上 下
3 / 6

Ep1-1 - 恋人ごっこ

しおりを挟む
「佐野さん」

名前を呼ばれて振り向くと、待ち合わせ場所で今日の”恋人”が小さく手を振っていた。

「ごめん、待たせた?」
「全然待ってないよ」

今日も廣瀬さんより早く着けなかったことに、小さく肩を落とす。
オレはどの客とのデートでも、待ち合わせ時間の20分前には到着するようにしている。
”ごめん、待った?””待ってないよ。オレ、今日が楽しみすぎて早く来ちゃったんだ”っていう少女漫画バリバリの会話が出来るようにだ。
正直クサいとは思ってるけど、レンタル彼氏を予約する客は意外とこういうクサいことが好きだ。
廣瀬さんとの待ち合わせの時もご多分に漏れず20分前には来るようにしているが、先に着いた例はない。

「お昼、近くのイタリアンなんだけど良い?」
「もちろん!オレ、イタリアン大好き」

良かったと、廣瀬さんは安心したように笑う。
レストランに向かうべく歩き出した廣瀬さんを追いかけるように横に並んだ。
手を繋ごうとして、やめておく。
その代わりに当たり障りのない話題を振った。

「昨日も仕事お休みだよね、何してたの?」
「友人に誘われて久しぶりに映画を見に行ったよ」
「へーどんなやつ?」
「裏稼業×家族っていう春放送していたアニメの劇場版なんだけど」
「え、廣瀬さんアニメ見んの?」

驚いた声を上げると、廣瀬さんはきょとんとした顔をした。

「意外かな?」
「うん。なんか良いとこの坊ちゃん感があるから、アニメ見るくらいなら大河ドラマとか見てそう」
「すごい偏見だ」

くすくすと廣瀬さんが笑う姿を見て、オレも口元を緩める。

「オレもその映画気になってたんだよね」
「え、佐野さんアニメ見るの?」

デジャブ感のあるやり取りにお互い目を見合わせた。

「意外?」
「うん。今どきのイケてる男の子感があるから、アニメ見るくらいなら恋愛ドラマとか見てそう」

すごい偏見だねと言って、二人で声を出して笑う。
その"恋人"らしい雰囲気に乗っかって、オレは廣瀬さんの手に自分の手を重ねようと試みる。
指先が触れた瞬間、廣瀬さんが僅かに肩を揺らした。

「繋がなくても大丈夫だよ」

重ねようと触れた手のひらは廣瀬さんの胸の前へと離れていき、ひらひらと横に振られて拒絶を示す。

また、拒否られた。
手さえ繋がないのだとしたら、どうやって彼氏ヅラすれば良いのだろうか。

廣瀬さんは、初めて会ったあの日から、"恋人"っぽいことをさせてくれない。
しおりを挟む

処理中です...