真世界へと駆け抜ける風

第２話 美しきエルフと討伐隊

「ここが祭りの会場か？　思ったよりも賑にぎわってねぇな」

「なぁに、準備の方が楽しいものさ」

　馬車を追って辿たどり着ついた先。二人が到着した場所は、国境よりも遥はるか以南に位置する、見晴らしの良い丘の上だった。周囲には桜の花が咲き誇り、鎧よろい姿すがたの騎士らが野営地の設営を行なっている。


「うむ？　君たちは？」

　アクセルたちの存在に気づき、ひときわ立派な鎧を纏った中年の男が、二人の元へと近づいてきた。

「お、アンタがお偉いさんか？　俺様は大盗賊のグリードだ！」

「――失礼。騎士団長どのとお見受けします。私はアクセル・マークスター。実は……」

　無作法な相棒を制止し、アクセルが上品な所しょ作さで一礼をする。
　続いて目の前で訝いぶかしげな表情を浮かべている男に、自身らが此こ処こへ来た目的を説明した。


「おお、そうか！　加勢してくれるとはありがたい！　如い何かにも。私はネーデルタールの王国騎士団長・キュリオスだ」

　騎士団長キュリオスは王国式の敬礼をし、現在の戦況を二人に話す。

　彼いわく、北の隣国・ディクサイスが魔王軍の手に陥おち、国境を突破されて以降――このネーデルタール領内にも、徐々に魔王配下の魔物による侵略が広がっているとのことだ。

　現在は国境を守護する〝辺境騎士団〟が侵攻を食い止めているものの、数の差は歴然。いずれはネーデルタール国内が戦場となるのは明白だ。


「今や魔王軍は我が国のみならず、全世界・全方位へ向けて進軍を開始している。はは、奴らも出し惜しみは無しといったところか」

「そんな悠ゆう長ちょうでいいのか？　団長さんよ。国境は、まだずっと向こうだぜ？」

「問題ない。国境あちらは精鋭ぞろいの辺境騎士団に委ゆだね、我らは我らにしか出来ぬことをやるのみだ」

　キュリオスは自信に満ちた笑顔を浮かべ、手の空いている従じゅう騎き士しを呼ぶ。そして彼に対し「近隣の町からピザを調達するように」と指示をした。

　命令を受けた従騎士は何の疑いもなく、上官からの注文を了承する。
　そして厳おごそかに立りつ礼れいし、一台の馬車を駆かって足早に出発してしまった。


「はぁ？　なんでまたピザなんか……」

「我ら王国騎士どもの好物でな。いわば、最後の晩ばん餐さんというやつだよ。もちろん、君たちにも振ふる舞まおう」

　キュリオスからの返答を受け、理解不能とばかりに首を傾かしげるグリードとは対照的に、アクセルはニヤリと口元を上げてみせる。人ひ類ととは命を賭ける覚悟を決めた時、思いもよらぬ行動を起こすものなのだ。

　◇　◇　◇

「それで団長どの。『我らにしか出来ぬこと』とは？」

「ああ、実は心強い協力者が居おられてな。なんでも……」

「――それについては、私わたくしからお話いたしますわ」

　騎士団長の言葉を遮さえぎり、一台の馬車から一人の女性が降りてきた。キュリオスは彼女の姿を確認するや、恭うやうやしい動作で膝ひざをつく。

　上品な服に、風になびく金髪。一見して、彼女が高貴な人物であると判断できる。なにより この貴婦人は神に近しいとされる〝エルフ族〟らしく、耳の先端が長く尖とがっていた。


「こちらの御お方かたはレクシィ殿。エルフ族の里・エンブロシアの大学を主席で卒業され、その後は評議会の一員として……」

「キュリオス様？」

　さきほどよりも強い口調で言い、レクシィと呼ばれた女性はキュリオスを睨にらみつける。すると彼は照れた笑いと共に、申し訳なさそうに頭を掻かいた。

　レクシィは短い溜ため息いきの後、凛りんとした表情をみせながらアクセルたちへと向き直る。


「ヴァルナス――いえ、魔王ヴァルナスとの決戦は、今夜です。今こ宵よいの月光が降り注ぐ頃、この大おお桜ざくらの下もとに〝決戦の地〟へのゲートが開かれます」

「うむ。あの魔王めは、元はエルフ族でな。かつては人間族の我々の耳にも届くほどの傭よう兵へいだったのだが、死して闇に魅入られてしまったそうだ」

　彼女の話を補足するかのように、またしてもキュリオスが口を挟む。レクシィは再び彼を睨むも――妙なスイッチが入ってしまったのか、騎士団長の舌は回り続ける。

「なんでも魔王ヴァルナスとレクシィ殿は、大学時代からの恋人同士だっとか。なんと羨うらやま――いや、嘆なげかわしいことだ」

「……コホンッ！　キュリオス様！」

　レクシィの一いっ喝かつにより、今度こそキュリオスは我に返る。
　どうやら彼は、レクシィに対して好意を抱いているらしい。

　アクセルたちは二人の様子に〝お手上げ〟のジェスチャをしながら、互いの顔を見合わせた。


「ひとつ、宜よろしいでしょうか？　レクシィ様は何ゆえに、今夜〝決戦〟が行なわれることを確信しておられるのですか？」

　当然ともいえるアクセルからの疑問に、レクシィは悲しみに満ちた顔をする。
　そして年季の入った携帯バッグから、なにかのアイテムを取り出した。

「うおっ!?　そいつは〝時の宝珠オーブ〟じゃねえか！」

「あら？　私わたくしたちエルフ族の秘宝を、ご存知でしたの？」

「当たり前めえよ！　俺様たちゃ大盗賊！　疾風の盗賊団シュトルメンドリッパーデンの、グリード様とアクセルだぜぇ？」

　そう名乗りながら胸を張るグリードとは裏腹に、アクセルは気恥ずかしそうに頭を抱えている。

　時の宝珠オーブとは、時間を遡さかのぼることを可能とする特殊なアイテムだ。当然ながらその性能ちからは凄まじく、普段はエルフ族の大長老によって厳重に管理されている。

「……貴方あなたたちの素性はさておき、ご存知ならば話は早いですわね。私わたくしはこ・れ・を使い、数日後の未来から現い在まに参りましたの」

　信じ難がたい話ではあるが、彼女は実際にそ・れ・を可能とする秘宝を所持している。しかし宝珠オーブの色はくすみ、すでに大きなヒビが入っていた。

「私わたくしは……もう何度も何度も、魔王ヴァルナスとの決戦をやり直しました。そしておそらくは、今回が最後――」

　そう言いかけたレクシィの手の中で、時の宝珠オーブは無む惨ざんにも砕け散ってしまった。彼女は一瞬の動どう揺ようをみせたものの、すぐに唇くちびるを強く噛かみしめ、弱き感情を押さえ込んだ。


「ハッ、そういうことかい。実際に秘あ宝れを見せられたんじゃ、信じないわけにゃいかんよなぁ？――まぁ、それ以上に信じられねぇことがあるんだが……」

「あら、何かしら？」

「エルフの里にも、大学なんて立派なモンが在あるんだな――ってな！」

　グリードは言い終えるなり、どこか馬鹿にした調子で大笑いをしはじめた。そんな彼に腹が立ったのか、レクシィはグリードの顔面に思いきり拳を叩き込んだ！


「ぶおっ!?　痛いってぇ！」

「当たり前ですっ！　大学に評議会に裁判所！　貴方あなたたち野や蛮ばんな人間とは、文明の程度が違うのですよ！　いっそ、裁判所に招待してさしあげましょうか!?」

「わかった、悪かった！　くっそ、野蛮なのはどっちだっての」

　唖あ然ぜんとする一同を尻目に、グリードは再びゲラゲラと笑う。
　彼の態度にしばらくレクシィは口を曲げていたものの、やがて小さく微ほほ笑えんだ。