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第1章 ファスティアの冒険者
第34話 かつて暮らした農園
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ファスティアの北部へ続く、細長い畦道を歩き続け――エルスたち三人は、広々とした農地にある、一軒の家へ辿り着いた。
「他に家なんて無かったし、ここで合ってるよな?」
「たぶん? わたしが昨日来たのもここだったし、農家さんなのは間違いないかな」
「……まッ、中の人に訊いてみりゃいいか。早いとこ、頼まれごとを済ませちまいたいしな!」
現在は晴れ渡っているが、東に見える王都方面の空は霞んで見える。霧は、徐々にこちらに近づいているようだ。
「オレは外で待つ。少し一服したいんでな」
ニセルは小さく手を挙げ、懐から巻き煙草を取り出す。
「わかった! 届け物を渡すだけだし、すぐ戻るぜ!」
「行ってくるね、ニセルさん」
ニセルは「ふっ」と口元を緩め、家の付近から離れてゆく。家人への配慮なのだろう。彼が遠ざかったのを見て、エルスは扉を軽くノックした。
「はい、どなた?」
しばらく待つとドアが開き、人間族の女性が顔を出した。
歳はエルスたちより二周りほど上の美人といった感じだが、リボンで束ねた茶色のロングヘアは所々が乱れ、暗い表情のせいもあって年齢以上に老けて見える。
「あら? あなたは昨日、収穫を手伝ってくれた冒険者の……」
「アリサです。こんにちは、マイナさんっ!」
アリサが小さくお辞儀をすると、マイナという女性は弱々しく微笑み、戸を大きく開いた。彼女に客人だと受け入れられたものと判断し、アリサは本題に入る。
「あの、わたしたちカルミドさんの家を探してるんですけど。ご存知ですか?」
「まあ、アリサさん。うちの人と知り合いだったの?」
「あっ、はいっ! えっと、実は……」
やはりこの家が目的地のようだ。
アリサはエルスへ顔を向け、彼に続きを促す――。
「あー。俺たち、カルミドさんに渡すモンがあって来たんッスけど……。えっと、自警団の団長から頼まれてさ!」
エルスは冒険バッグの中から、小さな革袋を取り出す。
「――あッ、俺はエルスッていいまッス!」
「自警団の?――ああ、そうなのね……。お気を遣わせてごめんなさいね」
マイナは礼を言い、差し出された革袋に手を伸ばす――が、何かを思いついたように手を止めた。
「――そうだわ、せっかくだし上がってくださいな。きっと、お二人から受け取ったほうが本人も喜ぶと思うの……」
にっこりとした笑顔で言い、マイナは二人を招き入れるように入口を空ける。彼女の表情を見ると、なんとなく招待を断るのは気が引けてしまう。エルスはチラリと外へ目を遣るが、近くにニセルの姿は見えない。
「わかりましたッ! そンじゃ、少しだけ。昨日は挨拶し損ねちまったしな!」
「そうだね。――お邪魔しますっ!」
招きに応じ、二人はドアを潜る。一歩中へ入ると、他人の家特有の、生活感のある匂いが鼻を通り抜ける。外観のイメージとは異なり、思いのほか室内は広いようだ。
「ちょっと待っててくださいね」
マイナは笑顔で言い、隣室への扉に入ってゆく。彼女を待つ間、エルスは何気なく部屋を観察する。扉の近くには飾り棚と、壁に掛けられた数枚の絵があり、自然とそちらへ目が吸い寄せられた。
「ん? えらく古い絵――じゃねェな、これは写真か?」
「そうだね。ずっと昔の……、この家? なのかな?」
壁に掛かっていたのは魔道具を用いて描かれた、写真と呼ばれる絵画だった。それは錬金術の秘技により、ありのままの風景を紙に写し描くことができる。
目の前に飾られている写真はかなり古い物もあり、色は褪せて所々が剥がれ落ちている。最上段の写真には若い女性と杖をついた老人、そして剣を携えた少年が写っている。
その下は若い女性と、たくさんの子供が並んでいる写真の他――様々な世代の、数枚の家族写真が飾られている。
そして、飾り棚の上に置かれた写真立てにはカルミドとマイナ、そして二人に似た顔の小柄な青年が鮮明に写っている。三人とも幸福に満ちた笑顔で、中央の青年は得意げに剣を掲げている。
よく見ると、青年の真新しい鎧にはファスティア自警団の紋章が刻まれているのが確認できる――。
「あ……、これって……」
「なんとなく、自警団を避けてる理由が見えてきたな……」
おそらくカルミド夫妻は、自警団に関わる何らかの出来事で息子を亡くしたのだろう。家族を失った悲しみや怒りは、同じく魔王によって家族を奪われたエルスやアリサにも、痛いほど理解することができた――。
「お二人とも、お待たせしてごめんなさいね」
ほどなくして戻って来たマイナは、写真の前に立つ彼らを見て優しげに微笑む。なんとなくアリサは雰囲気を察し、彼女に質問をする――。
「あっ、ずいぶん古そうですね? 特に、この写真とか」
アリサは壁に掛けられた、最も劣化の激しい写真を手で示した。
それを選んだのは、彼女なりの心遣いだろう。
「ええ、それは遠いご先祖様の写真なの。真ん中に居るのが、旅人さん……」
マイナは心なしか嬉しそうに、中央の少年を指す。
写真は激しく劣化しており、すでに顔はおろか、髪の色もわからない。
「彼は、ウチにしばらく滞在したあと――再び旅に出て、最後は〝勇者〟になったとか」
「へぇ。これって勇者だったのか……」
「じゃあ、こちらの子供たちは、その人との?」
「いいえ。昔、辺り一帯には大農園があってね。ご先祖様は、そこの跡取りと結婚したの。この農園を守るために」
マイナは悲しげに言う。まるで我が事のように。
「――彼は世界を救ったあと、姿を消してしまった。どこにも戻らずに」
「そうなんだ。なんだか、悲しいですね」
「世界を救って消えた勇者かぁ……。うーん、壮大だな……」
「ふふっ。私も小さい頃に、母から聞かされていた昔話なの」
そう言って、マイナは少女のように微笑む。そして再び扉の前へ移動し、二人を誘うように戸を開いた。
「お二人とも、こちらへどうぞ。もしよければ〝あの子〟にも、会ってあげてくださいね?」
「んッ? あの子?」
エルスの疑問には答えず、彼女はゆっくりと頷く。いずれにせよ、あまりカルミドやニセルを待たせてもいけない。二人は、隣の部屋へと入るのだった――。
「他に家なんて無かったし、ここで合ってるよな?」
「たぶん? わたしが昨日来たのもここだったし、農家さんなのは間違いないかな」
「……まッ、中の人に訊いてみりゃいいか。早いとこ、頼まれごとを済ませちまいたいしな!」
現在は晴れ渡っているが、東に見える王都方面の空は霞んで見える。霧は、徐々にこちらに近づいているようだ。
「オレは外で待つ。少し一服したいんでな」
ニセルは小さく手を挙げ、懐から巻き煙草を取り出す。
「わかった! 届け物を渡すだけだし、すぐ戻るぜ!」
「行ってくるね、ニセルさん」
ニセルは「ふっ」と口元を緩め、家の付近から離れてゆく。家人への配慮なのだろう。彼が遠ざかったのを見て、エルスは扉を軽くノックした。
「はい、どなた?」
しばらく待つとドアが開き、人間族の女性が顔を出した。
歳はエルスたちより二周りほど上の美人といった感じだが、リボンで束ねた茶色のロングヘアは所々が乱れ、暗い表情のせいもあって年齢以上に老けて見える。
「あら? あなたは昨日、収穫を手伝ってくれた冒険者の……」
「アリサです。こんにちは、マイナさんっ!」
アリサが小さくお辞儀をすると、マイナという女性は弱々しく微笑み、戸を大きく開いた。彼女に客人だと受け入れられたものと判断し、アリサは本題に入る。
「あの、わたしたちカルミドさんの家を探してるんですけど。ご存知ですか?」
「まあ、アリサさん。うちの人と知り合いだったの?」
「あっ、はいっ! えっと、実は……」
やはりこの家が目的地のようだ。
アリサはエルスへ顔を向け、彼に続きを促す――。
「あー。俺たち、カルミドさんに渡すモンがあって来たんッスけど……。えっと、自警団の団長から頼まれてさ!」
エルスは冒険バッグの中から、小さな革袋を取り出す。
「――あッ、俺はエルスッていいまッス!」
「自警団の?――ああ、そうなのね……。お気を遣わせてごめんなさいね」
マイナは礼を言い、差し出された革袋に手を伸ばす――が、何かを思いついたように手を止めた。
「――そうだわ、せっかくだし上がってくださいな。きっと、お二人から受け取ったほうが本人も喜ぶと思うの……」
にっこりとした笑顔で言い、マイナは二人を招き入れるように入口を空ける。彼女の表情を見ると、なんとなく招待を断るのは気が引けてしまう。エルスはチラリと外へ目を遣るが、近くにニセルの姿は見えない。
「わかりましたッ! そンじゃ、少しだけ。昨日は挨拶し損ねちまったしな!」
「そうだね。――お邪魔しますっ!」
招きに応じ、二人はドアを潜る。一歩中へ入ると、他人の家特有の、生活感のある匂いが鼻を通り抜ける。外観のイメージとは異なり、思いのほか室内は広いようだ。
「ちょっと待っててくださいね」
マイナは笑顔で言い、隣室への扉に入ってゆく。彼女を待つ間、エルスは何気なく部屋を観察する。扉の近くには飾り棚と、壁に掛けられた数枚の絵があり、自然とそちらへ目が吸い寄せられた。
「ん? えらく古い絵――じゃねェな、これは写真か?」
「そうだね。ずっと昔の……、この家? なのかな?」
壁に掛かっていたのは魔道具を用いて描かれた、写真と呼ばれる絵画だった。それは錬金術の秘技により、ありのままの風景を紙に写し描くことができる。
目の前に飾られている写真はかなり古い物もあり、色は褪せて所々が剥がれ落ちている。最上段の写真には若い女性と杖をついた老人、そして剣を携えた少年が写っている。
その下は若い女性と、たくさんの子供が並んでいる写真の他――様々な世代の、数枚の家族写真が飾られている。
そして、飾り棚の上に置かれた写真立てにはカルミドとマイナ、そして二人に似た顔の小柄な青年が鮮明に写っている。三人とも幸福に満ちた笑顔で、中央の青年は得意げに剣を掲げている。
よく見ると、青年の真新しい鎧にはファスティア自警団の紋章が刻まれているのが確認できる――。
「あ……、これって……」
「なんとなく、自警団を避けてる理由が見えてきたな……」
おそらくカルミド夫妻は、自警団に関わる何らかの出来事で息子を亡くしたのだろう。家族を失った悲しみや怒りは、同じく魔王によって家族を奪われたエルスやアリサにも、痛いほど理解することができた――。
「お二人とも、お待たせしてごめんなさいね」
ほどなくして戻って来たマイナは、写真の前に立つ彼らを見て優しげに微笑む。なんとなくアリサは雰囲気を察し、彼女に質問をする――。
「あっ、ずいぶん古そうですね? 特に、この写真とか」
アリサは壁に掛けられた、最も劣化の激しい写真を手で示した。
それを選んだのは、彼女なりの心遣いだろう。
「ええ、それは遠いご先祖様の写真なの。真ん中に居るのが、旅人さん……」
マイナは心なしか嬉しそうに、中央の少年を指す。
写真は激しく劣化しており、すでに顔はおろか、髪の色もわからない。
「彼は、ウチにしばらく滞在したあと――再び旅に出て、最後は〝勇者〟になったとか」
「へぇ。これって勇者だったのか……」
「じゃあ、こちらの子供たちは、その人との?」
「いいえ。昔、辺り一帯には大農園があってね。ご先祖様は、そこの跡取りと結婚したの。この農園を守るために」
マイナは悲しげに言う。まるで我が事のように。
「――彼は世界を救ったあと、姿を消してしまった。どこにも戻らずに」
「そうなんだ。なんだか、悲しいですね」
「世界を救って消えた勇者かぁ……。うーん、壮大だな……」
「ふふっ。私も小さい頃に、母から聞かされていた昔話なの」
そう言って、マイナは少女のように微笑む。そして再び扉の前へ移動し、二人を誘うように戸を開いた。
「お二人とも、こちらへどうぞ。もしよければ〝あの子〟にも、会ってあげてくださいね?」
「んッ? あの子?」
エルスの疑問には答えず、彼女はゆっくりと頷く。いずれにせよ、あまりカルミドやニセルを待たせてもいけない。二人は、隣の部屋へと入るのだった――。
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