ミストリアンエイジ

幸崎 亮

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Bルート:金髪の少年の伝説

第49話 繰り返された悲劇

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 その日は一段としょうが濃く、気分の悪い朝だった。

 こんな日は決まって、魔物の動きも活性化してしまう。僕は孤児院の仕事をソアラに任せ、街の周辺や街道の安全を確保すべく、魔物の討伐へと向かった。

 街道には案の定、ワーウルフやハイコボルドといった魔物の群れがはいかいしている。僕はランベルトスへ向かいがてら、それらの魔物を片っ端から斬り伏せてゆく。

 ゼニスさんから受け取ったかたつるぎ天頂刀・銭形丸ゼニスカリバー〟の扱いにも慣れてきた。僕は周囲の戦士らとも協力し、魔法も織り交ぜながら戦いを続けた。


 明日は大事な国際会議だ。魔物をのさばらせておくわけにはいかない。王都方面には勇敢な〝アルティリア戦士団〟が居ることもあり、どうにか対処できるだろう。

 対してランベルトス方面は、アルトリウス王子らが〝さいとりで〟におもむいていることもあり、防御が手薄となっている。僕は街道の周囲を中心に、ランベルトス周辺の掃討作戦に従事することにした。

             *

「最後の日くらい、子供たちと一緒に過ごしたかったな」

 今日は早朝から活動を開始したというのに、すでに日は傾きかけている。今さら孤児院に戻ったとしても、余計に別れがつらくなるだけか。今夜はランベルトスにて、宿を取ることも考えた方が良いのかもしれない。

 そんなことを考えながら、酒場で遅めの昼食をとる。ミチアが作ってくれた料理に比べれば、とても味気ないメニューだ。しかし現実世界むこうと同様にはしを使って食べることもあり、この街の料理には、どことなく懐かしいものを感じる。


 腹ごしらえを済ませた僕は、再び魔物を狩るために、ランベルトスの街へ出た。

 国際会議があることは極秘事項なのか、道ゆく者たちの様子に、特に色めき立ったものはない。しかし、この平穏こそが、人々にとって最も幸せなことなのだろう。

 しかし、そんな平穏を切り裂くように――。
 幼い子供の悲鳴が、ランベルトスのまちなか木霊こだました。


 僕は全速力で悲鳴が聞こえた地点へと走る。

 まさか、そんな馬鹿な。
 聞き間違いでなければ、さっきの悲鳴はククタのものだ。

 僕の頭に、前回の記憶がフラッシュバックする。
 最悪なイメージを振り払うかのように首を振り、僕は全力で駆けてゆく。
 こちらの方角はまさに、あのさんげきが起きた場所――。

 しかし辿たどいた僕の目の前には、見たくもなかった光景が広がっていた。

             *

 目に飛び込んだのは〝前回の世界〟と同じ、赤色の中にしたミチアの姿。そんなミチアにいながら、ククタがけんめいに彼女のからだらしている。

 ククタのそばには折れたぼっけんが落ち、うすちゃいろ法衣ローブまとったおおがらな男が彼らを見下ろしながら、赤い液体のしたたる剣を握りしめていた。

「チッ、せっかく良い獲物を見つけたってのによ。出しゃばりやがって」

「ミチア――ッ! お願い! 誰か助けて!」

「うるっせえぞガキが! こうなりゃ、テメェだけでも連れていくしかねぇ。この俺が良い暗殺者になれるよう、たっぷり教育してやるぜ」

 あの薄茶色の法衣ローブは、ランベルトス教会のものだろうか。大柄な男は剣を手にしたまま、ククタの首へと左手を伸ばす。

 まさか教会に入り込んでいたとは。僕は迷わずククタの前へと飛び込み、男の左手を振り払った。


「やめろ。ガース」

「なんだテメェは! 神のおぼしに逆らうつもりか? 邪魔するんじゃねぇ!」

「あ……。アインス兄ちゃん……! ミチアが! おれのせいでコイツに……!」

 僕はククタに小さくほほみかけ、ガースにぜんとした視線を向ける。もうミチアは助からない。悲劇が繰り返されてしまった。

 だというのに僕の心は鋭く研ぎ澄まされ、驚くほどの冷静さを保っている。

「もうすぐしん殿でんが来る。君は終わりだ、ガース」

「なんだと……!? 俺の行ないは神の意思だぞ! 大体、テメェは何者だ!」

「僕は魔王を倒す者。そしてミストリアスを救いたいと、心から望む者だ」

 僕の言葉にガースは舌打ちし、おもむろに剣を振り上げる。しかし僕はかんぱつ入れずに剣を抜き、彼の右腕を斬り落とした。

「がっ……!? ああぁあ――っ!?」

「それくらいの傷ならば、後で治療してもらえるだろうけど。せめてもの間だけでも、ミチアが受けた苦しみを味わっておくといいよ」

 剣に付いた血を振り払い、僕はさやに刃を納める。これ以上この剣を、けがれた血で汚したくはない。

 ガースは完全に観念したのか、左手で傷口を押さえたままからだを曲げ、僕の顔をにらみつけている。僕はあわれむような眼をしながら、あぶらあせにじんだ顔を見下ろした。

             *

 ようやく騒ぎを聞きつけたのか、やがて三人の神殿騎士が姿を見せた。全身を白銀の鎧に包んだ彼らは特に急ぐわけでもなく、金属音と共に僕らの元へとやってくる。

「またしても貴様か。ID:PLXY-W0F-00D1059B06-HH-00BB8-xxxx-ALPよ。今回は踏みとどまったようだな?」

「彼を連行してください。霧にかえってしまう前に、ミチアを連れ帰ってあげたい」

「フン、いまいましいてんせいしゃめが」

「僕は世界を救わなければいけませんから。たとえ誰に恨まれようとも、誰をうしなおうとも――。絶対にこの世界ミストリアスを救ってみせます」

 神殿騎士は小さく兜を揺らし、ゆっくりと僕に背を向ける。

 すでに他の騎士らによって、ガースには黒い袋が被せられている。そして彼らが手をかざすと同時に、その場から四人の姿がこつぜんと消え去った。

 僕もあのようにして、ミルセリア大神殿へ移送されたのか。しかし感心している場合ではない。僕はククタの隣で身をかがめ、ミチアのからだを抱き上げた。


「さあ、帰ろう。ミチアを家に連れていってあげないと」

「アインス兄ちゃん……。おれが、おれがミチアを連れてきたせいで……!」

 取り乱すククタを落ち着かせながら。僕らはうまの群れを突き抜けて、街の外へと向かう。

 ククタの断片的な言葉から察するに、ミチアは僕へのプレゼントを用意するために、ランベルトスの市場バザーへ行きたいと強請ねだったのだそうだ。

 現在のランベルトスは安全とは言いがたい。当然、ソアラが許すはずもなかったのだが。そこでククタが彼女の目を盗み、ミチアを孤児院から連れ出したとのこと。

「そうか、二人とも僕のために……。ありがとう、ククタ」

 飛翔運搬魔法マフレイトの結界の中で、ククタは大声で泣きじゃくっている。

 またしてもミチアを助けられなかったことは、僕も悲しく悔しい。しかし、それ以上に。僕の心の奥底に、何か熱いものが込み上げてくるのを感じる。

《ここで立ち止まってはいけない。前を向いて、どうかミストリアスを救って》

 誰かが僕に訴えかけているような、そんな言葉が響いていた。


             *


 物言わぬミチアを孤児院へ連れ帰ったあと、その日のうちに教会にて、仲間たちによる葬儀が執り行なわれた。しん使クリムトと僕らの祈りによって、彼女のからだは光に包まれ、輝く粒子となって世界の一部へかえっていった。

 そう、たとえミチアがいなくなったとしても、彼女の存在までもが消えてしまったわけではない。彼女が生きたこの世界を、僕は必ず守りぬかねばならない。


「アインスさん……。本当に申し訳ございません。私の不注意でした……」

「子供の行動力というのは、予想だにしないものです。ソアラ先生だけの責任ではありませんよ。僕だって旅に出ることを黙っていれば、きっとこんなことには」

 今回の一件は、誰か一人の責任ではないのだろう。もちろんミチアを手に掛けたガースが悪いのは、言うまでもないことなのだが。

 しかし僕ら誰しもに、少しずつ悪い部分があったのも事実。それを各自がしんに受け止め、責任を負うべき事態でもあるのだ。


「アインスさんは、憎くないのですか? ずっとミチアちゃんを探してらしたのに……。そんな彼女をあやめた相手が、目の前に居たというのに」

「もちろん憎いですけれど。じつは僕は一度、感情に任せて復讐を実行したことがあるんです。その結果ミルセリア大神殿へ連行され、そこできょっけいを受けました」

 僕の台詞せりふを受け、ソアラのはくいろの瞳が大きく見開かれる。

「それに僕は世界を救わなければいけない。それをげるには、ソアラ先生や子供達みんなのような善良な人々だけでなく、犯罪者のような悪人も含めて、すべてを救う意志が必要なんだと思います」

 さすがにべんが過ぎただろうか。ソアラは僕から目をらし、そのままうつむいてしまった。しかしながら今の言葉は、まぎれもない僕の本心なのだ。


「――すみません。少し言葉が過ぎました」

「いえ、違うんです……。なんだかアインスさんの言ったことが神さまの――ミストリアさまの教えに、そっくりだったので……」

 偉大なる古き神々によって〝終了〟を宣告された折、ミストリアは自ら名乗りを上げ、世界の管理者となったという。

 その際には神殿騎士団を率い、異世界からの侵略者たるてんせいしゃらの討伐に乗り出したものの、ミストリアスの魔物や悪人といったきょうまでは排除しなかった。

 それは魔物や悪人とてミストリアスを構成する、大切な一部としてとらえたがゆえのことか。真に世界を愛し、守りぬくためには、目先の感情にとらわれてはいけない。

「私は聖職者ではありませんけれど、アインスさんからは特別な、聖なる力を感じます。あなたは神さまに選ばれた存在。いえ、神さまの化身アバターなのかもしれません」

「買いかぶりすぎですよ。しかし僕は僕に出来ることを、精一杯にやってみせます」

 現在の世界だけでなく、すべてのミストリアスを守り抜くためには――やはり世界のすべてを把握できる、勇者以上の存在になる必要があるということか。


 現実むこうにおいて〝神〟というがいねんは、とうの昔に忘れ去られてしまった。今や僕らを支配するものは、世界統一政府のみ。彼ら統一政府の職員こそが、かつての神々に等しい存在となっている。

 統一政府のさくが決して良いものだとは思えないが、あれでも人類の存続に貢献しているのは事実。もしも自分が政府の立場になったならばと、夢想する機会すらなかったが。それを現実に実行できるとなると、僕ならどうするだろうか?

 ――ミストリアスを救うために。

 失った代償は、あまりにも大きなものとなってしまったが。
 この時、僕の目の前に。勇者の次に目指すべき道が、ほのかに示されたのだった。
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