運命のひと~生真面目な看護師は意地悪イケメン医師に溺愛される~

すずなりたま

文字の大きさ
9 / 322

6 榛名主任

 あの日から、約一ヶ月が過ぎた。
 榛名は霧咲が置いて行ったメモを財布に入れて、常に持ち歩いていた。
 既にその番号も名前も登録済みだったが。
 しかし、連絡はまだ一度もしていなかった
 毎晩、名前と番号とにらめっこしては溜め息をつき、画面を消す。
 そんな傍から見れば乙女チックな行動を、榛名はほぼ毎晩繰り返していた。
 どうせ教えてくれるなら番号じゃなくてメアドだったらよかったのにと思ったが、メールであっても送っていたかどうか定かではない。
 が、電話よりもハードルは下がる気がする。
 そもそも榛名は、自分がどうしたいのかよく分からないのだった。
 また霧咲に会いたいのか、会いたくないのか。会ってそれからどうしたいのか。
 ……また、抱かれたいのか。

 そんなこと、言えるわけがない。
 自分が挿れるよりも、挿れられる方が気に入ってしまいました、なんて。
 でもあの夜のことを思い出すと、胸がきゅうっと苦しくなって食欲が無くなる。
 そして霧咲にされたことを思い出しながら、ほぼ毎晩自慰に励んだ。
 この一か月で少し痩せたかもしれない、正確に測ったわけではないけれど。
 患者の体重は毎日毎日何十人何十回と測るのに、自分の体重には無頓着な榛名だった。


「おはようございまぁす、榛名主任。早いですね~」

 後輩看護師、有坂が榛名に元気よく挨拶をしてきた。
 有坂はここ、T病院の腎透析室では一番若手の看護師だ。

「おはよう有坂さん。今日俺リーダーなのに、全然事前に情報取ってなかったからさぁ……」

 榛名はパソコンに向かって患者の情報収集をしていた。
 主に、今日の透析前に採血やレントゲンを撮る患者の最終チェックだ。

「ああ~っ、今日も忙しいのかなぁ~っ!」
「うん、忙しいね。頑張ろう」
「はあーいっ、ま、主任がいるから大丈夫ですよねっ」
「なにそれ、ちゃんと頑張ってよ? 若者」
「主任もあんまり歳変わらないじゃないですかーっ」

 いや、4歳も違うだろ。
 そう突っ込みたかったが、自分も若者の部類に入れられているなら素直に喜ぶか……と否定しなかった。
 否定せずとも、榛名は透析室では若い部類に入るのだが。
 榛名が看護師主任を務めているこの透析室は、病棟に比べると若干看護師の平均年齢が高い。
 病院によって違いはあるが、ここT病院では基本的に新卒の看護師は透析室に採用しないからだ。
 その理由は、透析室の特殊な業務内容にある。

 透析室の業務は、病棟の業務とは内容も流れも基本的に違う。
 新卒で透析室に配属されると、透析業務のことしか分からない──いわゆる潰しのきかない看護師になる可能性が高いため、病院側は新卒をわざわざ透析室に配属させたりはしないのだ。
 本人が透析専属の看護師になりたいと思っているならいいのかもしれないが、基本的な看護業務──酸素投与、吸引、採血、心電図、その他オムツ交換や移乗など──およそ病棟で行う基本的な業務を事前に習得していないと、ただでさえ覚えることが多い透析室では苦労するのが目に見えている。
 透析中の患者の血圧管理やそれに伴う経過観察、更に透析中の急変対応も決して少なくはないからだ。
 もっとも透析室は朝までの夜勤業務がないため、(24時間体制の病院も存在する)今のうちにがっつり稼いでおきたい、と思っている若い看護師にはもともとあまり人気のない、いわゆる日陰の部署なのだが。

 そんなわけで、透析室で働く看護師はまだ子供が小さい主婦や、定年後のパート看護師が多い。
 他にも病棟勤務が嫌になった──原因は大体人間関係である──移動希望者や、透析看護に魅力を感じて希望してきた者など、理由は皆様々だ。
 透析は外来なので、基本的には患者がいる時しか仕事がない。(受け持ち患者の記録作成などの、細々した業務は存在するが)
 入院患者にも透析患者はいるが、彼らも透析を終えたら早々に病棟に帰っていく。
 記録作成も透析中に終わるので、延々と記録残業に追われることもない。
 つまり、定時で帰るのが当たり前だ。
 そして、それが透析室で働く最大の魅力だと榛名は思っている。
 榛名は毎日目が回るほど忙しい病棟勤務が苦手だった。
 生活スタイルが私生活より仕事が優先的になるのも嫌だった。
 特に家で趣味の何かをするわけでもないのだが、あまり人生を仕事に縛られたくないタチなのだ。
 そんな榛名の思いとは裏腹に、主任という役職なのだが……。

 何故まだ20代である榛名が役職に付いているのかというと、それもまた理由があった。
 現在、透析室にいる看護師のうち、榛名と有坂、他数名は20代から30代だが、それ以外の看護師は皆40代から60代だ。
 当然、年齢的にも経験値的にも榛名より主任に向いている人材は何人も存在する。
 しかし、彼女らはまだ子供が小さかったり、PTA活動が忙しい、持病があり病院に通ってるなどと様々な理由をつけて、役職に付くのを軒並み断っていた。
 普通はそれでも他に人がいなければ年功序列で誰か適任者が引き受けるしかない、が。
 ここT病院の透析室には榛名がいた。榛名は透析経験は5年以上あり、何より男性だ。
 看護師は年々男性も増えてきてはいるものの、まだ圧倒的に女性が多い。
 しかし女性は結婚、妊娠、出産がきっかけで辞めてしまう者が多いのだ。
 そうでなくとも、看護師の離職・転職率は他の職業に比べると格段に高い。
 辞めても看護師免許があればがすぐに就職できる、という利便性の副作用だ。

 そこで、まだ若いが透析看護の経験もあり、結婚しても産休などの休みを必要とすることもない──希望すれば別だが──榛名に白羽の矢が立った。
 前の主任が退職する前に、是非次の主任になって! と師長に言われた時は榛名もずいぶん抵抗したのだが。
 しかし『貴方なら絶対に大丈夫』『もうすぐ30だし早すぎることはない』『どうせそのうち役職をお願いするつもりだった、それなら早い方がいい』などとしつこく説得され、断りきれずに引き受けたのだった。
感想 7

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科 空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する 高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体 それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった 至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する 意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク” 消える教師 山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

俺は夜、社長の猫になる

衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。 ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。 言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。 タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。 けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。

魔性の男

久野字
BL
俺はとにかくモテる。学生の頃から、社会人になった今でも、異性問わずにモテてしまう。 最近、さえない同性の先輩に好意を持たれている。いつものことだろう。いい人だから、傷つけたくはないな。 そう、思っていた。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕