その手は離したはずだったのに

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第28話 ローリー・ディクソン

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ブルージェ王国のはずれに位置する片田舎の子爵領で、善良な両親と面倒見の良い二人の兄、生まれたばかりの妹と暮らしていた。

長閑なこの領は主に農業で成り立ち、果物栽培も盛んだった。
青い空に、どこまでも広がる農地。
自然豊かなこの地には、診療所、商店、食堂があり、生活に必要な最低限の物も揃っていた。

田舎貴族とは言っても一応は子爵家である我が家には家庭教師が居た。
幼い頃から兄達が学ぶ隣で家庭教師の話を聞いていた俺は、早いうちから勉強に興味を持ち屋敷にある本を片っ端から読み漁った。


『やあ、君がローリーかな?』

ある日、突然目の前に現れた見るからに都会的は紳士は、遠縁にあたるディクソン侯爵その人だった。

『勉強と本が好きだと聞いたよ。
うちの屋敷の図書室にはありとあらゆる本が揃っているんだ。
絵本、図鑑に流行りの冒険小説から、そんじゃそこらじゃお目にかかれない稀覯本までね。

ローリー、
どうかな?
うちに来ないかい?』

魅力的な誘いは、家族との別れを意味することを薄々気づいていた。


見たことがない立派な馬車に揺られること3日間。
王都の中心部と思えないほど広い敷地の中に、歴史を感じさせる重厚な造りの屋敷が見えた。

『さぁ、着いたようだ』

ディクソン侯爵家。
ここで3ヶ月間生活した後、次期ディクソン侯爵としての資質が認められたようで、正式に養子となり、俺は8歳でローリー・ディクソンとなった。

侯爵家では3人の家庭教師から歴史、国内の貴族について、外国語、マナーを学び、空いた時間は話に聞いていた図書室に入り浸った。

侯爵も侯爵夫人も温厚で優しい人達だった。
ただ、生まれ育った所が田舎だっただけに、都会に慣れず外出しない俺を心配して、侯爵領や侯爵の出身地である隣国へ連れて行ってくれた。

侯爵の弟が住む隣国のスタンリー伯爵領の屋敷には、2歳になったばかりの可愛い女の子が居た。

『ろーりー?』

『そうだよ。君のなまえは?』

『みら!』

茶色の大きな瞳に、ふっくらした頬、柔らかそうな茶色の髪はクルンとカールしてる。

『まりー』

ミラはそう言うと、手に持っていたお人形を見せてくれた。
どうやら、この人形の名前がマリーと言うらしい。

『マリー、はじめまして。
ローリーだよ』

マリーに挨拶すると、ミラの顔はパァッと明るくなり、マリーを持っていない方の小さな手で俺の手を掴むとぴょこぴょこ走り出した。

連れて行かれたのは、可愛いらしくピンク色と白を基調としたミラの部屋のようだった。
ミラは部屋へ入った途端、俺の手を離しておもちゃ箱へ駆け寄ると、中から新たに人形を取り出した。

そして、次から次へと人形を俺に見せては名前を教えてくれると、一体の人形を渡された。 

『りんだ』

こうして、この先長く続くことになるお人形遊びが始まり、遊びに来るたびにリンダを手渡された。


毎年夏になるとスタンリー伯爵領を訪れた。

お人形遊び、かくれんぼ、花かんむり作りにダンス。
5歳になるとミラに婚約者ができて、“王子さま”の話を楽しそうに教えてくれた。

鼻のあたりにある愛らしいそばかすをお茶会でバカにされたと聞いた時には、本気で頭にきた。

うちの国ではそばかすは、“天使からの贈り物”と言われている。
美人の象徴というのにーー
ミラにそのことを説明するも、落ち込み過ぎて聞こえていないようだった。
だから、毎年ミラに会う度にこの話をした。


ミラを見ていると、妹のリリーを思い出した。
子爵領を出た時、まだ1歳に満たなかった小さな妹を知らず知らずのうちにミラに重ね合わせていたのかもしれない。

そんなミラは10歳の頃、弟のチャーリーが生まれたことを婚約者の王子さまに報告に行ってから、明らかに様子が変わった。

『・・・・・・ない。何でもない』

天真爛漫だった少女は、この日を境に表情が冴えなくなり、勉強や刺繍に力を注ぐようになった。

カイから何があったのか聞き出して、その理由を知って拳を握りしめたのを覚えている。



学園を卒業後は、王城で文官として働き出した。
忙しい部署に配属され、数年後には宰相補佐官となり多忙を極め、気づけばスタンリー伯爵領には何年も足を運んでいなかった。

そんなある時、仕事の都合で隣国に立ち寄った際に何年振りかに会ったミラは、はっとするほど美しくなっていた。


その1年後、ミラは結婚したーー





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