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36 榛名、襲われかける
――ガチャリ
(えっ?)
不穏なその音に思わず顔を上げると、堂島が自分を見下ろしてニヤリと笑っていた。
どうやら個室のカギを後ろ手で閉めたらしい。
何故か堂島も同じ個室に入ったままの状態で。
「ちょっ、何してるの? 何で君まで入ってきてるの?」
榛名は少々パニックになり、ふらつきながら立ち上がった。
しかしやはり呑みすぎているせいか、頭がくらっとして思わず堂島の胸に倒れ込んだ。
「おっと」
「!」
そのまま堂島に抱きしめられてしまった。
榛名はいま自分の身にいったい何が起きているのかをすぐに理解できず、言葉を失った。
そして堂島は、榛名が理解する前にその耳元にあやしく囁く。
「ねえ榛名君、本当のこと教えてよ。霧咲先生のこと、好きなんだろ?」
「な……なんで? そんなのありえないから!」
堂島の腕を掴んで引きはがそうとするが、手に力が入らない。
「見てりゃ分かるって。でも榛名君って今までは女の子と付き合ってたよね? 実は男の方が好きだったの?」
「――ッ」
それを聞いて堂島はどうするつもりなのだろうか。
面白がって、院内で噂にでもするつもりなのだろうか。
霧咲と付き合いだした時から、もしも職場の人間にバレたら仕事は辞めてしまおうと思っていた。
けれどいまは役職にも付いており、責任感の強い榛名には仮にそんな状況に陥ったとしても簡単に辞めれないことは分かっている。
今の職場が好きだし、辞めたくない。
けど、もしバレてしまったら――……
霧咲にも、迷惑がかかるから。
「い……言わないで……」
「え、なんて?」
「お願い堂島君……他の人には、言わないで」
その言葉は、堂島の言い分を肯定したのも同じだった。
「ってことはやっぱりマジなんだ?」
「……」
できるだけ言葉では肯定したくない。
しかし堂島は無言も肯定だと受け取るだろう。
それはもう仕方がない、と榛名は思った。
開き直ったりはしたくないけれど。
「やっぱり榛名君の一方的な片想いなの?」
「……そう、だよ」
好都合な勘違いだ。
自分だけが男を好きだと思われれば、霧咲には迷惑は掛からない。
それならそれでいい。
もっとも、霧咲以外の男を好きになれる気はしないけれど……。
「でもそれってさ、しんどくない?」
いったい堂島はどういうつもりなのだろうか。
なんとなくだが、榛名を脅したりするような空気は感じなかった。
というより……慰められているような気さえする。
「別に……」
堂島の考えが読めなくて、榛名はそっけない返事をした。
それにしても、堂島はいつまで榛名を抱きしめている気なのだろうか。
早く戻らないと皆に……霧咲に、不審がられてしまう。
それとも、霧咲には最初から気付かれていないだろうか。
女性陣に囲まれていい感じに酔っぱらって、自分がいないことなんて……
すると、堂島は辛そうな顔をした榛名にとんでもないことを言った。
「じゃあ俺と付き合おーよ、榛名君」
「……は?」
たっぷり間をおいたあと、榛名は間の抜けた声でそう言って堂島を見上げた。
「別に俺はホモじゃねーけどさ、榛名君ならイケそうっていうか。年上なのに可愛いから気になってたんだよね。俺今彼女いないし、試させてくんない?」
「ちょっ、何言ってんの? 試すって何を!?」
「そんなの決まってんじゃん」
そう言って、島の手は榛名の背を擦るように降りて行き、ズボンの上からグッと尻たぶを掴んだ。
「男ってココに入れられるとさ、すっげぇ気持ちいいらしいよ?」
無理矢理声をねじ込むように、耳元で囁かれた。
「やっ……!」
榛名は身体を捻って堂島の腕から脱出しようと試みたが、意外に力が強くて自分よりもやや身長の高い堂島はびくともしない。
大声をあげたいが、こんなところを誰かに見られたくもない。
見つかっても否定すればいいだけなのだが、強く酔っているのと堂島に気持ちがバレたことで、今の榛名は冷静な判断能力を失っていた。
「榛名君、男が好きならオナニーとかでココ使ったことあるの?」
「い、いい加減に……!」
「ねえ教えてよ……やべぇ、コーフンしてきた」
堂島の指が、服の上からグリッと後孔に触れてくる。
酒が入り少し敏感になった――霧咲に慣らされた身体は、そんな軽めの刺激でさえもびくりと反応した。相手は霧咲ではないというのに。
「や、やめろって……堂島君!」
「ねぇ榛名君、キスさせて。みんなには黙っててあげるからさ……あ、でも榛名君さっきゲロってたっけ? さすがにそのままの口にすんのは無理かなー、ははっ」
堂島は笑いながら、榛名の首にキスしてきた。
息がかかり気持ち悪いのに、酔って敏感になった身体はビクッと反応してしまう。
思い切り殴りつけてやりたいが、先ほどの『みんなには黙っててあげる』という堂島の言葉が鎖で縛ったように榛名の身体を動けなくさせている。
『拒否すれば皆にバラす』と言われているようだった。
「ど、堂島君、ほんとにやめて……」
「可愛いなあ榛名君。最近マジで色気やべぇもんな……霧咲先生に恋しちゃってるからかなー?」
「ぅあっ!」
強く首筋を吸われて、出したくもない声が出た。
その時だ。
――コンコン!
(……え?)
トイレに誰かが入ってきていて、個室のドアを強めにノックをされた。
入り口のドアが開く音はしなかったが、聞こえなかっただけかもしれない。
榛名の帰りが遅いため、二宮か誰かが様子を見に来たと思ったのだが……。
「――三秒以内にこのドアを開けなければ、蹴破って強姦未遂で訴えるよ、堂島君」
恐ろしく低いその声は間違いなく、霧咲のものだった。
「チッ」
堂島は舌打ちして、すぐに榛名を離して個室の鍵を開けた。
ゆっくりと開かれた扉の向こうに無表情の霧咲の顔を見た途端、榛名は今日一番青くなった。
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