その手は離したはずだったのに

MOMO-tank

文字の大きさ
36 / 41

番外編 マーク・エヴァンス

しおりを挟む
済んだことを悔やんでも時間は戻らないし、過去が変わる訳でもない。  

でも、それでも尚、存在したかも知れない幸せな世界を想像せずにいられない。

その世界では、3人幸せに暮らしている。
隣には愛するミラが居て、ロージーが居る。

ミラと寄り添い、ロージーの剣術を見て、3人でお茶を飲みながら語らう。

特別な事なんてなくていい。

ただ、君がそばにいてくれれば。




◇◇◇◇◇

「旦那様、お約束のネックレスが完成したとの連絡がございました」

「そうか」

芸術で名高いポルテ公国の宝石職人に依頼していたネックレスがやっと完成した。
以前訪れた公国の宝石商で、非売品である涙型のネックレスを目にした時から、いつかミラに贈りたいと考えていたものだ。

偶然手に入れたブルーダイヤで注文したが、限られた宝石職人のみにしか手掛けられないと、完成までに1年もの時間を要した。

殿下が国王になってから、側近の自分も多忙な日々が続いている。

ミラは少し前から工房の仕事を始めて忙しくしていた。
仕事が終わってから屋敷へ戻っても、ロージーの寝顔を見るのがやっとで、ミラと夕食を取るのはおろか会話することすら減っていた。

何とか時間を作って、3人で過ごせないものか。
そう思っていた矢先、陛下の口癖が始まる。

『クラリスの表情が冴えなかったように思う。
立場の弱い彼女を気にかけてやってくれ』

クラリスは夜会に参加するようなってからは、ドレス選びに目を輝かせ生き生きしている。
だが、陛下に言われれば別邸に足を運ばない訳にはいかない。

間もなくブルージェ王国の国王様が王妃様を伴って我が国を訪れる。
ミラに贈り物をしても困った顔をされることが多かったが、夜会の前日にネックレスを渡すと、意外にも快く受け取ってくれてほっとした。

『じゃあ、今度はもっと特大サイズのブルーダイヤモンドを見つけて、愛しの妻に贈るとしよう』

ミラはあの時のことを覚えているだろうか。


久しぶりに一緒に出席した夜会では、自分の色を身につけた美しいミラに見惚れてしまった。

でも、ミラの視線の先にあったのは、ブルージェ王国の宰相ローリー・ディクソン、幼い頃からミラが慕う切れ者の従兄だった。
ほんの少し、驚きとも動揺とも取れるような表情を見せる。

よく見れば、ディクソン侯爵にはパートナーの女性がいた。
表向き微笑みを浮かべて女性と会話しているが、ミラに向ける自然な笑顔とは違い作り物だというのは歴然だった。

「エヴァンス公爵、夫人」
「ディクソン侯爵、お久しぶりです」

侯爵とパートナーの女性に挨拶を交わすと、一瞬ミラへ向ける侯爵の柔らかい表情に、胸の中がざわついた。

『エヴァンス公爵。
夫人は・・・私の従妹はとても魅力的だ。
余所見をしていると、攫われるかもしれませんよ』

私を非難する冷たい眼差し。
ミラと距離が近く、親しげに接する侯爵は、従兄とはいっても血の繋がりは無い。

パートナーの女性をエスコートしながら去り際にミラを見つめる侯爵に、確信めいたものを感じた。

この男はミラを・・・。
ミラ、君も・・・・・・。


ーーミラを愛している。
ミラを失いたくない。
絶対に。

この頃からだった。
王宮でのお茶会に参加してから徐々に増え始めていたロージーへの婚約の申し込みを断り、婚約の打診がありそうな家を調べ上げ、秘密裏に手を回すようになったのは。

可愛いロージーを生意気な令息にやるなどもっての外という気持ちと、もう一つ。

ロージーが結婚しなければ、ミラを失うことはない。

公爵の力を使えば、あっという間に婚約の申し込みは無くなった。



「旦那様!クラリス様が・・・」

ノアが学園に入学すると同時に寮生活を開始したいと言い出してから、塞ぎ込んでいるクラリスの様子を見にたまたま別邸へ向かった時の事だった。

クラリスが睡眠薬を過剰摂取したとの知らせを受けた。

医師の診察は既に済み、容態は安定しているので様子を見ましょう。との話を受け一安心したが、青白い顔で眠るクラリスに胸が痛んだ。

ノアは部屋で勉強中でこの事態には気づいていない。
ミラやロージーにも心配はかけられない。
この一件を知る者には口止めをし、クラリスは体調を崩したこととした。

「心配かけてごめんなさい。
その・・・夜眠れない日が続いて体が限界で、薬を少し多めに飲んでしまったの」

クラリスは、陛下から贈られた大粒のブルーダイヤモンドのネックレスを触りながら寂しげに口を開いた。

私に依存しつつも、いつもこのネックレスを身につけ、こうして無意識に触っている。

このネックレスは、陛下が助けてくれたクラリスへお礼として贈ったものだった。

あの時の陛下がどんな気持ちで贈ったのかは分からない。
ただの感謝の気持ちなのか、それとも特別な意味があるのか。

陛下の瞳も、この宝石によく似ている。

「ノアが居なくなると思うと辛いの。
マーク・・・」

ミラが恋しかった。
愛し合っていたはずなのに、近くにいるのに、それなのに手の届かない存在になってしまった。
寂しかった。

ノアが公爵家を去ってしまうと、寂しさを紛らわすようにクラリスと肌を合わせるようになった。

そして、クラリスは懐妊した。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

年に一度の旦那様

五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして… しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…

あなたの姿をもう追う事はありません

彩華(あやはな)
恋愛
幼馴染で二つ年上のカイルと婚約していたわたしは、彼のために頑張っていた。 王立学園に先に入ってカイルは最初は手紙をくれていたのに、次第に少なくなっていった。二年になってからはまったくこなくなる。でも、信じていた。だから、わたしはわたしなりに頑張っていた。  なのに、彼は恋人を作っていた。わたしは婚約を解消したがらない悪役令嬢?どう言うこと?  わたしはカイルの姿を見て追っていく。  ずっと、ずっと・・・。  でも、もういいのかもしれない。

幼馴染の許嫁

山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

一年だけの夫婦でも私は幸せでした。

クロユキ
恋愛
騎士のブライドと結婚をしたフローズンは夫がまだ婚約者だった姉を今でも想っている事を知っていた。 フローズンとブライドは政略結婚で結婚式当日にブライドの婚約者だった姉が姿を消してしまった。 フローズンは姉が戻るまでの一年の夫婦の生活が始まった。 更新が不定期です。誤字脱字がありますが宜しくお願いします。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

【完結】花冠をあなたに ―信じ尽くした彼女の、最期の言葉―

桜野なつみ
恋愛
病弱な婚約者を支え続けた令嬢ミリアーナ。 幼いころから彼を想い、薬草を学び、研究し、元気になったら花畑で花冠を編ごう」と約束していた。 けれど、叔母と従妹の影がその誓いをゆがめ、やがて誤解と病に蝕まれていく。 最期に彼女が残したのは――ただ一つの言葉。 全十話 完結予定です。 (最初は全四話と言っていました。どんどん長くなってしまい、申し訳ありません。)

ねえ、テレジア。君も愛人を囲って構わない。

夏目
恋愛
愛している王子が愛人を連れてきた。私も愛人をつくっていいと言われた。私は、あなたが好きなのに。 (小説家になろう様にも投稿しています)

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...