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第1章 ファスティアの冒険者
第33話 霧の中の勇者
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エルスたちに、新たな仲間が加わった頃――
ファスティアから東に位置するアルティリアの王都は、霧に包まれていた。
霧の中には、歴史ある荘厳な城のシルエットが浮かんでいる。
この地を訪れた二人の男は、人通りのない城下町を抜け、郊外へ歩を進める。細い林道へ続く入口には簡単な柵と〝立入禁止〟の立て札があったが、衛兵などの姿はない。二人は、軽々と柵を乗り越えて奥へ進む。
さらに霧の濃度は増し――
巨大な城の影すらも、やがて白の中へと消えてしまった。
「ここだ」
禍々しい魔剣を背負った大柄な男が、林道を抜けた瓦礫の前で足を止める。
「遺跡――いや、廃墟か?」
黒ずくめの外套を着た長身の男が、墓標のように残った一枚の壁へ目を遣る。
郊外とはいえ、ここは王都の一部。辺りには、壊れた建造物を修復するはずの〝霧〟が立ち込めている。それにもかかわらず――この廃墟だけは、かなり以前から崩れ落ちたままのようだ。
それは、この惨状が、紛れもなく〝魔王〟の力によって成されたことを証明していた。
「ボス、何の用だ?」
時間の無駄だ――とでも言いたげな様子でラァテルが問う。だが、後ろを振り返ることもなく、目の前の勇者ロイマンは足元の瓦礫を退かし続けている。
「何、ちょっとしたケジメというヤツだ。付き合わせて悪いな」
「問題ない」
ラァテルは無表情のまま言い、何気なしに周囲を観察する。石やレンガといった建材に混じって、食器の破片や壊れた家具の残骸などが散見される。ここは、元々は誰かの家だったようだ。
「エルスの家だ――」
ロイマンが、独り言のように呟く。
「――そして、只のチンピラだったロイマンが、勇者なんて厄介なモンになっちまった場所さ」
「ふん……」
ラァテルは相槌代わりに、小さく鼻を鳴らす。ロイマンの真意は不明だが、時間の無駄でないことを願いながら、ラァテルは霧の中で静かに時が過ぎるのを待った――。
「よし。待たせたな」
立ち上がったロイマンの手には、折れた剣が握られていた。折れてはいるが元は両手持ちの大型剣で、安物の量産品ではない。断面や柄の装飾を見ても、元々はそれなりに値の張る逸品だったようだ。
「それは?」
「俺の剣だ。昔の……な」
ロイマンは崩れ残った壁の裏側へ回りこむ。そこには、壁に寄り添うように二本の剣と、一本の杖が突き立っていた。詳細はわからないが、どれも廃墟には似つかわしくない、立派な武具に見える。
「これは〝墓〟だ。下手に手を付けると、神殿騎士が飛んでくるぞ?」
「ふっ……」
ロイマンの冗談に、ラァテルは思わず息を漏らす――
「――誰の物か、訊いておいたほうが良いか?」
「必要は無いだろう。まあ、俺も推測しかできん」
ロイマンは跪き、静かに祈りを捧げ始めた。かなり簡略化しているが、光の神と故人に捧げられる祈りだ。ラァテルはさり気なく、そちらから顔を逸らす。
「チンピラだった時分、罵声や嘲笑は慣れるほど聞いた。だが――勇者と呼ばれだした途端、それが称賛や喝采に変わった。他人からの評価なんざ、勝手なモンだ」
ラァテルは何も言わず、目線だけをロイマンの方へ戻す。
幸い、もう祈りの姿勢は取っていない。
「やはり、ダークエルフか?」
「ああ。父親が魔族だった」
ロイマンからの質問に、ラァテルは表情を変えずに答える――。
「それを確かめるために?」
「フッ。まさか」
魔物の高位存在である、魔族と呼ばれる存在。かれらとエルフ族の間に産まれた者はダークエルフ族となり、魔族の強靭な肉体とエルフ族の絶大な魔力を併せ持つ。
しかし、その代償として極端に短い寿命しか持たず、長い者でも二十年前後しか生きられない。
ラァテルの年齢は、少なくとも二十歳は超えている。さらに、命を削る気功術を扱う彼に、残された時間は多くないだろう。
「妙な気遣いは不要だ。仲間を出て行けと言うのなら、出て行くが」
「そんなつもりは無えよ。両方な」
「そうか」
「目的は判らんが、お前なりに覚悟を決めた上で来たんだろう?」
ロイマンは立ち上がり、ラァテルの正面へと向き直る――
「――それに、お前はもう仲間だ。俺がそう決めた」
「ああ。ありがとう、ボス」
ロイマンの見立てでは、酒場でのエルスとラァテルの実力は互角だった。それでもラァテルが勝負で勝ったのは、彼の覚悟がエルスよりも上だったからに他ならない。
「勇者と呼ばれ始めて以降――ケタ違いの報酬に、反吐が出るような世辞は山ほど受け取ったが……」
ロイマンは再び踵を返し、さきほどの墓標の前に膝をつく――。
「それほど真っ直ぐに、礼を言ってきた野郎は――今日までたったの、二人だけだったぜ」
どこか嬉しげに言い――ロイマンは持っていた剣を、三本の立派な武具の前に勢いよく突き立てた。折れて短くなった剣はこの場に並ぶことで、より貧相に見える。
「それも墓か?」
「フッ、さあな」
ラァテルの冗談に、今度はロイマンが息を漏らす――。
「よし、用事は済んだ。酒場へ向かうぞ。残りの仲間を紹介しよう」
「承知した」
二人の男は廃墟をあとにし、霧の晴れかけた城下町へと戻ってゆく。
彼らの道行く先、青々と茂った木々の隙間からは――古めかしくも荘厳な城が、再び姿を現しはじめていた――。
ファスティアから東に位置するアルティリアの王都は、霧に包まれていた。
霧の中には、歴史ある荘厳な城のシルエットが浮かんでいる。
この地を訪れた二人の男は、人通りのない城下町を抜け、郊外へ歩を進める。細い林道へ続く入口には簡単な柵と〝立入禁止〟の立て札があったが、衛兵などの姿はない。二人は、軽々と柵を乗り越えて奥へ進む。
さらに霧の濃度は増し――
巨大な城の影すらも、やがて白の中へと消えてしまった。
「ここだ」
禍々しい魔剣を背負った大柄な男が、林道を抜けた瓦礫の前で足を止める。
「遺跡――いや、廃墟か?」
黒ずくめの外套を着た長身の男が、墓標のように残った一枚の壁へ目を遣る。
郊外とはいえ、ここは王都の一部。辺りには、壊れた建造物を修復するはずの〝霧〟が立ち込めている。それにもかかわらず――この廃墟だけは、かなり以前から崩れ落ちたままのようだ。
それは、この惨状が、紛れもなく〝魔王〟の力によって成されたことを証明していた。
「ボス、何の用だ?」
時間の無駄だ――とでも言いたげな様子でラァテルが問う。だが、後ろを振り返ることもなく、目の前の勇者ロイマンは足元の瓦礫を退かし続けている。
「何、ちょっとしたケジメというヤツだ。付き合わせて悪いな」
「問題ない」
ラァテルは無表情のまま言い、何気なしに周囲を観察する。石やレンガといった建材に混じって、食器の破片や壊れた家具の残骸などが散見される。ここは、元々は誰かの家だったようだ。
「エルスの家だ――」
ロイマンが、独り言のように呟く。
「――そして、只のチンピラだったロイマンが、勇者なんて厄介なモンになっちまった場所さ」
「ふん……」
ラァテルは相槌代わりに、小さく鼻を鳴らす。ロイマンの真意は不明だが、時間の無駄でないことを願いながら、ラァテルは霧の中で静かに時が過ぎるのを待った――。
「よし。待たせたな」
立ち上がったロイマンの手には、折れた剣が握られていた。折れてはいるが元は両手持ちの大型剣で、安物の量産品ではない。断面や柄の装飾を見ても、元々はそれなりに値の張る逸品だったようだ。
「それは?」
「俺の剣だ。昔の……な」
ロイマンは崩れ残った壁の裏側へ回りこむ。そこには、壁に寄り添うように二本の剣と、一本の杖が突き立っていた。詳細はわからないが、どれも廃墟には似つかわしくない、立派な武具に見える。
「これは〝墓〟だ。下手に手を付けると、神殿騎士が飛んでくるぞ?」
「ふっ……」
ロイマンの冗談に、ラァテルは思わず息を漏らす――
「――誰の物か、訊いておいたほうが良いか?」
「必要は無いだろう。まあ、俺も推測しかできん」
ロイマンは跪き、静かに祈りを捧げ始めた。かなり簡略化しているが、光の神と故人に捧げられる祈りだ。ラァテルはさり気なく、そちらから顔を逸らす。
「チンピラだった時分、罵声や嘲笑は慣れるほど聞いた。だが――勇者と呼ばれだした途端、それが称賛や喝采に変わった。他人からの評価なんざ、勝手なモンだ」
ラァテルは何も言わず、目線だけをロイマンの方へ戻す。
幸い、もう祈りの姿勢は取っていない。
「やはり、ダークエルフか?」
「ああ。父親が魔族だった」
ロイマンからの質問に、ラァテルは表情を変えずに答える――。
「それを確かめるために?」
「フッ。まさか」
魔物の高位存在である、魔族と呼ばれる存在。かれらとエルフ族の間に産まれた者はダークエルフ族となり、魔族の強靭な肉体とエルフ族の絶大な魔力を併せ持つ。
しかし、その代償として極端に短い寿命しか持たず、長い者でも二十年前後しか生きられない。
ラァテルの年齢は、少なくとも二十歳は超えている。さらに、命を削る気功術を扱う彼に、残された時間は多くないだろう。
「妙な気遣いは不要だ。仲間を出て行けと言うのなら、出て行くが」
「そんなつもりは無えよ。両方な」
「そうか」
「目的は判らんが、お前なりに覚悟を決めた上で来たんだろう?」
ロイマンは立ち上がり、ラァテルの正面へと向き直る――
「――それに、お前はもう仲間だ。俺がそう決めた」
「ああ。ありがとう、ボス」
ロイマンの見立てでは、酒場でのエルスとラァテルの実力は互角だった。それでもラァテルが勝負で勝ったのは、彼の覚悟がエルスよりも上だったからに他ならない。
「勇者と呼ばれ始めて以降――ケタ違いの報酬に、反吐が出るような世辞は山ほど受け取ったが……」
ロイマンは再び踵を返し、さきほどの墓標の前に膝をつく――。
「それほど真っ直ぐに、礼を言ってきた野郎は――今日までたったの、二人だけだったぜ」
どこか嬉しげに言い――ロイマンは持っていた剣を、三本の立派な武具の前に勢いよく突き立てた。折れて短くなった剣はこの場に並ぶことで、より貧相に見える。
「それも墓か?」
「フッ、さあな」
ラァテルの冗談に、今度はロイマンが息を漏らす――。
「よし、用事は済んだ。酒場へ向かうぞ。残りの仲間を紹介しよう」
「承知した」
二人の男は廃墟をあとにし、霧の晴れかけた城下町へと戻ってゆく。
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