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第29話

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公爵が、私を・・・?

「あ、あの・・・、
その・・・」

いや、そんなことは・・・
だって・・・あれはただの口約束で、
だから・・・

公爵は堪えきれないというように、まだ下を向いて笑っている。

「リリーが百面相をしているものだから、つい。
困らせるつもりで話した訳ではないんだ」

笑ってしまい済まないと、謝られてしまった。

「あの・・・」

何か言わないといけない気持ちはあるのに、やはり言葉が続かなかった。

「私の意思表示だと思って頭の片隅に置いてくれれば、今のところはそれで充分なんだ。
だから、無理に何も言わないでくれ」

軽く頭を動かして頷くと、公爵はまた柔らかい表情で微笑んでいる。
落ち着かない気持ちでいると、先程の資料が目に入った。
それに気がついたように公爵が口を開いた。

「議会に提出すれば、十日以内にこの法案は成立する。
それで構わな「はい、お願いします」」

自分でも驚く程に、何一つ迷いなく口走っていた。 

「お願いします」

「・・・わかった」

気持ちが揺れるようなことは一切なかった。
自分としては、できる限りの事はやったつもりだった。
でも、もう無理だし、限界だった。
陛下はこの先、新たな王妃を迎え、フランチェスカ様と愛を育む。
本来あるべき姿に戻るだけ。

視線をずらすと、公爵の瞳がこちらに向けられていた。
考えてみれば、短期間でカミンスキー公爵によって負債を負った貴族の救済制度を整え、この法案の為に貴族から過半数の署名を得るのは、決して容易ではなかったはず。
どうして、こんなに・・・・・・

愛する女性リリーの為だから」

「・・・・・・っ!」

顔に出ていたって事?
それにしても・・・

「ごめん、ごめん」

笑って頭を触っているけれど、目の前のこの人公爵はとんでもない方なんじゃないかと思った瞬間だった。
改めてお礼を言うと、いつもの大人で紳士な姿で、どういたしまして。と返された。


法案が成立するまで、私は伯爵領のお屋敷で過ごすことになった。
表向きは、陛下が周りに話していた“病気療養“という事になっている。

このお屋敷の図書室はかなりの蔵書を誇り、子どもの頃はよくここに忍び込んで本を眺めては眠ってしまい、侍女に迷惑をかけていた。
懐かしく思いながら一日の大半を図書室で過ごして一週間を過ぎた頃だろうか。
立派な馬車が到着した。

「リリー!法案は無事に成立した。
こんなに早く通ったのは、公爵閣下のご尽力のおかげだよ。
そして、王宮へ足を運ばなくて済むよに、こうして取り計らって下さった」

お父様の言葉に、もしかしたら・・・
辺りを見渡し公爵の姿を探してしまう。

『リリー、君が好きなんだ』
『愛する女性の為だから』

あの言葉を、信じてしまいたくなる。


私はお父様が持参した“離婚申請書”に署名をした。

確かに署名を頂きました。
一緒に来た王宮職員が確認をし、立派な鍵付きの箱へしまった。


『リリー、公爵閣下から預かり物だよ』

お父様達がすぐに王都へ引き返した後、私は受け取った大きめの封筒を開けてみた。
中には、ボルコフ王国の入国許可証と、旅券、そして、手紙が入っていた。

【リリー、元気にしている? 
体調は大丈夫?

もし気が向いたら気分転換に旅行にでも行かないか?
そろそろ領地での生活に物足りなさを感じてるんじゃないかと思ってね。
こう見えてボルコフ国王とは学友で、今も親交があるんだ。
是非向こうへ着いたら、ラクチーという果物を試し、『ストーリーズ』という本屋へ行ってみて。
きっと気にいると思う。

《しばらくしたら、私も君の後を追うから、待っていて欲しい》

ディラン】


ボルコフ王国は、通常入国許可を取得するのに半年は掛かるうえ、滞在日数も限られている。
でも、この許可証の滞在期間は一年間。
いつの間に、どうやってこれを準備したんだろう。

私はあの方公爵に与えてもらってばかりだ。
それなのに、私は本のお礼も言っていない。

名前ディランを指でなぞりながら、手紙の返事を書いた。

バルコニーで会って、
恋人の振りを提案されて、
ダンスを踊って、
あの方公爵に救われた。

離宮で気力を無くしていた時、
また助けられた。

王妃でいる事が苦しくて、
リリーに戻りたい私に、
また救いの手を差し伸べてくれた。

柔らかい笑顔を思い出すと、泣き出しそうになった。

手紙に封をして、執事へ渡した。
そして、三日後、私は家族に別れを告げてボルコフ王国に旅立った。






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