運命のひと~生真面目な看護師は意地悪イケメン医師に溺愛される~

すずなりたま

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 霧咲が榛名の務めるT病院に助っ人に来るようになって、約1ヶ月が過ぎた。
 毎週木曜日に回診に来る予定だったのだが、榛名主任たっての希望により透析スタッフ全員の意志として──月水金の患者も隔週で診ることになった。
   そんなわけで一週目は木曜日、次の週は水曜日というスケジュールだ。
 霧咲自体は毎週助っ人に来るが、患者は二週間ごとに霧咲と顔を合わせる、と言った具合である。

   そして霧咲が来るようになって、T病院の透析室には色々と良い変化が目に見えて現れていた。
   まずは透析スタッフ。
 霧咲の細かいツッコミという名の回診のおかげで、各スタッフがそれぞれ自分の受け持ちの検査結果をしっかりと把握するようになった。
   今までも毎月チェックは行っていたものの、リンが高いだのカルシウムが高いだのは、医師への報告は全く行われていなかったのだ。(カリウムの高値やヘモグロビンの低下などはリーダーが逐一報告しているが、重要度の差だ)

 霧咲の言うようにそれらは医師が把握しておく事項ではあるものの、看護師も把握していた方が患者の身体の状態をより深く理解できて栄養指導などもしやすいし、何より自分自身の勉強になる。
    榛名はほぼ毎回霧咲の回診についているのだが、なんだか以前より知識が深まった気がしていた。
 例えば、木曜日の回診の時。

「榛名さん、松田さんのTSATはいくつかな」
「え?……なんですか?」

   聞きなれない単語に、榛名は思わず聞き返してしまった。
 霧咲は『ん?』という顔をして、もう一度榛名に言った。

「TSAT、トランスフェリン飽和度、計算して値を出してくれる?」

   聞いたことはある。
 聞いたことはあるが……すぐに出せと言われても榛名にはどうやってその値を出すのか分からなかった。

(べ、勉強不足だ──!!)

「す、すいませんっ! ちょっと急いで出し方調べて──」
「ああ待って。いいよ、ここで教えるから」

   霧咲は、慌てて踵を返そうとした榛名の手首を掴むと、グッと傍に引き寄せて──勿論、周りに変だと思われないギリギリの距離──説明した。
 引き寄せられた時に榛名が物凄くドキドキして、その後大いに焦ったことは言うまでもない。

「俺が記録しているときに君が値を出してくれたら、回診が早く終わるかなと思ってね」
「うぅ……すみません……」
「謝ることはないよ。TSATってのはいわゆる貧血の指標だ。ここにTIBCって項目があるだろ? 血清鉄(Fe)の数値をこのTIBCで割るんだ。そして100を掛けたのがTSAT。20%から22%以上が大体理想とされてるかな……、それと同時にフェリチンの値も見るんだけど、詳しくは後でみんなに教えようか」

   二人でノートPCを覗き込みながら、霧咲は榛名に説明する。
 しかも後でスタッフ全員に指導してくれるらしい。

「は、はいっ、ありがとうございます! とても勉強になります」
「どういたしまして」

   他のナースが回診補助に着くのを嫌がるので(急に質問されるのが恐いらしい)必然的に主任の榛名にその役目が回ってくるのだが、霧咲の患者に対する指導など横で聞いているとかなり勉強になるため、榛名は霧咲の回診補助に着くのは苦ではなかった。
 ばれてはいけないのだけれど、院内で堂々と恋人の横に居られるのも嬉しかった。
   霧咲が来て嬉しいのはスタッフだけでなく、患者もだった。

「榛名君、明日は霧咲先生の回診の日よね!?」
「そうですよ、谷口さん」
「ああ~楽しみ! 何着てこようかしら。お化粧もしっかりしてこなきゃあ!」

   霧咲の甘いマスクと紳士的な物腰で、女性患者はほぼ全員──寝たきりや認知症の人を除いて──霧咲のファンになっていた。

   ただし、男性患者からの人気はイマイチだ。
 それは霧咲の見てくれがいいからという理由ではなくて、大学病院に勤めている霧咲はここT病院の腎臓内科医・奥本よりも患者に対しての生活指導が厳しいからだった。
 霧咲は実際の年齢よりも若く見えるため、若造に色々言われるのが気にくわない、ということらしい。

「お化粧は構いませんけど服はいつもと同じか、同じくらいの重さのものでお願いしますね? じゃないと体重が変わってしまいますから。中にも着込んできたらちゃんとスタッフに報告してくださいよ?」
「分かってるわよぉー! ああもう楽しみっ」
「あはは……」

   これまで女性患者に一番人気だったのは、話しやすいという理由でMEの堂島、その次はMEの二宮(31歳の、堂島とは真逆で寡黙な仕事人である)、そして三番目が榛名だった。
 榛名の場合、異性というよりは孫のような雰囲気で人気がある。
 榛名が患者の谷口氏と話している横で、堂島がぶつぶつ何かを言っていた。

「くそう、霧咲先生め……おばあちゃんたちの人気まで横からかっさらいやがってぇ……」
「堂島君、霧咲先生のこと嫌いなの?」
「俺よりイケメンはきらーい! ムカつくから!」
「うわぁ、じゃあこの世のほとんどの男が嫌いってこと? 生活するの大変そうだね」
「ちょ、榛名君!?」
「あは、冗談だよ」
「もぉ~! 榛名君の冗談は冗談に聞こえねーからやめて!」
「霧咲先生はいい先生なんだから嫉妬とかするのやめれば? 疲れるでしょ」
「いい先生ねぇ……」

   じろり、と何かを含んだような目で堂島が榛名を見た。

「何?」
「べっつにー?」
「……」

   堂島は自分に何か言いたいことがあるのだろうか。
 まさかね、と思って榛名は堂島に向って軽いため息を吐いてみせた。
   そして、霧咲が助っ人に来るようになって一番良かったのは、やはりこういう事態だった。

「しゅ……主任ーっ! ちょっと河原さんのとこに一緒に来てくださいぃっ!」

   霧咲が回診に来る水曜日の午前中、穿刺が始まって1時間半ほどが経った頃、患者の河原氏のところに穿刺に行った有坂がひどく慌てた様子で榛名を呼びに来た。
 河原氏の血管はとても刺しやすく、穿刺は何も問題は無いはずだったのだが……。
   榛名は嫌な予感を抱えながら、河原氏のもとへ行った。
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