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7 再会
現在、10時40分。
「奥本先生まだ来ないなぁ、朝イチで電話したのに……」
「奥本先生、今日は外来ですかぁ?」
「午後からはね」
穿刺が一段落ついたものの、薬の指示や、本日のドライウェイトを確認しなければいけない患者の指示を医師に仰ぐのもリーダーの仕事だ。
朝一番に『出来れば早めに来てくださいね!』と内線電話をかけたのに、奥本はまだ透析室に顔を出していなかった。
こんなときは、病棟で何か問題でも起こったのだろうか、と不安になる。
奥本はここT病院の唯一の腎臓内科医で、外来・入院の透析患者はすべて彼の患者だ。
のらりくらりとした爺さんで、受け持ち患者数が多いから大変だとは思うが、榛名的にその仕事っぷりはなかなか結構不真面目である。
奥本の専門は内科のため、透析導入時のシャント作成や、突然シャントが閉塞したときなどは外科に紹介しなくてはならないのだが、その腰が重い。
そのうえ同病院の血管外科医の藤野をひどく苦手としているため、その話もなかなか進まない。
そしてその藤野医師であるが、シャントを作成するまではいいのだが、その後はよく詰まらせてしまう。
要するに、手術がヘタだった。
藤野は腎臓専門の外科医ではないため、シャント作成が苦手なのも仕方ないといえば仕方ないのだが、専門の外科医がうちの病院にもいればいいのにな、と榛名は毎回切実に思っていた。
せめて腎臓外科医のいる病院に転院させて、シャントオペだけをして貰ったらいいのに、と。
面倒だが医師のメンツの問題もあるため──オペのできる医者が当院にいるのに、他の病院の医者に頼むというのはかなり問題だ──看護師の榛名にそこまで口は出せない。
「榛名く~ん、遅くなってごめんよぉ」
のそのそと、榛名が待ち焦がれていた奥本医師が奥の出入り口からひょっこりと現れた。
「奥本先生、朝一で電話してすいません、今日の堀尾さんのドライは……」
遅いと文句を言いたいのを我慢して、指示を貰おうとしたのだが、そこまで言いかけて榛名は黙りこんだ。
奥本の後ろには看護師長の近藤と、もう一人白衣を纏った見知らぬ医師が立っていたからだ。
いや、見知っていないのは医者として、だった。
『……アキ?』
男の唇が、声を出さずに動いた。
彼はあの夜に出逢った──榛名がもう二度と会うことはない、と思っていた──霧咲だった。
「……っ!?」
あの日の霧咲は、やや長めの前髪を下ろしてジャケットを身に纏っていた。
しかし今はきちんと髪をあげて白衣を着ているので、受ける印象はまるで違う。
けれど相手に有無を言わさないような力強い目力は、他の誰にも間違えようがなかった。
「あれぇ? もしかして二人知り合いなの?」
数秒間見つめあっていた榛名と霧咲に対し、奥本が聞いた。
榛名はハッと我に返ると、すぐに否定した。
「い、いえ! 知り合いの人に似てるなって思って!」
「俺は美人に見つめられたので、嬉しくて見つめ返しちゃいました」
(はぁ!?)
予想もしていなかったことを言われて、一瞬口から否定のセリフが榛名の口からこぼれそうになったが、師長によってそれは止められた。
「まぁ、榛名君ってば美人だって~! イケメンに褒められて羨ましいわぁ」
「勿論、師長さんも美人ですよ?」
「あらやだ、霧咲先生ったらお上手ですねェ」
師長の霧咲への態度は、普段榛名や奥本に対するソレとは180度くらい違っていた。普段テレビ以外ではあまり見かけることのない並外れたイケメンの存在に完璧に浮かれている。
今は師長というよりも、普通のおばちゃんだった。
それより、どうして霧咲がここにいるのだろうか。
彼が医者だったことすら、榛名は知らなかった。
「霧咲先生、こちらがウチの主任看護師の榛名君です」
奥本が榛名を霧咲に簡単に紹介した。
榛名はもう一度霧咲を見ると少し睨みつけるような表情になったが、自分では気付かなかった。
「ずいぶんと若い主任さんなんですね」
「ふふ、でもこう見えてもう30手前よねぇ? 榛名君」
「はい、もうすぐ28です。立派なアラサーですが、何か?」
師長に言われ、榛名は淡々と返した。
年下に見られるのも嫌だが、老けて見られるのも気に食わないという微妙なオトシゴロなのだ。
(だから俺のことはどうでもいいんだよ! なんで──き、霧咲さんがここにいるんだ!?)
他の看護師も、イケメン医師の突然の登場に少しざわついている。
皆こっちの方を見て、仕事をしている手が止まっているようだった。
「榛名君、こちらは今度K大からウチに週一で助っ人に来てくれることになった腎臓外科の霧咲誠人先生だよ。ずっと専門の外科医が欲しいって言ってたから嬉しいだろ~?」
「え……K大から? 助っ人……ですか?」
K大病院は、榛名の勤める此処、T病院から比較的近いところにある大学病院だ。
最先端の治療を行っており、透析導入やその他オペをした患者の状態が落ち着くと、T病院やその他近隣の病院に維持透析やリハビリを目的として患者を送ってくるのはわりと日常的だ。
T病院が安定して入院患者数を確保できているのは、K大にこうやって患者を送ってもらっていることが特に大きかった。
勿論透析室にも、K大から引き継いだ患者が数名存在する。
「奥本先生まだ来ないなぁ、朝イチで電話したのに……」
「奥本先生、今日は外来ですかぁ?」
「午後からはね」
穿刺が一段落ついたものの、薬の指示や、本日のドライウェイトを確認しなければいけない患者の指示を医師に仰ぐのもリーダーの仕事だ。
朝一番に『出来れば早めに来てくださいね!』と内線電話をかけたのに、奥本はまだ透析室に顔を出していなかった。
こんなときは、病棟で何か問題でも起こったのだろうか、と不安になる。
奥本はここT病院の唯一の腎臓内科医で、外来・入院の透析患者はすべて彼の患者だ。
のらりくらりとした爺さんで、受け持ち患者数が多いから大変だとは思うが、榛名的にその仕事っぷりはなかなか結構不真面目である。
奥本の専門は内科のため、透析導入時のシャント作成や、突然シャントが閉塞したときなどは外科に紹介しなくてはならないのだが、その腰が重い。
そのうえ同病院の血管外科医の藤野をひどく苦手としているため、その話もなかなか進まない。
そしてその藤野医師であるが、シャントを作成するまではいいのだが、その後はよく詰まらせてしまう。
要するに、手術がヘタだった。
藤野は腎臓専門の外科医ではないため、シャント作成が苦手なのも仕方ないといえば仕方ないのだが、専門の外科医がうちの病院にもいればいいのにな、と榛名は毎回切実に思っていた。
せめて腎臓外科医のいる病院に転院させて、シャントオペだけをして貰ったらいいのに、と。
面倒だが医師のメンツの問題もあるため──オペのできる医者が当院にいるのに、他の病院の医者に頼むというのはかなり問題だ──看護師の榛名にそこまで口は出せない。
「榛名く~ん、遅くなってごめんよぉ」
のそのそと、榛名が待ち焦がれていた奥本医師が奥の出入り口からひょっこりと現れた。
「奥本先生、朝一で電話してすいません、今日の堀尾さんのドライは……」
遅いと文句を言いたいのを我慢して、指示を貰おうとしたのだが、そこまで言いかけて榛名は黙りこんだ。
奥本の後ろには看護師長の近藤と、もう一人白衣を纏った見知らぬ医師が立っていたからだ。
いや、見知っていないのは医者として、だった。
『……アキ?』
男の唇が、声を出さずに動いた。
彼はあの夜に出逢った──榛名がもう二度と会うことはない、と思っていた──霧咲だった。
「……っ!?」
あの日の霧咲は、やや長めの前髪を下ろしてジャケットを身に纏っていた。
しかし今はきちんと髪をあげて白衣を着ているので、受ける印象はまるで違う。
けれど相手に有無を言わさないような力強い目力は、他の誰にも間違えようがなかった。
「あれぇ? もしかして二人知り合いなの?」
数秒間見つめあっていた榛名と霧咲に対し、奥本が聞いた。
榛名はハッと我に返ると、すぐに否定した。
「い、いえ! 知り合いの人に似てるなって思って!」
「俺は美人に見つめられたので、嬉しくて見つめ返しちゃいました」
(はぁ!?)
予想もしていなかったことを言われて、一瞬口から否定のセリフが榛名の口からこぼれそうになったが、師長によってそれは止められた。
「まぁ、榛名君ってば美人だって~! イケメンに褒められて羨ましいわぁ」
「勿論、師長さんも美人ですよ?」
「あらやだ、霧咲先生ったらお上手ですねェ」
師長の霧咲への態度は、普段榛名や奥本に対するソレとは180度くらい違っていた。普段テレビ以外ではあまり見かけることのない並外れたイケメンの存在に完璧に浮かれている。
今は師長というよりも、普通のおばちゃんだった。
それより、どうして霧咲がここにいるのだろうか。
彼が医者だったことすら、榛名は知らなかった。
「霧咲先生、こちらがウチの主任看護師の榛名君です」
奥本が榛名を霧咲に簡単に紹介した。
榛名はもう一度霧咲を見ると少し睨みつけるような表情になったが、自分では気付かなかった。
「ずいぶんと若い主任さんなんですね」
「ふふ、でもこう見えてもう30手前よねぇ? 榛名君」
「はい、もうすぐ28です。立派なアラサーですが、何か?」
師長に言われ、榛名は淡々と返した。
年下に見られるのも嫌だが、老けて見られるのも気に食わないという微妙なオトシゴロなのだ。
(だから俺のことはどうでもいいんだよ! なんで──き、霧咲さんがここにいるんだ!?)
他の看護師も、イケメン医師の突然の登場に少しざわついている。
皆こっちの方を見て、仕事をしている手が止まっているようだった。
「榛名君、こちらは今度K大からウチに週一で助っ人に来てくれることになった腎臓外科の霧咲誠人先生だよ。ずっと専門の外科医が欲しいって言ってたから嬉しいだろ~?」
「え……K大から? 助っ人……ですか?」
K大病院は、榛名の勤める此処、T病院から比較的近いところにある大学病院だ。
最先端の治療を行っており、透析導入やその他オペをした患者の状態が落ち着くと、T病院やその他近隣の病院に維持透析やリハビリを目的として患者を送ってくるのはわりと日常的だ。
T病院が安定して入院患者数を確保できているのは、K大にこうやって患者を送ってもらっていることが特に大きかった。
勿論透析室にも、K大から引き継いだ患者が数名存在する。
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