16 / 322
9 霧咲の行きつけ
(……なんか、お腹すいてきたな……)
霧咲は、地下鉄通勤の榛名にはあまり馴染みの無い街の中を車で移動している。
榛名は上京して今年で8年になるが、都心部の移動方法などは覚えたものの基本的には家にいるのが好きなため、買い物やデートで出掛ける以外街に行くことはないため詳しくは知らないのだ。
(一体どんなオシャレなところに連れて行かれるんだろうか……)
あの日、知らない若者たちにコッソリ着いて行った榛名とは違い、霧咲はあんなに洒落たバーの常連なのだから、きっと今から行くところもお洒落なところなのだろうと榛名は思い込んでいた。
しかし、意外にも霧咲が榛名を連れて行ったのは普通のラーメン屋だった。
「ここのラーメンすごく美味しくてね、二週間に一度は行くんだ」
「……そーですか」
また拍子抜けした榛名だったが、今の自分は仕事に行くためだけのとてもラフな格好をしていたので、逆に良かった。
それに榛名もラーメンは嫌いではない。
車を降りたあと、榛名はふと霧咲に聞いた。
「この車、なんていう車ですか?」
「あれ、車に興味あるの?」
「べ、別にっ、あんまり見かけない車種だから何かなと思って」
「ポルシェだよ」
榛名も、名前だけは知っていた。
(そうか、これがポルシェという車なのか)
外車で、値段がめちゃくちゃ高いということしか知らないのだが。
「ブラックバードに憧れていてね」
「ブラックバード? カラスのことですか?」
「ふふ、知らないなら知らないでいいよ」
なんとなく癪だが、帰ったらスマホで調べてみようかなと思った。
今教えてくれてもいいのにとも思ったが、きっと聞かない限り教えてくれないだろう。
霧咲はそういう男だ、と何故か榛名はそう決めつけた。
「……おいしい」
「そう、良かった」
霧咲おすすめのラーメンは確かに美味しかった。
細麺で、基本のスープがトンコツなのが地元が九州の榛名には嬉しい。
上京したての頃、とあるラーメン屋で『普通のラーメン』を頼んだ時、しょうゆラーメンが出てきたのは榛名にとって忘れられないカルチャーショックだった。
あと、うどんの汁が黒かったことも。
「榛名、ビールも頼んだら? 仕事終わりで疲れているだろう」
「俺一人だけ飲むわけにはいかないでしょう、先生は運転で飲めないんだから。……それともまた俺を酔わす気ですか?」
言った後にしまった、と思った。
何故自分からあの日のことを思い出すようなことをわざわざ言ってしまったのだろう。
場合によっては、こっちが誘ってるみたいな勘違いをされるんじゃないだろうか。
という榛名の心配をよそに、霧咲は冷静に答えた。
「あれだけ度数の高いカクテルを4杯も普通に飲んでた君を、ビール数杯で酔わせられるわけないだろう? ビールだけで君を酔わせようと思ったら最低1ダースは用意しなくっちゃね」
「そ、そんなに飲めませんから!」
あのカクテルはかなり度数が高いとは思ってたけど、そんなにだったとは。
でも、普通に飲んでいたというのは間違いだ。
男に簡単に口説かれて、その上身体まで許してしまう酔い方のどこが普通なんだ、と榛名は自虐的に舌打ちしたくなった。
そうしていたら、霧咲は勝手に店員にビールを頼んでいた。
「すいません、生中ひとつと、あと餃子も二人前追加で」
「ちょっ、霧咲先生!?」
「ん?」
「何勝手にビール頼んでるんですか、俺は飲まないって……」
そうは言ったものの、反論はゆるさないかのように霧咲に見つめられて榛名は黙った。
霧咲はそんな榛名にニッコリと笑いかける。
「もう一度ね、ほろ酔いの可愛らしい君が見たいんだ」
「ビール一杯じゃ変わりませんけど? 貴方がそう言ったんでしょう」
「まあ、俺の前で君が酒を飲むというのが大事なんだよ」
「……?」
意味が分からない。
怪訝な顔をしてるうちに、榛名の前にビールが運ばれてきた。
ラーメンとビール。そして追加で餃子。たまらない組み合わせだ。
「どうぞ?」
「じゃあもう、遠慮しませんからね」
「遠慮なんていらないよ、こっちから誘ったんだから」
「それもそうですね」
そう言って勢いをつけて、榛名は一気にビールを煽った。
気のせいだ。
霧咲と話してるだけで、あの日のことを思い出して身体が熱くなってきたなんて、絶対に気の迷いだ……。
結局榛名はビールを3杯も飲んでしまった。
餃子が美味しくてすすんでしまったというか、飲み終わるたびに霧咲がすぐ追加を頼むのだ。
本当に自分を酔い潰そうとしてるんじゃないだろうなと勘ぐったが、せっかく頼んだものを飲まないわけにはいかないと思い、目の前の餃子が無くなるまで飲んだのだった。(餃子もさらに追加注文された)
「榛名、餃子のお代わりは?」
「さすがにもう入りません……」
「前に会った時よりもきみ、だいぶ痩せてるからね。しっかり食べないと」
「え……」
(やっぱり、心配してくれてたんだ……)
少しだけ、霧咲の心遣いが嬉しかった。
そこまで心配されるほど、目に見えて痩せてはいないと思っているのだけど。
現に霧咲以外には気付かれていないのだから。
とりあえず、霧咲が榛名を酔い潰そうとしたわけではない、ということは分かった。
それにビール3杯ごときで酔っぱらう榛名ではない。
「じゃあそろそろ会計をしようか」
「俺が出します!」
「え、何馬鹿言ってるの?」
霧咲が形のいい眉を潜めて榛名を睨む。
が、榛名も怯まなかった。
「最初から自分で出すつもりで飲んだんです! こないだも奢ってもらったし、このままじゃフェアじゃありませんから」
「俺は君と勝負なんてしてない。はい、これでお願いします」
「ああっ!」
榛名がグダグダ言ってるうちに、霧咲は財布からカードを出し店員に渡した。
店員も空気を読んだのか、手早く会計を済ませた。
「ありがとう」
「ごちそうさまでした……」
店員にお礼を言って、榛名はなんとなく敗北した気持ちで再び霧咲のポルシェの助手席に乗り込んだ。
霧咲は、地下鉄通勤の榛名にはあまり馴染みの無い街の中を車で移動している。
榛名は上京して今年で8年になるが、都心部の移動方法などは覚えたものの基本的には家にいるのが好きなため、買い物やデートで出掛ける以外街に行くことはないため詳しくは知らないのだ。
(一体どんなオシャレなところに連れて行かれるんだろうか……)
あの日、知らない若者たちにコッソリ着いて行った榛名とは違い、霧咲はあんなに洒落たバーの常連なのだから、きっと今から行くところもお洒落なところなのだろうと榛名は思い込んでいた。
しかし、意外にも霧咲が榛名を連れて行ったのは普通のラーメン屋だった。
「ここのラーメンすごく美味しくてね、二週間に一度は行くんだ」
「……そーですか」
また拍子抜けした榛名だったが、今の自分は仕事に行くためだけのとてもラフな格好をしていたので、逆に良かった。
それに榛名もラーメンは嫌いではない。
車を降りたあと、榛名はふと霧咲に聞いた。
「この車、なんていう車ですか?」
「あれ、車に興味あるの?」
「べ、別にっ、あんまり見かけない車種だから何かなと思って」
「ポルシェだよ」
榛名も、名前だけは知っていた。
(そうか、これがポルシェという車なのか)
外車で、値段がめちゃくちゃ高いということしか知らないのだが。
「ブラックバードに憧れていてね」
「ブラックバード? カラスのことですか?」
「ふふ、知らないなら知らないでいいよ」
なんとなく癪だが、帰ったらスマホで調べてみようかなと思った。
今教えてくれてもいいのにとも思ったが、きっと聞かない限り教えてくれないだろう。
霧咲はそういう男だ、と何故か榛名はそう決めつけた。
「……おいしい」
「そう、良かった」
霧咲おすすめのラーメンは確かに美味しかった。
細麺で、基本のスープがトンコツなのが地元が九州の榛名には嬉しい。
上京したての頃、とあるラーメン屋で『普通のラーメン』を頼んだ時、しょうゆラーメンが出てきたのは榛名にとって忘れられないカルチャーショックだった。
あと、うどんの汁が黒かったことも。
「榛名、ビールも頼んだら? 仕事終わりで疲れているだろう」
「俺一人だけ飲むわけにはいかないでしょう、先生は運転で飲めないんだから。……それともまた俺を酔わす気ですか?」
言った後にしまった、と思った。
何故自分からあの日のことを思い出すようなことをわざわざ言ってしまったのだろう。
場合によっては、こっちが誘ってるみたいな勘違いをされるんじゃないだろうか。
という榛名の心配をよそに、霧咲は冷静に答えた。
「あれだけ度数の高いカクテルを4杯も普通に飲んでた君を、ビール数杯で酔わせられるわけないだろう? ビールだけで君を酔わせようと思ったら最低1ダースは用意しなくっちゃね」
「そ、そんなに飲めませんから!」
あのカクテルはかなり度数が高いとは思ってたけど、そんなにだったとは。
でも、普通に飲んでいたというのは間違いだ。
男に簡単に口説かれて、その上身体まで許してしまう酔い方のどこが普通なんだ、と榛名は自虐的に舌打ちしたくなった。
そうしていたら、霧咲は勝手に店員にビールを頼んでいた。
「すいません、生中ひとつと、あと餃子も二人前追加で」
「ちょっ、霧咲先生!?」
「ん?」
「何勝手にビール頼んでるんですか、俺は飲まないって……」
そうは言ったものの、反論はゆるさないかのように霧咲に見つめられて榛名は黙った。
霧咲はそんな榛名にニッコリと笑いかける。
「もう一度ね、ほろ酔いの可愛らしい君が見たいんだ」
「ビール一杯じゃ変わりませんけど? 貴方がそう言ったんでしょう」
「まあ、俺の前で君が酒を飲むというのが大事なんだよ」
「……?」
意味が分からない。
怪訝な顔をしてるうちに、榛名の前にビールが運ばれてきた。
ラーメンとビール。そして追加で餃子。たまらない組み合わせだ。
「どうぞ?」
「じゃあもう、遠慮しませんからね」
「遠慮なんていらないよ、こっちから誘ったんだから」
「それもそうですね」
そう言って勢いをつけて、榛名は一気にビールを煽った。
気のせいだ。
霧咲と話してるだけで、あの日のことを思い出して身体が熱くなってきたなんて、絶対に気の迷いだ……。
結局榛名はビールを3杯も飲んでしまった。
餃子が美味しくてすすんでしまったというか、飲み終わるたびに霧咲がすぐ追加を頼むのだ。
本当に自分を酔い潰そうとしてるんじゃないだろうなと勘ぐったが、せっかく頼んだものを飲まないわけにはいかないと思い、目の前の餃子が無くなるまで飲んだのだった。(餃子もさらに追加注文された)
「榛名、餃子のお代わりは?」
「さすがにもう入りません……」
「前に会った時よりもきみ、だいぶ痩せてるからね。しっかり食べないと」
「え……」
(やっぱり、心配してくれてたんだ……)
少しだけ、霧咲の心遣いが嬉しかった。
そこまで心配されるほど、目に見えて痩せてはいないと思っているのだけど。
現に霧咲以外には気付かれていないのだから。
とりあえず、霧咲が榛名を酔い潰そうとしたわけではない、ということは分かった。
それにビール3杯ごときで酔っぱらう榛名ではない。
「じゃあそろそろ会計をしようか」
「俺が出します!」
「え、何馬鹿言ってるの?」
霧咲が形のいい眉を潜めて榛名を睨む。
が、榛名も怯まなかった。
「最初から自分で出すつもりで飲んだんです! こないだも奢ってもらったし、このままじゃフェアじゃありませんから」
「俺は君と勝負なんてしてない。はい、これでお願いします」
「ああっ!」
榛名がグダグダ言ってるうちに、霧咲は財布からカードを出し店員に渡した。
店員も空気を読んだのか、手早く会計を済ませた。
「ありがとう」
「ごちそうさまでした……」
店員にお礼を言って、榛名はなんとなく敗北した気持ちで再び霧咲のポルシェの助手席に乗り込んだ。
あなたにおすすめの小説
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科
空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する
高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体
それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった
至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する
意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク”
消える教師
山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
魔性の男
久野字
BL
俺はとにかくモテる。学生の頃から、社会人になった今でも、異性問わずにモテてしまう。
最近、さえない同性の先輩に好意を持たれている。いつものことだろう。いい人だから、傷つけたくはないな。
そう、思っていた。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕