パウパウは今日も元気

松川 鷹羽

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166.パウパウとウミワタリ5

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 社の敷地に門のように立っている巨木の手前では、白いローブの神官たちが小さな杯を用意して待っていた。
 手慣れた漁師達はそれを受け取ってクッっと煽り、太い綱の下を通って階段を降り、参道へと無言で歩みを進めていく。
 木立の中を様々な色の法被が、陰に陽に鮮やかに翻った。

 その背中を見つめながら、ハイエルフの二人もパウパウも、サリレの子供達やゴドー達と一緒に杯を受け取った。
「夜参りからの御戻りで、飲んでいただく御水でございます」
 白いローブの神官が柔らかい声で、そう教えてくれる。
 先に白い喉をそらしてミッちゃんが杯を煽って、少し口角を上げて微笑んだ。

 それを見て、パウパウも杯の水を口にする。
 甘さを感じる水だ。
 湧き水だろうか。もしかしたら、ここの何処かで湧いているのかもしれない。
「夜を見たあとの帰り水。これを呑むとな、無病息災で過ごせるということよ」
 子供達を見守って、ニコニコとベネが言う。

「シッタラ、ベネ様、俺ラハ追々、ェリヤスンデ」
 それぞれの船の船長や網元が、ギルマスや神官長、そしてベネに頭を下げては静かに綱を潜る。
 ゴドー達を連れたサコッタの船長も、同じように暇を乞うた。

「おぉ、色々と迷惑をかけるが、よろしく頼む。ギルドから人を送るからな!」と、カウダ=タンニナ。
「気を付けて戻るようにな。王の謁見が済んだら、鳥文を飛ばすゆえ」
 そう告げたベネに、サコッタの皆は頭をもう一度下げた。
「オら、シッタラな!」
 ゴドー達が手を振り、サコッタの一行が綱を潜り、参道を下って行く。

 ここで「またね~!」と声を掛けてはいけないらしいので、パウパウはグッと我慢をした。
 参道を下るときにも無言で、そして振り返ってもいけないという慣わしなのだ。
 夜参りの神事は、どうやら登り口の広場まで続いているのだろう。

 御水を貰ったパウパウが、ここに残っているのはミッちゃんの用事のためだ。
 ハイエルフの浮遊に味を占めたベネが、帰りも施して欲しいと頼んで来たからである。
 毎年、ベネが下るときは前に四人の護衛騎士が並び、領主が転がりそうになった時には決死の覚悟で抑えているのだとロードンが、とても悲しそうな顔で言うものだから、ミッちゃんも無下には出来なかったのだ。
 ちなみに登る時、護衛騎士は当然、後ろで押す役である。
 何気に激務だ。

 水を飲み終えたサヤーダ船長と網元がベネに挨拶をして、ダグラスに目を向けた。
「ダグ、オ、ソロソロウチサ、エッテ来イヤ」
 その言葉にダグラスは目を見開いた。

 家主のウルジェドに誘われた事と、舟競争の準備、それと赤いレンガ屋敷の居心地がよくて、すっかり居付いてしまっていたのだ。
「祭りケノ明日ッカラ、試シ網スッカンナ」
 網元のオッチャンにも告げられて、ダグラスは渋々と頷いた。

「サヤーダ。2日ののちに拝謁のためにダグラス達も領都へ連れて行くからの、なにせ小さき勇者たちじゃ」
 その言葉に父親の顔をしたサヤーダは、ダグラスの頭に大きな手を乗せて
「ソッタラ、持ち上げンデ下セェ。マダマダ、紋ナシノ子ッコッスカラ」
 ぶっきら棒に告げながらも、少しだけ浮かんだ微笑みは、残念ながらダグラスには見えていない。

 マルトフも少し考えてから、
「確かにウルジェドさんから、いえ、パウパウからの依頼は完了ですよね」
 元々の依頼は、パウパウにタガメレトケレスを見せる事と、プタフォタンの案内だ。
 危ない事は結果的にしてしまったが、依頼としては完了したと言える。

「……じゃあ、僕も家に戻らないとなぁ」
 マルトフは何故だか、どんよりとした目で遠くを見つめて呟いた。
 その表情を見た子供達は、あぁ、きっと前に話していた火属性だから何でも焼くというマルトフの兄の料理が嫌なのだろうと見当をつけて、とても可哀そうな人を見る目をした。

「じゃあ、ぼくも帰るよ。あ、でもさ、遊びに行っていい?パウパウも遊びに来てよ」
 サリレの少年達が家に帰ると言い出したことに、しょんもりとなったパウパウを気遣ったフィリが、明るく声を掛ける。
 もちろんだ!とパウパウがコクコクと首を振っていると、

「あら、そういえばフッバーさん。パティオル先生は?屋敷かしら?」
 マールジェドがフッバーに尋ねる。
「あ、いや、パティ……パティオル先生はウェスさんのお宅だな……」

「え、おかあさん、どうしてウェスお爺さんのとこへ?」
 心底不思議そうに首を傾げたフィリに、なんと答えたものかとフッバーが窮していると医療棟シファーの方から騒めきが聞こえて来た。

「お、ラキップだベヤ」ちょっと意地悪そうにニヤニヤとダグラスが笑う。
「あ!ジフランくんだっ」と、パウパウが手を振る。
「あ~」フィリとマルトフも、そちらを見たが微妙な声を上げる。本当にラキップが苦手らしい。

 
 浅黄色の長いコットの神官と漁師のオッチャン二人に付き添われた、レカベットの子供達がやって来た。
 ジフランはプタフォタンの子供達に向けて、嬉しそうに笑う。
「おはよう!みんな、昨日はアンガトナァっ!」
 良い血色の、その笑顔を見て、皆もホッとして笑う。

「ビーダイもヨ、デェ…大丈夫ケ?」
「オゥ、アンガトサンだ。元気ダぁ」
 ダグラスの言葉にビーダイもニカッと笑って答えた。
 そして、

「オラ、きちんと礼サシネェカ、ゴラッ」
 ゴィンと音を立てて拳骨を喰らったラキップは、もともとの吊り目をもっと吊り上げて、ダグラスを睨みつけている。
 右手に巻きつけられた護符文字の書かれた包帯が痛々しい。

「遅くなってスマネェこってす、ベネ様。ギルマス、プタフォタンのも待たせチマッタな」
 そう言いながらラキップの頭を押さえて、無理やり下げさせているのはレカベットの網元か船長だろう。
 目元がキリっとキツイ辺りがラキップに似ているかもしれない。


「なんの、なんの。無事で良かったのう」
 明るく笑うベネ様に、頭を下げて礼を述べたのはジフランとビーダイだけで、ラキップは不服そうに唇を噛みしめている。

「・・・・」ボソリとラキップが口の中で呟いた。
「アァ?何ヨ、はっきり言ェヤ」オッチャンの声に、ラキップは歪めた顔を上げて

「俺ァ……今年も一等ダッタ!」と、怒鳴った。
その言葉を聞いたジフランとビーダイが、悲しそうに顔を歪めて「ラキ……」と呟いているのに、彼は気付くことなく、 
「ゴォラ、ラキップ!」と、レカベットのオッチャンが𠮟りつけるも
「転回ブイサ一等最初ニ通ったンハ俺ヨ!オニ負ケテネェカンナ!」と、尚更に声を張り上げた。

 その言葉にダグラスは溜息をついた。
「あんなァ、ラキップ。勝ち負けサ言うメェに、オは言う事があンベヨ」
「ナ、ナんだよ」
 何故か目線をフィリとパウパウ、時おりハイエルフの二人に彷徨わせながらラキップが言う。

「キモ」 
 視線に気づいたフィリが小声で呟いたのは、聞こえていないようだ。

「はぁ~……それ、分かんねェンなら、モ、いいわ。ウン、あ。ソダ……」
 ラキップは昨日、怒りに任せて怪魚に突撃をしたために、命の恩人である三人とパウパウに感謝の言葉を述べていない。今も勝手に不機嫌になって、勝手に当たり散らし、大事な仲間に悲しい顔をさせている事に気が付いていない。
 刺々しい空気をまき散らしているラキップにダグラスは首を振ると、彼の顔をしっかりと見て言葉を続けた。

「あのヨゥ、の舟デなくって、の舟な。オ、一人じゃ走らせらんねぇベ?」
 ダグラスはそれだけ伝えると、あとは腕を組んだ。

 マルトフは何も言わずにラキップを見つめて、内心で──こいつ、ズナシを通り越してウツケだわ──と、思っていた。こんなヤツだっけ?と思うと、何か言うのも勿体ないし、嫌な言葉を聞きたくない。

 フィリは「キモ」だし、パウパウに至っては、ラキップ君が舟競争の勝敗にこだわっている理由が分からないので、黙っていた。

 レカベットのオッチャン達は申し訳ないと、もう一度、頭を下げて──当然、ラキップの頭を押さえてお辞儀をさせて──自分らだけ杯の水を飲むと、子供達を連れて降りて行った。
 ラキップは肩をいからせて一人で、後の二人は並んで参道を下って行く。

 そんな姿すらも慈しむ目で見送ったあと、ベネはアーザル神官長に会釈をして

「今年の祭りは、我らが出たら仕舞かの?」
「さように御座います。神気が散り海へ溶け、皆さまへの気も薄れておりますれば」
 バコンと音を立てて口を閉じると、ベネへと一礼した。

 ──────

 プタフォタンの表討伐船の乗員、網元達とともに、見送りの神官長らに別れを告げ、二本の大樹に渡された綱をくぐる。

 参道の階段を降りる前に、ミッちゃんはベネに軽い浮遊の術を施した。
 ベネは嬉し気にコクコク、たぷたぷと頷いたので、片手を挙げて返礼をしてから、パウパウにその手を差し出した。こういう時、無言と言うのは不便だと思うが、パウパウは笑顔で手を繋いだ。


 ベネ・ウオレオは余程に上機嫌らしく、それが背中へのになって伝わるのは、流石は海の神龍の末裔といったところか。

 威圧や殺気ならいざ知らず、苦手な山道を楽しく歩くことが出来ている、その御機嫌が気配となって漂っているのだから面白い。
 思わず振り向いて、どんな顔をしているのかと見たくなるのを、グッと我慢する。

 ベネの上機嫌は周囲のプタフォタンの人々にも伝播しているようで、最後ののはずが何処か、「ほんわか散策」の気配に包まれている。

 悍ましいモノの渡る夜が明けたら、まさかの「ほわほわ散歩」。
 流石のハイエルフも驚く温度差だ。

 サワリと柔らかい風が木々の葉を揺らし、チチチと鳥が鳴いた。
 参道の縁の草についた朝露が、木漏れ日に光る。

 自分達の先を歩いているのはサヤーダとダグラス。
 後ろ姿だけではなく、歩く姿までそっくりな親子なのだと、ミッちゃんの頬は知らずに緩んだ。

 マルトフとマールジェドが並んで歩いている。
 どうやらマールジェドに用事があるのか、チラチラと隣に意識を向けている。
 それに気づきながら、相変わらずの猫めいた性格で素知らぬふりの叔父に、ミッちゃんは苦笑する。
 まぁ、どのみち今、この道で会話は禁忌であるが。
 
 その後ろにフッバーと、なぜか手を繋ぐフィリが続く。
 歩くたびにフィリの金色の髪が揺れるのが、なんとも楽し気だ。

 皆が楽しそうに参道を進むなか、ふと先ほどのレカベットの子供達を思い出す。
 不機嫌な空気を纏ったラキップと、それに伴って悲しそうな顔になった二人の子供のことだ。

 不満や不安や不機嫌が、人に感染うつるように、幸福や安心、そして上機嫌も感染うつるのかもしれない。

 手を繋いでいるパウパウも、背中からの御機嫌と、前を行くフィリ達の幸福を感じてなのかホワホワしていて、ますます可愛らしい。
 ──きっと、しゃべる事を禁じられてなければ、鼻歌でも歌っているだろうな──

 ミッちゃんは口角を上げると、朝の柔らかな空気の中、九十九折の参道を降りて行った。
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