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139.潮と共に満ちるもの5
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フッバーとパティオル、そしてマールジェドが漁港の外防波堤、先端に漸く辿りつけたのは、子供達の舟が出艇して間もなくだった。
何しろ、見物客が多くて港に入ってから、進むのに時間を取られた。
マールジェドの美貌に気付いて、足を止める人、ふらふらと近寄る人、その場で固まる人が多かったのも一因だ。
最先端は見物には一等地であるが、この場所は審判と関係者以外の立ち入りを禁止しているため人は少ない。
フッバーは関係者ではないが、起動の錬金符作成者であるパティオル先生の顔で階段を登ることが許された。
「……ウルジェド」
関係者ではないハイエルフが、しれっとギルマスの隣に立っているのを見て、フッバーが声を掛けた。
「叔父上?」
ウルジェドの怪訝な顔にマールジェドが手を振る。
平然と美貌を晒して、この人ごみを抜けてきたのか。
認識阻害のローブを着ていないのを見て、この叔父の無頓着さに溜息が出る。
「遅かったなフッバー、パティオル先生も。今、舟が出たところだよ」
「おぅ、二人ともフィリ達をここで見てれ、一等地だかンな」カウダ=タンニナが楽しそうに笑う。
ウルジェドはギルマスへの報告をするために、人の少ないこの場所を選んだ。
大漁旗を受け取りにウェスの家に遣いで来たサコッタの男についてだ。
まぁ、パウパウ達の舟を見るためにという理由の方が大きいが。
青い海の上、ほとんどの子供達の舟が港内をようやく出て入り江に入るころ、ラキップの舟は遥か先を走っている。
今年はどの舟も止まることなく進んでいるようだ。
もし舟が止まった時のために曳船用の小舟を待機させているが、こうやって子供達の技術が上がって行くのを見られるのは嬉しいものだ、とカウダ=タンニナは口角を上げる。
「ベネ殿は?」
「あぁ、沖の討伐船から、ご覧になっている」
「……それは、乗り込む時が見たかった」
あの巨体が、討伐船に乗りこむ様はさぞかし見ものだったろう。
「くくっ、ゴホン。いや、来年でも見れば良かろう」流石に大ぴらには笑えず、ギルマスは胡麻化すように外海へ目を向けた。
レカベットの舟が太い白帯を引きながら突き進んで行く。
時折、帯が濁ったように見えるのは出力が安定しない水泡が吐き出されているからだ。
だが、舟の軽さもあって早い。
沖から押してくる波で船首が浮きあがり、時折、跳ねながら走って行く。
その後ろを2本の帯を棚引かせながらダグラス達の舟が追う。
こちらは少しの波やウネリではビクともしない。安定した走りだ。
そして、レカベットの舟よりも間違いなく早い。
「良い操船だ……いや、凄いな、まるで海竜が乗り移ったような走りだ」
カウダ=タンニナが目を細める。
フィリが描く2本の帯は細く長い。
それは魔力を、それほど使用していない証拠だ。
それでも早いのは、舟底の摩擦抵抗を減らしているからだが、それはギルマスには分からない。
皆、遠見の身体強化で舟を見守っている。
「サコッタぁ~行けヤァ」「グリモ~ブ!グリモ~ブ!」「レカベットぉ!オメ負ケタラショチセンゾォ!」「ダグラス~!勝ッタラ肉マツリダカンナァ」
いや、そんな約束はしていない。と、ウルジェドは眉を顰める。
誰だと探ると、どうやら網元達だ。
「……なんで焼き台を準備してるんだ」
祝勝会に託けて飲む気満々である。
「パティオル先生、フィリ達、頑張ってますね」
「はい。みんなで随分と熱心でしたから」
「あ~、あの舟、止まっちゃったわよ」
ウルジェドの横に来たマールジェドが、港を出て僅かのところで失速した舟を見下ろす。
「ふぅん……」
パウパウの乗る舟以外に興味の無いウルジェドは生返事を返した。
入り江の内防波堤の上に陣取った、オッチャンや見物人から声援が飛ぶ。
旗を振っていた審判が小脇に旗を挟んで、遠見魔法と遠見鏡を併用して見守っているのは、何か遭った時に沖の審判船に連絡をするためだ。
「ははは!ラキップん舟は、今年もテュンノスか。ダグラ……」
「ウルジェドっ!」
何かを見たフッバーが叫んだ瞬間、白波と共にラキップ達の舟が弾け飛んだ。
「なんだ!何が起った!」
審判の赤い旗が大きく翻る。
「ウルジェド、あいつだ!2年前のアレが来た!」
その声にギルマスも反応する。
「あれか!クッソ。また戻って来たのか」
2年前の事件から暫く、漁は取りやめられた。
だが、海を生業にしている限り、船を出さない訳には行かず、なし崩しに操業をして来たのだ。
ギルマスが審判に指示を飛ばす。
「おい、緊急事態だ。討伐の旗を振れ!」
そのとき、泡を喰ったフッバーの声に、答えようとしたウルジェドの前に小さな黒猫が現れた。
精霊猫の分体だ。
『変ナノ来タ!アブナイパウパウアブナイ、コドモアブナイ』
ウルジェドの頭の中を搔きまわす叫び声が響く。
外海を見るウルジェドの目に、子供を咥えて沖の船へ向かって遠ざかる黒猫と、踊るように蛇行する夏空号が映る。
今、パウパウ達の夏空号は自らを囮にして、フッバーを襲った怪魚から逃げているのだ。
あれは夏空号の必死のダンスだ。
ウルジェドは手を上げて召喚をする。
防潮堤の先端が影で覆われ、息を吞んだ審判員が思わず階段へと逃げた。
「うおぉっ⁈」
カウダ=タンニナが思わず声を上げるのも仕方がないだろう。
フッバーはパティオルを守るように、知らずに抱き寄せていた。
港に詰めかけた見物人からの響き渡る悲鳴を、影の羽音が掻き消す。
防潮堤の先端に風が叩きつけられ、一羽の鳥が舞い降りた。
魔道燈火台の根元がキシッと鳴る。
巨大な黒い翼をたたみ、太く長い脚を折り曲げて身を低くする鳥は、長い首を下げて主を待つ。
「フッバー、来るか」
声を掛けられたフッバーは、思わず抱き寄せていたパティオルを腕から離した。
頸と胸元は血色の赤、そこから頭部は深い青色の巨鳥だ。
頭には鶏冠というには凶暴な角めいた物が生え、赤みの強い赤褐色の目は、じっとウルジェドの命令を待っている。
「ガレアトス……」ギルマスが呻くように呟いた。
金1級の魔物、凶鳥ガレアトスだ。
「叔父上!何かあったら他の舟を守ってください。私はパウパウ達を助けに行きます」
「うん、分かった」
いつもの顔ではない、甘さを消したマールジェドが頷いて、すぐに転移で消えた。
返事のない男を待たずにウルジェドが凶鳥に飛び上がる。
自分なりにフッバーには手を貸したが、それでも恐怖で竦むのなら、それは仕方がない事なのだと思っている。
戦う気の無い者を連れて行くほど、白金のハイエルフは優しくはない。
「行こうタ「ウルジェド!乗せろ」
「フッバーさん!」パティオルが声を上げた。
「フィリ達を助ける」
血の気の引いた顔で、だが決意を眼に宿らせてフッバーがウルジェドに腕を伸ばす。
恐る恐る巨鳥に跨ったフッバーを前に乗せたウルジェドが巨鳥に声を掛けた。
「ダヴィス行け」
凶鳥がブワリと舞い上がった。
──────────────────────────────────────
大顎を開けた怪魚から逃れようとしていた夏空号が、負圧に巻けて吸い込まれそうになった、その時。
パウパウのナイナイ袋の宝玉から2本の光が飛び出して、空中を走った。
宝玉と同じ緑の発光が怪魚の左右に襲い掛かる。
「目を貫いた⁈」
必死で船縁にしがみついているマルトフが、こんな状況の中、全てを目にしていた。
緑色の細い光は正面の怪魚の両眼を夫々に貫き、頭骨を抜けて逆側に飛び出して来たのだ。
「どんな生き物だって頭をやられれば……」
一縷の望みをマルトフが呟く。
だが、怪魚の負圧は収まらない。
「くそ、何でだよっ」
ウネリが酷くなっていき、ずるっずるっと夏空号は真っ暗な口へと引き込まれていく。
こうなると、摩擦抵抗が無いことが仇になっている。
「フィリっ!」
「やってる!」
船首と船尾で怒鳴り合う声。
ダグラスは左に差した櫂が持っていかれないように両手で堪え、フィリは3本の櫓を抱えるようにして魔力を流している。
お互いにギリギリだ。
パウパウはナイナイ袋の宝玉に光の線が戻って来たのを見た。
あれだけ輝いた緑色が燻んでしまっている。
「ナイナイちゃん」
ちゃんと名前も付けていなかった小さな魚は、濁りでどうなっているのか見えない。
刹那、パウパウは今まで貼り付いて居た場所から、ずるずるとお尻を付けて船縁を掴みながら移動をする。
この揺れで立ち上がるのは危険だから、お尻歩きだ。
「ま、マル兄!」
「パウパウ危ねぇから動くなっ」
血の気の引いたマルトフが、それでもパウパウを心配して言う。
「ぼくに、ぼくに櫓を貸して!」
今、必要なのは推進力だ。
もし自分に錬金符に流せる魔力があるのなら、少しはフィリの力になれる。
パウパウに出来ることはお願いとおまじない。
──でも、ぼくにだって魔力、あるはず──
教えてもらったのはネコの宴で肉に美味しいよ~のお願いをした位だ。
けど、
パウパウはマルトフの足元に転がる櫓を拾った。
両手で握らないと持っていられないし、ずっと水面をバシャバシャしていたから、赤く腫れて指が震えている。
「マル兄一緒に持って」
「ごめん、僕、まだ魔力が」
「いいの!支えて」
自分には変な記憶があるのだ。
それが、起動の錬金符は原理は兎も角、ウォータージェットと結果は変わらないと言っている。
ならば、この符はプロペラを回して海水を吸い込み、加圧して吐き出す機関だ。
じゃあ、それを回す燃料は何だ。
パウパウは考える。
美味しくな~れのお呪いも、あの時の暗い所が見えますようにも。
ハヤツのときも、アギーさんと仲良くなったときも、魔蜂だって。
他にも色々ある。
「ぼく、何もしなくて、だいじょぶ」
パウパウが震える指で握った櫓の、付け根をマルトフは怪訝な顔をしながら抑える。
振り返って見たフィリの顔が白くて、脂汗をかいている。
パウパウは頭の中の前世の知識を櫓に流し込んだ。
美味しくな~れで美味しくなったのだ。
じゃぁ、ウォータージェットエンジンだって、きっと思ったらいい。
「だって、ぼくが燃料だから」
「ダグラス!」
「も少し、フンバレ」
ダグラスは吸い込みのウネリと戦いながら、不審に思う。
変だ。
なんで、コイツはこれ以上、向かってこない。
普通の魚ならば、獲物に飛び掛かって来るはずだ。
何しろ、見物客が多くて港に入ってから、進むのに時間を取られた。
マールジェドの美貌に気付いて、足を止める人、ふらふらと近寄る人、その場で固まる人が多かったのも一因だ。
最先端は見物には一等地であるが、この場所は審判と関係者以外の立ち入りを禁止しているため人は少ない。
フッバーは関係者ではないが、起動の錬金符作成者であるパティオル先生の顔で階段を登ることが許された。
「……ウルジェド」
関係者ではないハイエルフが、しれっとギルマスの隣に立っているのを見て、フッバーが声を掛けた。
「叔父上?」
ウルジェドの怪訝な顔にマールジェドが手を振る。
平然と美貌を晒して、この人ごみを抜けてきたのか。
認識阻害のローブを着ていないのを見て、この叔父の無頓着さに溜息が出る。
「遅かったなフッバー、パティオル先生も。今、舟が出たところだよ」
「おぅ、二人ともフィリ達をここで見てれ、一等地だかンな」カウダ=タンニナが楽しそうに笑う。
ウルジェドはギルマスへの報告をするために、人の少ないこの場所を選んだ。
大漁旗を受け取りにウェスの家に遣いで来たサコッタの男についてだ。
まぁ、パウパウ達の舟を見るためにという理由の方が大きいが。
青い海の上、ほとんどの子供達の舟が港内をようやく出て入り江に入るころ、ラキップの舟は遥か先を走っている。
今年はどの舟も止まることなく進んでいるようだ。
もし舟が止まった時のために曳船用の小舟を待機させているが、こうやって子供達の技術が上がって行くのを見られるのは嬉しいものだ、とカウダ=タンニナは口角を上げる。
「ベネ殿は?」
「あぁ、沖の討伐船から、ご覧になっている」
「……それは、乗り込む時が見たかった」
あの巨体が、討伐船に乗りこむ様はさぞかし見ものだったろう。
「くくっ、ゴホン。いや、来年でも見れば良かろう」流石に大ぴらには笑えず、ギルマスは胡麻化すように外海へ目を向けた。
レカベットの舟が太い白帯を引きながら突き進んで行く。
時折、帯が濁ったように見えるのは出力が安定しない水泡が吐き出されているからだ。
だが、舟の軽さもあって早い。
沖から押してくる波で船首が浮きあがり、時折、跳ねながら走って行く。
その後ろを2本の帯を棚引かせながらダグラス達の舟が追う。
こちらは少しの波やウネリではビクともしない。安定した走りだ。
そして、レカベットの舟よりも間違いなく早い。
「良い操船だ……いや、凄いな、まるで海竜が乗り移ったような走りだ」
カウダ=タンニナが目を細める。
フィリが描く2本の帯は細く長い。
それは魔力を、それほど使用していない証拠だ。
それでも早いのは、舟底の摩擦抵抗を減らしているからだが、それはギルマスには分からない。
皆、遠見の身体強化で舟を見守っている。
「サコッタぁ~行けヤァ」「グリモ~ブ!グリモ~ブ!」「レカベットぉ!オメ負ケタラショチセンゾォ!」「ダグラス~!勝ッタラ肉マツリダカンナァ」
いや、そんな約束はしていない。と、ウルジェドは眉を顰める。
誰だと探ると、どうやら網元達だ。
「……なんで焼き台を準備してるんだ」
祝勝会に託けて飲む気満々である。
「パティオル先生、フィリ達、頑張ってますね」
「はい。みんなで随分と熱心でしたから」
「あ~、あの舟、止まっちゃったわよ」
ウルジェドの横に来たマールジェドが、港を出て僅かのところで失速した舟を見下ろす。
「ふぅん……」
パウパウの乗る舟以外に興味の無いウルジェドは生返事を返した。
入り江の内防波堤の上に陣取った、オッチャンや見物人から声援が飛ぶ。
旗を振っていた審判が小脇に旗を挟んで、遠見魔法と遠見鏡を併用して見守っているのは、何か遭った時に沖の審判船に連絡をするためだ。
「ははは!ラキップん舟は、今年もテュンノスか。ダグラ……」
「ウルジェドっ!」
何かを見たフッバーが叫んだ瞬間、白波と共にラキップ達の舟が弾け飛んだ。
「なんだ!何が起った!」
審判の赤い旗が大きく翻る。
「ウルジェド、あいつだ!2年前のアレが来た!」
その声にギルマスも反応する。
「あれか!クッソ。また戻って来たのか」
2年前の事件から暫く、漁は取りやめられた。
だが、海を生業にしている限り、船を出さない訳には行かず、なし崩しに操業をして来たのだ。
ギルマスが審判に指示を飛ばす。
「おい、緊急事態だ。討伐の旗を振れ!」
そのとき、泡を喰ったフッバーの声に、答えようとしたウルジェドの前に小さな黒猫が現れた。
精霊猫の分体だ。
『変ナノ来タ!アブナイパウパウアブナイ、コドモアブナイ』
ウルジェドの頭の中を搔きまわす叫び声が響く。
外海を見るウルジェドの目に、子供を咥えて沖の船へ向かって遠ざかる黒猫と、踊るように蛇行する夏空号が映る。
今、パウパウ達の夏空号は自らを囮にして、フッバーを襲った怪魚から逃げているのだ。
あれは夏空号の必死のダンスだ。
ウルジェドは手を上げて召喚をする。
防潮堤の先端が影で覆われ、息を吞んだ審判員が思わず階段へと逃げた。
「うおぉっ⁈」
カウダ=タンニナが思わず声を上げるのも仕方がないだろう。
フッバーはパティオルを守るように、知らずに抱き寄せていた。
港に詰めかけた見物人からの響き渡る悲鳴を、影の羽音が掻き消す。
防潮堤の先端に風が叩きつけられ、一羽の鳥が舞い降りた。
魔道燈火台の根元がキシッと鳴る。
巨大な黒い翼をたたみ、太く長い脚を折り曲げて身を低くする鳥は、長い首を下げて主を待つ。
「フッバー、来るか」
声を掛けられたフッバーは、思わず抱き寄せていたパティオルを腕から離した。
頸と胸元は血色の赤、そこから頭部は深い青色の巨鳥だ。
頭には鶏冠というには凶暴な角めいた物が生え、赤みの強い赤褐色の目は、じっとウルジェドの命令を待っている。
「ガレアトス……」ギルマスが呻くように呟いた。
金1級の魔物、凶鳥ガレアトスだ。
「叔父上!何かあったら他の舟を守ってください。私はパウパウ達を助けに行きます」
「うん、分かった」
いつもの顔ではない、甘さを消したマールジェドが頷いて、すぐに転移で消えた。
返事のない男を待たずにウルジェドが凶鳥に飛び上がる。
自分なりにフッバーには手を貸したが、それでも恐怖で竦むのなら、それは仕方がない事なのだと思っている。
戦う気の無い者を連れて行くほど、白金のハイエルフは優しくはない。
「行こうタ「ウルジェド!乗せろ」
「フッバーさん!」パティオルが声を上げた。
「フィリ達を助ける」
血の気の引いた顔で、だが決意を眼に宿らせてフッバーがウルジェドに腕を伸ばす。
恐る恐る巨鳥に跨ったフッバーを前に乗せたウルジェドが巨鳥に声を掛けた。
「ダヴィス行け」
凶鳥がブワリと舞い上がった。
──────────────────────────────────────
大顎を開けた怪魚から逃れようとしていた夏空号が、負圧に巻けて吸い込まれそうになった、その時。
パウパウのナイナイ袋の宝玉から2本の光が飛び出して、空中を走った。
宝玉と同じ緑の発光が怪魚の左右に襲い掛かる。
「目を貫いた⁈」
必死で船縁にしがみついているマルトフが、こんな状況の中、全てを目にしていた。
緑色の細い光は正面の怪魚の両眼を夫々に貫き、頭骨を抜けて逆側に飛び出して来たのだ。
「どんな生き物だって頭をやられれば……」
一縷の望みをマルトフが呟く。
だが、怪魚の負圧は収まらない。
「くそ、何でだよっ」
ウネリが酷くなっていき、ずるっずるっと夏空号は真っ暗な口へと引き込まれていく。
こうなると、摩擦抵抗が無いことが仇になっている。
「フィリっ!」
「やってる!」
船首と船尾で怒鳴り合う声。
ダグラスは左に差した櫂が持っていかれないように両手で堪え、フィリは3本の櫓を抱えるようにして魔力を流している。
お互いにギリギリだ。
パウパウはナイナイ袋の宝玉に光の線が戻って来たのを見た。
あれだけ輝いた緑色が燻んでしまっている。
「ナイナイちゃん」
ちゃんと名前も付けていなかった小さな魚は、濁りでどうなっているのか見えない。
刹那、パウパウは今まで貼り付いて居た場所から、ずるずるとお尻を付けて船縁を掴みながら移動をする。
この揺れで立ち上がるのは危険だから、お尻歩きだ。
「ま、マル兄!」
「パウパウ危ねぇから動くなっ」
血の気の引いたマルトフが、それでもパウパウを心配して言う。
「ぼくに、ぼくに櫓を貸して!」
今、必要なのは推進力だ。
もし自分に錬金符に流せる魔力があるのなら、少しはフィリの力になれる。
パウパウに出来ることはお願いとおまじない。
──でも、ぼくにだって魔力、あるはず──
教えてもらったのはネコの宴で肉に美味しいよ~のお願いをした位だ。
けど、
パウパウはマルトフの足元に転がる櫓を拾った。
両手で握らないと持っていられないし、ずっと水面をバシャバシャしていたから、赤く腫れて指が震えている。
「マル兄一緒に持って」
「ごめん、僕、まだ魔力が」
「いいの!支えて」
自分には変な記憶があるのだ。
それが、起動の錬金符は原理は兎も角、ウォータージェットと結果は変わらないと言っている。
ならば、この符はプロペラを回して海水を吸い込み、加圧して吐き出す機関だ。
じゃあ、それを回す燃料は何だ。
パウパウは考える。
美味しくな~れのお呪いも、あの時の暗い所が見えますようにも。
ハヤツのときも、アギーさんと仲良くなったときも、魔蜂だって。
他にも色々ある。
「ぼく、何もしなくて、だいじょぶ」
パウパウが震える指で握った櫓の、付け根をマルトフは怪訝な顔をしながら抑える。
振り返って見たフィリの顔が白くて、脂汗をかいている。
パウパウは頭の中の前世の知識を櫓に流し込んだ。
美味しくな~れで美味しくなったのだ。
じゃぁ、ウォータージェットエンジンだって、きっと思ったらいい。
「だって、ぼくが燃料だから」
「ダグラス!」
「も少し、フンバレ」
ダグラスは吸い込みのウネリと戦いながら、不審に思う。
変だ。
なんで、コイツはこれ以上、向かってこない。
普通の魚ならば、獲物に飛び掛かって来るはずだ。
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