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第38話 エリオット
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しまった・・・・・・。
そう思った時には、もうフランの姿は部屋から消えていた。
『・・・・・・酷いわ』
薄暗い照明の中、フランの傷ついた顔を見たような気がする。
深いため息が出た。
どうして、こんなことに。
なぜフランが寝室に居たのか。
その前に記憶が曖昧なことに違和感を覚える。
昨夜、王女と夕食を取りワインを飲んで、そこからの記憶がはっきりしない。
いや、待てよ。
確か、王女は・・・
『・・・・・・このワインはスパンディア王国では特別な夜に飲むワインでございます』
翌朝、一番に王女の部屋を訪れた。
「昨夜のワインだが、あれを飲んでから記憶が曖昧になった。
スパンディア王国のものだと話していたが、王女が・・・」
そこまで言い終えたところで、何か様子がおかしいことに気がついた。
いつもならば、扉が開くと笑顔で『陛下!』と駆け寄ってくる王女の姿がない。
すると、ソファに腰を下ろしたまま、ハンカチを顔に当てている王女が目に入った。
もしかして、泣いているのか・・・?
王女の両隣りには侍女が座り、ニコリともしない表情でこちらを見つめている。
「陛下、無礼を承知で申し上げますが、姫様はご自身の感情を胸に仕舞い込んでまで、陛下が想い人とご一緒になられることを望まれましたというのに、あんまりで御座います」
「・・・・・・っ、いいの、いいのよ。
・・・申し訳っ、申し訳ございっ・・・・・・」
「姫様、ご無理をなさらないでくださいませ」
「・・・っ、・・・でも、陛下がっ・・・」
「いや、いい。失礼した」
扉を閉めると同時に、疲れにも似たものがどっと肩にのしかかったような気分になる。
何だったんだ、今のは。
なぜ泣いている。
あれじゃあ、まるで私に好意を抱いているみたいじゃないか。
天真爛漫といった感じではあるが、そういった素振りは見せていなかったというのに。
それに間違いじゃなければ、侍女は王女のことを姫様と呼んでいなかったか?
王女付きの侍女、護衛騎士は全てわが国の者で、特に侍女に関しては慎重に人選を行った。
頭が良く、噂話などに眉を顰めるタイプのはず。
それが、この二ヶ月で王女を姫様と呼び、ここまで感情移入するとは。
ここに居たところで話は進まないと判断し、急ぎ宰相のもとへと向かった。
「陛下もやっと恋人とご一緒になられましたね。
これも、王女殿下の寛大なお心遣いあってのこと。
本当に素晴らしいお方でございます」
「いや、違うのだ、宰相」
「そう、ご謙遜なされなくても。
陛下の恋人のご実家があのようなことになり、泣く泣くお別れしたことは皆承知しております」
ああ、周りにはそう見えていたんだな。
リリーを蔑ろにしてフランに夢中になっていた、あの愚かな行動が。
「宰相、スパンディア王国の“特別な夜に飲む”というワインを知ってるか?
そのワインには媚薬のような成分が含まれるのだろうか?」
「ええ、そのワインなら飲んだことが御座います。
通常のワインに比べてアルコール度数が高く、あのワインに使用される葡萄が大変芳しい香りがすることから“特別“と云われているようです。
ですから、媚薬のような成分は含まれないかと」
「・・・そうか」
「陛下、昨夜から陛下の恋人が離宮を住まいにしております」
フランが愛妾となった。
それに合わせるように、王女はまるで私に恋をしているように振る舞い、愛妾の存在に憂いを見せ、周りは私とフランに冷たい目を向ける。
でも、優しい王女はそれを嘆く。
『真実の愛で結ばれている二人の邪魔者は、わたくしの方ですわ』
王女は『離宮へ行って下さいまし』と涙ながらに私を離宮に向かわせる。
周囲の同情心を引き付けながら物事を思い通りに動かす腕前は見事としか言いようがなかった。
でも、王女が何をしたいのかが分からない。
味方を作りたいのか。
この時は、そう思っていた。
離宮へ向かっても、フランとは前回のことが原因で、すでに壁が生まれていた。
それに加え、私達を悪く言う噂話で辛い思いをしている可能性が高い。
王宮の者は王女に傾倒している。
話しかけても、まるで元気がないフランが心配だった。
だが、しばらくすると、フランが護衛騎士と懇意にしている話を耳にするようになる。
そうしているうちに、王女と結婚式を迎え、リリアージュ王女は王妃となった。
「リリとお呼び下さいませ。
わたくしも、陛下をお名前でお呼びしても?」
「勿論だとも、リリ」
「エリオット様」
名前が似ているのは以前から気になっていた。
“リリー”と“リリ”
決して名前を呼び間違えてはいけない。
そのことに集中し、初夜を無事に終えた。
途中、何度か『カートライト様』と呼ばれたが、婚約者を亡くしていることを思い出し、さして気にはしなかった。
だが、回を重ねるごとに『カートライト様』と呼ばれることが増えていく。
結婚してひと月が過ぎた頃だった。
フランが親しくしていた護衛騎士の婚約者に毒入りのお茶を飲まされる事件が起こる。
そう思った時には、もうフランの姿は部屋から消えていた。
『・・・・・・酷いわ』
薄暗い照明の中、フランの傷ついた顔を見たような気がする。
深いため息が出た。
どうして、こんなことに。
なぜフランが寝室に居たのか。
その前に記憶が曖昧なことに違和感を覚える。
昨夜、王女と夕食を取りワインを飲んで、そこからの記憶がはっきりしない。
いや、待てよ。
確か、王女は・・・
『・・・・・・このワインはスパンディア王国では特別な夜に飲むワインでございます』
翌朝、一番に王女の部屋を訪れた。
「昨夜のワインだが、あれを飲んでから記憶が曖昧になった。
スパンディア王国のものだと話していたが、王女が・・・」
そこまで言い終えたところで、何か様子がおかしいことに気がついた。
いつもならば、扉が開くと笑顔で『陛下!』と駆け寄ってくる王女の姿がない。
すると、ソファに腰を下ろしたまま、ハンカチを顔に当てている王女が目に入った。
もしかして、泣いているのか・・・?
王女の両隣りには侍女が座り、ニコリともしない表情でこちらを見つめている。
「陛下、無礼を承知で申し上げますが、姫様はご自身の感情を胸に仕舞い込んでまで、陛下が想い人とご一緒になられることを望まれましたというのに、あんまりで御座います」
「・・・・・・っ、いいの、いいのよ。
・・・申し訳っ、申し訳ございっ・・・・・・」
「姫様、ご無理をなさらないでくださいませ」
「・・・っ、・・・でも、陛下がっ・・・」
「いや、いい。失礼した」
扉を閉めると同時に、疲れにも似たものがどっと肩にのしかかったような気分になる。
何だったんだ、今のは。
なぜ泣いている。
あれじゃあ、まるで私に好意を抱いているみたいじゃないか。
天真爛漫といった感じではあるが、そういった素振りは見せていなかったというのに。
それに間違いじゃなければ、侍女は王女のことを姫様と呼んでいなかったか?
王女付きの侍女、護衛騎士は全てわが国の者で、特に侍女に関しては慎重に人選を行った。
頭が良く、噂話などに眉を顰めるタイプのはず。
それが、この二ヶ月で王女を姫様と呼び、ここまで感情移入するとは。
ここに居たところで話は進まないと判断し、急ぎ宰相のもとへと向かった。
「陛下もやっと恋人とご一緒になられましたね。
これも、王女殿下の寛大なお心遣いあってのこと。
本当に素晴らしいお方でございます」
「いや、違うのだ、宰相」
「そう、ご謙遜なされなくても。
陛下の恋人のご実家があのようなことになり、泣く泣くお別れしたことは皆承知しております」
ああ、周りにはそう見えていたんだな。
リリーを蔑ろにしてフランに夢中になっていた、あの愚かな行動が。
「宰相、スパンディア王国の“特別な夜に飲む”というワインを知ってるか?
そのワインには媚薬のような成分が含まれるのだろうか?」
「ええ、そのワインなら飲んだことが御座います。
通常のワインに比べてアルコール度数が高く、あのワインに使用される葡萄が大変芳しい香りがすることから“特別“と云われているようです。
ですから、媚薬のような成分は含まれないかと」
「・・・そうか」
「陛下、昨夜から陛下の恋人が離宮を住まいにしております」
フランが愛妾となった。
それに合わせるように、王女はまるで私に恋をしているように振る舞い、愛妾の存在に憂いを見せ、周りは私とフランに冷たい目を向ける。
でも、優しい王女はそれを嘆く。
『真実の愛で結ばれている二人の邪魔者は、わたくしの方ですわ』
王女は『離宮へ行って下さいまし』と涙ながらに私を離宮に向かわせる。
周囲の同情心を引き付けながら物事を思い通りに動かす腕前は見事としか言いようがなかった。
でも、王女が何をしたいのかが分からない。
味方を作りたいのか。
この時は、そう思っていた。
離宮へ向かっても、フランとは前回のことが原因で、すでに壁が生まれていた。
それに加え、私達を悪く言う噂話で辛い思いをしている可能性が高い。
王宮の者は王女に傾倒している。
話しかけても、まるで元気がないフランが心配だった。
だが、しばらくすると、フランが護衛騎士と懇意にしている話を耳にするようになる。
そうしているうちに、王女と結婚式を迎え、リリアージュ王女は王妃となった。
「リリとお呼び下さいませ。
わたくしも、陛下をお名前でお呼びしても?」
「勿論だとも、リリ」
「エリオット様」
名前が似ているのは以前から気になっていた。
“リリー”と“リリ”
決して名前を呼び間違えてはいけない。
そのことに集中し、初夜を無事に終えた。
途中、何度か『カートライト様』と呼ばれたが、婚約者を亡くしていることを思い出し、さして気にはしなかった。
だが、回を重ねるごとに『カートライト様』と呼ばれることが増えていく。
結婚してひと月が過ぎた頃だった。
フランが親しくしていた護衛騎士の婚約者に毒入りのお茶を飲まされる事件が起こる。
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