ミストリアンクエスト

幸崎 亮

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第2章 ランベルトスの陰謀

第22話 ギルドの支配者

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 先陣を切り、勢いよくえっけんしつの扉を開いたエルス。
 だが室内の様子を見るなり、彼は思わず叫び声を上げる。

 まずエルスたちの目に飛び込んできたのは、強烈な金色の光。壁や床、柱や内装品に至るまでがことごとく、黄金こがねいろの輝きを放っていたのだ。

「なッ……なんなんだよ、こりゃ……」
「うぷっ……。わたし、ここ無理かも……」

 アリサは吐き気を抑えるように、口元をマントでおおう。
 祝宴会場のような大広間のいたる所にはテーブルがあり、豪華な料理が山盛りに並んでいる。香り立つそれらの種類と量の多さが混ざり合い、もはや〝しゅう〟とも呼べるほどの強烈なにおいが、謁見室内に充満していた。

「うえぇー! 入りたくないのだー!」
そうな料理もこんだけ大量だと……。ぐえッ、吐き気が……」
「なのでわたくしも……なるべくへは……。うっ……」

 本陣へ乗り込むなり、早くもダメージを負ってしまったエルスたち。
 視覚ときゅうかくへのに耐えながら正面をにらむと、赤いじゅうたんが伸びた先の玉座に〝なにか〟がちんしていた。

「えーっと、が?」
「ええ……。わたくしの父――大盟主プレジデント・シュセンドですわ……」

 黄金や宝石で飾られた玉座には、〝肉で構成されたスライム〟とでも表現すべき男が座していた。おそらくは人間族であろう彼だが、体格は常人の三倍以上はあり、そのほとんどは脂肪によって成り立っている。

 彼の周囲にはメイドや踊り子のほか、ウサギやネコの頭飾りカチューシャを着けた、きわどい衣装の美女らがなんにんはべらされていた。

「とんでもねェ所に来ちまった……。ええいッ! もう行くしかねェ!」

 エルスは覚悟を決め、柔らかいじゅうたんを踏みしめながらシュセンドの前へと歩みを進める。すると、ようやく来客に気づいたのか――悪趣味な部屋のあるじが、ゆっくりとこちらに顔を向けた。

「なんぢゃね、オヌシらは? 今は〝れぢゃあ〟の時間ゆえ、邪魔せんように言うておったのに……」
「俺は冒険者のエルスだ! あんたに話があって来たぜッ!」
「冒険者ぢゃと? そんなもん、ワシは呼んだ覚えはないぞい?」

 シュセンドは言いながら、からだ全体をゆらゆらと震わせてみせる。どうやら、首をかしげたつもりらしい。そんな彼の前へ、クレオールが一歩進み出る。

わたくしがお呼びしましたのよ、お父様!」
「むぅ? クレオールよ、どうやって――いや! それより、そのドレスは!? よう着替えるのぢゃ!」

 クレオールの姿を見たシュセンドはあわてた様子で、出入り口の扉へと視線を向ける。当然ながら、そこはエルスらが入ったあとは閉じたられたままだ。

わたくしの格好など、どうでもいでしょう! 今日こそお話を聞いてもらいますからね!」
「うぬ? 話ぢゃと?」
「ああッ! アルティリアと戦争しようッてあんたのたくらみを、止めるために来たッ!」
「はて、戦争ぢゃと?」

 二人が声をあらげてまくてるも、シュセンドは疑問符を浮かべながらからだを左右へらすのみだ。クレオールは感情をあらわにし、さらに核心的な話を出す。

「お父様はつねごろから、アルティリア侵略の話をなさっていたではありませんか!」
「あんたが〝こうの杖〟を使って、ファスティアを攻撃させたんだろッ!」
「降魔の……? おお、あれか!――はて? あの〝失敗作〟ならば、処分するように言っておいたんぢゃがの」

――さきほどから、どうにも話が噛み合わない。

 エルスはシュセンドの姿を、改めて観察する。悪趣味な衣装と王冠をかぶった彼ではあるが、その瞳はで、キラキラと輝いている。

「うーん……。なんか、わりィ奴の目には見えねェんだよなぁ。この親父おやぢさん……」
「エルス……。その、わたくしに気を使っていただかなくても……」
「なぁ、クレオール。一旦冷静になって話し合ってみようぜ?」
「……そうですわね。ニセルさまにも『落ち着いて情報を整理すべき』とおっしゃられましたし……」

 エルスたちは冷静な対話をすべく、再び大盟主プレジデントに向き直る。
 少し目を離した隙に、シュセンドは手近にいたメイドを抱き寄せて、〝れぢゃあ〟の続きを楽しもうとしていた。

「あんたさっきから、娘の前で何やってんだよ……。なぁ親父おやぢさん、いきなり怒鳴って悪かった! もう一回、俺らの話を聞いてくんねェか?」
「はて? かれたことには答えとるぞい? なんぢゃ?」

 ぷるぷると全身を震わせるシュセンドに対し、エルスは一つずつ質問を切り出す。

「まずは降魔の杖についてだ。ファスティアにアレを送り込んだのは、本当にあんたじゃねェのか?」
「もちろんぢゃ。アレは改良に失敗した不良品ぢゃからの。そんな品物を、世に出すわけにはいくまいて」
「盗賊団のジェイドたちに依頼を出したのは、あんたなのか?」
「盗賊ぢゃと? 商人ギルドワシらには、盗賊ギルドむこうの連中を動かす権限はないぞい」

 よどみなく回答するシュセンドに、エルスの疑念はすべてかわされる。
 だが父の答えに納得がいかなかったのか、クレオールがさらに前へ足を踏み出した。

「では、ゼニファーというかたは! お父様の〝お気に入り〟なのでしょう!?」
「おお、あの女子おなごか! 実にう働いてくれおるわい。なに、クレオールよ。かずとも、オヌシがワシの一番ぢゃぞ?」
「やめてくださいまし!……さかいなしに、まったく……!」

 パチリとウィンクをしてみせた父に対し、クレオールは嫌悪に満ちた身震いをする。一通りの問答を終えたことで、エルスたちは再び相談をすることに。


「んー。どう思うよ、みんな?」
「なんだか、はぐらかされてる感じだけど」
「うー。うそは言ってないと思うのだー」
「ひょひょ、当然ぢゃ! 商売は信用が第一ぢゃからの!」

 そう言いながら、シュセンドは上機嫌に笑う。
 彼を真っ直ぐに見つめ、エルスは最後の質問をする。

「じゃあ次だ――。さっき地下にいた〝博士はかせ〟ッてのは、いったい何者なんだ?」

 エルスが博士の名を出したたん――
 弾力のあるシュセンドの顔が、文字通りのこわりをみせた。

「アヤツは……。ただの協力者ぢゃ。世界征服のため――おおっと! 新商品の開発のためじんりょくしておる……」
「あっ、いま『世界征服』って言った?」
「いっ、言うとらん……!」
「信用が第一なのだー! 嘘はいけないのだー!」
「うぐっ……。知らん知らん!」

 シュセンドは口をいちもんに閉じ、首を振っているかのごとく玉座を揺らす。ならば――と、エルスは話題を変える。

「なぁ。あの地下牢に入れられてた商人も、あんたの命令なのか?」
はランベルトスへ危険物を持ち込もうとしたゆえ、捕えたと聞いておる。案ずるな、〝三日三晩メシ抜きの刑〟のあと、しゃくほうするつもりぢゃ」
「……死んだよ。あの博士ッて奴の命令でな」
「なんぢゃと?」

 予期せぬ報告にこうちょくするシュセンドに対し、エルスは商人から受け取ったかけじくを広げてみせる。

「それはアヤツの家宝……。博士め、殺すことはなかろうに……」
「この〝はか〟は、いつか連れてってやるつもりだ。あの商人オッサンの故郷、ノインディアって所にさ」
「……むぐぅ。冒険者よ、エルスといったか? わかった、すべて白状しよう……」


 シュセンドの話によると――〝博士〟なる人物は数ヶ月前、ふらりとランベルトスに現れたらしい。その当時、新たに大盟主プレジデントに就任したばかりだったシュセンドは自身の地盤の確立および野望を叶えるため、博士の〝研究〟に多額の支援をしたとのことだ。

「ワシはこんな姿なりぢゃ。早々に実績でも上げんと、みなついてんでの」
「でも、みんなの意見で選ばれたんじゃ?」
「あくまでも表向きは、の。政治の世界はドロドロしとるもんぢゃ」
「野望とは何なのだ? まさしく悪の台詞せりふなのだー!」
「それはまだ言えん。商人にも企業秘密というものがあるのぢゃ!」

 なぜかミーファをぎょうしながら、シュセンドは彼女らの質問に答える。
 〝野望〟の内容は気になるが、これまでの発言と照らし合わせる限り、物騒なものでは無いようだ。エルスは再び、シュセンドにたずねる。

「んじゃ、博士の名前とかは?」
「不明ぢゃ。『没落した貴族の流れ者』だと言うておったが……。素晴らしい技術を持っておったゆえ、ワシも不毛なせんさくはせんかった」
「杖の改良も、その人が?」
「いかにも。あれをしょくばいに利用すれば、ワシの野望も叶うと言ってな……」

 そう言うとシュセンドは、チラリと周囲の美女たちへ目をる。
 彼女らは先ほどから妙にカクカクと、不自然な動きをしていた。

「あー! この女の子たち、〝人形〟なのだー!」
「うひょ! ばれてしもうたか。やはり、まだ〝りありちぃ〟不足ぢゃの……」

 ミーファの言うとおり――彼女らの腕や頭には、魔導繊維による細い糸が何本も繋がれていた。糸は天井へと伸び、天板はほうしょうへきを応用した透過処理がされている。その向こう側には、稼動する歯車や滑車のようなカラクリ仕掛けが見えていた。

「まさか野望ッて……。〝そいつら〟なのか……?」
「ひょひょひょ! これは第一歩に過ぎんのぢゃ!」
「この部屋といい、この親父おやぢさんといい……。もう頭が痛くなってきたぜ……」
「えっと、つまり人形を動かすために杖を? あっ、それって……」

 こうの杖は魔物を召喚する他、多大なるしょうを生むという特性を持つ。アリサのヒントと、これまでの会話やドミナの工房で得た情報。それらを重ね合わせ、エルスは一つの結論を導き出す――。

「そうかッ、どうたい! へッ、なんとなくわかってきたぜッ!」
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