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15話 ハリー
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アンジェラ嬢に、恋人同士みたいにショッピングやカフェへ行きたい。と言われた俺は、ちょうどルルが仕事で王都から離れている日を選んで約束した。
酒が抜けて冷静になると、多少の罪悪感も湧いたが、実際アンジェラ嬢と普段行かない店を周るのは新鮮で楽しく、そんな気持ちはいつの間にか消えていた。
そして俺は知らず知らずのうちに、ルルと馬で遠乗りしていた休日まで用時を理由に断り、アンジェラ嬢と美術館やピクニックに出かけていた。
すでに何度も約束をキャンセルしていた俺は、悪びれる様子もなかったように思う。
「夜会でエスコートして、ダンスを踊ってほしい」
以前から言われていた。
父上と兄上の代わりに夜会に出席する予定があったので、アンジェラ嬢をエスコートすることにした。
一曲だけ一緒に踊って早めに切り上げる予定だった。
だが、涼みたい。と移動したバルコニーでアンジェラ嬢に抱きつかれた。
甘いバラの香りが漂う。
暫くすると、ゆっくりと顔を上げて俺を見つめていた。
「ハリー様」
その瞳はブルーグレーの瞳は潤んでいて、俺とアンジェラ嬢の顔はゆっくり近づき、そして静かに唇が重なった。
あの夜は、事故だった。
そう思いたかった。
ルルはまた仕事で忙しくしている。
少し、アンジェラ嬢と距離を置こう。
そう思っていた時だった。
「我が国に留学中のゴート王国シャルロット王女殿下の護衛騎士として2週間勤めてくれ」
シャルロット王女殿下の護衛?
急な期間限定の任務に疑問に感じていた。でも護衛任務は至って通常のものだった。
その日は久しぶりにルルと食事の約束の日だった。
「女の人の香水の匂いがするんだけど」
女の人の香水と聞いて、アンジェラ嬢の甘いバラの香りを思い出した俺は動揺を隠せず、落ち着きをなくした。
匂いのついた経緯を説明するも納得のいかない顔をするルルに抱きつくと、ルルの優しい石けんの香りがした。
王女様の護衛騎士最終日に、王女様付きの侍女が申し訳なさそうに俺に謝ってきた。
どうやら騎士団の公開訓練を見学に行った際に、俺の剣の腕前が素敵だった。と言った事が、一目惚れと誤解され噂になっているらしい。
ああ、だからルルはあんな顔してたのか。
この次会ったら説明しよう。
この時は、そう思っていた。
王女様の護衛騎士の任務が終わり、間もなくして、俺は2ヶ月間遠征が始まった。
今回は西の国境近くの山岳地帯で勢力を増している残党討伐だった。
第一騎士団は、基本的にあまり過酷な現場へは赴かないというが、今回は様子が違った。
もう何度目かの討伐になるが、山道が険しく足場も悪く、人も馬も限界が近かった。
怪我人や重傷者も多数出た。
山を下りる頃、今までにない状態になっていた。
人を大勢切りつけたからなのか。
体力が限界からなのか。
飛び散る血が生々しかったからか。
気持ちが昂っていた。
その日、先輩騎士と町の食堂へ行った。
魔法薬を飲んでから。
食事が済むと、先輩騎士は女性と2階へ消えて行く。
気づけば俺の隣に、黒髪の儚げに見える女性がいた。
その時すでにかなりの酒を飲んでいた。
女性は、マーガレットは、
「初めてじゃないから大丈夫」
と言って、俺の手を引いた。
俺と、マーガレットは2階の部屋に入った。
俺は嫌がらないマーガレットをベッドに押し倒した。
マーガレットとの関係は、3日続いた。
遠征から戻れば、いつもルルと食事に行く。
今回も。
あんなこと、誰でもしてる。
先輩だって、婚約者が居る。
言わなければ分からない。
そんな気持ちが生まれていた。
正直、今回の遠征は過酷だったから、うまく話せないだけ。
心配するルルが視界に入っているのに、疲れを理由にルルの視線から逃げて、必死にそれを肯定する自分がいた。
遠征先で一緒に食堂へ通った先輩とは、個人的にも飲みに行く仲になった。
この人と酒を飲めば、気持ちが楽になって、不思議と俺を安定させた。
仕事が忙しそうだったルルが、公開訓練の見学に来た時は驚いた。
運悪く、遠征先のあの食堂の女店主が俺に意味ありげに接してきたが、先輩から話を聞いていた俺には効き目は無い。
でもルルは気になったらしく、あれこれ言ってきた。
ルルの作ったスモークチキンサンドイッチは相変わらず旨かった。
隣にいるローブ姿のいつもと変わらないルルを見て、俺は安心した。
時間が経つにつれ、遠征後の落ち着かなかった気持ちはなりを潜めていった。
以前と変わらない日々に戻り、鍛錬に励み、仕事が終われば先輩と飲んだり、飲み会に参加したり、ルルと食事に行った。
ある日、公開訓練後にアンジェラ嬢が俺の元にやって来た。
ルルは見学に来ていない。
良かった。
ほっとする自分がいる。
「避けられてる気がして」
とアンジェラ嬢は言って、沈んだ顔をした。
「そんな事は無いけど、忙しくてね」
「約束していた、舞台を一緒に観たくて・・・・・・」
アンジェラ嬢は俯いた。
確かに、約束していた。
俺は都合の合う日の歌劇のチケットを購入して、後日アンジェラ嬢と劇場へ向かった。
観賞中、一度だけ手が触れた。
どのくらいだろう。
お互いに手を戻さず、しばらくの間そのままでいた。
翌日、着替えを済ませて寮の部屋を出ようとした時、目の前が光に包まれた。
ルル!
そう思った直後、光は形を変化させ、アンジェラ嬢をエスコートする昨夜の俺が現れた。
まるで、2人がそこに居るかのように鮮明だった。
ルル・・・
俺たちを見たのか?
話を聞けば解ってくれるはず。
大丈夫だ。
政略結婚前の、思い出に少し手を貸しているだけ。
途中、宝飾店へ寄り若い女性に流行りと店主おすすめのネックレスを買い、伯爵邸へと急いだ。
ルルには頭を下げて謝罪をした。
子どもっぽく怒ってたけど、ネックレスも受け取ったし、そのうち機嫌も直るだろう。
ルルは疲れてると言うので、その日はそのまま寮へ帰った。
やっぱり来た。
数日後、サンドイッチを持参してローブ姿のルルが公開訓練に姿を見せた。
でも、少し元気がないか?
まだ、怒ってるか?
様子を伺うも、いつもとそう変わりなさそうだった。
「ルル、そーいえば、ずっと遠乗りしてないな。今度行くか?」
「そーだね」
その後、ルルから緊急任務が2ヶ月入ったと連絡が来た。
酒が抜けて冷静になると、多少の罪悪感も湧いたが、実際アンジェラ嬢と普段行かない店を周るのは新鮮で楽しく、そんな気持ちはいつの間にか消えていた。
そして俺は知らず知らずのうちに、ルルと馬で遠乗りしていた休日まで用時を理由に断り、アンジェラ嬢と美術館やピクニックに出かけていた。
すでに何度も約束をキャンセルしていた俺は、悪びれる様子もなかったように思う。
「夜会でエスコートして、ダンスを踊ってほしい」
以前から言われていた。
父上と兄上の代わりに夜会に出席する予定があったので、アンジェラ嬢をエスコートすることにした。
一曲だけ一緒に踊って早めに切り上げる予定だった。
だが、涼みたい。と移動したバルコニーでアンジェラ嬢に抱きつかれた。
甘いバラの香りが漂う。
暫くすると、ゆっくりと顔を上げて俺を見つめていた。
「ハリー様」
その瞳はブルーグレーの瞳は潤んでいて、俺とアンジェラ嬢の顔はゆっくり近づき、そして静かに唇が重なった。
あの夜は、事故だった。
そう思いたかった。
ルルはまた仕事で忙しくしている。
少し、アンジェラ嬢と距離を置こう。
そう思っていた時だった。
「我が国に留学中のゴート王国シャルロット王女殿下の護衛騎士として2週間勤めてくれ」
シャルロット王女殿下の護衛?
急な期間限定の任務に疑問に感じていた。でも護衛任務は至って通常のものだった。
その日は久しぶりにルルと食事の約束の日だった。
「女の人の香水の匂いがするんだけど」
女の人の香水と聞いて、アンジェラ嬢の甘いバラの香りを思い出した俺は動揺を隠せず、落ち着きをなくした。
匂いのついた経緯を説明するも納得のいかない顔をするルルに抱きつくと、ルルの優しい石けんの香りがした。
王女様の護衛騎士最終日に、王女様付きの侍女が申し訳なさそうに俺に謝ってきた。
どうやら騎士団の公開訓練を見学に行った際に、俺の剣の腕前が素敵だった。と言った事が、一目惚れと誤解され噂になっているらしい。
ああ、だからルルはあんな顔してたのか。
この次会ったら説明しよう。
この時は、そう思っていた。
王女様の護衛騎士の任務が終わり、間もなくして、俺は2ヶ月間遠征が始まった。
今回は西の国境近くの山岳地帯で勢力を増している残党討伐だった。
第一騎士団は、基本的にあまり過酷な現場へは赴かないというが、今回は様子が違った。
もう何度目かの討伐になるが、山道が険しく足場も悪く、人も馬も限界が近かった。
怪我人や重傷者も多数出た。
山を下りる頃、今までにない状態になっていた。
人を大勢切りつけたからなのか。
体力が限界からなのか。
飛び散る血が生々しかったからか。
気持ちが昂っていた。
その日、先輩騎士と町の食堂へ行った。
魔法薬を飲んでから。
食事が済むと、先輩騎士は女性と2階へ消えて行く。
気づけば俺の隣に、黒髪の儚げに見える女性がいた。
その時すでにかなりの酒を飲んでいた。
女性は、マーガレットは、
「初めてじゃないから大丈夫」
と言って、俺の手を引いた。
俺と、マーガレットは2階の部屋に入った。
俺は嫌がらないマーガレットをベッドに押し倒した。
マーガレットとの関係は、3日続いた。
遠征から戻れば、いつもルルと食事に行く。
今回も。
あんなこと、誰でもしてる。
先輩だって、婚約者が居る。
言わなければ分からない。
そんな気持ちが生まれていた。
正直、今回の遠征は過酷だったから、うまく話せないだけ。
心配するルルが視界に入っているのに、疲れを理由にルルの視線から逃げて、必死にそれを肯定する自分がいた。
遠征先で一緒に食堂へ通った先輩とは、個人的にも飲みに行く仲になった。
この人と酒を飲めば、気持ちが楽になって、不思議と俺を安定させた。
仕事が忙しそうだったルルが、公開訓練の見学に来た時は驚いた。
運悪く、遠征先のあの食堂の女店主が俺に意味ありげに接してきたが、先輩から話を聞いていた俺には効き目は無い。
でもルルは気になったらしく、あれこれ言ってきた。
ルルの作ったスモークチキンサンドイッチは相変わらず旨かった。
隣にいるローブ姿のいつもと変わらないルルを見て、俺は安心した。
時間が経つにつれ、遠征後の落ち着かなかった気持ちはなりを潜めていった。
以前と変わらない日々に戻り、鍛錬に励み、仕事が終われば先輩と飲んだり、飲み会に参加したり、ルルと食事に行った。
ある日、公開訓練後にアンジェラ嬢が俺の元にやって来た。
ルルは見学に来ていない。
良かった。
ほっとする自分がいる。
「避けられてる気がして」
とアンジェラ嬢は言って、沈んだ顔をした。
「そんな事は無いけど、忙しくてね」
「約束していた、舞台を一緒に観たくて・・・・・・」
アンジェラ嬢は俯いた。
確かに、約束していた。
俺は都合の合う日の歌劇のチケットを購入して、後日アンジェラ嬢と劇場へ向かった。
観賞中、一度だけ手が触れた。
どのくらいだろう。
お互いに手を戻さず、しばらくの間そのままでいた。
翌日、着替えを済ませて寮の部屋を出ようとした時、目の前が光に包まれた。
ルル!
そう思った直後、光は形を変化させ、アンジェラ嬢をエスコートする昨夜の俺が現れた。
まるで、2人がそこに居るかのように鮮明だった。
ルル・・・
俺たちを見たのか?
話を聞けば解ってくれるはず。
大丈夫だ。
政略結婚前の、思い出に少し手を貸しているだけ。
途中、宝飾店へ寄り若い女性に流行りと店主おすすめのネックレスを買い、伯爵邸へと急いだ。
ルルには頭を下げて謝罪をした。
子どもっぽく怒ってたけど、ネックレスも受け取ったし、そのうち機嫌も直るだろう。
ルルは疲れてると言うので、その日はそのまま寮へ帰った。
やっぱり来た。
数日後、サンドイッチを持参してローブ姿のルルが公開訓練に姿を見せた。
でも、少し元気がないか?
まだ、怒ってるか?
様子を伺うも、いつもとそう変わりなさそうだった。
「ルル、そーいえば、ずっと遠乗りしてないな。今度行くか?」
「そーだね」
その後、ルルから緊急任務が2ヶ月入ったと連絡が来た。
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