いし、エレナの農園が目に映ることはなかった――。