パウパウは今日も元気

松川 鷹羽

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168.パウパウと普通の日2

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 パウパウの口はムニュムニュになっていた。
 残念ながら、

 みんなで朝ごはんを食べ終えてしまったので、もう用事らしい用事は無いのだ。
「スッカリ馳走サナッテ、スマネェナ」
 挨拶をする網元を、パウパウは恨めし気に見つめる。
「ホレ、ダグ」
 父親に促されたダグラスが、渋々と立ち上がった。

 別れの時間だ。

「サリレの。依頼が完了したときはどうするか、分かってるな?」
 フッバーが先輩冒険者として三人に声をかけた。
 フィリがいつも下げている鞄から用箋板を取り出して、マルトフに手渡す。

「……依頼書に、完了のサインをいただけますか」

 パウパウの前にサリレの三人として並んで立つと、マルトフはそう告げた。
「あ。書き棒、あれ?ない」
 鞄を掻きまわしてフィリが呟く。
 どうやら筆記具が見当たらないようだ。

「……ぼく、持ってる」
 魔道人形からくりが片付けた机の上に用箋板を置いて、パウパウは自分のナイナイ袋から書く道具を取り出した。
 そして、依頼書の余白に自分の名前を書き入れる。

 少し考えて、家名もいるのかなと思ったけれど、──ウネビの名を書くのは、なんだか嫌だった。
 だから、大きく名前だけ。

 鮮やかな空色の彩炭クレィウラで「パウパウ」と。

 それを見て、ハイエルフの二人が楽しそうに笑う。
 フッバーは口元を手で隠して頷いている。

 マルトフは目を見開いて、鮮やかなサインをじっと見つめた。

「みなさん、ありがとございました」
 パウパウは用箋板をマルトフに返して、はっきりと伝えた。
 サリレの三人も居住まいを正して、頭を下げて「ありがとうございました!」と声を揃えた。

 ──終わってしまった。──

 フィリが用箋板を鞄に仕舞いこむのを見て、フッバーが「後はギルドで完了報告をして、依頼料を受け取るんだぞ」と教えている。
 その言葉に三人は「はい」と神妙に頷く。
 そんな姿を、ぼんやりと見つめながらパウパウはふと、

 ──夏休みの終わり──

 親戚のお兄ちゃん達が帰ってしまう、あの寂しさ。
 胸の中から大事な何かが取れてしまうような、が心をよぎる。


「さぁ、では送って行こうか?」
 ミッちゃんの声に、「オォ、転移か?助かるワ。他ノ奴ラァ昼スギに出ッカラ見送らねばナランノサ」と、嬉し気にピスタが答えた。

「フッバーはどうする、一緒に行くか?」
「おぉ、フィリを送って行かんとならないからな」
 手にしていた薬草茶のカップを置いて、フッバーが立ち上がった。

 ──祭りが終わり、怪しい者達もあらかた排除された。標的だったフィリの護衛は、もう必要ないと思うのだが──ミッちゃんは小首を傾げつつも「そうか」と答えるに留めた。

 なぜか、マールジェドが嬉しそうにニコニコ顔で立ち上がり、
「さぁ!じゃあ、港へ行くのかしら?」とサヤーダに声をかけている。
 陽だまりの中で機嫌のいい猫のようだ。
 今、近寄ったならゴロゴロと喉を鳴らす音が聞こえそうなほど、上機嫌な顔をしている。
 その美貌に呆気にとられ、反射的にサヤーダは頷いている。
 それを見たマールジェドは、夏の日差しに銀の髪を煌めかせて、真っ先に玄関ホールへと足を進めていった。

「……怪しい」ミッちゃんは、その背中を見て呟く。
 基本的に引きこもり体質の叔父が自発的に外へ出ようとしている。──絶対に、、ろくな事を考えていない──ミッちゃんは溜息を小さく吐いて立ち上がった。
 そして、少し俯いてしょんもりしているパウパウの頭を撫で、「さぁ、お見送りしよう。一緒に港へ行こうね」と、声をかけた。

 ────

 昨日までの祭りの喧噪が嘘のように、プタフォタンの港は静かだ。

 朝方に一度、転移の気配に驚いて飛び立った水鳥シャハンが戻ってプカプカ浮いている。
 そんな港の外防波堤、先端にミッちゃんの転移で連れて来てもらった一行だ。
 ピスタは一瞬だけ驚いた顔を、すぐに引き締めて外海の湾を見つめて「オゥ、そろそろ出港ダワ」とサヤーダに告げる。
「オゥ、丁度の塩梅アンベェダワ、ウルジェドサン」と、連れて来てくれたハイエルフに会釈をした。

 入り江に停泊していた討伐船は、それぞれが出航作業を終えているようだ。
 何艘もの魔道機関の「フィーンフィーン」と風を裂く起動音が湾内に響いているのが海風に乗って伝わって来る。

 船尻からは鮮やかな光が船体の回路を走り、美しい模様を描き出している。
 だが、それを見ることが出来るのはハイエルフの二人と魔力の色を識別できるフッバーだけだ。
「へぇ……こんなに美しい光の模様だったのか」
 自分の視える精度が上がったのかもしれないと、独りごちたフッバーに、隣のフィリが小首を傾げた。
「あぁ、フィリ。目を凝らしたら見えると思うぞ。魔道機関の光だ」
 フッバーの言葉に驚いたフィリは、真剣な眼差しで外海の魔道船を睨みつけ始めた。

 マルトフはマールジェドの横に並び、真剣な顔で何か話しこんでいる。
 ダグラスはといえば、フィリとは違う目的で各村の魔道船をじっと見つめていた。
 腕を組んで向かい風にすっくと立つ姿が、父親によく似ている事に、当人たちだけが気づいていない。

 討伐船のうなりが、細波さざなみとなって湾内に広がって行く。
 次いで鼓動のような低い「どっどっど」という音が風に乗って聞こえて来た。

 外海側の護岸にいる見送りの人々が、船に向かって手を振っているのが小さく見える。

 ジャーンッ!
 風魔法で拡大された銅鑼ドラの金属音が湾内に響き渡った。

 出船の合図だ。

 沖に近い船から順に、力強い響きを纏ってゆっくりと動き出す。
 ゆらり、ゆらりと新しい大漁旗が魚のヒレのように風に揺れている。

 船尾には子供達の磯舟が二隻、曳航されていた。
 舟競争に参加した子供達が、先端のパウパウ達に気が付いたのか手を振っている。

「グリモブの船だね!」
 塗り分けられた舟底の色を見てパウパウがミッちゃんに言いながら手を振り返す。
 その得意げな顔を見て、ミッちゃんは口角を上げた。

 グリモブは緑、レカベットは赤、サコッタは黒。そしてプタフォタンは青色だ。

「──……そう、音と風はね……。そして、音には、こんな力もある」
 マルトフと話をしていたマールジェドは、片手を空に掲げると「─── ─」と

 聞き取れないおとだった。
 理解できないこえだった。
 意味が有るのは分かる。だが、マルトフの耳では聞き取れない。


 マルトフが呆気に取られた、その刹那、

 青空が七色にはぜぜた。

「……え」
 今さっき空が極彩色変わる時にマールジェドは、音の話をしていた。
 ならば、この色が音なのだろうか?
 まったく理解が追い付かないマルトフは、目を白黒させて空を見上げる。

 パウパウの彩炭クレィウラを、空にぶちまけたような、鮮やかな極彩色の下。
「お見送りしましょう」マールジェドが莞爾と笑って、優雅に手を振る。

 極彩色の空から魚がキラキラと湧いて落ちて来るのを、子供達だけでなくヒト族の大人達も口を半開きにして見つめる。
 
 それは、透明の魚だ。
「風……ん~、まぁ大気を魚の形に閉じ込めた。かな?」
 
 マールジェドがマルトフに教えるように告げる。
 その間にも、空の七色を反射させて魚たちは輝きながら、討伐船を追いかけて宙を泳ぐ。

 青い海は空の色を映しているのか、ギラリギラリと虹色に光る。
 ただ討伐船の航跡が生む波の色だけが、夢のように純白だ。

「わぁ!昨日の風船ブッカみたいだっ」
 パウパウが歓声を上げる。

 湾を出たグリモブの魔道船から、もう一度──

 ジャジャーン!!
 と、別れの銅鑼ドラが鳴った。

 その瞬間。
 軌跡を描いていた白波がブワリと浮き上がり、多弁の花の形をとって船の後ろで舞い踊る。

 海風の中で白花と虹魚が宙を泳ぐ。

 ──また、デタラメに強引な魔法ことを……叔父上──
 ミッちゃんは首を振る。
 空の変化は多分、精霊魔法だ。
 おおかた上空を漂っている精霊に頼んで、居場所を変えて貰ったかでもしたのだろう。
「……ばぁちゃんが居ないと、やりたい放題だなぁ」と、ミッちゃんは独りごちて、溜息を吐く。

 それでも、パウパウは大喜びで声を上げているし、フィリもダグラスも、楽しそうだ。
 マルトフだけはマールジェドの魔法講座が続いているのか、食い入るように湾内を飛び回る虹色の魚を見つめていて、楽しむ余裕は無さそうだ。

 と、

 ジャーン!

 グリモブの別れの銅鑼ドラの余韻を割って、次の音が湾内に響いた。
 赤の船底はレカベットだ。
 曳船は一隻。
 舟競争の怪魚騒ぎで一隻は木っ端みじんにチンしている。

「ミッちゃん!あれ、レカベットだね。ジフラン君たちは……あ!」
【見えますように】のおまじないを、流れるように瞳に施したパウパウは、船首に立つ子供達に気付いた。
 千切れそうな程に、一生懸命に腕を振るパウパウをミッちゃんが眼を細めて見守っていると、

『お~い!プタフォタンのォ!!』

 湾内の空気を泳ぐ虹色の魚が、サッと身を翻すほどの大きな声──拡声魔法──が響き渡った。
「チッ、ラキップケ」ダグラスは腕を組みなおす。
『次ハ負けネェからなぁ!あと、あと……フィリぃぃぃ!ま、マタなぁ~~‼』

 ここからでも分かるほど顔を真っ赤にしたラキップが怒鳴っているのを、フィリは呆気に取られて見た。
 そして、即座に応酬する。

『まっぴら御免だ!このズナシィィぃ!もぅ来るなァァァァァ』
 フィリが見事な拡声魔法で返すと同時に、ブワァっと白い花が巻き起こった。
 マールジェドが面白がって便乗したようだ。

 マルトフも『オメェには、やんねぇわ!バァカ!バァカ‼』と風に悪口を乗せ、何故かフッバーまでもが『絶対にお断りだぁ!』と拡声魔法で加勢する。
 そして、ダグラスだけは無言で手を振った。
 内心で、年上なんだから、ちゃんと”ありがとう”を言えよと、呆れながら。
 まぁ、負けを認めただけ昨日よりはマシだと、ダグラスは思うことにした。

 ラキップを抑えきれない様子のジフランとビーダイが、『ごめんなぁ!マタナァ』『スマネな、ホントあんがと~」と告げているうちに、レカベットの船から別れの銅鑼ドラが鳴らされる。

 そして防波堤の先端から子供達は、船首のラキップが船長に拳骨をくらっているのを静かに見送った。
 マルトフが、悪い顔で「ざまぁ」と呟いていると──

 ジャーン!と最後にサコッタの銅鑼ドラが鳴った。
「ゴドー達だ!」フィリが手を振る。

 重々しい黒の船底の討伐船が「どっどっどっ」と力強い鼓動を響かせながら湾を出て行く。
 後ろに曳かれる磯舟二隻、それぞれに乗る子供達が、身を乗り出すようにして手を振っている。
『オ~イ!ミンナ、マタナァ!』
 虹色の魚と白い花が乱舞する中で、サコッタのゴドーが頭に巻いた紺色の大漁旗だけが、揺るがない深い海の色を湛えている。

『おぉ!マタナァ、ゴドー』
 嬉しそうな声を風に乗せて、ダグラスが大きく手を振った。

 プタフォタンとサコッタの船は岩礁帯や深場を走るために重たく丈夫な構造をしている。
 サコッタやレカベットとは異なる、腹に響くように重い鼓動を刻みながら、討伐船が進んでいく。
 今年の大漁旗は、奇しくもゴドーが頭に巻くのと同じような紺色だ。

 沖に向けた船首が受けた海風に、深場を思わせる紺色の大漁旗が翻る。
 白い花が風に舞い、虹色の魚が海と踊り狂う中を「ど。ど。ど。」と力強く船が進んでいく。

「またね~!」
 パウパウも皆と同じように、大きく、大きく手を振る。
 
 それに答えるかのように、

 ジャジャーン!!

 別れの銅鑼ドラが船から鳴った。 
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