運命のひと~生真面目な看護師は意地悪イケメン医師に溺愛される~

すずなりたま

文字の大きさ
310 / 322

6

    二宮は山下から目を逸らし、氷でだいぶ薄まった酒を一口飲んだ。

「……こればっかりは説明しても分からないと思う。あいつと同じ立場だった山下としては、複雑な気持ちだろうけど……」
「…………」
「でも山下はノンケなんだから、俺とそういう事になる可能性はほぼなかったと──」
「ノンケなんかじゃないよ……」
「え?」

   二宮は俯いていた顔を上げて、もう一度山下を見た。山下はどこか冷めたような瞳で二宮を見つめている。

「僕はゲイなんだ」
「え?  でも、山下は結婚していて、子どもも……」

   可愛い男の子が生まれたばかりだとつい先程スマホで写真を二宮に見せて、幸せそうにはにかんでいたのに。

「妻とは親同士が決めたお見合い結婚なんだ。うちは昔から親が厳しくて、カミングアウトなんかとても出来る環境じゃなかったっていうか、今まで誰にも話したことないからさ……」
「じゃあ奥さんのことは、愛してないのか?」
「一応愛しているふりはしているけど、女を抱くのは毎回ひどく苦痛だよ。彼女が妊娠してからは解放されたからいいんだけど」
「……」

   二宮はさっきはとても家族想いに見えた山下の冷たい言い草に、言葉が出なかった。

「そんなに驚くこと?   カモフラ婚してるゲイなんて僕以外にもたくさんいるよ。正直珍しくもなんともない。堂々と男同士で付き合ってますって宣言して一緒にいる方がおかしいだろ、こんな差別だらけの世の中でさ……。まあ、正直言うとそういう人たちが羨ましいんだけどね。でも僕は家族も会社も捨てられない弱い人間だから、そんな生き方は到底無理だったんだ」

   山下の言葉は、二宮にはどれも衝撃的だった。元々ゲイじゃない二宮はそういった事情に疎いし、元々の性指向がなら女性との結婚なんて普通しないだろう、と表面でしか物事を捉えていなかったのだ。

「僕のコト、軽蔑した?」
「……してない、と言ったらウソになるけど。俺は山下を軽蔑できるような、立派な人間じゃないから」

   冷静に考えればそういった人たちは実際にいるのだろう。それは分かる。しかし目の前の山下が実際にそういうことをしている、という事実が二宮には衝撃だったのだ。顔も名前も知らない人間の話なら、『そういう人もいるんだな』と冷めた頭で納得していたに違いない。


『――二宮くん……』


   大学時代、そっけない態度の二宮にいつも甘い声で、耳触りのいい言葉だけをくれていた山下。


『二宮君、今日もカッコ良かったよ』


 憶えていなかったはずなのに、何故か当時の彼の声が脳内でリフレインした。

   同性しか好きになれず、でも誰にも言えなくて、周囲の望むままに好きでもない相手と結婚し、一児の父親になった山下。
   山下は昔二宮に抱かれたことを全く恨んでいなかった。それどころか、いい思い出だとも言ってくれた。

   自惚れじゃなくて、山下は二宮を好いていてくれたのだろう。そして二宮は酒に酔った勢いでそんな彼を抱いた。
   翌朝驚いて逃げ出したという山下の存在と、自分が彼にしたことを知ったのはいったい何年越しだったのか。

「もう分かってると思うけど、僕は二宮君のことがファン以上に好きだった」
「……山下、俺は……」
「だから今、君から逃げたことをひどく後悔してるよ。僕も君の恋人みたいに責任を取ってって迫っていたら、ワンチャン付き合って貰えたのかなぁって」
「………」

   そんなことは分からない。
   二宮は堂島にただ闇雲に迫られたから付き合ったのではなくて、自分から堂島にキスをしたいと思ったのだから。

   たとえ同じことをあのあと山下にされて、あの頃の自分がそうしたのかなんて──

   考えるのは、無意味だ。


「ねえ、今からでも遅くないかな」
「――は?」

 いつの間にか山下の左手が、グラスを握ったままの二宮の手の甲に触れていた。

「もう一度僕を抱いてくれない? 二宮君」

 薬指のプラチナリングが、照明に反射してキラリと存在を主張している。

「――っ!?」

 二宮は反射的にバッとグラスから手を離し、山下の手強く跳ね除けた。その拍子にグラスが倒れて、氷が溶けきった焼酎がカウンターを濡らした。

「あっ!」
「大変、手拭き手拭き」

 山下は焦る二宮とは対照的に、冷静な態度でこぼれた焼酎を自分の手拭きと二宮の手拭きを使って綺麗に拭った。半分以上飲んでいたので被害はそんなに大きくなく、バーテンダーに「お客様、大丈夫でしたか?」と声を掛けられても二宮はいつものポーカーフェイスで「大丈夫です」と冷静に返した。

 もう飲むつもりはなかったのに、山下はそのバーテンダーに『同じものをもう二つください』と二宮と自分の分を素早く注文していた。
 すぐに新しい焼酎が届き、山下はくいっとそれを煽った。

「ねえ二宮君、さっきの話の続きだけど」
「断る」
「断るのが早いなぁ」

 二宮はクスクスと笑う山下をぎろりと睨みつけた。

 昔の自分がやらかしたことに対する謝罪ならいくらでもする。けど、愛情がないとはいえ浮気の片棒を担ぐのは絶対にゴメンだ。それこそ嫌悪している父親と同じになり、そんなことをしたら二宮は自分で自分を許せない。

 それに、堂島を裏切ることは考えられない……それが一番の理由だ。

「別に女の子とするわけじゃないんだし、スポーツみたいなものだと思えばよくない? 妊娠するわけでもないんだから」
「……山下は、結婚後に何度もこういうことをしているのか?」
「そりゃそうだよ、僕はゲイなんだから。しかもネコだから抱かれないと満足できないんだ。初めて抱かれたのは、二宮君にだけど。僕が目覚めたのはあれがきっかけだよ」
「っ……」

   それを言われると、途端に二宮は山下を責めることができなくなる。
   若かった自分の迂闊な行いが山下の人生をも変えて、今現在山下に妻子を裏切らせているのかと思うと──

「じゃあこうしようか。もう一度僕のことを抱いてくれたら、あの時のことを許すよ。今後一切話題にもしないし、僕の大事なハジメテだけど……犬に噛まれたと思って忘れてあげる」
「……山下」
「二宮君は僕に対してすごく悪いことをしたと思ってるんだよね?   でも生憎僕はちっとも君を殴りたくなんかないし、お金も別にいらないんだ。もう一度抱いてくれるだけでいい、君にとってもそっちの方が良くない? それに年下で元ノンケの君の恋人より、僕のほうが気持ちよくしてあげられると思うよ。もしかしたら今度は二宮君の方が、僕から離れられなくなるかもね」
「山下、」
「そうなってくれたら僕には嬉しい誤算だなぁ。だって僕は今でも二宮君のこと――」
「山下!!」

 二宮は強めに山下の名を呼んで立ちあがり、『それ以上喋るな』と言わんばかりに上から睨みつけた。

「お、お客様、どうしましたか?」
「……………チェックお願いします」

 今にも喧嘩が始まりそうな雰囲気を察したのか、すぐにバーテンダーが来た。二宮は山下からプイッと目線を外すと、自分の分だけ会計を頼んだ。三次会は貸切じゃないので、各自飲んだだけ自腹で払うことになっているのだ。

   すると坂口が慌てた様子で二宮のところに飛んで来て、「おい二宮、何があった?」と尋ねる。しかし二宮は坂口に何も言えず、貝のように黙って踵を返し、早歩きで出口へと向かった。

「──今の声って二宮か? あいつあんな大声出せたんだな~」
「山下もどうしたんだろうな、あいつら仲悪かったっけ……ていうか友達だったっけな?」
「親友とバンド仲間が自分の結婚式の三次会でケンカとか、仁科のやつが気の毒だな……」

「――二宮君、また連絡するから」

 店を出る直前、知人たちの声の中から山下の声を背中で拾ってしまったことを、二宮は後悔した。
感想 7

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科 空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する 高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体 それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった 至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する 意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク” 消える教師 山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

俺は夜、社長の猫になる

衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。 ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。 言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。 タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。 けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。

魔性の男

久野字
BL
俺はとにかくモテる。学生の頃から、社会人になった今でも、異性問わずにモテてしまう。 最近、さえない同性の先輩に好意を持たれている。いつものことだろう。いい人だから、傷つけたくはないな。 そう、思っていた。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕