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トリド伯爵視点

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自分はしがない男爵。
トリド商会はそこそこ利益を上げているものの、貴族はたかが男爵ごときが。なんて腹の中で見下している。
だから社交の場では、お喋りで多少お調子者に振る舞うのをモットーにしていた。
面倒事は御免だから。

それが、何がきっかけだったか。
麗しい元王弟、ディラン・スタインベック公爵と話をするようになった。
物腰が柔らかく、魅力溢れる元王弟は女性から常に注目を浴び、笑顔を振り撒いている。
・・・ん?本当に振り撒いているのか?
笑顔が一瞬、冷淡に見えたのはきっと気のせいだろう。

麗しい元王弟の意外な一面を見たのは、とある夜会での出来事だった。
彼の甥にあたる国王陛下と元婚約者であったパルディール前侯爵夫人が運命の相手と盛り上がる中、王妃殿下を悪く言う低脳な噂話が聞こえてきた。
気分は悪いが、知らない顔するに限る。
なのに、なぜか麗しい元王弟の顔が歪んで・・・もしかして怒ってる?

「お顔が怖~くなっていますよ、スタインベック公爵」

勿論こんな呼びかけに効果は無く、彼らしくない感情を露わにする場面を見ることになる。 
その理由は、わりとすぐに分かることになるのだが。

夜会での事だった。
今度は側妃問題までもが持ち上がり、お立場が苦しくなっていく王妃殿下のもとに颯爽と現れ、舞台俳優のごとくダンスに誘う姿は見る者、特に噂話に目が無いタイプの女性陣を引きつけるに充分だった。
元王弟にしては控え目ともいえる笑顔、二人の間で語られるボルコフ語の会話は耳を澄ましても理解不能で、そこにあらゆる憶測が生まれ、想像力をかきたてる。
極め付けは、ダンスの後に王妃殿下の手に触れそうでいて触れない口づけを落とす。
あまりの美しさと叶わぬ想いの切なさに、周りの女性同様に息を呑んでしまった。
そして、閃いた。
・・・これは、もしかして意中の女性に最終兵器として私にも使えるのでは。
その時生まれた作戦は、後日鏡で自分の姿を見た瞬間に儚く消え去ることになる。
あれは、ごく一部の特別な男にのみに許される行為だと。

元王弟の行動は気になったが、私は本人に聞くほど野暮ではない。
お喋りで通ってはいるが、その辺りの空気を読まないと、トリド商会の今後にも関わってくる場合だってあるから。 

なのに、どうした事か・・・。
元王弟からの急な呼び出し。
王宮の異様な雰囲気・・・というより、この人の纏う雰囲気がまるで違う。
人を従わせる上に立つ者の顔をしている。
カミンスキー公爵が違法賭場への出資、違法薬物輸入、王妃暗殺未遂・・・どうりで。
しかも現在陛下は監視下にある?

「ついてきてくれ」
行き着いた先は地下牢で、衝撃だったのはネズミと大きいパンが入った透明ケースと、濁った液体が各々に与えられていたことだ。
そこから始まった尋問を聞いていれば、おおよそ何が起こったか予想はついた。
少しでも王妃殿下を悪く言った者は、髪を掴まれ引きずられて独房行き。
この方だけは決して怒らせてはいけない。
心に誓った瞬間だった。

この時はあらかた問題が片付いたら、元王弟が次期国王になるのだろうと思っていた。

「国王夫妻が離婚する為に過半数の貴族の同意がいる。手伝ってくれるか?」

返事は一択でしょう。
あんなもの見せられたら。
そこからは地方に顔が効くトリド商会の顔が役立った。
無事に過半数の署名を得てほっとしていた頃、前国王様がいらっしゃった。
部屋を退出しようとするも、“そのままでいい”と手で制されたので、存在を消して壁と同化を試みた。
が、そんなことをしたところで、この高貴な御兄弟の会話は聞こえてしまうもので。

「ディラン!パルディール前侯爵夫人は、父親に薬物を使用されていたんだ。
彼女はいわば被害者だろう?」

「兄上、あの薬物は私も前妻に盛られた経験があります。
あれは、自分にその意思が無いと暗示も効きません」

「・・・だが、事故の直後で記憶も戻ってだな」

これは聞いていいヤツなのか?
体がどんどん汗ばんでくる。
動悸が激しくなってくると、やがて扉の閉まる音が聞こえ、前国王様のお姿はなくなっていた。

その後は、王妃殿下、失礼。ウィンチェスター伯爵令嬢をボルコフ王国までご無事に送り届ける役目を仰せつかった。

「いつ旅立つか分からない。悪いが待機して欲しい」

勿論、返事は一択のみ。
三日の待機なんて大したことじゃありません。
さすがに護衛の数には驚きましたけど。
王妃殿下、失礼。ウィンチェスター伯爵令嬢は、美しく、お優しく、聡明なお方で、ご一緒できた旅は一生の思い出。
商人風の衣装に身を包んだものの、トリド男爵だと認識してくださったのが恥ずかしながら嬉しく感じた。

出来る男は仕事が早い。
遠距離恋愛でありながら、もうお相手のお心を射止め結婚。
美男美女の愛を誓う姿はそれは素敵で、結婚に興味の無い私でも胸を打たれるものがあった。
そして、少しばかりお酒の入った私は、何度も顔を合わせたことがある気さくなボルコフ国王様の話に紛れて、余計なひと言を・・・
でも、元王弟はそんなこと気にしていなかったらしく、
「君のお陰だ、ありがとう」
なぜか抱きつかれて、あたふたしたのは言うまでもない。

いつものペースに戻り、落ち着いた日々が戻ってきた。
元王弟とはたまに王都で顔を合わせる程度だ。
今は夫人と双子のご子息、ご令嬢と領地で幸せに暮らしている。

現在侯爵の養子となっているアンリ・パルディール子息の肖像画を描いてもらう為に、王都から画家を連れてパルディール侯爵家へ向かった。
元王弟は、陛下の愛妾となり声を失ってしまったフランチェスカ様にお渡しになるのだろう。
やはり、ご自身もお子を持って心境に変化が生まれたのかも知れない。



「トレド伯爵、宜しく頼む」

国王陛下と王妃様の崩御により、ディラン・スタインベック公爵が国王に即位。
そして、強引な陞爵と共に私を側近に指名した。
勿論、返事は一択。
私は陛下の側近となった。

半年間に渡り王宮の改装を終え、王妃様、オリヴァー様、クレア様が移り住まれた事により、家族がいないと若干ピリピリムードだった陛下も柔らかくなられた。
 
近くにいて思うが、陛下は人間なのか。と思うほど仕事が早く完璧だ。
過去のこの方は、本来の姿を隠していたのか、それとも本人にそういった認識が無かったのか分からないが、“上に立つべき方”という事だけは言える。
多少人使いは荒いが・・・。


「少し待っていてくれ」

「・・・っ、なるべく早くお願いします」

陛下の少し・・は、特に王妃様絡みになると全く当てにならない。
とりあえず、ついて行くとするか。

今夜は戴冠式後、初めての夜会。
遅れての登場など、あってはならない。
これは側近の私に課せられた、いわば使命でもある。

陛下を見失わないように後をつけて行くと、ガラス戸が閉まった音がした。
ここはバルコニー・・・。
よし。陛下の少し・・を信じて、バルコニーを背に待つことにした。
が、なかなか戻らない。
覗き見は決して趣味ではないが、ゆっくり振り返りバルコニーの様子を見れば、抱き合っているではないか。
さすがに今がそのタイミングではないのは、私でも分かる。
だが・・・待てど二人は離れない。

ん・・・?これはマズイ。
陛下の王妃様を抱く腰に添えられた手が、心なしか不埒な動きを始めた。

頼む。気づいて下さい!
そんな気持ちを込めて、控え目にガラス戸を叩いてみる。
私だって、好き好んで邪魔をしたい訳じゃない。
すると、やっと体を離した二人がこちらに気づいた。

「お時間ですよ。主役が居ないと始まりませんから」

私の夜は、まだ始まったばかりだ。





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