運命のひと~生真面目な看護師は意地悪イケメン医師に溺愛される~

すずなりたま

文字の大きさ
26 / 322

14 霧咲先生の回診

 今朝目が覚めて、榛名が思ったこと。
 それは……

(今日、仕事行きたくないな)

 ということだった。
 そんなことを思ったのはいつぶりだろう。
 榛名が看護師になったのは今から8年前、なりたての3か月目の頃はいつも辞めたいと思っていた。
 慣れない環境、慣れない仕事、慣れない一人暮らし。そして、言葉。
 今は方言女子などというものが流行って囃されているが、榛名が上京した頃はそんな流行はなかった。
 しかも普通の男だから『可愛い』などとは言われず、ただひたすら芋臭いと思われていたと思う。
 高齢患者受けはひどく良かったが、話せばすぐに『きみ九州の子?』と地元がバレた。 
   自分では標準語を話してるつもりでも、イントネーションの違いですぐに地方出身だとバレる。
 榛名が頑張って標準語をマスターしたのは、それから3年も後のことだった。
    そして東京での彼女という存在も、できるようになった。
 別に地方出身であることを恥じているわけではないのだけど。 
 ベッドの中でそんな昔のことをぼんやりと思い返していたら、起きる予定の時間を10分も経過していて、榛名は慌てて飛び起きた。
 トーストを焼いて、コーンスープとコーヒー、そして目玉焼きを作る。
 榛名の朝食はいつも同じメニューだ。それと時々、ヨーグルトも付ける。
 榛名は料理は得意でも不得意でもないが、人に出せるレベルではない。
 もし次回、霧咲が朝までいるようなことがあったら、いつもと同じ朝食でいいのだろうか……なんてことを無意識に考えてしまい、ぶんぶんと頭を振った。

 (三度目なんか、あるはずがない)

 霧咲に再会した一昨日から、榛名の思考の大半は霧咲が占めていた。
    寝ても覚めても仕事中も考えるのは霧咲のことばかりで、自分は頭がどうかしてしまったんじゃないのか、と思ったが、それだけ強烈な印象だったのだ。
 もう二度と会わないと思ってた人物と、思わぬところで再会した。
 そして、二度とないと思っていたのにまたズルズルと身体を重ねてしまった。

 (まるで、安っぽいドラマみたいじゃないか……)

 ドラマと違うこと──それは、自分たちが男同士だということだ。
 もし霧咲が女性だったならば、榛名は間違いなく『運命の出会いだ!』と思ったことだろう。
 しかし霧咲が女性だった場合、平凡な榛名に声をかけることはなかっただろうし、ましてや女版霧咲──きっと妖艶な美女だろう──が、自分程度の男をホテルに誘うわけがない、と思った。
 榛名は女友達が多いため、女心というものをわりかし理解している方だ。
 しかもあの日、女役だったのは自分の方なのだ。
 非日常的な出来事が平凡な自分の人生で立て続けて起こり、きっと処理しきれていないのだ。
 それだけに決まってる、と榛名は自分に言い聞かせた。
 そして、いつも通り出勤した。

「おはようございます」
「おはよう榛名君! 夜勤明けで悪いんだけど、今日の霧咲先生の回診補助お願いねっ」
「はい……」

 師長も人が悪い。奥本はナースを連れての回診などやらないし、今まで透析室に助っ人で他の医師が来たことなどないので、霧咲がどんな回診をするのか全く分からない。
 そんな未知の業務を主任の榛名に丸投げしているのだ。
 それに検査データの出し方や指示入力の仕方などはそれぞれ施設によってやり方が違うので、しいては全部を霧咲に教えながら指示まで受けろ、ということだ。
 しかし、それらを他のナースに押し付けようとは榛名も思わないし、主任だから仕方がないよな、と腹をくくってもいた。 
 今日は別の意味で忙しくなるな……と思い、榛名は師長に気付かれないように小さくため息を吐いた。
 それと別の意味でも、霧咲に会いたくない。
 きっと相手が霧咲じゃなくて他の先生だったなら、回診につくにしてもこんなに気が重くはなかったんじゃないか、と思った。

(でもせっかく助っ人に来てくれるんだし、頭を切り替えて……)

「そういえば榛名君、おととい霧咲先生とお食事したんでしょ? どう、少しは仲良くなれた?」
「え!? まぁ、それなりですかね……」

 一瞬、ため息を吐いたのがバレたのかと思い榛名は焦った。

「うふふ、やっぱり男同士だと打ち解けるのも早いわよねぇ。今日の回診はばっちりね!」
「だと、いいんですけどね……」
「霧咲先生の院内PHSの内線番号は767よ。準備ができたら呼んで下さいって」
「分かりました」

(まあ今日は初めての回診だし、きっと患者に挨拶して回る程度だろう)

 榛名はそう思っていたのだが、そんな考えは3時間後には覆されていたのだった。
 10時半すぎに穿刺がすべて無事終了し、榛名はふうと一息ついた。
外来カルテ、入院カルテも配ったし、回診用のノートPCの立ち上げもばっちりだ。
 これから、霧咲を透析室に呼びだす。
 自分の携帯からは決してかけられなかった霧咲の携帯──といっても、院内PHSだが──に電話を掛けた。

 プルルル……

『はい、霧咲です』

 ドキッ

「……おはようございます、透析室の榛名です。準備ができましたので、回診をお願いします」
『オーケー、すぐに行くよ』

 交わした会話はたったそれだけなのに、榛名は自分で気付かないくらい緊張していた。
   何か変なことを言われるかと思ったけど、霧咲は普通だった。

 ……当たり前だけれど。
感想 7

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科 空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する 高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体 それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった 至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する 意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク” 消える教師 山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

俺は夜、社長の猫になる

衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。 ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。 言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。 タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。 けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。

魔性の男

久野字
BL
俺はとにかくモテる。学生の頃から、社会人になった今でも、異性問わずにモテてしまう。 最近、さえない同性の先輩に好意を持たれている。いつものことだろう。いい人だから、傷つけたくはないな。 そう、思っていた。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕