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第2章 ランベルトスの陰謀
第29話 神の心、人知らず
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白く、白く、光が広がる。
そこに、佇む、存在ふたつ。
『私は、愛してしまいました。この世界を。そのすべてを』
『安心して、ミストリア。もう準備は済ませてきたよ』
ひとつは銀色の光を帯びた、ちいさな少女の姿をしている。
『私は、重大なる罪を犯しました。私の選択により、あなたは犠牲となります』
『いいんだ。僕も同じ気持ちさ。エレナやミチア、リーランドさん。皆が懸命に生き抜いた、この世界を救えるなら安いものだよ』
銀色の少女に手が伸びる。
かのじょは静かに握り返す。
『ありがとうございます。親愛なる旅人よ。最期に、あなたの名を私に』
『あはは、そうだったね。僕の本当の名前は――』
黒く、黒く、闇が広がる。
その日、世界は〝終わり〟を迎えた。
その世界の名はミストリアス。
古き神々が創った、植民世界。
その世界の名はミストリアス。
新しき神々に、愛された世界。
創生と、再世の――。
ふたつの神が、愛した世界。
*
「聞いているのですか? 我輩の講義をマヌケ面で受けるとは、じつに無礼な!」
「んッ……? ああ悪ィ、なんか変な〝夢〟みてェのがさ……」
「なんだか眠くなっちゃうもんね、ここ。暗いし、さっきから変な音がしてるし」
エルスとアリサのやりとりに、ボルモンク三世は頭を抱えながら首を振る。どうやら彼は、かなり熱を入れての〝講義〟を行なっていたらしい。
「馬鹿は放っておいて続けます。――そこで我輩は人類の手足を切り落とし、魔導義体への換装を試みたものの、どうにも上手くいかない」
「なッ……!? なんてことしてんだよ、あんた!」
「私語は慎みたまえ。動力には瘴気が必要と判断し、素材に多量の瘴気を吸引させてみたものの。今度は生身の肉体が保たず、崩壊を起こすという有様」
声を荒げるエルスを無視し、ボルモンクは黒板を杖で示しながら、淡々と講義を続ける。すると今度はミーファが拳を突き上げ、彼の話を妨害する。
「うー! まさしく暴虐邪知の極みなのだー!」
「失敗は成功の糧なのです。もちろん、瘴気の塊ともいえる〝魔物〟でも実験しましたが、論外でした。斬ったそばから〝消滅〟してしまい、あまりにも役立たず」
「うーん。魔物でも、ちょっとかわいそうかも」
エルスたちはボルモンクの言葉に強い抗議を行なうも、彼は意に介す様子もなく、ひたすらに実験結果の発表を続けている。
「次に目をつけたのは〝魔族〟です。しかし、これはそもそも〝素材〟を手に入れること自体が不可能に近い。そこで我輩は、魔族の血を引く者らに着目しました」
「むー? まさかゴブリンたちなのだー? じつに許せないのだー!」
ゴブリン族とは、魔族とドワーフ族の間に生まれた者をさす。したがってドワーフの王族であるミーファにとって、いわばゴブリンたちは同胞ともいえる存在だ。
「その通り。しかし彼らは錬金術と科学に長けた、優秀な〝技術者〟でもある。あえて素材とするよりも、研究の〝助手〟として使う方が有用です」
「それでドミナさんの所からザグドをッ!?」
「ええ、あれは特に優秀でした。権威を盾に、能書きばかりを並び立てる聞き分けのない無能な職人どもよりも、よほど役に立ってくれましたよ」
そう言い放ったボルモンクは、合図をするかのように手を挙げる。すると頭上の照明の数が増え、空間の明度が大きく増した。
大広間の両端には机や作業台のほか、金属で出来た奇妙な設備が所々に配置されており、それぞれがガラスや金属製の、細い管によって繋がれている。
そしてそれらの側には黒い外套を纏った、いくつもの人影が佇んでいた。
*
「なッ……!? いつの間に人が!?」
「はじめからですよ。……はぁ、やはり大した冒険者ではなさそうですね」
「クソッ、さっきから人を馬鹿にしやがって!」
自身を睨みつけるエルスを無視し、ボルモンクは黒板に白い魔法ペンを走らせる。どうやら彼は、律儀にこれまでの講義内容を書き込んでいるようだ。時おり悪趣味な図を交えながら、黒板が白くなるほどに研究の成果が記されてゆく。
「さて、大いなる転換期はここからです! 魔の眷属を使い、いくつかの実験には成功したものの、どれも処置を施す前よりも能力が低下してしまいましてね」
「元々の方が強かったってことですか?」
アリサは律儀に手を挙げながら、ボルモンクに向けて質問をする。どうやら彼女は本質的に、学校や授業といったものへの〝憧れ〟があるようだ。
「そうです。元々の〝欠陥品〟であるダークエルフどもはともかく、今の我輩の技術では、最高の素材である〝魔人族〟の性能を生かすことも不可能だった」
「おい、あんたッ! さっきから聞いてりゃ、人を〝物〟みてェに言いやがって!」
「我ら人類など、神にとっては創造物に過ぎません。つまりは同じ〝モノ〟です」
どこか絶望したように、ボルモンクは深い溜息をついた。
「さて――。きっかけは〝とある失敗〟でした。じつは我輩は不覚にも、ある〝アイテムの改良〟に失敗してしまいましてね?」
「まさか〝降魔の杖〟かッ?」
「そのとおり。人類を異形化させてしまうという、非常に迷惑な失敗作。しかし我輩は思い至ったのです……! これこそが〝最良の素材〟ではないのかと!」
まるで歪んだ歓喜に酔いしれるかのように、ボルモンクは両手を天へと掲げる。
すると広間の照明が完全に灯り、室内の全貌が明らかとなった。彼の背後、壁の突き当りには〝巨大な魔水晶〟があり、内部にはどす黒い闇が渦巻いている。
「瘴気に耐えうるどころか、自ら〝魔導義体の動力源〟を生み出す最高の素体! それこそが、彼らなのです!」
そう高らかに叫びながら、ボルモンクが大袈裟に両手を広げてみせた。それに応えるかのように、周囲の外套姿の者らが、一斉にエルスたちへと向き直る。
彼らのフードの下からは不気味に動く、ひとつの〝巨大な目玉〟が覗いている。
「その目玉は〝杖〟のッ……!? じゃあ、コイツらは」
「ええ。杖によって〝変異〟した者たちです。なんでも貴方が直々に、ファスティアでの実験に協力してくださったのだとか?」
ボルモンクは狂気的な笑みを浮かべ、エルスに向かって手を伸ばす。
「どうです? 一緒に目指してみませんか? 創造の神へと至る、その高みを!」
「神だって!? あんた、何を言ってンだッ!」
「人間族、エルフ族、ドワーフ族。かつてはヒュレイン、マナリエン、アルミスタと呼ばれし〝神の創造物〟と、その混血種族たち」
怒りと困惑を露にするエルスを無視し、ボルモンクは黒板にペンを走らせる。
「神の被造物たる人類自身が忌わしき衡を断ち、〝新たなる人類〟を創造する! それこそが、我輩の悲願なのです!」
「都合よく言いやがッて! そいつら、元は生きてた人類たちだろうがッ!」
エルスは感情を剥き出しにしつつ、ボルモンクの顔を睨みつける。しかし彼は気に留めるでもなく、涼しげな表情を浮かべたままだ。
「ええ。そして今、こうして生まれ変わりました。古の記録に倣い、仮に彼らを〝魔導兵〟とでも呼称しておきましょうか」
「そんな……。戦わせるために無理やり変えちゃうなんて」
「うー! とんでもない悪人なのだー! そろそろ正義を爆発させてやるのだ!」
ボルモンクの前へ、アリサとミーファが進み出る。すでにミーファに至っては、巨大な〝正義の鉄塊〟を細い右手で構えている。
「これこそが我輩の掲げる〝正義〟です! 残念ですねぇ。せっかく共に歩む権利と機会を、貴方がたにさしあげたというのに……」
対話は終わりと判断したのか、黒ずくめの魔導兵らが、主の前に立ちはだかってきた。彼らは身長や体格にも大きな個人差があり、種族や年齢や性別を問わず、多様な人々が実験の犠牲にされたことが窺える。
「よくもッ……! これだけの人を簡単に殺しやがッて!」
「貴方とて冒険者。殺したことくらい、あるのでは?」
ボルモンクからのストレートな指摘に、エルスは苦々しげな表情を浮かべながら、強く奥歯を噛みしめた。
「ああ、あるさッ! でもな、俺が倒すのはッ! あんたのような悪党だけだッ!」
「そうなのだ! さー、観念して正義の前に滅ぶのだー!」
「まあいいでしょう。これも予定通りです。それでは実験開始といきましょうか!」
ボルモンクは嘲笑を浮かべながら、魔水晶の方へと後ずさる。そしてエルスら三人は武器を手に、それぞれが戦闘の構えをとった。
「へッ、上等だッ! いくぜ二人とも! 戦闘開始――ッ!」
そこに、佇む、存在ふたつ。
『私は、愛してしまいました。この世界を。そのすべてを』
『安心して、ミストリア。もう準備は済ませてきたよ』
ひとつは銀色の光を帯びた、ちいさな少女の姿をしている。
『私は、重大なる罪を犯しました。私の選択により、あなたは犠牲となります』
『いいんだ。僕も同じ気持ちさ。エレナやミチア、リーランドさん。皆が懸命に生き抜いた、この世界を救えるなら安いものだよ』
銀色の少女に手が伸びる。
かのじょは静かに握り返す。
『ありがとうございます。親愛なる旅人よ。最期に、あなたの名を私に』
『あはは、そうだったね。僕の本当の名前は――』
黒く、黒く、闇が広がる。
その日、世界は〝終わり〟を迎えた。
その世界の名はミストリアス。
古き神々が創った、植民世界。
その世界の名はミストリアス。
新しき神々に、愛された世界。
創生と、再世の――。
ふたつの神が、愛した世界。
*
「聞いているのですか? 我輩の講義をマヌケ面で受けるとは、じつに無礼な!」
「んッ……? ああ悪ィ、なんか変な〝夢〟みてェのがさ……」
「なんだか眠くなっちゃうもんね、ここ。暗いし、さっきから変な音がしてるし」
エルスとアリサのやりとりに、ボルモンク三世は頭を抱えながら首を振る。どうやら彼は、かなり熱を入れての〝講義〟を行なっていたらしい。
「馬鹿は放っておいて続けます。――そこで我輩は人類の手足を切り落とし、魔導義体への換装を試みたものの、どうにも上手くいかない」
「なッ……!? なんてことしてんだよ、あんた!」
「私語は慎みたまえ。動力には瘴気が必要と判断し、素材に多量の瘴気を吸引させてみたものの。今度は生身の肉体が保たず、崩壊を起こすという有様」
声を荒げるエルスを無視し、ボルモンクは黒板を杖で示しながら、淡々と講義を続ける。すると今度はミーファが拳を突き上げ、彼の話を妨害する。
「うー! まさしく暴虐邪知の極みなのだー!」
「失敗は成功の糧なのです。もちろん、瘴気の塊ともいえる〝魔物〟でも実験しましたが、論外でした。斬ったそばから〝消滅〟してしまい、あまりにも役立たず」
「うーん。魔物でも、ちょっとかわいそうかも」
エルスたちはボルモンクの言葉に強い抗議を行なうも、彼は意に介す様子もなく、ひたすらに実験結果の発表を続けている。
「次に目をつけたのは〝魔族〟です。しかし、これはそもそも〝素材〟を手に入れること自体が不可能に近い。そこで我輩は、魔族の血を引く者らに着目しました」
「むー? まさかゴブリンたちなのだー? じつに許せないのだー!」
ゴブリン族とは、魔族とドワーフ族の間に生まれた者をさす。したがってドワーフの王族であるミーファにとって、いわばゴブリンたちは同胞ともいえる存在だ。
「その通り。しかし彼らは錬金術と科学に長けた、優秀な〝技術者〟でもある。あえて素材とするよりも、研究の〝助手〟として使う方が有用です」
「それでドミナさんの所からザグドをッ!?」
「ええ、あれは特に優秀でした。権威を盾に、能書きばかりを並び立てる聞き分けのない無能な職人どもよりも、よほど役に立ってくれましたよ」
そう言い放ったボルモンクは、合図をするかのように手を挙げる。すると頭上の照明の数が増え、空間の明度が大きく増した。
大広間の両端には机や作業台のほか、金属で出来た奇妙な設備が所々に配置されており、それぞれがガラスや金属製の、細い管によって繋がれている。
そしてそれらの側には黒い外套を纏った、いくつもの人影が佇んでいた。
*
「なッ……!? いつの間に人が!?」
「はじめからですよ。……はぁ、やはり大した冒険者ではなさそうですね」
「クソッ、さっきから人を馬鹿にしやがって!」
自身を睨みつけるエルスを無視し、ボルモンクは黒板に白い魔法ペンを走らせる。どうやら彼は、律儀にこれまでの講義内容を書き込んでいるようだ。時おり悪趣味な図を交えながら、黒板が白くなるほどに研究の成果が記されてゆく。
「さて、大いなる転換期はここからです! 魔の眷属を使い、いくつかの実験には成功したものの、どれも処置を施す前よりも能力が低下してしまいましてね」
「元々の方が強かったってことですか?」
アリサは律儀に手を挙げながら、ボルモンクに向けて質問をする。どうやら彼女は本質的に、学校や授業といったものへの〝憧れ〟があるようだ。
「そうです。元々の〝欠陥品〟であるダークエルフどもはともかく、今の我輩の技術では、最高の素材である〝魔人族〟の性能を生かすことも不可能だった」
「おい、あんたッ! さっきから聞いてりゃ、人を〝物〟みてェに言いやがって!」
「我ら人類など、神にとっては創造物に過ぎません。つまりは同じ〝モノ〟です」
どこか絶望したように、ボルモンクは深い溜息をついた。
「さて――。きっかけは〝とある失敗〟でした。じつは我輩は不覚にも、ある〝アイテムの改良〟に失敗してしまいましてね?」
「まさか〝降魔の杖〟かッ?」
「そのとおり。人類を異形化させてしまうという、非常に迷惑な失敗作。しかし我輩は思い至ったのです……! これこそが〝最良の素材〟ではないのかと!」
まるで歪んだ歓喜に酔いしれるかのように、ボルモンクは両手を天へと掲げる。
すると広間の照明が完全に灯り、室内の全貌が明らかとなった。彼の背後、壁の突き当りには〝巨大な魔水晶〟があり、内部にはどす黒い闇が渦巻いている。
「瘴気に耐えうるどころか、自ら〝魔導義体の動力源〟を生み出す最高の素体! それこそが、彼らなのです!」
そう高らかに叫びながら、ボルモンクが大袈裟に両手を広げてみせた。それに応えるかのように、周囲の外套姿の者らが、一斉にエルスたちへと向き直る。
彼らのフードの下からは不気味に動く、ひとつの〝巨大な目玉〟が覗いている。
「その目玉は〝杖〟のッ……!? じゃあ、コイツらは」
「ええ。杖によって〝変異〟した者たちです。なんでも貴方が直々に、ファスティアでの実験に協力してくださったのだとか?」
ボルモンクは狂気的な笑みを浮かべ、エルスに向かって手を伸ばす。
「どうです? 一緒に目指してみませんか? 創造の神へと至る、その高みを!」
「神だって!? あんた、何を言ってンだッ!」
「人間族、エルフ族、ドワーフ族。かつてはヒュレイン、マナリエン、アルミスタと呼ばれし〝神の創造物〟と、その混血種族たち」
怒りと困惑を露にするエルスを無視し、ボルモンクは黒板にペンを走らせる。
「神の被造物たる人類自身が忌わしき衡を断ち、〝新たなる人類〟を創造する! それこそが、我輩の悲願なのです!」
「都合よく言いやがッて! そいつら、元は生きてた人類たちだろうがッ!」
エルスは感情を剥き出しにしつつ、ボルモンクの顔を睨みつける。しかし彼は気に留めるでもなく、涼しげな表情を浮かべたままだ。
「ええ。そして今、こうして生まれ変わりました。古の記録に倣い、仮に彼らを〝魔導兵〟とでも呼称しておきましょうか」
「そんな……。戦わせるために無理やり変えちゃうなんて」
「うー! とんでもない悪人なのだー! そろそろ正義を爆発させてやるのだ!」
ボルモンクの前へ、アリサとミーファが進み出る。すでにミーファに至っては、巨大な〝正義の鉄塊〟を細い右手で構えている。
「これこそが我輩の掲げる〝正義〟です! 残念ですねぇ。せっかく共に歩む権利と機会を、貴方がたにさしあげたというのに……」
対話は終わりと判断したのか、黒ずくめの魔導兵らが、主の前に立ちはだかってきた。彼らは身長や体格にも大きな個人差があり、種族や年齢や性別を問わず、多様な人々が実験の犠牲にされたことが窺える。
「よくもッ……! これだけの人を簡単に殺しやがッて!」
「貴方とて冒険者。殺したことくらい、あるのでは?」
ボルモンクからのストレートな指摘に、エルスは苦々しげな表情を浮かべながら、強く奥歯を噛みしめた。
「ああ、あるさッ! でもな、俺が倒すのはッ! あんたのような悪党だけだッ!」
「そうなのだ! さー、観念して正義の前に滅ぶのだー!」
「まあいいでしょう。これも予定通りです。それでは実験開始といきましょうか!」
ボルモンクは嘲笑を浮かべながら、魔水晶の方へと後ずさる。そしてエルスら三人は武器を手に、それぞれが戦闘の構えをとった。
「へッ、上等だッ! いくぜ二人とも! 戦闘開始――ッ!」
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