312 / 322
8
「あれ、二宮さん今日はお休みだったんじゃないですか? たしか昨日友人の結婚式だから二連休取るんだって技士長から聞いてましたけど……」
朝、男子ロッカーで会った榛名に挨拶をしたあとそう言われた。さすがは看護師主任というか、今日(月曜日)の日勤のメンバーはきっちり先週末から把握していたらしい。
「ええっと今朝、急に堂島から具合悪いから日勤を変わってくれって連絡がありまして……」
具合が悪いのは本当だが、それは昨日調子に乗った二宮が堂島を抱き潰したせいだった。今朝、堂島が憮然とした顔で『立てません』と言ったので、代わりに身体はダルいが動ける二宮が出勤した。
二宮は一応こうなることは昨夜の三回戦前に予想していたし、もし堂島が明日仕事に行けなかったら自分が行こうと既に思っていた。
「え、ホントですか。堂島君大丈夫かな……一人暮らしですよね?」
「帰りに俺が様子見に行くんで、榛名さんは心配しなくていいですよ」
「そうですか、それなら……。ていうか二宮さん、本当堂島君にすごく優しいんですね、二人がそんなに仲良かったって最近まで知らなかったです」
少し呆然としたような顔でそう言う榛名に、二宮は少しの罪悪感を覚えながら曖昧に笑って「まあ、先輩後輩ですし」と前と同じような言い訳をした。
──今朝のこと。
二宮は堂島が掛けていたスマホのアラームで目が覚めた。昨日三回も激しく抱いたせいでなかなか起きない堂島を『朝だぞ』と揺り起こしたら、堂島は二宮を睨みつけながら──
『……全然立てないッス。今日は先輩が俺の代わりに出勤してください。俺はまだ有給が残ってるんで……』
と言い、二宮は『すまん』と謝りながらそれを了承した。
その後は大急ぎで堂島宅でシャワーを浴び、タクシーを呼んで自宅に戻り、すぐに着替えて朝食も食べずに職場へ直行した。なので今はなかなかの空腹だが仕方ない。あとで透析室の休憩室に置いてある、誰でも食べれるおやつを少し頂戴しようと思っている。
正直、堂島には悪いことをしたと思っている。けど昨夜はどうしても我慢出来なかった。
自分でも理由は分からないけれど、二宮は堂島が欲しくて欲しくて─―『もう無理ですってぇぇ!!』と泣き叫ばれてベッドから逃げようとする堂島を捕まえて更に抱いた。無性に興奮が収まらなくて。
しかし決して乱暴にはしなかったはずなのに、しつこ過ぎたせいか、今朝方『昨夜は本当にウイスキーは飲んでなかったんでしょうね……』と疑われもした。
ウイスキーを飲んだ自分がいつもどういう風に堂島を抱くのか覚えてないので、いまいち実感は無いものの、こういう感じなんだろうか? と二宮は思った。
「結婚式はどうでしたか?」
榛名が制服の白衣に着替えながら、二宮に昨日のことを尋ねて来た。単なる世間話だ。
「あ、ああ。良い式でしたよ、ガーデンウエディングに呼ばれたのは初めてですが、風も気持ちよくて桜も綺麗で……」
「へえ、いいですね。俺も6月に友人の結婚式があるので楽しみです」
「そうなんですね。そういえば主任は霧咲先生と──」
霧咲先生と結婚式は挙げないんですか?
と、当たり前のように聞きそうになって二宮はそんな自分にびっくりした。
「えっと……霧咲先生と、なんですか?」
「い、いえ……すいません、出過ぎたことを聞くところでした」
「まだ何も言ってないじゃないですか」
そう言って榛名はくすくすと朗らかに笑った。きっと二宮の言わんとしていたことは伝わったに違いない。直前に結婚式の話をしていたのだから。
ロッカーに他に人がいなくてよかった、と思った。
「すみません……つい」
「いいえ、むしろありがとうございます、当たり前みたいに聞いて下さって──って、何も言ってなかったんでした。でも嬉しいです」
「……もしそうなった時は、絶対に俺も呼んで下さいね」
「はい、今の所予定は無いですけど……いずれ実現出来たら是非、来てください」
霧咲との結婚式を想像して嬉しそうな、でも少しだけさみしそうな榛名の横顔を見つめて、二宮は山下のことを考えた。
──世間体のためだけに好きでも無い相手と結婚した山下。子どもまで儲けて、でも裏ではコソコソと男と浮気をして、そんな生活が死ぬまで隠し通せるものだろうか……いや、親が死んだり子供が独立したら別れるつもりなのかもしれないけど……そこまでは二宮にも分からない。
『堂々と男同士で付き合ってますって宣言して一緒にいる方がおかしいだろ、こんな差別だらけの世の中でさ』
あれは、二宮自身にも向けられた言葉だった。少しずつ世間のマイノリティーに対する理解や関心が深まってきたとはいえ、まだまだ同性カップルに対する目は厳しい。
現に二宮はまだ自分の親にもカミングアウトしていないし、親しい友人である坂口にも「またやらかした」と伝えただけで、その相手と今付き合っていることも言ってない。職場の人たちにも伝える気はないが、バレたら少し居心地が悪くなりそうな気はする。(でも霧咲と榛名のことは受け入れられているので、そこまでハードルは高くない)
今の所誰も──知らないのだ。二宮と堂島の関係を。
そんなことをわざわざ他の誰かに言う必要は無いと思っていたが、このまま堂島と長く付き合っていればいずれ問題は必ず出てくるのだろう。
二宮には結婚願望は全くと言っていいほどないので、ずっとこのままでもいいかと思っているが、堂島の方は分からない。
この先自分と、もしくは自分と別れて女性と結婚したいと思っているのだろうか……?
「二宮さん?」
ハッ
ぼうっとしていて、着替える手が止まっていた。じっと自分を見つめている榛名に『まだ目が覚めてないのかも』と誤魔化しつつ、急いで着替える。
すると榛名が、顔を赤くして言いにくそうに二宮に言った。
「あの……二宮さん」
「はい?」
「えっと、その……今、彼女がいらっしゃるんですね。首、凄いことになってますけど……」
「え?」
ロッカーの内側に付いている鏡で何気なく首を確認すると、幾つかのキスマークや歯型がしっかりと付いていた。
「!? 」
いつの間に、こんな。
そういえば2回戦の終わりごろ、堂島に思い切り抱きつかれて、快感を逃すために何度も噛まれたような……気がする。今朝はかなり急いでいたので、痛みに特に気にならなかった。それにしても鈍すぎる。
「よ、良かったら後で湿布を貼りましょうか? 寝違えた事にできるかも……」
「すいません榛名さん、お願いします……」
しかし堂島にこんなものを付けるな、と説教することは出来ない。そもそもそんな判断が出来なくなるくらいに、激しく抱いた自分が悪いのだから。
それに痕を付けられるのは束縛されているようで、少し嬉しくもある。
ただ今日の帰りに堂島の部屋へ寄る際は、湿布は剥がして行こうと思った。二宮がこんな激しいセックスの痕を周囲に堂々と晒しながら仕事をしていたのだと勘違いしたら、堂島はいったいどんな反応をするのだろう。
──想像しただけで面白い。
「でも二宮さん、なんか嬉しそうですね……もしかして湿布貼るとか余計なお世話でしたか?」
二宮は無意識で痕を触ってニヤついていたらしく、珍しく榛名にからかわれた。
「はい!? いやいやそんな、勿論貼ってください!!」
「ふふふ。こんな目立つところに痕を付けられて喜ぶなんて、二宮さんの意外な一面を見ました」
「はは……」
二宮に痕を付けた相手が堂島だと知ったら、榛名はいったいどんなリアクションを取るのだろうか。いずれそれも見てみたい。
──だから。
「……榛名さん、今度は俺の惚気話も聞いてくれますか? 相手も紹介したいですし」
「えっ!? も、もちろん喜んで……っていうかノロケを聞くのが俺でいいんですか?」
「榛名さんだから、ですよ」
「はあ……」
榛名は腑に落ちない顔をしている。きっと以前自分が自然に二宮に惚気けたことを、覚えていないのだ。
『俺、別に男が好きなわけじゃないですよ、霧咲さんだから、好きなんです』
あれは二宮が今まで色んな人間から聞いた惚気の中でも、最上級に羨ましい言葉だった。いつか自分もそんなことを言われてみたい、もしくは言いたいと思っていた。
でも近々、それは叶いそうだ。
しかし、それまでにあの問題をどうにかしないといけない。
今二宮のスマホには、既読にはしていないが山下からの『次、いつ会える?』と恋人気取りのようなメッセージが残っていた。
あなたにおすすめの小説
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科
空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する
高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体
それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった
至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する
意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク”
消える教師
山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
魔性の男
久野字
BL
俺はとにかくモテる。学生の頃から、社会人になった今でも、異性問わずにモテてしまう。
最近、さえない同性の先輩に好意を持たれている。いつものことだろう。いい人だから、傷つけたくはないな。
そう、思っていた。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕