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16話 ハリー

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「ハリー様、あの・・・」

アンジェラ嬢が公開訓練に現れた。
差し入れを持って、ハンカチで俺の額の汗を拭こうとする。

「アンジェラ嬢、正直困るよ。来ないでほしいと言ったよね」

と、大きめの声で言った後に囁く。
(ありがとう)

「これ、食べて下さい」

アンジェラ嬢も大きめの声で言った後に、周りを気にしながらそっと囁く。
(素敵でした)

差し入れの籠を受け取る時に、お互いの指が触れた。



アンジェラ嬢に公開訓練を見学したいと言われた時は迷った。
彼女とは以前に、歌劇の話を公開訓練でしている。
その時他の連中に見られているから、また来たとなると噂好きの人は黙ってはいない。
だから、俺は嫌がる演技をしてアンジェラ嬢は差し入れを渡してすぐに帰ってもらう。
怪しまれないために。



ルルが緊急任務に向かった後、俺とアンジェラ嬢の関係が変化し以前より親密になった。

結婚するアンジェラ嬢と恋人の居る俺の、期間限定のちょっとしたお遊びだ。
思い出作りの延長に過ぎない。
ルルが仕事から帰って来るまでの。






3週間前


ルルが仕事で居ない事を周りも知っているのか、一段と飲み会の誘いがかかるようになった。
俺と伯爵令息であるマークが行くとわかれば、女性の参加率が上がるからだろう。
2人とも貴族では珍しく、婚約者も居ないし見た目も悪くないから。

それに、俺とマークが女の子に紳士的な態度でお喋りして手の甲にキスをするパフォーマンスをすれば、実際はフリだが、ちょっとした盛り上がりを見せる。

少し緊張感を感じた飲み会の場が、くだくけた雰囲気になって会話も弾むと、騎士仲間や貴族令息に憧れる女性から要望されていた。

だから、今日もマークとそれぞれ女の子とお喋りしていた。



視線を感じた。
辺りを見渡すと、一人の女性と目が合った。


アンジェラ嬢・・・


恥ずかしそうに顔を赤くしている女の子の相手が終わると、彼女の方からやって来て、隣の今空いたばかりの席に座った。

「ハリー様、あの、今の女性とは・・・」

「ただ話していただけだよ。
ライト男爵令嬢、君はもうすぐ結婚する。俺には恋人が居る。
それに歌劇を鑑賞して、君の思い出作りも終わったはず。
もう、俺と関わるべきではないよ」

「そんな、ハリー様、ひどい・・・
ライト男爵令嬢なんて・・・
今まで通り、アンジェラって呼んでください」

アンジェラ嬢はなかなか引かなかった。
でも、俺だってもうアンジェラ嬢と一緒に居る姿をルルに見られる訳にはいかない。

アンジェラ嬢は、そんな簡単に言わないで。と言う。

「ハリー様、買い物やピクニックで私にたくさん触れてくれたじゃないですか。
それに私達、口づけだって・・・」



買い物、ピクニック、口づけ・・・・・・ 

ああ、そうだ。
俺とアンジェラ嬢は・・・


買い物へ行った時、
アンジェラ嬢に手を繋ぎたいと言われ、恋人繋ぎという、お互いの指が交互に絡み合う繋ぎ方をした。

その日は、ずっとそうして手を繋いでいて、
次に会った時は、当たり前の様に手を繋いだ。


ピクニックでは、膝枕をしたいと言うアンジェラ嬢の膝でうとうとする俺の髪を彼女が触っていて、
俺もお返しにと、アンジェラ嬢に横になってもらい、
暫くの間、彼女の柔らかいピンクブロンドの髪を撫で続けた。


草原でいきなり走り出すアンジェラ嬢を追いかけて、彼女を後ろから抱きしめてた。
そのまま彼女の甘いバラの香りを堪能しながら、抱きしめ続けた。


夜会のバルコニーで彼女に抱きつかれ、ブルーグレーの潤んだ瞳に見つめられ、ゆっくりと唇が重なっていった。



気づけば、黙り込む俺の手の上に白い華奢な手が重なっていた。 
それははいつの間にか、お互いの指が交互に絡み合うものに変わっていた。

隣を見ると、俺を見つめるアンジェラ嬢がいた。


2ヶ月後に恋人が戻るまで、会うのもここだけ。それでも良いなら。
と、俺は言った。

アンジェラ嬢は微笑んで頷き、甘えるように俺に寄り添った。
甘いバラの香りを感じながら,2人でお酒を飲んだ。


お酒で頬をピンク色に染めたアンジェラ嬢が俺をじっと見つめてくる。
どちらからともなく顔が近づき、口づけを交わした。
周りの酔ってる仲間が、冷やかしてくる声が聞こえた。



次の週もアンジェラ嬢と一緒に過ごした。
アンジェラ嬢は俺が他の女性と話すのか気に入らないらしく、拗ねている。
どう機嫌を取ろうか酔った頭で考えていると、口づけして。と言われた。

俺はアンジェラ嬢の肩を抱き、唇を重ねた。
アンジェラ嬢の唇が開き、次第に深い口づけに変化した。
アンジェラ嬢の意外な大胆さに多少の驚きを覚えるも、そのまま口づけを楽しんだ。



3週目も、隣にはアンジェラ嬢が居た。
騎士団の公開訓練を見学したい。と言われ困惑するも引かない彼女に負けて、ルールを決めて来てもらうことにした。

差し入れを何にするか迷う彼女の頬に口づけをした。
周りの騎士達は、それだけか!と、囃し立てていた。




4週目も俺は変わらず飲み会へ参加した。

女の子とのお喋りが終わったら、アンジェラ嬢が俺の隣に座る。
話をしていた女の子にやきもちを妬くアンジェラ嬢を見ながら酒を飲む。
いつものように。

少し酔ったアンジェラ嬢に、また公開訓練を見学したい。と甘えて言われる。
どうしようかな。意地悪く言う俺に、
アンジェラ嬢が頬を膨らませて拗ねる。
謝る俺に、近づいてきて俺を見つめる。

「じゃあ、口づけしてください。
頬じゃなく、唇に」

俺はアンジェラ嬢の肩に手を置き、ゆっくりと抱き寄せる。

見つめ合い、ゆっくりと口づけを交わす。
アンジェラ嬢の手が俺の胸元に置かれ、深い口づけに変化する。

いつもみたいに酔った騎士仲間の囃し立てる声が聞こえるが、途中から俺の名前をしきりに呼ぶ。
何だ?と思ったと同時に眩しい光が目にはいる。


ルル!


俺は慌ててアンジェラ嬢を引き離す。

「ルル!違うんだ!これにはわけが!」

必死に言い訳する俺の目の前には、今まで見た事のないルルが居た。

ローブ姿の全身を金色の光に包まれて、煌めくプラチナブロンドの髪を靡かせている。
でも、透き通ったような金色の美しい瞳は驚く程冷たく俺を見ていた。


ルル!ルル!
違うんだ!
ルル!


「ルル・・・・・・」

その瞬間、冷たく俺を見る目の周りと鼻が赤くなり、目に涙を浮かべていた。
今にも泣き出しそうなルルがいた。


同時に、俺の忘れかけていた記憶が蘇った。


子爵令嬢に腕を組まれて、ルルを傷つけ
て、あの時誓った。

もう、ルルにあんな泣きそうな顔は絶対にさせない。

言いたいことを言い合おう。


誓ったのに・・・・・・




瞳に冷たさを取り戻したルルは、深呼吸して、赤黒い光を纏った右手を握りしめて、

左頬に強烈な衝撃を受けたと同時に、俺は吹っ飛んだ。
 

ルル、ルル、ごめん
頼むから行かないでくれ
ルル


遠くに見えるルルは、
光の中に消えて
見えなくなった。











































 






































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