運命のひと~生真面目な看護師は意地悪イケメン医師に溺愛される~

すずなりたま

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4 乾杯とキス

「どう?」
「美味しいです。今までカクテルって女の子が飲むもんだと思ってあんまり飲んだことなかったけど……さっきのカミカゼも好きだけど、これもすっごく美味しくて好きです」

   正直に思ったことを言ったら、霧咲もマスターも嬉しそうに微笑んだ。
 その後マスターは奥の男二人組から呼ばれたので、対応に行った。

「アキ君、グラスをこっちに向けて」
「え?」

    ……カチン

「この出逢いに、乾杯」
「へっ?」
「今夜君に出逢えて、本当に嬉しいよ」

   相手が男とはいえ、こんな気障なことを言われたのは生まれて初めてで、榛名はつい顔がカッと赤くなった気がした。

(もしかしてこれって……運命の出逢い?)

 一瞬そう思ったが、すぐにそんな考えはかき消した。
 相手は男で、自分も男だ。運命の相手の筈がない。
   榛名は霧咲からふっと目を逸らして話題を変えた。

「な……生意気ですけど、この年になると恋愛ってめんどくさいなーって思いません? 別に絶対結婚したいわけじゃないのに、周りがしてるからとか、親がウルサイからって良さそうな相手探して、付き合って、フラれて……俺、そんなことの繰り返しでもうウンザリなんですよね」

   自分以外の人は毎回フラれるコースではないのだろうけど。
 そのまま子供が出来てゴール一直線、というのはよくある話だ。特に地元ではそういう話が多かった。

「俺より10歳も若いくせに言うね。結婚したくないんだ?」
「そりゃ、したくないですよ。だって休みの日とか四六時中他人と一緒にいなきゃいけないんでしょ? そんなん苦痛でしかないじゃないですか。それか運命の相手とやらに出逢って、その人を本気で好きになれたらそんなこと思わないのかなぁ……」
「……」
「でも運命とかそんな都合のいいもの、あるわけないですしね」

 こんなことを話すのは、霧咲の左薬指に指輪が嵌っていなかったからだ。
 既婚者に対して自分の子供じみた結婚観を語るほど、榛名は酔っぱらっていなかった。
 それに彼が既婚者だったら、日曜の夜に一人でバーなんて来ないだろう。
 今は指輪を外しているだけという可能性もあるが、人には事情というものがあるのだから深くは考えない。

「年収聞かれてフラれたこともありますし。そんな給料じゃ専業主婦になれないからって。専業主婦も結構ですけどね、せめて子供ができるまでは自分も働けばいいのにとか思っちゃって。職場が女性ばっかりだから余計にそう思うんですけど……なんか俺、付き合う人そんなんばっかで、女性が嫌になってきました。みんながみんなそうじゃないって分かってるんですけど」

   霧咲が黙って話を聞いてくれるので、つい愚痴ってしまった。
   榛名も霧咲のように男が見惚れるくらいかっこよかったのなら、少しは自分の人生は違っていたのだろうかと考える。
 看護師になったことは後悔していないけれど。

「じゃあ、男はどう?」
「へ?」

   いつの間にかカウンターの下で榛名の手は霧咲に恋人同士のように繋がれており、しかもなんだかいやらしい手付きでニギニギと弄ばれていた。

「あ、あの……?」
「だって女が嫌なら、この世にはもう男しかいないだろ?」

 そんなの当たり前じゃないか、とでも言うように霧咲は微笑んだ。
   榛名は目を瞬かせながら、しばし考え込む。

(えっと、この人は何を言っているんだろう。冗談か? 俺が年下のくせに生意気なことばっかり言ってるからからかってる? ……ははあ、ならば乗ってあげよう、全力で。今は酔ってるし、その方が後で面白いかも)

「そうですね……あなたみたいにカッコいい人が相手なら、男でもいいかもしれないですね」

   榛名は目を細めながら霧咲を見つめると、遊ばれていた手をぎゅっと握り返した。
   冗談とはいえ、少し周りの目が気になったのでマスターの方をちらりと見たが、マスターはまだ奥の客の相手をしていた。
   誰にも今のやりとりを見られていなかったことに榛名は安堵した。
 そして、冗談なことを確認しようと視線を霧咲の方に戻したら、至近距離に霧咲の顔があった。
 
    チュク……

 唇に、静かにキスを落とされた。

(え……、えっ?)

「嬉しいな、そんな風に思ってくれたなんて」

(冗談じゃ……ない?)

 榛名はあまりにも驚いて、それ以上は声も出せず微動だにも出来なかった。
 今の出来事を理解するために脳を働かせるが、アルコールが邪魔をしてうまく処理ができない。
   榛名が黙って自分を見つめているのを了解と受け取ったのか、霧咲はチュ、チュ、と更にキスを重ねてきた。
 優しいけれど妙にエロチックで、唇を食べられてるみたいなキスだった。
 その気持ちよさにトロン……と目を閉じかけたところで、榛名はハッとして霧咲の胸を押し返した。

「……あれ? だめなの?」
「だ、ダメっていうか、こんなとこで……!」

 何故自分は『ダメだ』とはっきりと霧咲に言えなかったのだろう。
 まるで『ここじゃなかったらしてもいい』と言ってるような言い方で、誤解されたとしても榛名に文句は言えない。

「ここじゃなかったらいいんだ?」
「いや、あのっ、違っ……」

 案の定、いいように誤解された。酒のせいなのか霧咲のせいなのか分からないが、榛名の頬は火照り、握られた手には力が入らない。
 霧咲はそんな榛名を見てフッと笑うと、身体をカウンターに向けた。

「リュートさん、俺と彼の分のチェックをお願いします。同じでいいです」
「かしこまりました」
「あ、お金……っ」

 慌てて財布を出そうとする榛名を、霧咲はすっと制止した。

「いいよ、俺の方が10も年上なんだし、ここは奢らせて」
「でも、見ず知らずの人にそんなっ」
「結構冷たいこと言うんだな、アキ君。もう俺と君は見ず知らずの関係じゃあないよ?」
「……!」

   霧咲は榛名に妖しげな目で微笑んだ。
   俺達はもう手を握り合ってキスまでした仲じゃないか――という霧咲の声が、榛名には聞こえた気がした。
   ここを出たら、もう二度とこのひとに会うことはない……そう思っていたのに。
 カクテルを飲みすぎたせいか、足元がおぼつかない。榛名はきらびやかなネオンが光る街の中を霧咲に肩を抱きこまれるようにして歩き、そして……

(ラブホテルだ……)

 またしても榛名がいままで一度も入ったことのないその場所に、霧咲は榛名の腰を抱えて中に入った。
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