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第29話 ローリー・ディクソン
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「ねぇ、ディクソン侯爵が宰相やってよ」
ある日、忙しく書類に目を通していると、馴染みの声が聞こえてきた。
「何を仰ってるんですか。
おかしな物でも口にしましたか?」
補佐官である今現在でさえ、毎日毎日この書類の山に囲まれているというのに、冗談も休み休み言ってほしい。
その上2年前に侯爵となってからは、殺人的なスケジュールをこなす羽目になっている。
「う~ん、至って真面目な話なんだけど。
まぁ、いいや」
20歳になったばかりの、この一見適当そうな発言をするお方は、実は極めて優れた方で、近々国王陛下に即位される。
整いすぎの美しい顔立ちにブルージェ王国の王族のみが持つ金の瞳。
神々しく、魅惑的に輝く金の瞳は見つめたすべての相手を支配すると言われている。
6歳年下のこの王太子殿下は、私が宰相補佐官になってからこうして執務室に現れては、どうでもいい話から本の話、そして、国のあれこれを話に来られる。
少し懐かれているだけの話で、いつもの冗談の類だろう。
そう思っていた。
『ローリー・ディクソン侯爵を宰相に任命する』
そこから3年は、毎日仕事漬けだった。
やっと落ち着いてきた頃、外交のため近隣の国を周ることになり、約5年振りに隣国へ足を運ぶこととなった。
王城に到着し、馬車を降りて陛下と歩き出すと、美しい装いの貴族女性が目に入った。
きっと、どこかにミラが居るはずーー
「宰相、珍しいな。
君が女性を物色するなんて」
なんだってこの方はこう・・・・・・、
普通気づかないだろう。
従妹が来ているはずなんです。しょうがなく白状すれば、面白そうにしていた。
「ああ、女神が壁の花になっている・・・・・・」
陛下がそう呟いたのとほぼ同時に、会場の隅にひっそりと佇むミラを見つけた。
少し俯き加減の、伏せられた長い睫毛の下の瞳が潤んで見えたと同時に、公爵がエスコートしていない事実に怒りにも似たものが胸の中に生まれた。
公爵夫人が、ひとりで夜会会場の片隅に居ることが何を意味するか。
ドレスも・・・・・・、
あの男はブロンドだったはず。
なのに・・・・・・。
シンプルなブラウンのドレスには、繊細なブルージェ王国の刺繍が施されていた。
顔を上げミラは、陛下に驚いていた。
少し潤んだ大きなブラウンの瞳は、吸い込まれそうなほど清らかで、目が離せなかった。
ミラの、細っそりとした少し冷たい手を取り、ダンスを踊った。
冗談を言い、ほんの少し元気を取り戻したかのように見えたミラは、途中で何かを見て再び表情を曇らせた。
『ローリー、ダンス、ダンス!』
あの頃は、小さなミラは何度もダンスを踊りたがって、クルクル回されるのを大笑いして、時には目を回して、そのたびに俺はあたふたした。
「ミラ、顔を上げて」
ミラーー
君は、幸せかい?
会場で、赤い髪の女性をエスコートしている公爵を目にした。
「あー、怖い怖い」
いつもは気になる陛下の呟きを、何とも思わなかった。
翌日、時間を作ってスタンリー伯爵家へ向かい昨夜の夜会での出来事をやんやり伝えると、叔父上が申し訳なさそうに、これまでの経緯を話してくれた。
初めて会ったミラの娘のロージーは天使のようで、そして、元気いっぱいだった。
そんなロージーを大切そうに慈しむミラの瞳は、どこか憂いを帯びていた。
叔父上の話と、昨夜の夜会でのミラの潤んだ瞳、そして、公爵が他の女性をエスコートしていた姿が頭に蘇る。
ミラ・・・・・・、
「ミラは・・・今・・・・・・」
幸せかい?
そう言おうとした時、突然ロージーが走り出した。
「とーしゃま!!」
その先には、エヴァンス公爵が居て、ロージーはその胸に飛び込んだ。
公爵に抱かれて喜ぶロージー。
二人を見つめるミラの優しい眼差しが・・・・・・
きっと、君が出した答え・・・なんだろう。
「ローリー、そういえば、さっき何か言いかけていなかった?」
・・・いや、たいしたことじゃない。
別れを告げて、歩き出した。
なのに、
足が止まった。
「エヴァンス公爵。
夫人は・・・私の従妹はとても魅力的だ。
余所見をしていると、攫われれるかもしれませんよ」
この時、自分の中に小さく生まれていた気持ちを自覚するのに、そう時間はかからなかった。
ある日、忙しく書類に目を通していると、馴染みの声が聞こえてきた。
「何を仰ってるんですか。
おかしな物でも口にしましたか?」
補佐官である今現在でさえ、毎日毎日この書類の山に囲まれているというのに、冗談も休み休み言ってほしい。
その上2年前に侯爵となってからは、殺人的なスケジュールをこなす羽目になっている。
「う~ん、至って真面目な話なんだけど。
まぁ、いいや」
20歳になったばかりの、この一見適当そうな発言をするお方は、実は極めて優れた方で、近々国王陛下に即位される。
整いすぎの美しい顔立ちにブルージェ王国の王族のみが持つ金の瞳。
神々しく、魅惑的に輝く金の瞳は見つめたすべての相手を支配すると言われている。
6歳年下のこの王太子殿下は、私が宰相補佐官になってからこうして執務室に現れては、どうでもいい話から本の話、そして、国のあれこれを話に来られる。
少し懐かれているだけの話で、いつもの冗談の類だろう。
そう思っていた。
『ローリー・ディクソン侯爵を宰相に任命する』
そこから3年は、毎日仕事漬けだった。
やっと落ち着いてきた頃、外交のため近隣の国を周ることになり、約5年振りに隣国へ足を運ぶこととなった。
王城に到着し、馬車を降りて陛下と歩き出すと、美しい装いの貴族女性が目に入った。
きっと、どこかにミラが居るはずーー
「宰相、珍しいな。
君が女性を物色するなんて」
なんだってこの方はこう・・・・・・、
普通気づかないだろう。
従妹が来ているはずなんです。しょうがなく白状すれば、面白そうにしていた。
「ああ、女神が壁の花になっている・・・・・・」
陛下がそう呟いたのとほぼ同時に、会場の隅にひっそりと佇むミラを見つけた。
少し俯き加減の、伏せられた長い睫毛の下の瞳が潤んで見えたと同時に、公爵がエスコートしていない事実に怒りにも似たものが胸の中に生まれた。
公爵夫人が、ひとりで夜会会場の片隅に居ることが何を意味するか。
ドレスも・・・・・・、
あの男はブロンドだったはず。
なのに・・・・・・。
シンプルなブラウンのドレスには、繊細なブルージェ王国の刺繍が施されていた。
顔を上げミラは、陛下に驚いていた。
少し潤んだ大きなブラウンの瞳は、吸い込まれそうなほど清らかで、目が離せなかった。
ミラの、細っそりとした少し冷たい手を取り、ダンスを踊った。
冗談を言い、ほんの少し元気を取り戻したかのように見えたミラは、途中で何かを見て再び表情を曇らせた。
『ローリー、ダンス、ダンス!』
あの頃は、小さなミラは何度もダンスを踊りたがって、クルクル回されるのを大笑いして、時には目を回して、そのたびに俺はあたふたした。
「ミラ、顔を上げて」
ミラーー
君は、幸せかい?
会場で、赤い髪の女性をエスコートしている公爵を目にした。
「あー、怖い怖い」
いつもは気になる陛下の呟きを、何とも思わなかった。
翌日、時間を作ってスタンリー伯爵家へ向かい昨夜の夜会での出来事をやんやり伝えると、叔父上が申し訳なさそうに、これまでの経緯を話してくれた。
初めて会ったミラの娘のロージーは天使のようで、そして、元気いっぱいだった。
そんなロージーを大切そうに慈しむミラの瞳は、どこか憂いを帯びていた。
叔父上の話と、昨夜の夜会でのミラの潤んだ瞳、そして、公爵が他の女性をエスコートしていた姿が頭に蘇る。
ミラ・・・・・・、
「ミラは・・・今・・・・・・」
幸せかい?
そう言おうとした時、突然ロージーが走り出した。
「とーしゃま!!」
その先には、エヴァンス公爵が居て、ロージーはその胸に飛び込んだ。
公爵に抱かれて喜ぶロージー。
二人を見つめるミラの優しい眼差しが・・・・・・
きっと、君が出した答え・・・なんだろう。
「ローリー、そういえば、さっき何か言いかけていなかった?」
・・・いや、たいしたことじゃない。
別れを告げて、歩き出した。
なのに、
足が止まった。
「エヴァンス公爵。
夫人は・・・私の従妹はとても魅力的だ。
余所見をしていると、攫われれるかもしれませんよ」
この時、自分の中に小さく生まれていた気持ちを自覚するのに、そう時間はかからなかった。
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