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121 箱根の朝
「……あれ?」
朝、榛名が覚醒した現在の時刻はまだ5時を回ったばかりだった。
隣の布団では亜衣乃がすうすうと軽い寝息を立てており、更にその向こうで寝ている霧咲は死んでいるかのように静かだ。
昨夜は早寝をしたわけではないのに、どうしてこんなに早く目が覚めたのだろう。
再び目を瞑ればまた気持ちよく眠れそうだったが、頭は妙にスッキリしている。
昨日、霧咲がずっと言葉にならなかった不安を解消してくれたおかげだろうか。
とりあえずせっかく早く起きたのだから、温泉に入ろうとすぐに思い立ち布団から出た。
「さっっむぅぅ!」
箱根の山の寒さは朝から容赦なく榛名を襲ってきた。
昨日同様に掛け湯もそこそこに、源泉かけ流しの露天風呂へと飛び込んだ。
「ふう……朝風呂気持ちいいなー」
昨日ここで霧咲と静かに愛し合ったが、その跡はもうすっかり綺麗に流されてしまったらしい。
見える景色の所々に雪が積もっており、朝陽に反射してキラキラと光っていた。
その時だ。
「……アキちゃん」
「えっ!?」
バシャッと水音を立てながら声のした方を見ると、亜衣乃が脱衣所から顔を半分覗かせてこちらを伺っていた。
「あ、亜衣乃ちゃん!? おはよう、どうしたの?」
「亜衣乃も一緒にお風呂入っていい?」
「え!? そりゃ、俺はかまわないけど……」
10歳の壁はどうしたのだろうか。
母親になると宣言したものの、自分の性別は一応、男なのだけども。
(んー、壁は誠人さん限定なのかな……?)
そう思うと、ますます霧咲が不憫に思えてくる。
父親『役』と言えど、ずっと亜衣乃を育ててきたのは霧咲なのに。
そんなことを考えながら待っていると、亜衣乃はタオルで微妙に身体を隠しながら、先程の自分のように寒さに耐えながら急いで掛け湯をしたあと湯船に飛び込んできた。
「あーっ寒かったぁぁ!」
「亜衣乃ちゃん、ここ入るの初めてだっけ?」
「うん! アキちゃんもでしょ?」
「俺は昨日亜衣乃ちゃんが寝てから2回入ったから、これで3回目だよ」
「えーっ、入りすぎじゃない!?」
「そう? でも俺は温泉目的の旅行だしなー」
「ふぅぅん。アキちゃん、ほんとに温泉が好きなんだねぇ……そんなに何度もお風呂に入って楽しいの?」
小学生の亜衣乃には全く理解できないらしく、呆れたような顔で見つめられたのだった。
「そういえば亜衣乃ちゃん、話があるんだ」
「話? なぁに?」
亜衣乃はキョトンとした顔で榛名を見た。
亜衣乃の長い黒髪は飾り付きのゴムで器用に纏められており、亜衣乃が自分で結った髪型を見る度に榛名は感心してしまう。
「俺と誠人さん……籍入れるの、少し保留することにしたんだ」
「え!?」
「あ、別にケンカしたとかそういうんじゃないから安心して。入れようと思えばいつだって入れられるから、別に急がなくてもいいかなって……それだけだから」
「……」
亜衣乃はぽかんと口を開けたまま、言葉が出ないようだった。
自分には理解出来ない大人の事情がある、ということだけは分かっているようだが。
――しかし。
「亜衣乃がいるせい……?」
「え?」
榛名は一瞬、自分の耳を疑った。
しかし亜衣乃は悲しげな表情をして、もう一度榛名にハッキリと疑問を投げかけた。
「アキちゃんがまこおじさんと結婚しないのは、亜衣乃がいるせいなの?」
「何言ってるの? 全然違うよ!」
思わず身体の向きを亜衣乃の正面に変えると、パシャンとお湯が跳ねた。
「アキちゃん、亜衣乃のママになるのが嫌になったんじゃないの? 亜衣乃は、まこおじさんのほんとの子どもじゃないから……」
それどころか、昔の恋人の子どもなのだから。榛名には嫌われて当然の……。
亜衣乃はそこまでは言ってないのだが、榛名の脳内にははっきりとそう聞こえた。
あまりに子どもらしくない、悲しげな顔で俯いている亜衣乃を思わず抱きしめたくなったが、裸なので榛名は自重した。
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