運命のひと~生真面目な看護師は意地悪イケメン医師に溺愛される~

すずなりたま

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 霧咲は確実に時間内に終わらそうとしているのか、普段よりも早口で話していたが特に緊張はしていないようだった。
 途中で少し言い間違いはあったものの、動揺はしておらず笑って流していた。
 滑舌もよく、プレゼンテーションの作りも内容も凄く分かりやすい。
 榛名は、檀上の霧咲を別人のようだと思った。
 講演をしているのは榛名の恋人の霧咲ではなく、K大学病院准教授の霧咲誠人先生だ。

(なんだろ、なんか……)

 淋しいような、切ないような、よく分からない感情に胸がぎゅっと締め付けられる。
   大勢の人に対する嫉妬とはまた違う。
 少し優越感も交じったような、そんな複雑な感情だった。
 それと、どうしてこんな凄い人が自分のことを好きなんだろう? という疑問。

(本当に、どうしてだろう……)

 霧咲の講演は20分ほどで終わり、会場は大きな拍手に包まれた。
 この研究会の日が近づくたびに会える回数は減っていたけれど――回診も講演の一週間前は休んでいた――これからは前のように週に二回は会えるのだと思うと嬉しい。
    榛名は檀上から降りてきた霧咲に『お疲れ様です』と声を掛けて、その胸に抱きつきたかった。
 しかし霧咲は一度も榛名たちの座る方には視線を寄越さず、結局一度も目は合わなかった。
 少し淋しくもあるが、それは仕方のないことで……霧咲は、色んな人に会釈をしながら一番前列の関係者席に腰を下ろした。

「なんだか霧咲先生の講演が終わったら帰りたくなっちゃいましたぁ。もう帰ったらダメですかね?」
「いやいや有坂さん、今からがメインの講演だからね」

 有坂がポツリと言ったセリフに思わず同意したくなったが、そんなわけにはいかない。
   けれど、それから榛名は人の間からわずかに見える霧咲の後頭部をずっと見つめていた。
 メインの講演は全く頭に残らなかった。


 マンションの部屋に帰ったあと、霧咲から電話があった。
 榛名は嬉しくもあったが少し驚いて、一度深呼吸をしてから霧咲からの電話に出た。

「も、もしもし?」
『もしもし俺だけど、今日はT病院のみんなで来てくれてありがとう。檀上から君の顔がよく見えたよ。本当に一言も挨拶できなくてごめんね』

(俺の姿、見えてたんだ)

 何故かその言葉だけで、心がほわっとして嬉しい。

「いいえ、あの、今日はお疲れ様でした。講演もすごく分かりやすかったです。あの……今はどちらに?」
『居酒屋で、お偉いさん達と打ち上げをしているよ』

 霧咲の声の向こうから『ワハハハ……!』と騒がしい声が聞こえてきた。
 きっと抜けるタイミングを見計らって、榛名に電話を掛けてきてくれたのだろう。
 霧咲の気遣いが嬉しくて、榛名はまた心臓がきゅうっとなった。

『榛名? どうしたの』
「いいえ……あの、できるだけ早めに帰って、ゆっくり寝てくださいね。疲れたでしょう?」
『うん、できるだけそうするよ。有難う』

 終わったら会いに来る、と霧咲が言わなかったのは、きっと明日も仕事だからなのだろう。
 今日は金曜日で、平日だから仕方ない。
 けれど明日の仕事が終われば土日は休みのはずだ。
 榛名はそう期待して、霧咲に尋ねた。

「あの……明日の夜、会えますか?」
『ん、会いたいの?』
「会いたいです……」
『君からそんな言葉を聞くなんて初めてだね。嬉しいなぁ』

 電話の向こうの霧咲の声は嬉しそうだ。
 少し恥ずかしかったけれど、素直に言ってみて良かった、と思った。

『でもごめんよ、どうしても外せない用事があってね、今週末は会えないんだ』
「そ……うなんですか」

 せっかく勇気を出して誘ったのに。
 残念だったが、誘われるのを悶々として待つよりかはいいか、と榛名は思いなおした。

『ごめんね。でも暁哉、君を愛してるからね』
「ふふっ……はい」
『なんで笑ってるの?』

 霧咲の甘い声が榛名の耳を擽る。
 さっき檀上でハキハキと話していた人と同一人物だなんて、なんだかとても思えない。
   今電話越しに話しているのは、榛名だけの霧咲だ。

 そう思ったらなんだか嬉しくて、無意識に笑みがこぼれてしまっていた。
   会えないのは残念だけれど、次に会える時までは我慢できそうだと思った。
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