ミストリアンクエスト

幸崎 亮

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第1章 ファスティアの冒険者

第35話 傷ついた心と進み続ける意志

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 招き入れられた部屋はベッドが二つと、小さなテーブルや簡素な家具が置かれた寝室だった。ベッドの片側ではカルミドが上半身を起こし、小さな写真立てを見つめていた。

 「おお、客人とは君たちだったか……」

 カルミドはエルスたちを見るや、写真立てをサイドテーブルに置く。昨日、戦場で出会った時と違い、今日は彼の表情も穏やかに感じる。

 「こんにちは、カルミドさんっ。もしかして、昨日のケガがまだ?」
 「ハッハッ。傷は完全に癒えたが、まだ体力がな……。歳は取りたくないものだ」

 そう言ってカルミドは、ちょう気味に笑う。エルスは彼とカダンが同い歳だという話を思い出したが、それは口にしないことにした。ドワーフ族は特に、男女で外見の老化速度が大きく異なる種族なのだ。

 「そういえば、私に届け物とは……?」
 「そうそう! そのために来たんだったぜッ!」

 エルスは小さな革袋を取り出し、カルミドに差し出す。
 「――ほいッ! 団長から、カルミドさんに報酬だってさ!」

 「むむ、そのために……。君たちにも迷惑をかけたな……」
 カルミドは申し訳なさそうに頭を下げ、丁重に革袋を受け取った。

 「気にしないでくれよ! こっちに来る依頼のついでに頼まれただけだしさ!」

 エルスは無邪気な笑顔をみせる。
 ――彼の少し後ろで、アリサもにっこりと微笑んだ。

 「受け入れるべきだと……わかってはいるのだが……」

 カルミドは呟くように言い、革袋を写真立ての隣に置く。
 そして、ゆっくりと写真の向きを二人の方へ傾けた。

 「ケイン。息子だ……」
 「あっ、さっき見た写真の……」

 写真の中では、黒髪の青年が歯を見せながら笑っている。こちらでは鎧ではなく農作業着姿だが、農具をまるで武器のように構えている。

 「誰に似たのか、血の気が多い子でな……。そして優しい子だった」
 「だから――えっと、自警団に入ったんですか?」
 「うむ……。私も妻も止めなかった。きっと、本人にとって天職なのだろう――とな……」

 自警団の一員となったケインは積極的に任務に参加し、みるみる頭角を現していったという。そしてある日、当時の自警団長直々の命令で、団長ら数人と共に精鋭部隊の一人として〝極秘任務〟に向かったとのことだ。

 「――だが、帰って来なかった。その任務へ向かった者は、誰一人な……」

 「えッ……。全滅したのか? そんなヤベェ任務までやってたのか? あの自警団って……」
 「なんだか怖いね」

 当時の副団長だったカダンは、団長代理として通常のファスティア警護に当たっていた。しかし、精鋭部隊が長らく消息を絶ったことで、団員らからの強い支持によって、新たな団長に選ばれたのだ。

 「ああ……。だが、今の団長――カダン君に代わってからは、実に良くやっていると思う……」

 「んー。あんな調子だけど、団長ッて苦労してそうだったモンなぁ」
 「だねぇ。いつも髪の毛ボサボサだし」
 「あれ、そのうちハゲちまいそうだよなぁ……」

 カダンがエルスへの依頼をちゅうちょしたり、口癖のように「街や人命を最優先に!」と言っていたのは、こうしたいきさつがあったゆえか――。

 「ケインは望んで任務に参加した。自警団かれらのせいではない。そう理解しては、いるのだが……」

 「無理もねェよ。俺やアリサだって、親を魔王に殺された。今だって、魔王を倒すために旅をしてるんだしさ」
 「そうか……。君らも家族を……」

 エルスの言葉に、カルミドはどこか申し訳なさそうに顔を伏せる――
 対して、エルスはアリサの方を向き、明るい笑顔と共に気合いを入れ直す。

 「まッ――そのためにはもっと稼いで、もっと強くならないとだけどなッ!」
 「そうだね。少しずつでも頑張ろっ」

 「君たちは――悲しみを力に変えて乗り越えたのか……。若いのに立派だ」

 「へッ?――おッ、おう! いつかは絶対、なんとかしてやる――ってなッ!」
 「……ありがとう。どうやら私も、覚悟を決める時が訪れたようだ」

 カルミドは写真立てを元に戻し、小さく微笑む。その優しげな顔は、同じドワーフ族であるアリサの祖父を思い出させる。彼も今、亡き娘夫婦が暮らした家で、アリサたちの無事を祈っていることだろう――。


 「あっ、そういえば。マイナさんから『あの子に会って欲しい』って言われたんですけど……」
 「おお、そうか!」

 アリサの言葉を聞いたカルミドは嬉しそうに言い、寝室の奥にある扉をさす。
 「――彼ならその奥だ。ぜひ、会ってくれるかな……?」

 少しばかり長居しすぎている気もするが――夫婦揃って頼まれたからには、断るのも気が引けてしまう。エルスたちは頷き、二人の願い通り〝彼〟と対面するのだった――。
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