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Ep1-2 - 恋人ごっこ

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「佐野さん…?」

廣瀬さんと初めて出会ったあの日、待ち合わせ場所で固まったオレは、もう一度自分の名を呼ぶ声に我に返った。

「あ、こっちこそよろしくね!今日会えるの楽しみで仕方なかったんだ」

作り慣れた笑顔と台詞で慌てて挨拶を返すも、もう遅い。
オレの様子を見て、廣瀬さんは怪訝そうな表情をしていた。

まずい。しょっぱなやらかした。
自慢じゃないけど、今までレンタル彼氏をしてきて、エスコートを失敗したことが一度もなかった。
最初から最後まで理想の彼氏を演じてきたし、相手も終始楽しそうにしていた。
だからこそ、初めて見る客の表情に内心焦る。

いや、でも、相手が男なんて聞いてない。
プロフィール確認は事前にきちんとしてたけど、侑紀なんて名前、女の子でも全然いるし。
あーでもきっと、プロフィールの性別欄、男って書いてあったのかも。
けど、こんなイレギュラーな客、事務所の方から予約確定の時に一言くらいあっても良くない?

脳内で言い訳を並べ立てていると、廣瀬さんからレストランへの移動を促される。
足早に前を歩く廣瀬さんに声を掛けられる雰囲気でもなく、目的地までの道中、これからどう挽回しようかオレは必死に考えていた。


「僕はゲイです」

レストランの個室席に着くやいなや、廣瀬さんはオレにそう告げた。
突然の告白に、ぽかんと口を開く。

「佐野さんが少しでも気持ち悪く感じるのなら今すぐ解散しましょう。代金は全額払いますし、僕のことは出禁にしてもらっても構いません」

淡々と述べる廣瀬さんに、オレは何て返すべきか考えあぐねる。
判断をこちらに委ねるところはデートを続けたいようにも聞こえるが、解散しやすいように添えられた言葉は解散を求めているようにも聞こえる。

事務的な言葉や表情からは読み取れず、沈黙が続く。
判断に迷いながらふと視線を下に向けると、机の上に置かれた廣瀬さんの指先が僅かに震えていることに気付く。
あれ、と思って顔を見ると、廣瀬さんの顔色は出会った時より少し青ざめているように見えた。

あ、オレ、全然ダメじゃん。
きちんと廣瀬さんと向き合えば、こんなにも答えははっきりしてたのに。
失敗してテンパって、何も見えなくなってた。


「廣瀬さんが良ければ、今から仕切り直しさせてもらえませんか?」

廣瀬さんが驚いたように目を見張る。
机上の手を覆ってぎゅっと力を込めると、廣瀬さんの瞳が僅かに揺らいだように見えた。

廣瀬さんはきっと、オレの失態に怒ってはいない。
”気持ち悪い”と非難されることを恐れているんだ。
なら、オレが言うべき言葉は決まっている。

「オレは廣瀬さんのこと、気持ち悪いなんてこれっぽっちも思ってないです」

きっぱりと告げると、初めて廣瀬さんが表情を緩める。

「ありがとうございます」

嬉しそうにお礼を告げる廣瀬さんの顔は、男のオレでも綺麗だと思った。
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