真世界へと駆け抜ける風

幸崎 亮

文字の大きさ
4 / 5

第4話 世界最後の決戦

しおりを挟む
 決戦の地は、光り輝く魔水晶クリスタルに覆われた幻想的な島だった。

 だが、そんな美しい風景とは裏腹に、夜空には邪悪な魔物の群れがひしめき、周囲には鼻をつくしょうにおいが漂っている。

 そして地上では早くも、アクセルたちが激戦を繰り広げていた。


「さすがに数が多いな! 魔水晶クリスタルのおかげで魔力素マナには余裕があるが」

「体力勝負というわけだな。降りるか? グリード」

「ハッ! 馬鹿を言え! 俺様の根性をみせてやる! ヴィスト――ォ!」

 二人は軽口を叩き合いながら、迫りくる魔物に対して風の魔法・ヴィストを放ち続ける。ふうじんによって倒れた魔物からはしょうあふれ、生ある者たちの生命力を徐々に削りとってくる。


「なぁ、レクシィよ! こんな時にくのもなんだが、まさかは伝説の……」

「ええ。原初の地、ダム・ア・ブイですわ」

「やっぱりか! ハハッ。最後に〝追い求めてた場所〟に来れるとはな!」

 原初の地、ダム・ア・ブイ。それは世界が生まれ、大いなる闇へと繋がるとされる場所。そこにはかつすることのないほどの資源が溢れ、伝説の秘宝も眠っているという。アクセルとグリードは盗賊として、長年この地を探し求めていた。

「ふっ。だが宝探しの前に、大掃除が必要なようだ」

「だな! おっとわりぃが、宝は俺様が先に見つけ出すぜ?」

「まっ、勝負は魔王を見つけたあとだな。このしょうではどうにもならん」

 アクセルの言う通り、魔物そのものの攻撃よりも、噴き出すしょうの方がきょうとなっている。

 騎士らも剣や魔法で善戦してはいるが、なかには口を押さえながら、水晶の大地にひざをつく者の姿も多い。


「ぐ……! 負けるな騎士たちよ!――レクシィ殿、魔王めは何処いずこに?」

は……。おそらく、あの中心に……」

 レクシィは負傷者に治癒魔法をほどこしながら、上空の〝闇〟を指さした。
 は暗黒の竜巻のごとうずを巻き、際限なく新たな魔物を生み出し続けている。

「ハッ、場所がわかってんなら話は早い。俺様とアクセルが、あのしんくせぇ竜巻を吹き飛ばしてやる!」

「正気か!? あの大群の中へ、たった二人で飛び込むというのか!?」

「はい。どうかその間、地上の魔物の掃討と、可能ならば援護を願います」

 周囲の魔水晶クリスタルの影響で魔法は無制限に放つことができるが、このままではしょうによって生命力が先に尽きてしまう。ジリひんに追い込まれる前に、先に手を打たねばならない。


「……わかった! 全員、守りを固めろ! 飛べる者は彼らの援護を!」

「感謝します。キュリオス殿」

「いや、感謝するのは我々だ。どうか、よろしく頼む……!」

 アクセルはグリードと呼吸を合わせ、周囲の魔物を魔法ではらう。そして生まれた一瞬の間に、彼は飛行魔法フレイトの呪文を唱えた。

「先に行くぞ。フレイト――!」

「レクシィ! あれを吹っ飛ばしたら、俺様があそこに連れてってやる!」

「はい……。どうか気をつけて、グリード……」

 グリードは得意げに親指を立て、飛行魔法フレイトでアクセルに続く。
 闇が支配する上空では、アクセルが相棒を待っていた。

 ◇ ◇ ◇

「早かったな。――気に入ったんだろう? 残っても構わんぞ」

「ハッ、抜かせ! ありゃ、俺様でも盗めねぇよ。――おら、行くぜ!」

「ふっ……。熱くなりすぎるなよ?」

 二人は魔法の出力を上げ、暗黒へ向かって高速でぶ。何名かの騎士たちが空で応戦しているが、やはり空中戦にかけてはアクセルたちの右に出る者はいない。

「邪魔だ、魔物ども! 疾風の盗賊団シュトルメンドリッパーデンを止められると思うなよ!」

「そういうことだ。……だが、その名前はどうにかならんのか?」

「ならねぇな! お気に入りなんだよっ!」

 目標への針路を妨害する魔物を風の魔法ヴィストで吹き散らし、二人はさらに飛行の速度を上げる。そしてついに、闇の竜巻を魔法の射程内に収めた。


「さあ、いよいよ俺様の大魔法をブチかます時だ! 準備は良いか?」

「ああ。だが余力は残せよ? 迎えに行くんだろう?」

「残せたら、な!」

 グリードは両手でいんを刻みながら、大魔法の詠唱に入る。
 アクセルは押し寄せる魔物の排除を続け、相棒が集中するための時間をつくる。

 やがてグリードの周囲に、緑色に輝く複数の魔法陣が浮かび上がった!

「吹き飛べ! ティルトヴィスト――ォ!」

 風の大魔法・ティルトヴィストが発動し、それぞれの魔法陣から高圧の旋風が巻き起こる。風は闇の渦を穿うがち、輝く夜空へと吹き散らしてゆく。

 そしてさらに魔法陣の数は増え、闇の領域は目に見えて縮小する。
 どうやら先のグリードに続き、アクセルも同じ大魔法を発動したようだ。

「――ハッ! 相変わらず良いタイミングだな!」

「まぁな。あとはオレだけで充分だろう。彼女を迎えに急げ」

「おうよ! 任せたぜ!」

 アクセルのおかげもあり、グリードは余力を残すことができた。彼は急ぎ、地上のレクシィの元へと戻ってゆく。

 ◇ ◇ ◇

 地上ではキュリオスらが空を見上げ、早くも大歓声をあげている。
 闇が小さくなったことで、この場の魔物も減少したようだ。

「おお、やったのか!?」

「いや、これからが本番だ!」

 興奮気味のキュリオスに早口で答え、グリードはレクシィを抱き上げる。

「どうにか相棒が抑えてる間に、急ぐぜお姫様!」

「――きゃっ!? は……、はいっ。お願いしますっ!」

 グリードは再び空へ向かうべく、運搬用の飛行魔法・マフレイトの呪文を唱える。
 これは他人を運べる分、速度の面では劣っており、戦場での使用には適さない。

「団長さんよ、援護を頼むぜ!――マフレイトォ!」

「了解した! よし、全軍気合いを入れろ! 彼らに道を切り拓け!」

 ときこえに見送られ、グリードは最大出力でアクセルの元へと急ぐ。そこにはすでに闇の竜巻は無く、が空中に浮遊しているのみだった。

 ◇ ◇ ◇

「アクセル、待たせたな!――まさか、コイツが」

「ああ。おそらくは魔王だろうな」

「――ヴァルナス! やっと……やっと逢えたっ……!」

 グリードの腕に抱かれたまま、レクシィは闇色に染まった男に向かって目一杯に両腕を伸ばす。彼女の声に反応し、男――魔王ヴァルナスは、真紅に輝く瞳を見開いた。

「グ……オオ……! レクシィ……ナノカ?」

「そう! そうよ! ああ、ヴァルナス!」

 愛する者の名を叫び、レクシィは大粒の涙を流す。

 いくたびもの過去を見捨て、幾度もの人々を見捨て、幾度もの世界を見捨て――ようやく辿り着いた、望んだ未来。

 すでに魔王ヴァルナスに敵意はないと判断し、グリードは彼の腕へと彼女を預けた。


「レクシィ……。アイタ、カッタ」

わたくしもよ、ヴァル……。さあ、もう休んで……。一緒に、大いなる闇へかえりましょう……」

「アア……。スマナ、カッタ」

 魔王の眼から闇がこぼれ、腕の中のレクシィに降りかかる。

 すると彼女のからだも闇色に染まり、二人の全身からしょうが溢れ出しはじめた。

「ありがとう、グリード。アクセル様。――わたくしたちは、一足先にきます」

「ああ! どうか幸せにな!」

「ふっ。再び奇跡が起こらないとも限らんさ。――またお会いしましょう」

 手を振る二人の男の目の前で、レクシィとヴァルナスの姿はくうへと溶け消えていった。

 運命にほんろうされた二人を見送った後、アクセルとグリードも地上へ向けて静かに高度を下げてゆく。

 ◇ ◇ ◇

「ハッ、上手くいったぜ。これでゆっくりと宝探しが出来らぁ」

「ああ、そうだな」

 そう言って笑みを浮かべるや、グリードは水晶の大地にあおけに倒れてしまった。アクセルはそんな相棒の姿を、明け始めた空をバックに見つめている。

「――だが、ちぃとばかし疲れちまった。わりぃが先に、休ませてもらうぜ」

「ふっ、奇遇だな」

 アクセルもニヤリと口元を上げ、おもむろに後ろへ倒れ込んだ。

「なんだ? お前も限界だったのかよ」

「まぁな」

「ハッ。抜け駆けされなくて済むってもんだ」

 言い終えたグリードは、力尽きたかのように両目を閉じた――。


 やがてたいようが昇り、周囲の魔水晶クリスタルまばゆい光を放ちはじめた。

 それと同時に、遠くからは騎士や街の人々らの、二人を呼ぶ声が響いてくる。

「……どうやら、まだ休ませてくれねぇらしいな」

「ふっ、戻ったら〝英雄グリード〟になるかもな?」

「ハッ、ごめんだね。俺様は、たとえ生まれ変わっても盗賊よぉ」

「ああ。それがいい――」


 ◇ ◇ ◇


 かくして、二人の思いとは裏腹に。アクセルとグリードは英雄として迎えられ、〝終了〟間際の世界には、束の間の恒久平和が訪れた。

 ほんの数日間ではあるが、人々には笑顔と活気がよみがえり、レクシィが宣言したとおり、世界最後の日を平穏と共に迎えることが叶うのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。 - - - - - - - - - - - - - ただいま後日談の加筆を計画中です。 2025/06/22

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

処理中です...