ミストリアンエイジ

Ｗルート：金髪の少女の探求

第69話 消えた世界からの転校生

　魔法王国リーゼルタに存在する、王立魔法学校にて。午前の通常授業を終えた僕は、午後の〝特別授業〟が行なわれるという、〝古びた教室〟までやってきた。

　この教室は横長の長方形のような設計がされており、入口の引き戸との対角には、曇くもりガラスの大きな窓が並んでいる。向かって右手側には使い古された教卓と黒板があり、その真まん前まえには個人用の小さな机が、二台のみ配置されていた。

　しかし、今は〝そんなこと〟よりも――。

　僕の視線は机の一方に腰かけた、ドワーフ族の小柄な生徒に釘くぎ付づけとなっている。彼女はピンクの長い髪を頭の左右で〝ツインテール〟に結ゆっており、あたかも制服を〝使用人メイドの衣装〟であるかのように着こなしている。

　そんな彼女は元気に右手を挙げながら、一方的に僕に話しかけてきた。

「いやぁー、まいったよ！　友達が創つくったオリジナルの魔法をほ・ん・の・ち・ょ・っ・と・試してみただけなんだけど、なんか大だい惨さん事じになっちゃってさ！」

　ペナルティを受けた同士の仲間意識からなのか――。あ・く・ま・で・も・僕らは初対面だというのに、目の前の少女は笑顔で話を続けている。彼女いわく、自身の友人が編み出した独自の魔法を使い、この学校に〝ある人物〟を喚よび出だそうと試みたらしい。


「このミストリアスっていう世界さー、どーも平行世界の重なり方が特殊らしくって。でもまさか、いきなり魔物の大群が現れるなんて思わないでしょー？」

　しかし彼女の魔法は失敗し、尋ね人どころか〝魔物の大群〟を学校内へと召喚してしまったらしい。当然、学内は大混乱に陥おちいりはしたものの、優秀な魔法使いの揃そろう魔法学校ということもあり、大事には至らなかったとのこと。

「あはは……。うっ、うん……。そうだね……」

　機械的に相あい槌づちを返す僕を〝聞き上手〟だと思ったのか、目の前の彼女は尚なおも雄弁に〝語り〟を続ける。――僕としても、どうしても彼女に〝訊ききたいこと〟があるのだが。それを切りだすタイミングを掴つかみきれずにいた。

　すると不意に、彼女の口から〝僕の求めていた答・え・〟が飛び出してきた。


「あ、ごめんね！　一人で話しちゃったよ！　ぼくはミルポル！　よろしくね！　ここでは〝転世者エインシャント〟っていうの？　じつは別の世界から来たんだよねー！」

　ああ、やはりそ・う・だった――。目の前の少女は紛まぎれもなく、以前に〝傭よう兵へい〟の世界で出会った、あのミルポルだったのだ。

「あっ……。えっと……。僕ぼっ――わた、っしは……。あの……」

　まさかの親友ともとの再会に、脳の処理能力が早くも限界へと達する。嬉しいという感情はもちろんのことながら、大量の〝なぜ？〟が多くの許容量キャパシティを求めてくる。

「んー？　どしたの？　大丈夫？」

　狼ろう狽ばいする僕の様子を見て、ミルポルが不思議そうに首を傾かしげてみせる。

　その時、教室の前方右側の引き戸が開き、あの〝魔女〟のような先生が教室内へと入ってきた。彼女は大きな咳せき払ばらいをした後に、教卓の上に分厚い紙の束を置く。

「時間です。ミルポル。サンディ。前を向きなさい。これより特別授業を始めます」

　　　　　　　　　　　　　＊

　広々とした教室内に、生徒は僕ら二人だけ。その真正面に立つ教師は僕らを監視するかのように、鋭い睨にらみを利かせている。そして肝かん心じんの特別授業の内容は――。

　正直なところ、まるで頭に入ってこなかった。

　教師から配布された用紙にペンを走らせている間にも、僕の意識は霧が掛かったかのように浮ついてしまい、隣の席のミルポルのことばかりを考えてしまう。

　彼女――いや、か・れ・はミストリアスの者ではない。したがってエレナやミチアのように、〝平行世界の別人〟が存在しているわけではない。今ここにいるミルポルは、間違いなく〝あのミルポル〟本人であるはずなのだ。

　しかし、か・れ・の〝現実世界〟にあたる〝デキス・アウルラ〟は、異い世せ界かい創そう生せい管かん理り財ざい団だんによって、すでに〝終了〟させられたはず。それにもかかわらずミルポルは、かつてと同じドワーフ族の器アバターで、この異世界ミストリアスを訪れている。


　授業に身が入らぬまま、教師の講義は粛々と続く。僕はどうにか意識を保ちながら、配られた紙へと黒板の文字を無気力なまま書き写す。

「――以上が〝魔力素マナ〟の持つ特性です。正しく理解できましたね？」

「うん。魔法を放つための素材っていうか、よくある触しょく媒ばいってことでしょー？」

「ミルポル！　貴女あなたは何を聞いていたのです！　魔力素マナとは魔法に携たずさわるものにとって畏い怖ふすべき存も在のであり、最愛のパートナーでもあるのですよ！」

　教師からの叱しっ責せきを受け、ミルポルがペロリと舌を出してみせる。そんなか・れ・に呆あきれたように、教師が溜ため息いきと共に〝お手上げ〟のジェスチャをする。

「サンディ。貴女あなたは解わかりましたね？」

「へっ!?　はっ、はい！　大丈夫です！　もちろんです！」

「よろしい。それでは、本日の特別授業は終わりです。――明日は実技を行ないます。本日の内容をしっかりと復習し、くれぐれも同じ轍てつは踏まぬように」

　僕らの用紙を回収しながら、教師がより一層の睨みを利かせる。

　彼女の瞳に〝特殊な力〟は無いとは思うのだが、こうして正面から凝ぎょう視しされると、現実むこうの〝監督官〟を彷ほう彿ふつとしてしまう。

　授業を終えた教師は踵きびすを返し、真っ直ぐに教室の出入り口へと向かう。そこですかさず僕も立ち上がり、咄とっ嗟さに彼女を呼びとめた。


「なんですか？　サンディ。質問ならば手身近に」

「あっ、あの！　昨日はご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ありませんでした」

　罰を受けるのは当然だとしても、まずは罪を正しく認めなければならない。

　自身の浅せん慮りょから生じた惨事、そ・れ・に対応してくれた皆への感謝。僕は誠心誠意を言葉に込め、教師に謝罪と感謝を述べた。

「充分に反省しているようですね。それでは理事長の元へも謝罪に伺うかがいなさい」

「えぇっ!?　いっ、今からですか？」

「まさか。理事長先生は多忙の身。私わたくしが面会許可アポイントメントを取っておきます。まずは明日の実技でへ・ま・をすることのないよう、学業に励はげんでおくように」

　言い終えた教師は速やかに引き戸へと向かい、足早に教室から去ってしまった。僕は脱力感の籠こもった息を吐き、ミルポルの居る席へと戻る。


「へぇー。君きみって真面目なんだね！　ぼくは〝あーいうタイプ〟は苦手だなー」

「悪いことをしたのは事実だから……。それに、いつまでも学校ここには居られない」

　僕はミルポルの方へと躰からだを向け、か・れ・の桃色の瞳を見つめる。

「ねぇ、ミルポル。アインスって名前、わかるかな？」

「あっ！　もしかしてアインスのこと知ってるの!?　ぼく、この世界にアインスを探しにきたんだよねー！　まぁ半分は、友達に付き合ってるだけなんだけどさ――」

　僕アインスを探しにきたという部分は気になるが――。まずはこちらの話を聞いてもらわなければならない。僕は両手を軽く揺ゆらし、ミルポルの話を制止する。

「ミルポル、じつはわたしが〝アインス〟なんだ。アルティリアの酒場で別れて、君の遺のこした本を読んで、君の剣で戦争に出て――。そして元の世界に戻って、君の世界〝デキス・アウルラ〟の終了を知った」

　今度は僕が、止とめ処どなく話をする番となった。懐かしい思い出や、これまでの冒険、そして現在の僕の目的について。ミルポルは最初こそ驚いた様子をみせたものの、すぐに天てん真しん爛らん漫まんな笑顔に戻り、僕の話に耳を傾かたむけてくれた。


「そっかー！　まさか学校ここで会えると思わなかったよ！　ってことはやっぱり、マパリタの魔法は成功したってことじゃん！　あっ、マパリタっていうのはね――」

　僕の話が一段落するや、再びミルポルが嬉しそうに話をはじめる。

　この〝マパリタ〟とはか・れ・の友人の名前であり、彼女もミルポルと共に、このミストリアスを訪れているらしい。そして件くだんの〝召喚魔法〟の開発者も〝マパリタ〟であり、ミルポルはそ・れ・を用いて僕アインスの召喚を試みたのだそうだ。

「会えて嬉しいよ、アインスー！　あ、ま・た・キスしとく？」

「待まっ、ちょっとそれは……。あと、わたしのことはサンディで……。それよりミルポル、どうして――その、無事だったの？　だって、君の世界は……」

　か・れ・のペースに呑のまれないよう、どうにか会話の主導権を取る。僕としても積もる話はあるのだが、まずは知るべきことを知っておく必要がある。

「あっ、それはねー。ちょっとこ・こ・では言えないなぁ。……ねぇねぇ、あとでぼ・く・ら・の部屋に来てよ！　魔導盤これで連絡するからさ！」

　そう言いながら、ミルポルが自身のポケットから魔導盤タブレットを取り出した。そしてか・れ・に言われるがままに、僕も魔導盤それを操作する。


「はいっ、登録かんりょー！　さて、次の授業に向かおっか！　そんで午後の通常授業が終わったら、ぼくらの部屋に集合ね！」

「痛あたっ!?　わっ、わかったから……！　ドワーフの怪力で引っ張らないで……」

　ミルポルに強引に促うながされ、引きずられるようにして廊ろう下かへ出る。そして僕らは一旦別れ、それぞれの教室へと向かっていった。